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First Contactシリーズ 感染症専門医神尾&外科医滝岡「感染症専門医神尾の事件簿」 ――indigenous flora――  作者: 御厨つかさ


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10 千枚秋良氏、死去


「千枚秋良氏、死去。―――ですか」

橿原が新聞の一面に大きく写真付きで載っている訃報をみて、一人呟く。

 指揮者の千枚秋良氏、死去。

 大きく新聞に載った文字と、逝去を遡ること約半年前に撮影されたと記憶している写真が、紙面の上半分を大きく飾っている。往時の勢いはないが、鬼気迫る何かに憑かれたようにして、指揮をする白髪の千枚が映る写真を橿原はしばし眺めていた。

「先日のコンサートが行われなかったことは、本当に残念でした。…」

 おそらく最後になったであろうコンサートは、行われなかった。

 それは、はたして、―――――。

しばし視線を伏せ、橿原は物思いにふけるように、手にした紙面を眺めたままデスクに向かって座り動くことも忘れたようにしていた。





 宵闇が近付いている。

 金沢の天候は変わりやすい。いまも、青空が先程まで見えていたというのに、急にまだ青い空の欠片が見える処にあるままで雷雲が轟き、空が掻き曇り、突然の風雨が辺りを暗くしていた。

「まずいな、しかし、空の向こうが晴れてるのに、こんな雷雨が降ってくるのか」

「こちらではよくある天候です。―――弁当忘れても傘忘れるな、といいましてね、――――…着きました。滝岡先生は中にいてください」

豪雨が降り風が斜めに吹きすさび凄まじい音を立てている。一挙に掻き曇る空に周囲は暗く日が落ち、さらに外に出た関達に白い塊が、あられかヒョウか、――確かに白いものが叩き付ける。

周囲を人家に取り囲まれた中に、目標とする如月家がある。パトカーでわざとサイレンで音を立てて乗り付け、そのまま赤色灯が回るままにして、まず仲間が正面から玄関を訊ね、もう一人の警察官が裏に回る。

