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First Contactシリーズ 感染症専門医神尾&外科医滝岡「感染症専門医神尾の事件簿」 ――indigenous flora――  作者: 御厨つかさ


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「それは勿論、千枚くんは既に高齢でしたから、移植適応からは外れていたのです。」

 それは単純なる事実だった。

 日本では、海外と比べても異常なほどに腎移植の事例が少ない、―――。

 移植できる技術がないわけではなく、移植に関する費用もまた医療保険で賄うことができ、理論的には海外の諸外国よりも費用面でも技術面でも移植に関するハードルは低いはずなのだが。

 実際には、日本では腎移植を待機している内に亡くなる患者数は突出している。

 そして、その替わりに海外では移植待機までの非常手段ともされている人工透析が普及している国となっている。

 費用の点ではかなり移植より高額となる人工透析だが、この負担は医療保険により賄われていて、透析を受けていれば、通常の社会生活を送ることができる患者数は、諸外国よりもかなり多く、この人工透析で救われている患者数に関しては、日本は突出している。

 いずれにしても、日本では移植が極端に少なく、待機している患者数が多い為もあり、優先順位がつけられている。

 そして、移植適応となるかどうかの判断。

 それは、まず第一に年齢が挙げられていた。

 もとより移植適応となる腎臓の提供が少ない日本では、優先的に移植先は若い患者に回されることになっている。

 全身状態等も考慮されて、移植の順番待ちをすることになる患者達を救う提供腎はあまりにも少ない。

 世界的指揮者といわれて、人類の宝ともいわれた千枚氏についても、日本の現状では適応が限られて移植適応外となるのは当然のことだった。

「海外での移植を勧められることもあったそうですが、全身状態のこともありましたし、―――何より、もう高齢でしたからね。千枚くんは、死を受け入れることを選んだのです」

橿原の言葉に、関が脳裏に一枚の紙を思い浮かべる。

 千枚のコンサートが中止となった、その最後の公演の機会を奪った死の際に、千枚が使っていた控室に残されていた、一枚の脅迫めいた文句の書かれた紙。

 ――おまえのいのちはもうおわりだ――

そうそれだけの書かれた一枚の紙。

 確かに、千枚氏の命はもう終わりだった、―――――。

 しずかに思考している関は、気づいていないが。

 その関を滝岡が不思議な視線で気遣うように見つめている。







「最初の事件が起きたのが、その千枚氏のコンサートが行われる予定でした横浜音楽堂でした。その三階のテラス席から、最初の殺人による犠牲者が落ちたと思われていました」

「思われていた?」

山下の疑問に、関が応えずに手でくちもとを覆うようにして沈黙を守る。

 こっそりと、タブレットに集音されないように山下が関に訊ねる。

「何を知ってるんですか?先輩?」

「…―――だまってろ」

ぼそり、と囁く関に山下が睨む。




「そして、勿論、それは最初の事件でもなかったのです。時系列でいけば、―――。最初に起きた事件は、観法寺遺跡で発見された滝田教授のご遺体に関する事件だったのです」

時系列でいえば、と神尾が繰り返す。

「最初に死亡したのは、滝田教授でした。これは、解剖の結果からも判明しています。―――死亡した順番でいえば、一番最初に死亡したのは滝田教授。そして、次に横浜で落下した遺体、――――そして、最後が犀川河川敷で発見された、ご遺体となります」

神尾が息を継ぐ。

「発見された順序は異なりましたが。それは、やはり遺体を隠そうとする意志が働いたからだと思われます。滝田教授の遺体は遺跡の中に隠されました。もし、今回、微物に微生物が含まれているのがテスト環境で発見されなければ、発見されるのはもっと後、―――まったく、横浜の事件とも金沢でのもう一つのご遺体とも関連性は不明のまま、何年も発見されずに終わったかもしれません。あるいは、次に発掘が再開されるまで―――」

神尾の言葉に、美月がぞっとして身震いする。

「つまり、…遺跡を保存するかどうか決まるまで、誰も次に発掘するかどうか決まるまでは現地にいってブルーシートをめくるなんてことはしないだろうから、――――」

「遺体を埋めておくには、いい場所かもしれないね」

「――――!」

美月の言葉におもわずみさきが思いついていうのに。

 思い切り睨まれて、みさきがたじたじと下がる。




「あいつは、いいやつだったんだ。妙な実験とかが好きでな。分野は全然違うが気があってな。だから、この間書いた論文について、意見を聞きたかったんだ、―――だのになあ、…」

