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「おまえさんたちもさ、人がわるいよね?―――ミオっ、…ミオさんっ、―――――やめてくれ、いままで集めたログがっ、…――――――!」
突然の叫びに掻き消された静寂にあきれて秀一が画面の向こうにいる先輩――濱野を見る。
冷たい視線で、タブレットの向こうでキーボードに乗ってきた猫に慌てて叫んでいるもじゃもじゃ頭の中年男を見て。
「先輩、…――ミオさんがキーボードに乗りたがるのはわかっているんですから、いい加減、立体のキーボードはやめて、光なんとかっていう投影型に替えたらどうです?」
「そ、そんなことができるかっ、…!ミオさんは立体のキーボードの感触が気に入ってるんだぞ?背中をかきかきしたりだな、――――うわあああっ!その芸術的なキーボード捌きはやめてくれっ、…―――!」
叫んでいる濱野をさらに冷たい視線でみながら秀一が云う。
「それで、解析はできたんですか?先輩の感情とかなんとかの」
「なんとかっていうのは何だよ、―――解説してあげて」
「――はい、お待たせしました。先程から挙動、体温、脈拍、表情、音声等の分析をした結果、吉岡という人物は、犯行に関わっていない確率は99.0%です」
「ありがとう、ジャスミンさん」
「いえ、秀一さん。お役に立てたなら幸いです」
落ち着いた女性の声――秀一はジャスミンと呼んだが――の解説に、濱野がどうにかキーボードの上でごろごろしている耳のくるんとしたネコ――内側に耳が巻いている――ののどをかいてやりながらいう。
「ああ、それと、滝田という人物の用いていたアクセスポイントには、裏はなかった。逃亡する気がなかったくらいの隠さなさだな。知識がないのか、その気がなかったか」
真顔でいってから、顎をつーんと出して、かくことを要求するネコ――ミオさんに濱野がでれて猫の顎の下を掻き始める。
「ほーら、ミオさんー、きもちいいかー?」
「見てられませんね。まあ、ミオさんはかわいいですけど」
それを撫ぜている先輩がね、といいながら秀一がスマホに届いたAIの分析結果――先程、人間のように話していた女性の声は人工知能であるAIのジャスミンである――を子細にみる。
「吉岡さんが滝田の犯罪に加担していた確率はほぼない、ですか」
「そんなもの、100%は有り得ないんだから、AIの分析はあっても裏を取ることには変わりないぞ」
「―――暗い。ものすっごく暗いって、関!第一、神尾さんの知り合いでしょ?それを疑うとか?」
「…そういうおまえが、吉岡氏のAIで犯罪加担確率とかを分析しようと言い出したんじゃなかったか?それで家に呼んで、カメラやセンサー設置までして、動作とか表情とか分析するとかな。誰が暗いんだ?」
「えー?だって、分析に使える資料は多いほどいいでしょー?自然な状態で観察できて、AIの分析データが積めるのって得難い機会だからね。定量データとか、教師データがきちんとしてなかったら、間違った結論を導くAIになっちゃうんだよー?」
関が抗議する秀一の白々しいさまをしみじみと眺める。それに、濱野がタブレット画面の向こうで、すっかりネコのいいなりになりながら、背を向けたままくちにする。
「いやさ、そんなこといってる場合じゃないだろ?本番はこれからだろ」
「そうでした。でも、僕達実働隊じゃないし」
「残念だが、現場は今回、斉藤達に任せることになってるからな。利益相反とかなんとかを一応考慮して」
関の言葉に、キーボードの上で思い切りのびをして気持ちよさそうにぐーんと前足を伸ばして、あごの下を濱野に撫ぜてもらって、背中と伸ばした身体でキーボードを占拠しているミオさん――ネコに、濱野がでれでれしながらくちにする。
「とりあえず、監視状況はそっちに逐次リアルタイムで流してるからな。タイムラグは補正して現在の処発生していない。勿論、状況により油断はできないがね。―――ミオさん――、そろそろ、キーボード退いて?ね?ねー?ほら、カリカリだよー?」
ついにキーボードから退けることをあきらめ、最終兵器カリカリの小袋を取り出して、カシャカシャ音をさせてみせる濱野に。
