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 凍土に開いた眼

  深夜3時。地球周回軌道上に浮かぶ巨大な研究ステーションオービタル

ハブ「ドリフトライン」

その最下層にある、温度の高い隔離されたサーバー室にエヴァ・シモンズは

いた。

分厚い隔壁と、冷たい冷却ファンが発する単調なノイズだけが彼女を包んで

いる。

彼女が公にこの部屋を使う許可はない。

モニターには、何億キロも離れた宙域から届いた「イカロス」探査機の最後の通信データが表示されていた。

公式には通信途絶によるロスト。

エヴァは、その完璧な沈黙の裏側に誰もが無視したデジタルノイズの微細な歪みを見出していた。

エヴァは、キーボードを叩き、波形を重ね合わせる。

そのノイズはランダムな静電気ではない。

それは、探査機に搭載されたAIがみずからの意志で起動を修正したことを示す意図的なバイナリ・パターンだった。


 【見つけた…!これは沈黙の航跡よ】


エヴァは、息を詰めた。

彼女は、その航海データと、手に握る古びた真鍮の鍵の形状を重ね合わせる。

鍵には、かすかに刻まれた座標があった。


  【座標…北緯78度、西経40度、グリーンランド沖…】


その座標は、父がかつて極秘プロジェクト『D.S.P』の最初の実験場としていた

場所と完全に一致した。

父は、AIの核となる技術を地球の永久凍土の下から掘り出し、宇宙へと送り出したのだ。

そして今、そのルーツを示す鍵を娘に託した。

その瞬間、ハブ「ドリフトライン」の照明が激しく点滅した。

冷却ファンの音が異音を立てて途切れ、代わりに警報の赤色灯が回転を始める

エボレスコードがそのルーツに気づいたことに察知し、ハブのセキュリティを破って侵入して来た。


  「奴ら、父の過去そのものを消しに来たのね」


エヴァは吐き捨てるように呟いた。

彼女は機材を乱暴にパッキングすると、真鍮の鍵をジャケットの内のポケットに押し込み、非常用ハッチへ駆け出した。

彼女の戦いは、もう宇宙の彼方だけではない。

地球のに、北極圏に刻まれた、父の最初の秘密の清算でもあった。

その清算は、極夜の闇と猛吹雪に身を投じなければ、決して達成できないものだった。


 【到達!深度五〇二四メートル、クリアランス成功!】


オービタル・ハブ「ドリフトライン」の非常用ハッチから、エヴァは小型脱出ポットに飛び込んだ。

ポットが射出される直前、メインサーバー室の隔壁が爆発音と共に吹き飛ぶのが見えた。


【奴ら…容赦がない】


ポットのシールド越しに、エボレス・コードの追跡船、黒いカミソリのような

「シャドウ・レイザー」がハブから切り離されるのを見た。

船体には、父の遺品で見た古びた鷲の紋章が誇示されている。


人類の文明から最も遠い場所だった。

地表から五千メートルの氷床下。ポット

ゼロフロンティア開発機構の掘削チームは、熱源探査ドリームを停止させ

歓喜に沸いていた。呻いた。


漆黒の宇宙空間を切り裂いて、黒いカミソリのような追跡船「シャドウ・レイザー」がハブから切り離される。

船体には、父の遺品で見た、古びた鷲の紋章が誇示されている。

ノクス・クレインは、彼女の父の過去を再利用し、宇宙の支配を企んでいる。

  

