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「結局、その犯人を捕まえる為に吉岡さんは囮にされたというわけか」
「まあ、解明はこれからだけどな。テロにどのように関係していたのかとかは、正直いってこれから裏を取る必要があるから、はっきりしたことが説明できるのは数ヶ月は先になる」
「けれど、この三件の御遺体が発見された事件に関しては、ある程度目途がついたということなのか?」
「まっすぐ訊くなよ。そもそも、御遺体の身元が判明したというのが嘘だからな」
「――え?あれは、そう、そうか、…こいつの遺体じゃなかったんだものな?」
滝岡と関の会話に、驚いて吉岡が滝田を指さしながら目を丸くする。滝岡達を丸くなった目で見あげたまま、指先だけ向けてくる吉岡に、滝田がいやそうに指先をつまんで横を向けさせる。
「指さすな」
「しるか、…――じゃあ、御遺体が誰か、本当にわかってないのか?」
「はい、――。その点は、神尾さんの研究に期待もしてるんですが」
「僕の、というより、実際は院長先生との協同研究ですね。橿原さんが進めておられた身元判定技術の一つに、僕が微生物の遺伝データを用いて、指標となる生物がいないかなど研究している処なんです」
生き生きとくちにする神尾に、滝岡がうろんな視線を向ける。
「よくおじさん、――院長と協同研究なんてして平気だな」
「そうですか?別に、――研究しやすいですけど?」
「…―――そうか」
疑わしげな眸でみる滝岡に首をかしげている神尾だが。ふと気付いたようにして、関を見返る。
「それで、関さんに期待されているのは、その指標にした微生物による、国別遺伝子データの変異を利用した身元判定などのことだと思います」
「身元判定を、微生物でするのか?あの、遺伝子データで?」
吉岡の言葉に神尾がうなずく。
「はい、ご存じの通り、国別、あるいは地域別にですが、広範囲に微生物を調査している資源はありますから、それを利用して例えば、犯人や御遺体から採取された微生物の特徴をみて、何処の地域から訪れたかなど、行動などを判定する材料にしようという試みです」
「…―――おれが、嘘をついてそこを掻き回してすまんかった、…」
うなだれる吉岡に、滝田がすまなさそうにいう。
「すまん、その、…おれのために」
「うるせえ」
俯いたまま横を向く吉岡に、滝田が困り果てていると。
それに全然構わず、にっこりと神尾が言葉を続ける。
「いえ、構いませんよ。吉岡さんの解析が嘘だったことは、最初からわかっていましたからね」
「――それ全然うれしくないが、いや、そのな、…」
横を向いてすねたまま呟く吉岡に、留めを射すように神尾が綺麗な微笑みで。
「金沢の遺跡出土物から発見された微物に含まれていた微生物は、そもそも横浜で発見されたものとはまったく違いましたから。何故なら、それは、――――」
神尾の持つ言葉の響きに、吉岡が顔を上げる。滝田も注目するその前で。
何処か、僅かに厳粛ささえ感じさせるような視線で。
しずかに。
「それは、死体、――死骸等の腐敗物に接触していなければ、存在しない菌でしたから。僕は、あそこに複数の御遺体が埋まっているのではないかと思っていました。それも、遺跡と同じような古い年代のものだけではなく、――」
言葉を切り、神尾が吉岡に向き直る。
「吉岡さん」
「お、おう、…――神尾」
疑問を刷いて見あげる吉岡に、神尾が淡く微笑して。
「それも、ある程度の大きさを持つ生物の遺骸がなくては出ない種類の細菌が存在したんです。…――解析前の生データが、僕はみられましたからね、吉岡さん」
「そっか、…おまえさんのテストラボを通ってきたデータだから、当たり前か、…。それで、おれの嘘は最初からバレていたんだな?」
「嘘を突き通すおつもりはなかったでしょう?本当は、僕に滝田さんを探しに金沢へ行ってほしいというメッセージだと思っていましたが、違いますか?」
「…―――」
罰がわるそうに無言のまま空に視線を逃そうとしてうろうろとさまよわせる吉岡に。
「…吉岡?」
滝田が後ろから訊ねるのに、背を向けたままあぐらを掻いて、吉岡がいう。
「何だよ」
「…その、――すまん」
心配するように、少しばかり情けない顔でいう滝田に背を向けたまま。
「知るか、――とにかく、…神尾、続けてくれ」
「何をです?まあでも、―――何れにしても、小動物の遺骸から出た細菌が土を通して出土物に付着したというには、量も大きかったですから。今回は、遺物の鑑定を頼むのに、洗浄せずに環境ごと鑑定するという試みの為に出してくださったデータだからわかったことでもありますが」