「…先輩、――そうやってまたミオさんを甘やかして、―――」
あきれはててみている前で、音に反応したミオさんが顔をくい、とあげて濱野が左手に持つ小袋をみる。
目がきらん、と輝いて身を起こすミオさんに。
「ほーら、よーし、おやつだぞー」
ミオさんー!といいながら、おやつの小袋で釣ってキーボードから離れさせようとする先輩に、秀一が天を仰ぐ。
「いいんですけどね」
「―――あれ、条件付けされてないか?キーボードの上で邪魔すると、構ってくれて、それでエサが出てくるっていう風に」
画面から濱野が外れて、どうやら小袋のおやつをミオさんにあげているらしい音声が聞こえてくるのを聞きながら関がいうのに。
秀一が、一拍考えて。
「それって、条件付けされてるのは、ミオさん?…――先輩の方じゃ?」
「…――――」
それは、という顔で、無言で秀一を見返す関と。
吉岡は、山下に連れられたホテルに落ち着いてから。
―――滝田は、何であんなことをしたんだろうな、…。
事件の概要とかは全然解らない。
だが、聞いた限りでは、横浜で一人、そして、金沢で二人の人が亡くなっているという。
――まさか、それ全部、あいつが、―――まさかな。
神尾が金沢と横浜を繋いで話していた解説では、全員が自殺だといっていて、吉岡もそうだと思い込んでいた。けれど、―――…。
一体何がどうなってるんだよ?実際にあいつが何をしたんだ?
その疑問を、滝田にぶつけたかった。
おまえは何をしていたんだと。
けれど、実際には、神尾を通して警察の力を借りる形で滝田と会うことはできたが。
「まったくな、なにをしてるんだかな、―――」
自嘲してつぶやいて。それから、警察が詳しい事情をこの時点でおれに説明してくれないのなんて当たり前だな、と考える。
「あやしーよなあ、おれ。…」
ぼんやりと見つめる先の画を、吉岡は視界に入れているだけで認識してはいない。
「おれが、ウソついてたもんな、…」
神尾に金沢にいって滝田を探してもらいたかった為に、ウソをついた。
だから、神尾が解説した際の根拠の一つになっていた微生物の分析に関して、―――。
「だからな、…くそ」
そこが間違っているのはわかっていたが。
わかっていたのだが。
ホテルの壁に掛かった画に視線をおいて、見るでもなくぼうっとしながら。
対面にある椅子に座って、テレビもつける気にならず、吉岡は何をする気にもならないでいた。
「――――?」
ブザーが鳴ったのはそのときだった。
吉岡が、不思議そうに顔を向ける。
「何だ?なにかたのんでたか、…?」
部屋に案内されるときに、翌朝の新聞はとか聞かれてぼんやりと答えはした記憶はあるが。
「なんですか――?」
覗き穴をみることもなく、吉岡はホテルの個室の呼び鈴が慣らされたのに立ち上がって、そのままドアを開けようとしていた。
「え、―――?」
吉岡が、ぽかん、と立ち尽くしている前で。
「下がってください!」
「あ?」
――山下、さん?
目の前にいたのは、吉岡とそう体格の違わない中年男。
その両手に持たれた箱に視線が落ちた瞬間、ここまで送ってくれた刑事の山下が叫ぶのに気づいて、だが。
まるで動くことが出来ずに立ち尽くしている吉岡の前で、男が箱をひらく。
「吉岡さん、こっちです!」
「…神尾?」
驚いている吉岡に、隣室から現れた神尾が強引に手首をつかみ引っ張る。
「お、おいっ、―――」
「神尾」
「え?」
驚いたまま吉岡が神尾に引っ張られて隣の部屋に引き込まれた途端にドアを閉めたのは。
「…滝岡、さん?」
「こんばんは。御久し振りです」
「…その、いま挨拶する処なのか?」
「さて、どうでしょう?」
滝岡が僅かに立ち位置を変え、視線をドアの外に向ける。
流れるようにドアに鍵をかけチェーンロックをしている神尾に驚きながら吉岡が見る前で。
外から響く音が。
「確保!」
「山下、さん?」
吉岡が声に思わず、ここまで連れてきてくれた小柄な山下の声だと気づいてくちにする。
「滝岡さん」
「わかった」
神尾が呼ぶのに、それ以上何も聞かず視線を向けてうなずく滝岡に。
ドアを開けて神尾が出ていくのを、茫然と吉岡が見送る。
