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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

魔女と弟子

作者: 五江いお

割と胸糞です。ご注意ください。

俺の師匠は陽気な人だった。


国に追われ、「大逆の魔女」と虐げられていたにもかかわらず、決して笑みを絶やさない人だった。

何時だったか、彼女に聞いてみたことがある。


「師匠は、どうして平気なのですか?」


「ん?なにが?」


「濡れ衣を着せられ、今もこうして追われながら生活しているというのに、どうしてへらへらしていられるのですか」


俺は怒っていた。世界が大規模な魔物の侵攻にさらされたとき、人類を救ったのは紛れもなく彼女だったのだ。その頃は、「護国の聖女」などと呼ばれていた。


だが時がたち、人々は強大な魔力を持つ師匠を虐げるようになった。

そのおかげ師匠は故郷を離れ、逃亡の生活を余儀なくされている。こんなに理不尽なことがあるだろうか。


「師匠の力なら、王国くらい簡単に滅ぼせるでしょう。やりましょうよ」


俺が強気にそういうと、彼女は笑って応えた。


「君は過激だなぁ」


「でも、」


食い下がろうとする俺の唇に人差し指を当てて、彼女は言った。


「人はだれしも間違うことがあるし、失敗することもある。きっと彼らも、数年後には考えを改めているはずさ」


俺は彼女の目を見た。その目は、そんな時は来ないということを知っているような表情をしていた。

彼女だってわかっているはずだろう。なのに何故。


「復讐はなにも生まないのさ。それに、私たちまで同レベルになる必要はないでしょ」


師匠はそう言って笑う。

この人は、甘いな。甘くて、少しだけ大人な人だ。


俺はそんなことをぼんやり考えながらも、彼女との日々が続けばいいと思っていた。

師匠を追ってくる暗殺者も、王国の部隊も彼女の前には無力だ。


師匠は最強なのだ。だから、この穏やかな日々は続いていくはずなのだ。

この頃の俺は、そう信じて疑わなかった。




彼女に師事して6度目の初夏だっただろうか。


その日は俺の誕生日で、彼女は上機嫌にケーキを作っていた。

料理は下手で家事当番は俺の担当なのだが、なぜか誕生日の時だけ自作のケーキをふるまうのだ。


彼女のケーキはお世辞にも美味というわけではなかったが、不思議と嫌な感じはしない。

きっと、あんまりにも上機嫌に作るから、感化されている部分があるのだろう。


俺は師匠御手製のケーキを切り分けつつ、彼女と食卓を囲んでいた。


「そういえば、君にプレゼントがあるよ」


彼女はそう言って、ごそごそと何かを取り出した。

こういう時は大体ろくなものがないのだ。

以前カエルの目玉を詰め合わせた瓶をプレゼントされたときには心底ぞっとした。あの経験は二度としたくない。勘弁してくれ。


ところが、その年に限っては存外まともなものをプレゼントされた。


ある鳥が象られた美しい銀のペンダントだ。彼女が選んだものにしては、おしゃれで使いやすそうな小物である。


「たまにはいいものをくれるんですね」


「師匠に向かってなんて口をきいているんだ」


彼女はそう言って俺の頭を小突く。俺がペンダントのモチーフになった鳥を尋ねると、彼女は笑ってこう答えた。


「セキレイインコさ。かわいいだろ」


「確かに、かわいいですね」


師匠は何かと鳥が好きな人だ。魔術も鳥をモチーフにしたものを多く使用するし、きっとこだわりなのだろう。


彼女がニコニコとこちらを見つめてくるので、俺は察してペンダントを首にかけた。

こちらを見つめる彼女が赤面してため息をもらす。


「似合ってるよ……///」


「気色悪いのでやめてくれませんか」


師匠は時折セクハラまがいのことをするから要注意だ。彼女がそれなりに美少女(外見上は)だから許されているのであって、そして俺が男だからある程度耐性があるのであって、そうじゃなければ事案になることは間違いない。