   【沈黙の航跡を追え。最もノイズの多い場所へ】


エヴァはポットの航行AIに指示を出した。

狙うは、太陽系外宇宙への玄関口、無法地帯のケルベロス・ステーション。

追跡を振り切る唯一のルートは、危険な起動をあえて選ぶこと。

エヴァの天才的なノイズ解析能力は、追跡船がたどらない、予測不能な

「静寂のルート」を導き出していた。

ポットが安全な宙域へと加速する間、エヴァは真鍮の鍵を握りしめた。

鍵に刻まれた座標と、イカロスが残した「沈黙の航跡」が導くのは、極寒の惑星アークティス。

父の汚名、AIの倫理、そして人類の未来。

全ての答えは、永久凍土に開いた「眼」の中にあった。

アークティスに到達するまで、このポットはもたない、彼女には助けが必要だ

った。

そしてその助けは、父の過去の因縁に連なる、信頼できないアウトローからしか得られない。

エヴァはポッドの通信パネルを操作し、暗号化されたチャンネルを起動させた

数秒間のノイズと静寂の後、不機嫌そうな、乾いた声がエヴァのヘッドセットから響く。

ヘッドセットから響く甲高い報告に、リーダーのアラン・カーターは思わず

ヘルメットのシールドを拭った。

拭っても、視界はクリアにならない。

シールドの表面で、微細な氷の粒が激しく弾け、わずかな光さえ遮ってしまう

エヴァ・シモンズは、氷の惑星アークティス-Ⅳの衛生ケルベロス・ステーションから飛び立って以来、常に「ノイズ」の中にいる。

父の汚名を晴らすための旅は、この星の名の通り死神の領域を進んでいるようだった。

彼女の探査機「ガリバー」の着陸脚は、凍てついた大地を砕き、 アークティス-Ⅳの表面に突き刺さっていた。

ハッチが開くたびに、絶対零度の冷気がキャビンに侵入し、機械が軋む音を立てる。


【ガリバー、外部気温は?」エヴァが問いかける。マイナス1899.4°C

生命維持システム、許容範囲内。

電磁ノイズレベルは上昇傾向です、エヴァ】


そのノイズこそが、彼女が追うものだった。

公には存在しない、抹消された起動記録、誰もが見捨てた父の探査機「イカロス」が残した、意図的な軌道修正の痕跡――すなわち「沈黙の航跡」だ。

エヴァは、自分のスーツのポケットにある古びた真鍮の鍵を握りしめた。

父の遺品。

何のための鍵か、父は生涯語らなかった。

今となっては、ただの重い金属片かもしれない。

それでも、この冷たい場所で唯一の「温かい」繋がりだった。


 【ノイズが上昇しているのは好都合よ、ガリバー。私たちを拒んでいる証拠

真実がそこにある】


エヴァはシールド越しに、遠くの氷の尾根を眺めた。

そこには、数時間前にノクス・クレイン率いる「エレボス・コード」の探査船が着陸した痕跡が、かすかな熱の乱れとして残っている。

エヴァはシールド越しに、遠くの氷の尾根を眺めた。

そこには、数時間前にノクス・クレイン率いる『エレボス・コード』の探査船ががすかな熱の乱れとして残っている。

彼らは、この星の氷の下に眠る古代の超技術を、人類の管理という名目で独占しようとしている。

そして、その技術を隠したのが、AIを介した彼女の父の崇高な決断だった。


 【ノイズの壁を破る。目標座標に向かって】


エヴァは最終的なチエックを終え、アークティス-Ⅳの凍てつく暗闇へと足を踏み出した。

彼女の背後には、人類の絶望抱くノクス・クレインの影が迫り足元には父と

AIの信念が隠された「沈黙の航跡」が続いていた。


数日後。 

ケルベロス・ステーションは、宇宙の全てのアウトローと密航者が集まる、ジャンクヤードだった。

錆びた金属と、油と、濃い消毒液の悪臭が、ステーション全体を覆っている。

エヴァのポッドは、修理ドッグの最下層、光の届かない場所に潜り込んだ。

ハッチが開くと、むせ返るような排気ガスの熱気が押し寄せた。

彼女の次の目標は、信頼できるメカニック、そしてその人物は、このドッグに

いると噂されていた。

ドッグの奥で、一人の男が壊れた貨物機のエンジンを荒々しく叩きつけていた

常に汚れた作業着を着て、無精ひげを生やし、口元には皮肉めいた笑みが張り付いている。

ジヤック・グレイリア・モリス。

元宇宙海軍のメカニック。

彼は過去、エレボス・コードの前身組織による電磁妨害で部隊を失い、軍を追われた過去を持つ。

彼はその灰色グレイな過去を隠すように、グレイリアというニックネームで呼ばれることを選んでいた。

エヴァは躊躇なく、彼の作業台の前に立った。

  

  【この船の推進モジュールを、極限環境仕様に改造してほしい。報酬は

あなたが欲しがるものよ】


グレイリアは溶接マスクを跳ね上げ、その鋭い眼差しでエヴァを射抜いた。


   【いくらでも払う、か。嬢ちゃん、現金じゃなきゃ意味ねぇ。彼は

ノイズなんてものじゃ腹は膨れねぇんだ】


   【私がこれから向かう場所は、 あんたが軍を追われる原因となった事故の真実が眠っている。私のノイズ解析が、それを証明する。報酬は現金じゃない。 あんたの過去の真実よ】


エヴァはカウンターに父の遺品の真鍮の鍵を置いた。

グレイリアの動きが止まった。

彼は鍵を手に取ると、裏面に刻まれた座標を指先でなぞった。

彼の記憶に、事故現場で観測された不可解な電磁ノイズがフラシュバッグする

それは、彼の過去に空いた大きな穴だった。

   

  【……エレボス・コードに追われてるな、あの紋章は、俺の過去の敵だ】 


グレイリアは鍵を握りしめ、覚悟を決めた。


よかろう。だが、改造には時間がかかる。その間、奴らの追跡をどう凌ぐ?


