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レンタルビデオ店

ミスタードーナツを辞めたあと、僕は金町駅の近くにある、小ぢんまりとしたレンタルビデオ店で新しいアルバイトを始めた。

夕方から深夜十二時までというシフトが、僕の生活の新しいリズムになった。

当時は今のような巨大なチェーン店など影も形もなく、街にあるのは個人経営のささやかな店ばかりだった。

レンタル料も一本で七百五十円から千円という、今の感覚からすればいささか法外な値段がまかり通っていた時代だ。

僕が働くことになったその店は、他店を出し抜くための明確な武器を持っていた。

「二本で千円」という、当時としては破格の看板を掲げ、界隈のライバル店を次々と蹴落としていく繁盛店だった。

店長は三十代半ばの男で、たった一人でその小さな店を築き上げた。

自前の貯金と親から工面した一千万円を開業資金に充てたそうだが、押し寄せたビデオ・ブームという巨大な時代の波を捉え、わずか一ヶ月でその全額を回収してしまったという。

学歴という看板を持たずとも、一つのビジネスチャンスを見つけ出し、それを逃さずに迅速に行動する。

そうすれば、これほどのスピードで成功を収めることができる。

その仕組みのあり方を、僕は静かな驚きとともに見つめていた。

それは、僕の人生の軌道をわずかに、けれど決定的に変える一つのきっかけになった。

いつか僕も彼のように、時代の波を読みその時のチャンスを見つけ、この手で人生を成功へと導きたい。

カウンターの内側で、僕はそんな淡い野心を抱き始めていた。


レンタルビデオ店でのアルバイトは、驚くほど単調で、それゆえにどこか不思議な仕事だった。

カウンターでお客さんを迎え、返却されたビデオテープをあるべき場所へと戻す。

それ以上に僕がなすべきことは、何ひとつとしてなかった。

アルバイトは全部で十人ほどいて、僕たちはシフト制で働いていた。

その店には、開業当初からカウンターに立ち続けているリーダー的な存在がいた。

マルヤマさんという。

彼は僕よりも三歳年上で、いつも穏やかな微笑みを絶やさず、僕のような新入りにも優しく、そして仕事のいろはを教えてくれた。

平日の朝から夕方まではマルヤマさんが一人で店を守り、夕方から深夜十二時にかけての混み合う時間帯には、三人のアルバイトが必要だった。

初日の夜、時計の針が八時を指した頃、マルヤマさんがふと声をかけてきた。

「夜食でも食べようか」

バイトの最中に食事を摂るなんて、当時の僕にとっては想像もつかないことだった。

しかしそれは、その店ではいつもの恒例行事のようだった。

彼は使い古されたモスバーガーのメニュー表を差し出し、何が食べたいか僕に尋ねた。

僕は迷った末にモスバーガーのセットを選んだ。

マルヤマさんは手慣れた手つきで電話をかけ、予約を済ませた。

そして僕にお札を手渡し、近くの店まで商品を取りに行ってほしいと言った。

「お金はいいよ、俺のおごりだから」

夜の静寂に包まれた金町駅周辺を歩きながら、僕は随分と待遇のいいアルバイトだなと、何の疑問も抱かずにいた。

それからというもの、マルヤマさんとシフトが重なる時は、決まって夜食を奢ってもらった。

マクドナルドやケンタッキー、あるいは焼きたてのたこ焼き。

夜食のラインナップは、僕たちの空腹をなだめるには十分すぎるほどバラエティに富んでいた。

僕は、いつも夜食を奢ってくれるマルヤマさんのことが、少しずつ気になり始めていた。

彼はどこか裕福な家の息子なのだろうか?

それとも、僕には見えない特別な理由がどこかに隠されているのだろうか?

カウンター越しに見る彼の穏やかな横顔を見つめながら、僕はそんな小さな疑問を、心の中に静かに沈めていた。


ミスタードーナツのアルバイトを辞めたとき、僕は無意識のうちに、ヤスエさんの存在を自分から遠ざけようとしていたのかもしれない。

「オオサワさんに片思いしていた」という彼女の告白は、鋭い氷の破片のように僕の胸に刺さり、僕という人間が彼女にとって一体何であるのかを、ひどく不安定なものに変えてしまっていた。

何のために、彼女は僕と付き合っているのだろう?

そんな答えの出ない問いを、僕は何度も自分自身に投げかけていた。

ある夜のことだ。

レンタルビデオ店のカウンターの中からガラス越しに外を眺めていると、無印良品の自転車に乗ったヤスエさんが、突然として視界に現れた。

僕はビックリしたけれど、同時に心の奥底では嬉しさを感じていた。

一緒に働いていたバイト仲間たちは、目ざとくそれを察して、「おい、彼女かよ!」と僕を冷やかした。

「どうしたの?」と僕は外に出て彼女に尋ねた。

「会いたかったの」

彼女はいつもの、子供がいたずらを思いついたときのような無垢な笑顔でそう答えた。

仕事の合間の僅かな時間を見つけて、わざわざここまで自転車を漕いで来てくれたのだという。

確かにその姿は、化粧っ気のないすっぴんの顔に、着古したジャージ、そして足元にはサンダルという、スイミングスクールの仕事をそのまま抜け出してきたような格好だった。

彼女はそれだけを言い残すと、「まだ仕事があるから」と、夜の闇の中へ風のように去っていった。

僕は店に戻り、少しだけ呼吸が楽になるのを感じていた。

彼女は、僕のことを好きなのかもしれない。

そんな確信とは呼べないほどの淡い期待が、僕の不安を静かに塗り替えていった。


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