まあ、嫌ってわけでもないのだけれど。


俺の目の前で恍惚とした表情を浮かべた彼女は、くねくねと体を動かす。


「そんなこと言わないでよ……///クセになっちゃうっ」


訂正。やっぱりセクハラだ。有罪確定。




そんなこんなで師匠との時が過ぎ去り、師匠に師事して9度目の春を迎えた頃。


いつものように追っ手が現れたので、俺たちは逃げる準備をしていた。

追っ手に見つかれば、次の地域に移動する。いつものルーティーンで、俺たちにとっては日常も同じ。


しかし、今回の様子は一味違った。


俺たちが滞在していた村、その村人たちが人質に取られたのだ。


「魔女よ。いるのなら早く出てこい。でなければ村を焼くぞ」


煌煌と燃える松明を掲げながら、王国陸軍の鎧を着こんだ戦士がそう口にする。

彼の背後には同じような戦士たちがぐるりと村を取り囲んでおり、皆一様に松明を握っていた。


彼らは腐っても王国の軍隊だろう。本来なら、村を焼くなど言語道断だ。

だが、彼らの目は本気だった。


間違いなく、俺たちが姿を現さなければ村を焼く。

自明だった。


「魔女様、申し訳ありません」


「お許しください」


村人たちが口々に言う。俺たちはこの村に滞在してからずっと、彼らの悩みを解決して回っていた。

それなりに慕われていたと思う。だからこそ、彼らはこうして謝罪しているのだ。


「あちゃー、ミスったか」


こんな時まで師匠は笑顔だった。その様子に内心動揺しかけていた俺も安堵した。

彼女とともに手を上げて村の外へ出る。


戦士たちは俺たちを頭からつま先まで嘗め回すように観察したのち、縄で厳重に拘束した。

俺たちが本気を出せばこんな拘束などわけもないのだが、今は村のことを考えて暴れるわけにはいかないだろう。師匠にそう目配せされたので俺も従う。


されるがままの俺たち。彼らは無力化された俺たちを見るや否や、鞭で激しく俺たちを打ちつけた。


思わずうめき声をあげてしまう。皮膚が切り裂かれ、血液があふれる。

だが痛みにうめく俺とは対照的に、師匠は静かだった。


「連行する」


先頭の戦士(おそらく指揮官だろう)の号令で、俺たちは王都に連行されることになった。

その間、師匠は一言も弱音を吐かなかった。




王都に連行された俺たちは、先ず裁判所に連れていかれる。


裁判とはいっても形ばかりのもので、あることないこと冤罪を負わされるだけの中身のないものだ。

だがどうしても俺が許せなかったことが一つあった。


「あの魔女は我がの村を荒らしたんです!!」


声高に証言を口にするのはこの場に呼ばれた村人の一人。彼は、俺たちが最後に滞在したあの村の村長だった。そして、重度の病を患っていたところを、師匠に治療してもらった人物だった。


その彼が、法廷で自信満々にあることないこと並べ立てていく。


曰く、村の農作物をすべて枯らした。

曰く、家畜を村人たちの目が届かない場所で度々惨殺した。

曰く、村人の一人を呪った。


もちろんどれも無実の濡れ衣である。それどころか、俺たちは村人の治療や収穫量の改善に協力してきたのだ。


これは後から知ったことだが、俺たちを捕らえ、法廷で罪を証言した者には報奨金が出ていたらしい。

金に目が眩んで恩人すら裏切るのか。これが師匠の愛した「人」というやつの本性か。


俺は思わず飛び出しそうになったが、彼女に静かに制された。


そのまま裁判は俺たちの主張をすべて無視して進行していき、最後に刑が言い渡される。


「これまで国民をたぶらかし、悪逆の限りを尽くした魔女とその同伴者に、死刑を求刑する」


この場で俺たちを擁護するものは誰もいなかった。仮にいたとしても、この決定を覆すことはできなかったのだろう。


それだけ、師匠を殺そうとするものが多かったのだ。


「被告人、何か反論はあるか」


裁判長がそういうと、師匠が静かに進み出る。


「いえ、反論はありません。しかし、こちらにいる者に罪はありません」


そういって俺を指さす。俺はわけもわからず、彼女を見つめることしか出来ない。


「なんだと」


「恐れながら、このものは私が精神魔術で操っていたのでございます。このもの自身の意志は私とは全く無関係であり、罪はありません」


「なっ」


精神魔術なんて受けていない。俺は、自分の意志で彼女に同行していたのだ。

誰が何と言おうと、俺は彼女の弟子なんだ――!!


