16 再会
金沢市の中心部を流れる犀川には、幾つかの橋が架かっている。
市の中心部に向けて通る国道へ向かう犀川大橋。
その一つ上流を渡るのが、桜橋。
桜色に塗られたやさしい色合いの橋は、寺町と呼ばれる前田利家の築いた加賀藩の城周りを守る一郭である寺院群を頂く犀川に面した段丘から、兼六園に至る道の途中にある。
W坂と呼ばれる暗い急な石段を要した坂を下り、すぐにこの桜橋はある。
寺町台と呼ばれる加賀藩の当時城のある城下を取り巻く防衛の一貫として築かれた寺院群のある台地から下りてすぐにあるこの桜橋を渡って、すぐに左に川沿いに折れる道をいくと、現場がある。
室生犀星の杏の碑と。
高浜虚子の句が刻まれた碑が、塀を隔てて並ぶその杏の花が散り敷く川の畔に。
美しく淡い桃色の花が散り、石を踏み、河川敷へと至る跡を辿れば、その死体が発見された場所になる。
石段の途切れた中段に。
そして、そのほど近くに。
それ、はあった。――――
河川敷にテントが張られて、イベントの呼び込みが行われていた。
「並んでください、―――予約された方は、番号を書かれてますか?――はい、ではこちらに!」
案内する声が強く吹く風に負けないように大きくなる。テントの前、芝生の路面に置かれているのは趣味の品々なのか、石や、たらいに泳いでいる赤い魚、―――。
あるいは、鉱物の結晶なのか、模型なのか。
不思議な品々が並んでいる天幕の正面には、看板らしきものが立てられているが、色あせてよく文字が読み取れなくなっている。
「若い人達ばかりですね」
「そうですね、何があるんでしょう」
鷹城と神尾。二人がそっと河川敷に白いテントが張られているのをみて首を傾げる。 集う多くの若者に目を見交わす。
集まるのは、二、三十人にもなろうかという若い人達の列だ。それも、女性も男性もいるが、皆かなりおしゃれで、スマートフォンだけでなく、本格的な一眼レフのカメラを持って、天幕の外観などを撮っている者達もいる。男女ともにかなり意識の高いおしゃれをした若者達が集うさまは、明るい青空の下に天幕が張られた河川敷には似合わず、また金沢という土地柄に集う観光客とも一線を画した人種であるようにみえた。
そーっと、木陰からそれを隠れるように覗く鷹城に。
「あ、あの、神尾さん!」
あわてて鷹城が追いかけていくのだが、先に歩き出した神尾の歩みはためらいなくまっすぐにその天幕で列を案内している人物に向いていた。
「すみません」
「か、神尾さん、…―――」
そして、列に並んでいた若者達、特に女性達がどよめいて神尾と追って現れた鷹城をみる。
「神尾さん、――」
止めている鷹城にも構わず、驚いて声も出ない案内人に神尾がにっこりと微笑む。
「すみません、通りかかったんですけど、こちらは何をしてらっしゃるんですか?」
好奇心に輝いている神尾の瞳に、息を呑んで案内をしていた人物が手にしていた紙を一度握り込んでまたたく。
「えっと、あの、―――あの、はい、こちら、入るのには一度に三十分で、千円をもらっていて、―――い、いまなら入れると思いますよ?どうされます?」
小さな椅子に置いていた番号を書き込んでいた紙をみせて、どうやらこれまで説明していたと同じことをくちにして、ようやく少し落ち着いた案内人を見返して。
「秀一さん」
「え?あの、―――神尾さん?」
振り向いてにっこり微笑む神尾に、困り果てた顔で鷹城が見返す。
「ええと、―――はい、…?」
列に並ぶ男女から注目の的になってしまっていることに気が付いて。
極普通の住宅が並ぶこの川沿いの河川敷で、この場所だけ異次元のように若いおしゃれな男女が並ぶ集団に。
振り向いて、期待する瞳で見ている神尾に。
鷹城が困り果てた顔で見返して。
「――わかりましたっ、…!はい、二人分」
「あ、はい、じゃあ、列の一番最後に並んでください」
鷹城が神尾の分も併せて現金で支払って。
天幕の中は、淡い白のカーテンが引かれて中が見えない。
強い風に髪を乱しながら、神尾が期待する顔で若者達の列の最後に並ぶ。
「何があるんでしょうね?」
「あの、…――いっておきますけど、神尾さん、僕が二人分支払ったんですからね?」
「はい。ありがとうございます。」
「―――…」
後で、にいさんに請求しよう、…―――。
思わず、滝岡に神尾の分を請求しようと思いながら、ちら、とまた新たに訪ねて来た若者達に対応している案内人を振り向く。
――領収書は、…でない、よね?