「滝岡先生?」

そのとき、仲間がパトカーから降りた滝岡に驚いて声を掛けるが、思い切って玄関に向かう。

「滝岡」

関が短く呼び、裏へ回る塀を行く警察官と反対側に向かう方へ一緒に来るように促す。

無言で滝岡が従い、そうして家の四囲を囲むように回ったかれらの上に、暗雲が白く雹を叩き付けてきていた。

 暗闇の中に雹が叩き付け風雨が雷鳴を伴って轟く。

 塀を回り上に手を掛けた関が庭に向かう硝子窓を割ろうとしている侵入者を見つけて無言で滝岡に回り込むように指示する。

 それに、滝岡が塀を音もなく降り、庭に着地して男の背に。

 関が、持っていた小石を落として、窓を割ろうとしていた男がびくりとその音に振り向いた。

 その背を、襟首に手を伸ばし、触れたのか、あるいは触れないのか、――――。

 滝岡の手が僅かにふれたかと思えた瞬間に。

「――――滝岡先輩?」

反対側から回り込んできた、仲間と共にやってきたみさきが、その姿をみて驚いて声を。

 瞬間、宙に侵入者の身体が浮いたようにみえ、きれいに回って地に落ちていた。

「あ、の、―――滝岡先輩ですか?」

「…如月?」

不思議そうに滝岡が問い掛ける。地に倒れた男の身体を動かないように関と仲間が肩と腰を押さえて。

 その瞬間、不思議に周囲に吹き荒ぶ嵐が止み、青空が白い雲と共に姿を現していた。

 白い雲と青空を背に、明るい日が射すのを背に立つ滝岡に。

 如月みさきが、驚いて歩み寄る。

「先輩ですか、…―――昨年の閲覧式以来ですね。どうして先輩が?」

「…ああ、如月というのは珍しい苗字だと思っていたが、―――如月美月さんに遺跡を案内してもらっていたんだが、奥さんか?」

「はい、―――ええ、そんなことが、その、先輩はどうして?」

「うちの感染症専門医の神尾が遺跡を見学するのにな、―――それにしても、すまなかった。巻き込むことになったな」

「いえ、その、――どういう事情かはよくわかってないんですが、…。妻が運ばれた病院で、警察官を騙る男に住所を聞かれたらしくて」

「そういえば、奥さんにケガはないか?死体を発見した際に意識を失ったので、念の為病院に運んでもらったんだが」

「先輩ですか、診ていただいたのは!お陰様で大丈夫です、―――?」

みさきが、仲間と関が侵入者をパトカーまで運ぶのに一緒に歩きながら思いがけない再会になる滝岡との会話に夢中になっていると。

 パトカーがもう一台、関が侵入者を後部座席に仲間と共に入れてドアロックを確認して振り向いた処に到着していた。

 神尾がその後部座席から降りてくるのに、滝岡が紹介する。

「如月、あれがうちの神尾だ。今回、こんなことに巻き込んでしまった原因だ。すまん」

「そうなんですか、――――と、え?」

 みさきが驚いて声を上げる。

 神尾が、反対側の後部座席から降りた人物に呼び掛けて、手許にもっていたキットを除くようにその人物がしたとき。

「――え?え?なんですか?」

驚いてみさきが声をあげ、振り向いた関が思わず固まってその光景を見る。

 神尾が、差し出したキットか何かに滝田と名乗っていたな、と滝岡が思い出してみる人物の手が伸びたと思われた瞬間に。

 きれいに、その人物が地面にひっくり返っていた。


「そーいや、神尾先生もおまえと同じ、合気道だったか?やってたんだな」

関の言葉に滝岡が首を傾げてみる。

「同じではなかったと思うが、―――神尾のは確か、合気道ではなかったと思う」

「まあ、それはどうでもいい。仲間さん、確保頼む」

「は、はい!」

関が促すのに慌てて仲間が神尾が倒した人物が、黒く塗れた地面に雹や霰の白い塊が散らばる中に気を失っているのを見つけてさらに慌てる。

「あの、これは?神尾先生?」

「この方、滝田教授ではありませんからね。おそらく、先日金沢市の犀川河川敷で見つかったご遺体が、滝田教授だと思います。ですから、捕まえておいてもいいんじゃないでしょうか?」

「――――え、あの、犀川河川敷の、ですか?え?はい、―――」

「まあ、気を失ってる間に拘束しておいた方がいいと思うぞ?そのポケット、入ってるのはナイフだろう。刃渡り二〇センチはある。銃刀法違反だから、拘束する理由にはなると思うぞ?」

「関さん、―――あ、はいっ!」

いかにも無害にみえる白髪混じりの痩身の人物―――滝田と名乗った―――が意識を失ってみえているポケットから覗くナイフに、頷いて仲間が神尾達を運んできたパトカーの警官に応援を頼んで拘束をする。

 いつの間にか晴れていた景色の中に、神尾がにっこりと微笑んで滝岡達に近づいてきて。

「そちらは大丈夫でしたか?」

「ああ、まあな。神尾、この先生が自称で別の人物だということは最初からわかってたのか?」

「用意してこられた試薬が正しいものだったんですが、新品でしたので。おそらく、滝田先生のアカウントを使って、吉岡さんとの会話にアクセスしてきていたんでしょうね」

「なりすましか、怖いな」

「そうですね、―――と、関さん?」

「そういうのがわかっていたら、先にいってくれ。滝岡、おまえもだ。おれが学者とかなんとかいってたときには、おまえもわかってたのか?」

怖い顔をして関がいうのに、滝岡が苦笑する。

「いや、わかってたわけじゃない。おかしいなとは思ったが、それだけだ」

「だから!思ったならいえ!」

「確信が持てないのに失礼だろう」

「ちなみに、何でおかしいと思ったんだ?」

顔を寄せて睨む関に、滝岡が笑む。

「いやな、神尾が時代をみると言い出したのに同意してたからな。試薬を使って現場で検査できるものも確かにあるが、時代をみようと思ったら難しいのではなかったかと思ってな、――――。よくは知らないんだが」

