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First Contactシリーズ 感染症専門医神尾&外科医滝岡「感染症専門医神尾の事件簿」 ――indigenous flora――  作者: 御厨つかさ


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「神尾先生は、それで滝田教授のアカウントを使っていた人物に不審を感じて、誘き出す為にこの遺跡にまで来られたんですか」

「はい、―――御本人が生存しておられれば一番良かったのですが、残念です」

 観法寺遺跡。

 その窯跡で死体が発見された場所で、仲間に訊かれて神尾が死体を掘り出した後に残る穴とそれを保存する為に上に設けられたテントとブルーシート。それに、風雨が入り込みすでに流れを作り出している土跡をみながら、しずかに応える。

「それに、ここにご遺体があることはわかっていましたからね」

「え?」

驚愕の視線でみる仲間巡査に、視線を向けずに淡々と神尾が雨の作る水流が既に生まれている埋め跡をみている。

「ここに死体があることがわかってたんですか?」

「はい」

水流の、水の行く末を追うように見つめている神尾を、驚異の視線で巡査が見つめて。

「あの、まさか、死体が誰かも知って、――――」

「それはわかりません。ですが、此処に死体があるのはわかっていました。ですから、ここを選んだんです。如月さんの家が襲われたのも、おそらく此処に御遺体があったからでしょう」

「それは、――――」

茫然としている仲間巡査に神尾が顔をあげて。

「もう行きましょうか?ここでの採取はもう済んでいますから」

「え、あの、その、―――説明してくださいっ、…!」

ためらわず踵を返す神尾を追って、巡査が走る。




「凄い天気だな。先もだが、晴れてる青空が向こうに見えてるってのに、雷と大雨だぞ?」

関が顔を顰めて云うのに滝岡が淡々と云う。

「慣れていればそんなものなんだろうがな。北陸特有の天候だそうだ」

「おれは、晴れてるときはきちんと晴れてる方が好きだぞ?」

文句をいいながら関が地方放送の放送局が向かいにある金沢中警察署、そのロビーを出て緑と空を仰ぐ。

 戦災に襲われなかったという古い町は、狭い街路と豊かな緑を残して、現代のビルや近代的な美術館が立ち並ぶ中にも趣を失っていない。

「処で、教授らしき死体が発見された河川敷がすぐだぞうだ。行ってみるか?案内してくれるそうだが」

「そうだな、…。神尾が来るまでまだ時間もあるしな。行ってみるか」

滝岡が関の提案に乗って、極近いという現場まで歩いていくことになる。




 犀川河川敷―――金沢中警察署から、金沢市の中心部を流れる二つの河川の一つ、犀川までは徒歩で数分の距離になる。

 本当に近い距離を歩いていくと、明るい桜色の橋が見えてくる。その河沿いを歩いていくと、ほんの数分過ぎた箇所が遺体の発見された現場だった。





「此処か、――――」

関が呟いて桜色がひらく樹木を見あげる。黒い瓦の乗る白い塀に降り掛かるように咲く桜色の花に、見上げて。

「桜か?これは?」

枝ぶりと何かに、わからないながら違うような気がしていう関に、近くに置かれてある赤い石で作られた碑を見ていた滝岡がいう。

「よくわからないが、杏じゃないか?この碑に杏の句が書いてある」

「杏か?いわれてみれば、そんな気もするな、――――。そうか、杏か」

「御遺体は何処にあったんだ?」

近くを川の流れが瀬音を運び、淡い緑の芝生はまだこの時期には完全には生え揃っていないのだろう。桃色とも桜色とも近い淡い薄紅の花が降り掛かるように咲く樹の向こう。塀の背後にある方角を関が示す。

「あちらだ。あちらの裏に石段があって、現場はそこになるそうだ」

案内する警察官を先導に塀の反対側に入るとまたこれは別の石碑があり、何か句が彫られているのを横目に緑の芝生がみえる河川敷へと降りる階段へと歩く。

 石敷きに先導されるように歩くとすぐに短い石段があり、中段に僅かにスペースがあって、さらに続く石段が河川敷へと続いていた。

 左を振り仰げば、先にみた桜橋という名の桜色に塗られた橋が見える。

 まだこの時期、犀川の流れは寒そうである。

 対岸の坂を上がる景色のさらに向こうには、犀川の上流に向けて白く山肌をみせる山脈が連なり、青く解け始めている雪の模様が、青く清々しい空気の中に春の訪れを感じさせている。