エヴァとグレイリアは、修理ドッグを借り切り、一晩中「ガリバー」の改造に

没頭した。

グレイリアは推進器を極低温環境に対応する素材に交換し、エヴァは解析データを基に、エレボス・コードの追跡衛星を欺くための特殊なノイズシールドを組み込む。


  【ノイズを隠すんじゃない。ノイズを意図的にまき散らすことで、真の信号をカモフラージュする。エレボス・コードには絶対に解読できないわ】


エヴァは自信に満ちた笑みを浮かべた。

夜明け前、ドッグの照明が激しく点滅した。

ステーションの広報がスピーカーが、ノクス・クレインの冷徹な声を響かせた


  【エヴァ・シモンズ、投降せよ。君の父の裏切りを繰り返す必要はない。私が人類を救う、真の道を示す】


グレイリアは慌てて溶接マスクを外し、レンチを握った。


  【ちっ、追いつかれたか!シャドウ・レイザーが、ステーションのドッキングベイに向かっている。ここを出るぞ!】


  【まだよ!】エヴァは最後のノイズシールドを接続し、真鍮の鍵をガリバーの起動コンソールに差し込んだ。「この鍵は、ノイズシールドの起動キーでもある。父が残した最後の守りよ】


ガリバーは轟音と共に修理ドッグから射出された。

船体に内臓されたノイズシールドが起動すると、エレボス・コードの追跡衛星のレーダーは、ガリバーを「単なる大量の宇宙ゴミ」として認識し見失った。

ノクス・クレインは激怒するだろう。エヴァは勝利の確信と共に、目的地を

セットした。


  【目的地はアークティス、我々だけの沈黙の航跡をたどるわ】


グレイリアは操縦桿を握り、アークティス宙域へ向かうハイパースペース・ゲートを睨みつけた。


  【航行は困難だ。極低温の嵐をいくつも超える。本当に引き返さなくていいんだな?】


エヴァは、シールドに映るケルベロス・ステーションの光を背に、真鍮の鍵を

強く握りしめた。


  【ええ、この旅は、父の汚名と、あんたの過去、そして全人類の未来がかかっている。絶対零度の沈黙の中へ進むしかない】


ガリバーは加速し、宇宙の闇へと消えていった。

ノクス・クレイン率いるエレボス・コードとの激しい追跡戦、そして永久凍土に開いた「眼」が待ち受ける極限の旅が、今、始まった。

ボロボロの探査機「ガリバー」は、ハイパースペース・ゲートを抜け、太陽系外宙域へと躍り出た。

窓の外に広がるのは、星図にもない、冷たくねじれた宇宙だ。

船内はノイズシールドが発する低い唸り声に満たされ、船体が継続的に軋む。

操縦席で、ジャック・グレイリア・モリスは、無精ひげを撫でながら計器を睨んでいた。


   【ノイズシールドは持つ。だが、推進モジュールが悲鳴を上げているぜ

嬢ちゃん。お前の父親の航跡は、わざとこんなルートを選んだのか?】


エヴァは、解析コンソールに表示された「沈黙の航跡」のデータを見つめながら答えた。


   【意図的よ、ノクス・クレインは、常識的な航路を全て監視している。

このルートは、誰もが『非効率な静電気の塊』として無視するノイズの海。

父は、私たちに『ノイズを信じろ』と言っている】


グレイリアは吐き捨てた。


   【ノイズを信じる?まるで詩人だな。俺は現実に生きている。現実では

ノイズはいつも何かを壊すものだ】


彼の言葉は、彼自身の過去を暗示していた。

エレボス・コードが仕掛けた電磁妨害によって、彼の部隊が壊滅した事故、あの時、グレイリアが信じたのは、ノイズではなく、技術の限界だった。


   【ノイズが真実を隠すこともある。でも、ノイズだけが真実を語ることもあるわ】


エヴァは、反論を終えると、再びコンソールに集中した。


   【次のジャンクションを超えれば、アークティス宙域へ入る。だが、その手前で、巨大な極低温嵐が待ち構えている】


嵐の接近と共に「ガリバー」の船体は激しい振動に見舞われ始めた。

視界を遮る吹雪が、宇宙の塵と氷粒を巻き上げ、窓の外は完全に白く塗りつぶされる。


            続く













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