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First Contactシリーズ 感染症専門医神尾&外科医滝岡「感染症専門医神尾の事件簿」 ――indigenous flora――  作者: 御厨つかさ


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 金沢。

 犀川河川敷に一人の男性の遺体が発見されたのは、まだ早朝の四時半頃であった。

 芝生の整えられた河川敷に向かうように、男性の遺体は手を伸ばし、河川敷を降りるように敷設された階段の中ほどから、下に向けてうつぶせに倒れているのを発見された。

 まだ肌寒い、三寒四温を繰り返す弥生の月。

 地元の新聞である北國新聞には、男性の遺体が発見され、身許の確認と病死もしくは事故の可能性について石川県警が捜査を始めていることが小さく報じられた。

 争った形跡はなく、前日に冬の名残である雪がわずかに残る石段から、五十代前後とみられる男性が足を滑らせた事故である可能性も新聞には報じられていた。

 但し、身分を示すものや財布携帯等が一切男性の遺体からは発見されなかった為、記事やニュースにより、身許に関する情報が集まることが期待されていた。






「殺人事件ですか?」

神尾が声をあげるのに、滝岡総合病院外科オフィスで、滝岡は顔を上げていた。

「また殺人事件の容疑者になったのか?」

神尾が手許に持っていたタブレットから顔を上げて、デスクで仕事をしている滝岡を振り仰ぐ。

 外科オフィスは、外科以外の人間も出入りしてよく休んでいる休憩コーナーがあるのだが。そこでいつもの通り、感染症に関する検査等を専門とする神尾が、昆布茶を淹れたマグカップを手にタブレットを見て殆ど無言で、どこかの誰かと会話していたのだが。

「違います、…。と、思うんですが。これ、関さんに伝えた方がいいですか?」

「…関にか?誰と通話してるんだ?」

「吉岡さんです。先日、鳥インフルでお世話になった」

「ああ、北海道大獣医学部の吉岡さんか。確かに世話になった、…。それで、どうして殺人なんだ」

滝岡が神尾と共に、北大の吉岡氏と出会った際の色々な事を思い出して遠い目になってから、立ち直って神尾に向き直る。医療秘書の西野が、院長の橿原が放置した決算書類を積んであるのを脇に退けて、席を立ち休憩コーナーへきて正面から顔を見る。

 神尾が、その滝岡にタブレットをみせて。

「これが、吉岡さんからの、…―――ええと、まず何をしていたかといいますと、これは私的なネットワークなんですが、…。元々、ボランティアでウイルスや細菌情報をPRO-medとかとは別に、個人的に知り合い同士で流していた発生情報なんかを、先日西野さんが僕たちが使いやすいようにカスタマイズしてみやすいアプリというんですか?それともプログラム?とにかくそういうのを作ってくれまして」

タブレット画面をみせながらいう神尾に、そういえば最近休憩時間にもよくこのタブレットを持ち込んできていたのはこれか、と納得して滝岡が画面を見る。

 日本列島の白地図に、幾つかの文字が並び、地点に結んでいるのが見える。

「これは?」

「先日から、横浜の殺人事件で採取させていただいた微細物のデータがあったでしょう?あれの分析を共同でやってくれる人達に依頼して分析してもらっていたんですが」

「…―――うん」

思わず、滝岡が関の顔を思い浮かべて、情報の機密性とか色々な何かに視線が遠くなるが。

思わず沈黙した滝岡に気づかず、神尾が地図を操作して幾つかの地点を選び出す。

「これは、その指標とした細菌何ですが、――――。実は、その、吉岡さん、説明してもらえますか?」

「つながっているのか?」

「はい、音声だけですが、―――。西野さんがいうには、音声データだけで、本人性は音声認証で確保していて、画像データに関してはプライバシーと秘匿情報の必要性から、送信は禁止しているそうです。わかりますか?」

西野に説明された際の言葉をそのままいって顔をあげてみる神尾に滝岡がうなずく。

「それはよかった。…病院だからな、そうでないと許可は出せない。音声データによる認証に関しては必要ないかもしれないが、今度、音声データからの情報漏洩がないかについては確認しておこう。すみません、失礼しました。待っていただいているのか?神尾、吉岡さんに?」

