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第二話 姉です

 無観客で試合する野球選手って、どんな気持ちやろ。


 高校時代の先輩と古着屋を共同経営してたけど、先輩が離婚したので、あさって閉店する。


 離婚原因は夫が子供を虐待していたことがわかったから。先輩はげっそりして、店のムードも暗くなった。新型ウイルスの脅威でアメ村にも活気がなくなってきた。


 先輩は元々していた看護師の仕事に戻る。「ホンマにごめんね菜々美ちゃん」と泣きながら言われたら仕方あるまい。先輩には2人の小さい子供がいる。養っていかなあかんもんなぁ。


 そして、うちには1人で経営していく腕はない。接客や古着は好きやけど、年末調整とかムリ。


 あー、泣きたい。

 店いっぱいの古着ちゃんたち。

 閉店を惜しんでくれる常連さん。

 うちはほんまに服が好き。とくに何年経っても可愛い、かっこいい、エレガントなままの古着が好き。


「――あの、すみません」


 無観客試合やったらホームラン打つ気なくなるんちゃうかな、と考えていたら、イケメンに声をかけられた。


 ハイネックのグレーのセーターに、布地の表面が整った黒のチェスターコートを着た青年はシュッとしてる。マスクをしてても、顔が整っているのがわかる。


「突然、すみません。川島菜々美さんですよね?」


「はい、そうですけど……」


 青年はマスクをとって、神妙な顔をした。

 え、告白されるん?


「ボクは立花浩です。あなたの母親である浩子の息子です。その、つまり……ボクはあなたの父親違いの弟です。父が生前、あなたのことを心配しておりまして……」


 青年、浩くんはポカンとした顔をした。

 うちが泣き出したからだ。ドバドバ両目から涙が出てくる。


 こりゃあかん、商売どころやないよ。うちはえぐえぐ泣きながら、CLOSEの看板を出した。


「弟……」


 泣きながらうちは浩くんの顔をまじまじ眺めた。色白で小顔なとこはうちとそっくり。でも、この子のほうが顔立ちがかわいい。


 浩くんはめっちゃクールな顔をしている。


「あの、信じるんですか?」


 浩くんは少し冷たい声で言った。


「信じる」


 うちはこくんと頷く。


「本当の話です。父が生前に興信所で調査した結果、ボクとあなたは確かに血が繋がっていますけど……あの、そんな生き別れの兄弟の再会みたいに泣かれても……」


 浩くんは困っている。


「ああ、ごめん。ちょっといろいろあって……この店閉めることになったんよ。そんでなんかこう、いろいろ考え込んでたさ……弟……弟」


 ぐっ、と、うちは噛み締める。


「兄弟がいたらよかったのにって、人生で何回も思ったことあったから……なんていうか、ツラいときのサプライズみたいな……」


「サプライズ」


 浩くんはめっちゃ発音よかった。


「うん! いきなりでびっくりしたけど、来てくれてありがとう! めっちゃ嬉しい!」


 うちの顔を見て、浩くんは戸惑っている。

 あ、こんな泣いたからメイクやばいな、ティッシュ真っ黒やん。コンタクトも落ちそう。


「あ、ちょっと待ってて! お茶行こう! 準備してくるから!」


 うちは一方的にまくしたて、店の裏でメイクシートを使い、まゆ毛だけは書き直した。


 弟くん。何回も考えたことがある。若くして離婚した母親が再婚して子どもができた可能性がある。血を分けた弟か妹がいるのではないかと。


 ほんまに、いてた。


 うちは浩くんを、よく行く地元の家庭的な喫茶店コメットに連れていった。ここの人情味溢れる雰囲気が好きやねん。今日もおばちゃんおっちゃん、コロナ禍でも元気や。


 浩くんと見つめあって、確実にこの子とうちは同じ子宮にいたと知った。


 *


 うちと浩くんの温度差。

 浩くんがキンキンに冷えたビールなら、うちはカンカンの熱燗。

 浩くんがローストビーフなら、うちはアツアツのハンバーグ。


 浩くんはかっこよくて、かわいい。

 思わず見つめてしまうと、不機嫌そうになる顔も好き。


 なぜ浩くんがうちに会いに来てくれたのか、理由はどうでもいい。いっぺん顔だけでも見てこうという好奇心でもいい。


 弟ができた。嬉しい。だからぜったいに引き止める。すでに血の繋がりから生じる運命の愛は感じてる。


 浩くんはお母さんに似ているらしい。


 私は母親の顔を知らない。写真1枚も残っていない。ずっと知りたかった。お母さんの顔を、どんな人だったのかを。祖父母からはろくでもない話しか聞いてないけど。


 浩くんと八時に大手チェーン店の焼き鳥屋に入った。小洒落たバールとかだと恋人同士と思われるのがダルい、というのが原因らしい。かわいい。


 浩くんはお酒もあまり飲まず、あまり食べない。

 焼き鳥は串から外さず、じっくりと前歯でずらして食べる。その仕草がなんともセクシーで、この子はめっちゃモテるんやろな、姉として鼻が高い。


 飲みながら食べながら、うちと浩くんは互いの生い立ちと母親に関する情報を交換しあった。興信所に調査されとったとはな。プロの尾行ってほんま気づかんねんな。


 そんで、なんのゆかりもない浩くんのお父さんが、うちのことを気にかけてくれてたんは嬉しい。ほんまのお父さんより、父性を感じる。


「アル中かぁ。まぁ、なんかわかるというか。ショックではないかな……」


 うちは目を伏せて言った。浩くんに気を遣って。


 ほんまはショック。せっかく大学教授のええとこのボンボンと結婚して、浩くんという可愛い息子ができたのに、なぜそうなってしまったんやろ。子育てにとことん向いてなかったんかな。


 でも、浩くんがまともなお父さんに育てられ、有名大学を卒業してフリーライターという仕事を楽しんでいるのはよかった。彼の心が歪まなくて。


 浩くんは遠い目をして、唇を指でなぞり、小さなため息をついた。


「母親が浮気して離婚かぁ……まぁ、あの人なら。でも、僕たちのおばあちゃん? 二号さん? 愛人稼業って言うのはなんか、ちょっと」


 浩くんは自虐的に笑った。


「今どきな、言わんよな、そんな言葉」


 うちも少し笑う。少しの沈黙。


「ボクが気が多いのは……母親の業かな」


「え?」


「なんでもないです。それより、さっき言ってましたよね。母親の写真が見たいって。うちにありますよ。来ます?」


 浩くんはさも当たり前のように言った。

 いきなり家に行く展開。うちはごくりと唾を飲み込み、


「行く!」


 と答えた。


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