少しばかりかなしげに、上空を渡る風の強い水色の空を仰ぐ鷹城である。
「うわあ、…――――――」
天幕の薄暗い中に、揺らめく洋燈の照明が妖しく不可思議な空間を造っていて。
思わず言葉を失う鷹城に、神尾は好奇心を隠さずに周囲を実に興味深げに見回している。
「皆さんすわってください、――いまから、見学の説明をします、――」
案内人が中に入り、淡い灯りが周囲を取り囲む中で、若い男女が用意されていた並ぶアンティーク風の椅子に座るのを待つ。
「見学は三十分で、途中で奥の部屋とこちらの部屋で入れ替えになります。それから、入場料以外にお志を入れてくれる方は、是非こちらに!」
案内人が見学の仕方を説明し終わり、一同が自由に見学を始めた中で、神尾にそっと鷹城が囁く。
「不思議な空間ですね、――」
「そうですね、これは標本ですね」
「ええと、―――うん、はい」
思わず鷹城が引いている前で、神尾が平気で、というよりむしろ楽しげに周囲を見回していく。若者達は、自撮りや周囲に飾られた灯りの装飾を撮影することに夢中になっている。
青空の下とは異なった天幕で遮っただけの内部なのに、洋燈が揺れて不可思議な空間となっている。
「あの、皆さんはどうしてこちらにこられてるんですか?とても若い方ばかりですけど」
案内人が他の客達に説明を終えた処に、神尾が不思議そうに直接訊ねる。
それに、驚いたように振り向いて。
「あ、それは、SNSですね。イベント告知をSNSでして、全国をこれで回ってるんですよ。金沢では三日間開催します」
「SNSですか、―――」
驚いてすっかり感心している神尾に、そっと鷹城が服を引っ張る。
「神尾さん、お仕事の邪魔しちゃ」
「いえあの、…案内するのが仕事ですから、――ここのアート、作ったのは私じゃないんですよ。作者はあちらの方で」
客を一人案内してきた人物、―――白衣を着た、白髪のその人物に。
「え、あの、―――」
思わずも驚きに鷹城が言葉を無くしていた。
白髪痩身の人物は、資料で鷹城が見た写真と。
そして、――――。
「滝田先生」
にっこり、神尾が話し掛ける。
白髪の人物が、何か指導していた手を止めて、顔を振り向けていた。
照合された際の資料写真。
其処にいたのは、死んだはずの滝田教授の資料写真とまったく同じ顔をした。
遺跡の中で死体が見つかったはずの、―――――。
「こんにちは」
振り仰ぐ滝田と、神尾の視線があって。
無言の時間に、―――。
「橘くん、次の見学の人達は断って、今日はこれを最後にしてもらおうかな?」
「え、はい、―――先生、…―――」
驚いている案内人に構わず、先生と呼ばれた滝田が、また案内してきた客に何かの作り方を教えている。
その冷静かつ淡々とした様。
異様な雰囲気ともとれる、幻想的で周囲を埋め尽くす灯りの中で。
同じく白衣と見紛う衣装をきた男女がよくわからない客に、痩せた指先で細かな何かを寄せて、滝田は指導を行っている。
「吉岡」
「滝田、…――おまえ、死んだふりするんなら、アカウント別の作っても、おれの論文読みに来て、意見なんか残すなよ。どう読んだって、おまえのコメントでしかなかったぞ?」
哀しむような、泣くような、あるいは、笑っているような。
泣き笑いをして、滝田に向き合う吉岡は、―――。
白いテーブルに向かい、手許に持ったピンセットを宙に浮かせたまま、座っている滝田が、他の客が引けたあとに天幕をあけて入ってきた吉岡を見あげて。
どこか感情のないような、それとも無表情の中で何かが動いているのかわからない滝田に向き合って。
吉岡は、泣き笑うようにして言葉を継いでいた。
「おまえさんのアクセスポイントを見つける為に、警察に協力してもらった。――…悪かったな、―――…かくれたかったのか?」
泣くのを誤魔化すように、吉岡がぎゅっとくちをむすんで問いかけるのを。
ピンセットにつまんだものを、丁寧にシャーレに置いて。
ゆっくりと眼鏡を外して。
それでも、無言で滝田は吉岡に向き合っていた。
言葉は、なくしたのかもしれない。
あるいは、なにも。