「きれいなもんだな。…両側に植えられてるのは、桜か。季節には綺麗だろうにな」

感慨深く関がいうのに、案内してきた警官が頷く。

「この辺りは春には綺麗なものですよ。河川敷も開放されてますから、シートが敷かれて御花見客が出ましてね」

「そんな処で、人を殺さなくてもな。…この中段の辺りで倒れてるのが見つかったのか」

「はい。最初は、事故か病死かと思われたんですが」

「――それで、特定はされたのか?」

「いえ、まだ。しかし、結果はそろそろだと思います」

「そうか。…残念だろうな、吉岡さんという人は」

「そうだな」

滝岡が、犀川の流れと両側に植樹された桜並木の華が咲くころには実に見事だろうさまを眺める。

 いまはまだ寒さの残る気候に、桜よりも少しばかりはやい杏の花がいくばくかの華やかさを添えているばかりだ。

 青い空を映して、流れる川が蒼く染まる。

「行くか、滝岡。…―――神尾先生」

「神尾」

彼らと同じように警官に付き添われて姿を現した神尾に、二人が振り向いて。

 それに、淡い微笑みで答えると、神尾は天を仰いでいた。

 空の何処にも、そして地にも。

 すでに、何処にも此処に斃れていた姿の名残などありはしないのだが。

「――神尾」

歩み寄り、隣に立ち呼び掛ける滝岡に、神尾が見あげる。

「滝岡さん」

「行こうか」

「―――はい」

 神尾がうなずいて、杏の花が散る河景色を振り向いて。

 いく河の流れがもとにはもどらないことを、――――――。





「観法寺遺跡から発見された死体の身許がわかったそうです!」

金沢中警察署に戻るなり仲間巡査が慌てて話しかけてくるのに、関が眉を寄せて見返す。

「なんだって?早いな。教授の身許はまだだろうに?」

「それが、その、――――」

戸惑いながらくちを噤み、神尾をみて言い淀む巡査に関が促す。

「さっさといってくれ。こちらは帰る新幹線の算段もあるんだ、――――?」

「それが、その、あちらのご遺体が、滝田教授だと」

「何だと?」

強面の関に睨むように見られて、仲間が一瞬泣きそうになって踏み止まる。

「いえ、その、ですから、―――神尾先生?」

「あ、そうか、―――そういうことだったんですね」

「何がわかったんだ?」

滝岡の問いに、神尾がひとつ頷く。

「わかりました。横浜に戻らないと、――――確認しましょう」

「ええと、おい?…すまん!後で報告はさせる!それと、その後の進展について連絡してくれ!」

いうと突然踵を返して歩きだし、中署の外へとタクシーを拾いにいく神尾に、関が慌ててついていきながら仲間に叫ぶ。

「は、はい、あの?神尾先生、関さん!説明は?それにその、――――」

困惑している巡査を置いて、滝岡も聞かなかったことにして後を追って歩き出す。

 ――すまん、仲間巡査。

もう外に出ている神尾が、観光地が近い為に拾いやすいタクシーをすでに捕まえているのに気づいて滝岡が慌てて駆け寄って。



「それで戻っていらしたんですか」

冷淡ともとれる感情のみえない院長――橿原の言葉に、滝岡が無言でうなずく。

「あら、文句をいわれませんなんて、どうしましたの?」

「色々と盛り沢山でしたのでね、――院長室にもいらっしゃることですから、いまは文句のつけようがありません」

「あらつまらない」

「―――院長、…」

「それにしても、金沢まで行ってきたのに、お土産の一つもないなんて。カニとかのどぐろとか、銘菓とかありませんの?」

「遊びにいったんじゃないんですよ?おじさん、―――と、どうだった?」

神尾、と滝岡が入室してきた神尾に呼び掛ける。

「お待たせしました、――――確認が取れました」

「そうか。…処でおじさん。私人としてのおじさんに訊きますが、――」

「はい、なんでしょう?」

感情の読めない橿原の淡々とした眸を正面から滝岡が見据えて話しかける。

「おじさんの友人であった千枚氏は、―――」

闇のような深く果ての無い奈落を思わせる橿原の眸を見据えて。

 真っ直ぐに。

「死期を悟っておられたそうですね。余命宣告を受けていたとか」

淡々と問う滝岡に、これもまた淡々と答える。

「そうですねえ。そう、きいております。もう随分と闘病生活を送って長かったのですがね。千枚くんは、――――そうです。死を悟っていました。もうすぐ来る己の死をね」