「大丈―夫だ、気にすんな。こちらはいま解析しながらやってるからな、―――滝岡先生、御久し振りです。あのときはお世話になりました」

「いえ、こちらこそ、大変お世話になりました。…すみません、神尾のいっているのはどういうことでしょう?」

吉岡が少し間をおいて話し出す。

「いまそっちに解析途中のデータ出してるから、しかし、便利だね、これ、…クラウドで解析してんのに、随分エンジンがはやいじゃん、…――うれしくなるな。うん、…―――あ、すみませんね、神尾、出てるか?」

「はい、あ、これですね、――いま拡大します」

神尾が吉岡の言に拡大してみせるのは、DNA解析などによくみられるようなバンドデータ。写真に写したような白黒の横縞がぼんやりと映る画像をみたことがある人も多いかもしれないが、専用の機器で解析した遺伝子データなどによくみる画像である。

「これは何の解析データですか?」

「よくきいてくれたね?滝岡先生!いや、これが神尾に頼まれてた何かのテスト用追跡データに選ばれた微生物でね。実に珍しいんだ、これが。一六本目のバーが短いだろ?この部分で変異を起こしてるのは、実にめずらしい。だから、神尾が指標データになると思うのも尤もでね。で、追跡データってことだから、全国各地でこの指標を持つ微生物を検出した機関がないか調べてみたんだよ。これもさ、西野くんに感謝しないとな!一元でデータ纏まったのみるの初めてだよ!いつもなら、各研究室に問い合わせて返事もらってやっとわかるデータが、これ一元でわかるもんな!おれ、一元化って大好きになった」

「全体を一目で見渡せるデータ一元化が、先輩の悲願でしたからね。今回、滝岡先生と西野さんの協力を得て、これができたのは幸いでした」

実にうれしそうに吉岡の声が弾んでいて、応える神尾も本当に実にうれしそうな笑顔で。

 ――それは、うれしいんだがな、…。

 西野に任せた設計の部分で、少し後で話をしておかないと、…。

セキュリティとアクセス権限その他の範囲について、一度西野と話をしなくては、と。

しみじみ反省しつつ考えている滝岡に、吉岡の声が届く。

「あ、これ、西野さんだけじゃなくて、滝岡先生もかかわってんの?そうなんですか?滝岡先生?なら、御礼いっとかないと」

「あ、いえ、…――殆ど設計等は西野に任せていますから。実際に作ったのもほとんど西野ですよ。ですから、私は殆ど何もしていません。御礼なら、西野にいってください。処で、その何がヒットしたんですか?」

「うん?ああ、滝岡先生。いまさっき解析が終わったんだがな!いや、はやいよこれ!ありがとうって西野さんに伝えておいてくれ!つまり、神尾が拾ってきた横浜で採取した検体?そいつと同じ遺伝子指標を持った微生物が、金沢で検出されてたんだよ」

「―――金沢、ですか?金沢文庫?」

「あ、いや横浜のそこじゃない。北陸?石川県の金沢だ。北陸新幹線で行く。神尾が警察に初めて捕まってた処だな!」

「…やはり、その金沢ですか、…―――。」

滝岡がしばし視線を伏せて呟く。いい思い出の無い金沢だが。横浜近くだから、金沢文庫を持ち出してみたわけではなく。できれば、金沢という地名の個所に二度と係わりたくないとおもって口に出したのだが、それはいわずに。

「北陸の金沢な!カニは美味いし、あそこはメシが旨いから、学会とかあるとうれしいんだがなあ、…。と、そこでな、殺人事件があったらしいんだ」

「―――…殺人事件、ですか」

出来ればそんなものとはもう二度と係わりあいたくはないんですが、と思いながらいう滝岡に。

「それでですね、滝岡先生。あちらで採れた微物が、神尾が寄越した微生物のと一致したって結果が先程出ましてね。それも二つですよ!これまでなら、同一であることがわかったかどうか!」