「先にいえ、先に。て、ことは、もしかして、神尾さん、…―――神尾先生」

見直す関に、神尾がきょとんとした顔でタブレットから顔を上げる。

「何ですか?関さん」

「いえ、――もしかして、此処に来る際に、というか、もっと前から、横浜から金沢に来るのを計画してた時点で、この滝田と名乗ってた男を誘き出して捕まえるつもりだったんですか?」

「呼び出せるかどうかはわかりませんでしたけど、吉岡さんに頼まれていましたから」

「頼まれてた?」

驚いていう関に神尾が淡々と。

「はい。―――…実は、先日から、金沢大学の友人である滝田教授と連絡が取れないといわれていて。正確にいうと、アカウントを使ってやり取りはできるんですが、どうにも本人らしくないと相談を受けていて」

「――――…見事に事件性があるじゃないですか、…どうして相談してくれなかったんです。滝岡、おまえは知ってたのか?」

振り向いて責めるようにみる関に滝岡が。

「いや、知らん。―――」

「ったく、それで金沢までついてきてたのか?」

「何かあるような気はしてな」

「―――おまえな、…」

頭痛を憶えて関が見事に雲の走る青空を見上げる。

 神尾はといえば、そんな何もかもを知らないようにしてタブレットを手に風の渡る青空と走る白雲に流れる雨雲の変化に富んだ空の景色を見上げている。




「えー見たかった!神尾先生!」

「滝岡先輩も相変わらず格好良かったんだよな!」

如月家。といっても、襲われる処だった如月家ではなく、如月みさきの両親が住む方の如月家である。住所が警察官を名乗る男に知れたと解った際に、警察に連絡して父親と共に子供達と移ってもらっていたのだが。

 子供たちの安全を確認して、安堵して今日あった出来事を報告しあっている若夫婦に、老夫婦があきれて茶を手に呑みながら見つめている。

「それにしても、ふたりともみーはーですこと。だれが育てたのかしら」

「少なくとも、みさきを育てたのは私達だろうねえ」

「そうなりますかねえ?」

老婦人の疑問に初老の紳士が応えて、おっとりとあきれながら婦人が茶をくちに運ぶ。

「まったく、困りましたこと」

「まあ、孫たちに何もなかったのが一番ではないかね?美月さんにもけがもないようだし」

「そうですねえ、…それにしても、ねえ」

あきれている老夫婦の前で、まだ興奮してみさきが語っている。

「滝岡先輩は除隊されてからも鍛えていらっしゃるとは思ってたけど、家に侵入しようとしてた犯人を倒した処はしびれたなー」

「いいなー、みたかったー!それから、神尾先生もでしょ?いいなあ、映像がみたい」

「悪い、記録してなくてさ」

「緊急時だから仕方ないよねえ、…それにしても、神尾先生が騙して連れてきた人が、あの殺人事件の犯人だったの?」

「それはまだわからないそうなんだけどさ、犀川で見つかった死体、事故とかいわれてたけど殺人だったんだな。…怖いね、しかも、」

「あ、思い出させないで」

美月が顔をしかめるのにみさきが謝る。

「ごめん、でも、―――それにしても、こんな一日はそうないな。…先輩が家に侵入しようとしていた犯人を捕らえて、そっちが案内してた人が殺人の容疑者で、それを捕まえる為に神尾って先生も来てたなんてさ」

「本当にありえないわよね。…何でしかし、家を狙ったんだろ?わたしは案内しただけだし。遺跡の関係?」

「それがわからないな。でもまあ、無事でよかったよ、本当に」

安心して顔を崩すみさきに美月がうん、とうなずく。

「ありがとー!」

「よかったよー」

若夫婦の会話を聞きながら、まったり御茶をして。

「どうにも、ばかっぷるというの?あれですわね、うちの子たちは」

「まあねえ、…。二人共外でいるとそれなりにきちんとはしてるんだがね。」

老紳士のフォローに婦人が一刀両断で切り捨てる。

「でも、孫たちはこれを聞いて日々育つんですからね。どうにかならないかしら」

「―――――…」

それはねえ、と老紳士が茶を手に空を仰ぐ。

 晴れていたかと思えば、時折突然雷が轟く北陸――金沢特有の天候の中で、まったりと若夫婦が互いの無事を喜び合い、老夫婦は何ともな心配をしながら茶を呑んでいる。








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