滝田教授に連絡を取った契機を神尾に訊かれて、吉岡が慨嘆するように述懐する。





「問題は、誰が誰を殺したのかということと、その証拠です」

神尾の言葉に、仲間巡査が真面目に大きくうなずく。




「その前に、ある人物の特定に関して報告しましよう。最初に横浜の事件で医師を詐称して、僕が容疑者して逮捕されるきっかけを作った人物、それは、金沢で如月さん宅を襲おうとして逮捕されたのと同じ人物でした。病院で警察官を詐称して、如月さんの住所を知って襲った人物です。」

それを聞いていた美月が、怒ったようにまなじりを上げる。

「許せないっ、―――!私たちを襲おうとしただけじゃなくて、神尾先生にまで迷惑をかけたの?」

「…あの、美月?」

みさきが心配そうにみるのにまったく気づかず、美月が憤っている。



 神尾が振り向いてみるのに、関が片手を挙げて発言する。

「その人物に関しては、石川県警でも調べてるが、こっちで調べたことも報告しよう。名前は、荒木又右エ門四十一才。おかしな名前だが本名だ。住所不定無職」

「ありがとうございます。さらにいうと、医師を騙り千枚氏の控室に脅迫文ともとれる紙面を残しています。文面に関しては、捜査情報になるそうですので割愛、ということで大丈夫ですか?関さん?」

「―――…なんだか、どこまでが話していい情報か不明だけどな?それをいったら、この集まり事態が結構不穏だぞ?…まったくな」

「まあ、報告会ですから」

「だから、何のだよ、…―――」

嫌そうに顔をそむける関に神尾がうれしそうに微笑んで。

「まあ、そういわないでください。いってみれば、これは追跡微生物に関するデータ検証の報告ですから」

「そういうのはよくわからないから、さっさと進めてくれ。で、その検証とかの結果、犯人がわかったんだろ?その荒木って奴なのか?検証結果で、証拠が集まってるのは?それとも、教授を騙って遺跡で捕まったやつなのか?」

「本来それって、僕たちが捜査してつかまなくてはならない情報のような気がしますけどね?」

自棄になったようにいう関の隣で、淡々と実に冷静に山下が突っ込む。

「…―――おまえな」

「はい、なんでしょう?」

ある意味、神奈川県警捜査一課のゴールデンコンビといわれている関と山下の不毛な漫才が聞こえてきて、仲間巡査が金沢で反省をする。

 ―――おれ、これで情報が得られたら後付けで証拠固めに使おうなんて考えてた、…。

くちには出さずにこっそり反省している仲間の耳に。

「それは、勿論、ここで得た情報があれば、ありがたく民間からの情報提供として、これから裏付けに走るにきまってるだろうが。でなくて、何でこういうよくわからん集まりに参加してるんだ?」

「―――先輩、それは本音すぎます」

 はっきりくっきり聞こえてくる関の声に、仲間が沈黙して空を仰ぐ。

 埋蔵文化財センターで一緒に聞いている美月達、民間人の視線が痛い、と思うまだ純情な仲間巡査である。――――



「それでは、結論から申しますと」

神尾があっさりとそんな関達に向けて云う。

「実は、どちらも犯人ではありません。殺人を犯したという意味ではですが」

にこやかにいう神尾に、仲間が仰天して思わず声を上げてしまって。

「えっ―――?それじゃあ一体、―――、あ、すみません、…」

美月たちの視線に、思わず小さくなって仲間がくちを噤む。



「それじゃあ、犯人は誰なんだ?この三人を殺した?」

関の質問に、金沢で美月達が大きくうなずく。



「犯人ですか。―――」

「ああ、死体があるんだから、生まれた原因があるだろ?死体が生まれた原因だ」

関の言葉に神尾がにっこりと笑顔になる。

「死体を生んだ犯人ですか」

「そうだ」

「はい、―――その意味では、」

にこやかに神尾が続ける。

「その意味では?」

神尾が涼やかな笑顔でいうのに、何処か滝岡が同情するような表情で関を見つめる。

 一拍、間をおいて。

にこやかに神尾がくちにしていた。

「その意味では、犯人はいません。いえ、さらに厳密にいえば、この場合ご遺体それぞれが、死体を生み出した犯人といえるかもしれません」

「――――それはつまり、…」

関が顔を顰める。

「はい、かれらは、この三人はすべて、自殺をしたと考えて良いと思います。殺人は、他者が他者を害するという意味では、行われなかったのです」

「―――全員自殺だと?」

「はい」

「じゃあ、教授はどうなるんだ?遺跡の中に埋もれて発見されるなんて、自殺では無理だろう」

関の疑問は、神尾の解説を聞いているすべての人物を代表するような疑問だった。





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