「その、なにがどうして、何が起きてるんです?」
思わずも状況が把握できずにいう吉岡に。
穏やかに、落ち着いた微笑で、静かに滝岡がくちにする。
「すみません。関が、…――あなたを囮にして、犯人をいま確保した処です」
「…―――え?」
あっさり、微苦笑を零して、それから実にすまなさそうな顔になっていう滝岡に向き合って。
「え?え?あの、―――それって?」
「はい、すみません」
困惑しているような、あるいは実に関のしたことに対して恐縮しているような滝岡のようすに。
何かを悟って、吉岡は思わずくちにしていた。
「…もしかして、ここまで、――横浜までおれを連れてきたのは、――証言とかきくためじゃあなくって、――――」
「すみません」
謝る滝岡に茫然と。
「つまり、おれを囮にして、犯人か?とにかく捕まえる為にここまで来させたっていうのかよ?――――なんでだ?滝田は捕まったろ?」
「…すみません、――それも」
「え?それも?って、――え?」
あの怪しげな空間―――。
灯のともる不可思議な美しいとも、観方によれば異様ともとれる異種の美しさがある空間の中にいた滝田。
無言で吉岡を見返し、警察に両脇を挟まれてパトカーに乗せられていく後姿。
それは、――――。
「…あの、三人を殺したのは、滝田、…なんだよな?というか、手を下してなくても、中心にいたのは?」
「それも、すみません」
「おい?」
実にすまなさそうにいう滝岡に、吉岡が沈黙する。
「すみません、吉岡さん」
「た、滝田っ、―――!おまえ、なにやってるんだよっ、――――!」
石川県警に捕まっているはずの滝田が。
突然、横浜のホテル―――吉岡が神尾に引き込まれた部屋に現れた滝田に吉岡が叫ぶ。
「お、おまえ、警察につかまったんじゃないのか!違うのか!何やってるんだ!」
思わずも指さして怒鳴る吉岡に。
「すまん、その、―――」
頭を掻いて謝る滝田に、吉岡が震えながら指さして。
「あ、吉岡さん、―――」
戻ってきた神尾が、吉岡をみて。
「―――たきたあ―――――!てめえ!たばかりやがったな―――――…!」
「ええと、…」
吉岡の大音声に神尾が天井を向く。その手に透明な手袋をしたまま天を仰ぐ神尾に。
滝岡が、吉岡の大声にも動じないで神尾に訊ねる。
「それで、処理はできたのか?」
「はい、お陰様で」
「――何がどうしてどうなったんだ?ってか、どうなってる?」
わけがわからずに滝岡と神尾を交互にみる吉岡に。
「すみません。…関の奴が、――――…」
「あの、根の暗い関さん?」
「あ、はい」
思わず吉岡の言い様に滝岡が苦笑して。
「その通りです。すみません、―――その、金沢でこの滝田さんに捕まったふりをしてもらったのも、―――――」
「ふり?ふりっておまえ?…なにがどうしてどうなってんだよ?」
仰天して滝田を見返る吉岡に、気まずそうに滝田が視線を天井付近に逃がす。
「…――――たきたあっ、――――――!おまえっ、…――――!」
「吉岡さん、落ち着いてください」
叫ぶ吉岡に神尾がいうが、もはやまったく聞こえていないようで。
「…神尾、叫ばせておいてあげよう」
「―――そうですか?」
「うん、落ち着くと思う。すこしは」
「微妙に省略されて謎な会話をしてるが、全部聞こえてるんだぞ?神尾?それに滝岡先生」
情けない顔で泣きそうな吉岡に、滝田がそっと気まずそうに声を掛ける。
「その、――すまん、…」
「すまん、ってな?滝田?」
「まあでもその、一度パトカーには乗ってみたかったからな、」
「…――おまえのそれは何だ?何の話だ、…それって?おい?」
怒りが復活している吉岡に、頭を掻いて滝田がいう。
「ええとその、…―――。神奈川県警の関さんって刑事さんに協力してくれっていわれてな、―――。その、パトカーにも乗れるっていうし」
「だから?つまり、おまえは、みんなしておれをだましてたのか?―――一体、――」
「だから、すまん、吉岡、―――」
「すまんですむかっ、――――!おれがどれだけ、――――!!!」
「すまん」
「…――――ばかやろ―――――――っ!!!!!!」
吉岡の叫びがホテルの中にこだまして。