微笑んでいう神尾に滝岡が訊ねる。
「そこが不思議だったんだが、そういうテストをしてたのか」
「はい。テストケースとして、周辺の出土した際の土などを付着させたままの状態で鑑定してみて、経年やその他のデータがとれるかを鑑定してみるという試みでしたから。今回の御遺体関連の他にも、面白いデータがとれていますよ」
「そうか、それは面白そうだな。…御遺体で見つかった方には悪いが、その試みは面白そうだ」
「はい。とても面白いです。土壌に含まれた微生物のデータだけでも面白いものですが、それに遺物が含まれていた場合、その遺物に付着してある意味タイムカプセルのように保存されて時の流れを越えてきた微生物などが存在している可能性もありますからね。出土品が実際に使用されていた数百年、あるいは数千年以上前の時代から、その時代に適応していた微生物が、土に埋もれたりした際に環境の変化に眠りに就いた可能性があるんです」
楽しげに生き生きとしてくちにする神尾に、吉岡がうなずく。
「そーか、そいつはありだよな、…微生物ってのは、休眠とかしやがる奴があるからな、―――」
「はい、その通りです。微生物には、環境が激変した場合などに、眠りについて身を守り、適した環境が訪れるまで眠り続けるものたちがあるんです。そうした生物の中には、宇宙環境に出ても生き延びて発芽する能力を保ち続けるようなものまであるんですよ」
実にうれしそうにいう神尾に、滝岡が少しあきれて息を吐く。軽く肩の力を抜いて。
「だが、それで今回は御遺体を発見したわけか」
「あることはわかっていましたからね、――」
そこで言い淀む神尾を滝岡が珍しそうにみて。
「どうした?神尾?」
そこに関がくちを挟む。
「何か少し和んでいる処悪いがな、―――」
「関?別に和んでは、――そうかな、すまん」
「いいさ、おまえも神尾先生も研究に関しては本当に生き生きして話すからな。ともかく、だが、…――いま、観法寺遺跡に関しては、死体が複数埋まっている疑いがあるから、さらに石川県警と合同で科警研からも人が出て調査を始めている処だ」
「…――大事だな。複数なのは確定なのか?」
「おそらくな、それと、―――」
「それと?」
滝岡が首を傾げて関をみる。
美月は、嘆息して観法寺遺跡を見あげていた。
「発掘調査はしばらくおあずけね、…――」
残念なのか、調査継続に関する決断が先延ばしにされて、少しほっとしているのか。
自分でもそこがよくわからないんだけど、…――――。
東京から科警研とかいう組織の人達まで石川県のこうした場合に科学捜査で証拠を見つけたりする人達以外にも沢山の人が来ていて。
「何とか、京都の科捜研とか、優秀な処から沢山応援が来てるらしいよ?」
「そうなんですか、―――本当にしばらくは掘れませんね」
「残念だが、仕方ない。それにしても、いまも新しい御遺体というのならともかく、いや、それもあれなんだが、――」
隣に立つ上司が、しみじみと丘陵に掘られた遺跡を覆うブルーシートをはがして、遺跡発掘ではない複数の人物が同じように機材は違うだろうが幾つもの道具をもって現場にいるのを見あげて。
美月も、思い切りうなずく。
「複数の御遺体が埋まってるかもしれないだなんて、―――それも、この、―――私達が他の箇所を発掘していた間もだなんて」
「いつから、現代の埋葬場所として利用されてたんだろうなあ」
「…課長、…。それって、ちょっと違いませんか?」
「だが、後世になって、我々の墓地が発掘されてみろ。習俗や何かが伝わっていればいいが、何処かで断絶してたら、謎の遺跡だぞ?ここだって、古代から続く埋葬施設として遺跡認定されることになるかもしらん」
「…―――少なくとも、近現代史というか、下手をすると明治期の遺跡的な感じで発見されるかもしれないとは、関さんから聞いてますが、―――」
いやだなあ、それ、と顔をしかめながら丘の斜面に取りつく人々を見つめて、美月が嘆息する。
「美月くん、私達の立ち会いは現場に案内するまででいいそうだから、一旦帰ろうか」
「そうですね、――。ここにいてもできることないですし」
遺跡というか、遺物が見つかったらよけておいてほしいなあ、とうっかり考えて。
――いけないよね、御遺体が発見されるかもしれないっていうのに。…
しみじみ反省をして、上司と共に観法寺遺跡を後にする美月である。




