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白き夜の義〜真説・忠臣蔵〜  作者: 智沢蛸
第一章 忠義の胎動

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第一話 新之助のこと

忠臣蔵を、赤穂義士ではない一人の若者の視点から描きました。

討ち入りの夜を見送った少年は、何を思ったのか。

その歴史の裏側にある“もう一つの義”を描きます。

元禄十五年十二月十四日夜――

昨日から降っていた雪はすでにやみ、

街並みには、ただ白いものだけが積もっていた。


四十余名の義士たちの背を、瀬尾新之助は遠くから見送っていた。

誰ひとり、振り返らない。

その背中に、迷いはなかった。


——十年前も、こんな雪だった。

あの日の朝の白さが、ふと胸によみがえる。

あれが、すべての始まりだったのだ。




元禄五年十二月十四日――

その朝、播州赤穂の町は一面の白に沈んでいた。


白い息が幾筋も立ちのぼり、屋根という屋根に雪が積もっていた。

まだ朝の気配が残る街道を、ひと組の親子が台車を押していた。

台車には新しい畳が何枚も積まれ、雪をかぶっている。


「新之助、滑るなよ。畳を落としたら、弁償じゃぞ。」

「わかってるって、父ちゃん。」


父は町の畳職人、息子はその手伝い。

冷えた風の中を、ぎゅっ、ぎゅっと車輪が雪を踏む音だけが響いていた。

二人は城下の大通りを抜け、やがて白壁の立派な屋敷の前に差しかかった。


「……大石様のお屋敷だ。」


開かれた広い門の前で、童が一人、侍女を従えて雪遊びをしている。

松之丞(まつのじょう)――のちの大石主税(ちから)良金(よしかね)、まだ五つ。

雪玉を転がしては笑っている。



その時だった。

脇の通りから野犬が1匹、牙をむいて雪を蹴立てるように飛び出した。


「きゃ――っ!」


侍女の悲鳴が雪を裂く。


「危ない!」


新之助は台車を放り出し、転がっていた木の枝を掴むと、幼い松之丞の前に立った。


「こらぁ、行け!」


枝を振るうと、雪煙が舞い上がる。

犬が怯んで後ずさるところへ、父親が駆けつけて足蹴に追い払った。

その騒ぎを聞きつけ、屋敷の中からも人々が飛び出してくる。

先頭に立つのは大石家の家臣の一人、瀬尾(せお)孫左衛門(まござえもん)であった。


「松之丞様、お怪我はございませんか!」


雪の上に庇うように立つ少年を見て、孫左衛門は息を呑む。


「坊主、お前が助けてくれたのか。」


新之助は頷く。

父が深く頭を下げる。


「これは瀬尾様。畳の納めに参っておりまして……。」

「おお、出入りの畳屋であったか。――息子、なかなかの胆力じゃ。して、いくつになる。」

「七つにございます。」


父親が答えると、孫左衛門は感心したように目を細めた。


「七つか。松之丞様より二つ上なだけとは……。将来が楽しみな若武者ぶりよ。」


孫左衛門は微笑み、少年の頭に雪のついた手を置いた。


「お前、名は何と言う。」

「……新之助。」

「新之助か。よい名を持っておるな。覚えておこう。」



翌日。

畳屋の親子は、思いがけず大石家に呼ばれた。

座敷には、家の主――赤穂藩筆頭家老・大石内蔵助(くらのすけ)良雄(よしたか)が、端然と座していた。

障子の向こうでは、まだ雪がちらついている。


「こたびは、息子の命を救ってくれて、まことにかたじけない。」


内蔵助は深く頭を下げた。


「新之助と申したな。……松之丞の遊び相手になってやってくれぬか。」


新之助は驚いて父を見た。

父は静かにうなずいた。


「御家老様の御言葉だ。ありがたくお受けしろ。」


雪の匂いが畳に沁み込むような静けさの中で、少年は深く頭を下げた。

その日、ひとりの畳屋の子が、義の家の門をくぐった。


――その運命が、のちに「白き夜」へと続くことを、まだ誰も知らなかった。

【次回予告】


大石松之丞の遊び相手となった新之助は、

藩士の子弟に混ざり、武士の道、そして「義」の教えを学んでいく。


その才覚は、やがて赤穂藩筆頭家老・大石内蔵助の目に留まる。

少年の運命は、静かに大きく舵を切る。


第二話「山鹿流の教え」

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