やさしくさえ聞こえる、柔らかな口調の院長の言葉を、滝岡はしずかに受け止めていた。




 一人、神尾は廊下に佇み一面のガラス前に据え付けられたステンレスの丸い手すりに手を置き、空を見あげるようにして思い返していた。

「死は必ず訪れる。それは、平等に誰にでもだ、…―――神尾。人は、医療は本当に人を死から救うことはできないんだ。唯、少しばかり、生きる人の生命の力に手を貸して、ほんの少し手助けをして、その生きることを助けることが、医療にできることだ」

 ―――滝岡さん、…―――。

いつだったか。深い夜の底を覗くような闇の近い夜に、滝岡のそんな言葉を聞いたことがある。

 医療は、完全ではないと。けして、人の命を救う力を持つものではないと。

 …―――だからこそ。

 人が人に手を差し伸べる、――――。

 人が人を助けようと手を差し伸べる、その持つ力を振り絞って、出来る限りのことをするのが、医療だと。

 医師にできるのは、その小さな力を貸す手助けをすることだけなのだと、――――。

「不思議な人です」

 他人からみれば、外科医としての滝岡の腕は、難手術に対して奇跡を起こすことのできるといわれるものなのだが。まったくそれに対して驕ることがなく、むしろ、それでも力が足りないと常に努力している滝岡を身近にみて。

 神尾は、――――――。



「今回の事件は、広域で一元的に感染症情報を集約したテスト環境がなければ、関連性があることさえみえてこなかった事例だと思います」

神尾が、関達一同を見回していう。

 滝岡総合病院院長室。

 そこに集められた一同が、それぞれの想いに沈む面持ちで思い思いの恰好で神尾の言葉を聞いている。

 滝岡は、珍しくソファに座って。

 関は、扉近くに立って腕組みをして。

 そして、院長席にはこの処珍しく橿原が座っている。

 そして、直接参加できない面々は、テーブルに置かれたタブレット端末を通して参加している。

「僕が関連に気づいたのも、微生物の共通性に気付いたからでした。横浜の音楽堂で落下した遺体から検出された微物の中にあった微生物の遺伝子が、金沢で発見された二つの微生物と同一であることがデータを一元化したことで見えてきたからです。その一つは、埋蔵文化財センターの遺物等に付着していた微物の鑑定依頼から。そして、もう一つはご存知の通り、金沢にある犀川河川敷で発見された身元不明のご遺体から採取された検体に含まれた細菌の遺伝子データでした」

「それは何れも、新しい解析システムが組まれてたから解析できたデータでな。おかげで、随分と解析がはかどった。これまでなら、もっと分析には時間がかかってたろうな。特にこんな遺伝子データは」

タブレットから響いた声に、神尾がうなずく。

「いま吉岡さんがいわれたように、細菌やウイルスの遺伝子解析にはこれまで時間がかなりかかっていたのですが、この一元化データと同時にテスト運用している解析エンジンのおかげで、随分と解析がはやくなりました。遺伝子解析の費用も年々安価になってきていますから、これからはこうした微生物の鑑定がやりやすくなっていくと思います」

北海道大学の吉岡は、タブレット端末を通して参加している。

 吉岡の発言に再度頷いて神尾が続ける。

「そして、わかったことがありました。―――観法寺遺跡から出ていた鑑定依頼、―――それは、実は有機物ではない、土器の欠片に関するものだったのですが」

 うんうん、と神尾の声を聴いて、埋蔵文化財センターで美月がタブレットを前に真剣に聞き入っている。

 隣に座るのは、夫のみさき。

 向かいにいるのは、埋蔵文化財センターの発掘している遺跡で死体が発見されたことに関して情報を得ようという美月の上司や同僚達である。

 さらに、金沢中警察署の仲間達も、同じく美月が机に置いたタブレットを囲んで真剣に聞き入っている。

「――その遺跡から出土した微物についていた微生物―――今回、同じ遺伝子で変異を持つことで指標生物となった微生物は、本来、土器などに付着しているものではありませんでした」

神尾が僅かに言葉を切る。

「何故それがわかったかといえば、その微生物は、――――」

 神尾の言葉に美月が真剣に聞き入る。

 感情を交えず、正確に。

 神尾の言葉が、遠く空間を隔てて金沢にまで届き、響いていた。





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