弾んでいる吉岡の声に瞬いてから、滝岡が遺伝子データを見直す。

「これと同じものが、横浜と同じものが、北陸の金沢で?」

「それも二件だそうです」

「まさか、二件とも殺人事件じゃないだろうな?」

驚いてみる滝岡に、神尾が吉岡に訊ねる。

「そうなんですか?吉岡さん」

「いや、一件はわからん、…―――そうだね、こいつは、あちらの埋蔵文化財センターって処から、年代測定とかそういうのと一緒に鑑定依頼が出てるやつだな。これはしかし、はかどるねえ、…。解析エンジンも早いから、これまでとは段違いで解析できるし、さらに一元化してるから、これまでできなかった広域での分析ができるだろ、いや、いいね、これ!」

「ありがとうございます、吉岡さん。西野には伝えておきます。…神尾、つまり、先日の横浜のデータから、おまえが選定した微生物の中から金沢での殺人事件と、もう一件、殺人事件に係わりがあるかどうかは知らないが、…―――同じデータを持つ微生物が確認されたんだな?」

「はい、滝岡さん」

実にうれしそうな神尾が、うなずいて吉岡に話しかける。

「これで、広域移動に関する指標として、幾つかの微生物が候補として確立できそうですね。勿論、遺伝子変異が問題になりますが」

「…ま、それはさ、時系列で管理すればいいんじゃないか?変異箇所を追えば、ある程度、伝搬した過程も時系列で管理できるだろ?」

「確かにそうですね。時系列を逆に追えるかもしれません。」

「こないだの鳥インフルみたいな奴は、時系列データも管理されてるから、遺伝子変異があれば、却って楽にデータ追えるぞ?もうこれまでみたいにカモから感染したのか、それともツルが最後なのかとか、考えずに済むようになるかもしれん」

「そこまではどうでしょうか?それにしても、楽になることは確かですね。でも、実データを大事にしなくてはいけないことに変わりはありませんよ。あまり、これに頼りすぎるのはやめておかないと」

「釘をさすねえ、ま、これに打ち込まれたデータだって、打ち込まれたのかどうか知らないけどさ、実際に実地で採取されたデータがなけりゃ、確かに表れてこないからな。実地で見るのが一番大切だ。ああすまん、休憩終わるから、また後でな!」

「ありがとうございました、吉岡さん」

「ありがとうございます」

吉岡がログアウトした表示が表れて、神尾が音声を使ったセッションを終わらせる。

 そして、滝岡がタブレットを受け取り、表示された微生物の遺伝子データと、その採取箇所として表示された場所をしみじみと見る。

「それで、今度の休日にこれを見に行ってきてよろしいですか?」

「そうくると思ったがな、…」

しみじみとしみじみと滝岡が遠くを見つめて。

「滝岡さん?」

「いや、…」

首を傾げる神尾にタブレットを返して、滝岡が。

「それは、おれの休暇と合わせてもらってもいいか?」

「え?滝岡さん、…―――」

神尾が見上げていうのに、釘をさす。

「金沢に良い思い出がなくてな、…―――」

「はい、その、…。でも、滝岡さん、休みはとれるんですか?」

神尾をちら、と滝岡がみて。

「一応、スケジュールには入っている。緊急手術への対応は、その日は光に頼める日にしよう。それとも、そのくらい日をあわせることはできないか?」

急いでいるのか?という滝岡に、神尾が考える。

「いえ、…その程度なら待てますが、―――。しかし、子供じゃないんですから、一人で行けますよ?」

滝岡がしみじみと遠くを見る。

以前、殺人事件の容疑者として留置されていた金沢に。

それも、横浜の件とは違い、かなりシリアスな状況で捕まっていたのだが。

その件に関して、まったく堪えていない神尾に対して。

―――どうせ、拾いにいくことになるなら、…最初からついていった方がましだからな。

関にも伝えて、不測の事態に備えるようにしよう、と。

はたして、予測しうる事態というのが、不測というかは別として。いや、警察に捕まって殺人事件の容疑者になりうる可能性というのを考慮に入れる必要があるというのが。

――何にしても。

その微生物を鑑定依頼してきたのが、一方は殺人事件というのに絡んでいるというのなら、神尾が金沢で勾留されていた事件を担当していた現地の警察と関わらないわけにはいかないだろうと。

 しみじみ遠くを見て、目にいいかもしれないな、と思っている滝岡に。

 首を傾げて、それでもうれしげに滝岡の次の休日をチェックして、予定を立てている神尾がいるのだった。





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