だが、どう頑張っても俺の口は開かない。裁判長に尋ねられると、「そうです」としか答えられない。

師匠が魔術で俺の口を操っているのだ。


俺が必死に口を動かそうとしていると、いつの間にか裁判は終了していた。


嫌だ、師匠と別れたくない。ここで別れれば、一生後悔することになる。

必死に彼女の方へと手を伸ばすが、魔力を封じられ、兵に取り押さえられ、何もできない。


そのまま独房へ連れていかれる様子を、俺はただ見つめることしか出来なかった。




数日後、俺は解放された。どうやら、師匠が言った通り精神魔術による被害者だとみなされたのだろう。

だが、そんなことはどうでもよかったのだ。師匠は、師匠はどうなったのか。


「そういえばあの魔女、今から中央広場で処刑されるらしいぜ」


「まったく、清々する」


衛兵たちの会話が聞こえた瞬間、俺は無我夢中で走り出していた。



――間に合え。

間に合え間に合え間に合え。



俺を救ってくれた彼女を。絶望の底から拾い上げてくれた彼女を。

今救わずして何時救うのだ。


あらん限りの強化魔術を体に施し、全速力で広間へ向かう。

人だかりを押しのけ、その中心部へ向かう。


「――師匠」


数日ぶりに見る師匠は、瘦せていた。

飲まず食わずで今日まで過ごしてきたのだろう。その美しい瞳は濁り、髪もくすんでいた。


そして彼女の足元には、夥しい量の薪がくべられていた。

そして薪に、今にも火がつけられようとしていた。


瞬間、血液が沸騰する。腹の底から怒りが煮えたぎる。


世界を救った聖女を。人々のために尽くした慈愛の人を。こんな簡単に殺そうとするのかこいつらは!?


俺は殺意を込めて魔術を放とうとした。

王都の人びとのことなど眼中になかった。師匠さえ救うことができれば、他は鏖殺してしまおうとさえ思った。


だが、俺の師匠はそれを許さなかった。


この時の彼女の声を、俺は一生忘れることはないだろう。




「やめろ!!」


それは、まさしく彼女の本気の声だった。動き出そうとした俺は、その言葉に思わず委縮してしまう。

人びとが彼女の方を凝視する中、師匠だけが俺を見つめて静かに口を動かす。


言葉は聞き取れなかったが、「やめなさい」、そう優しく諭された気がする。

同時に首にかけていたペンダントが発光し、俺は愕然となる。


このペンダント、魔術を封じる力が込められている。


俺は慌てて外そうとするが、首にがっちりと固定されて動かない。

何とか外そうとする俺を無視して、いよいよ彼女の足元に火が点けられる。


やめろ。

やめろやめろやめろ――やめてくれ。


火が師匠を覆い、その熱に人々は狂う。


彼らは生活の苦しみを彼女にぶつけて発散しているのだ。

自分たちの満足ならない現状から、異端の「魔女」を処刑することで逃れようとしているのだ。


今すぐこいつらを焼き尽くしたい。

全てを壊してやりたい。


だが、俺がどう頑張っても、魔術を放つことはおろか魔力を込めることすらできない。

我が師にして最強の魔女の力に阻まれて、術を為すことができない。


為すすべなく炎に包まれる彼女を見つめるしかない。


「っ師匠!!」


俺が叫ぶと、彼女はわずかに微笑む。

そして数十分の後、彼女は焼かれて灰になったのだった。




師匠が処刑されて、数ヶ月が経った。


その間、俺は文字通り抜け殻だった。

何も手につかない。自分が何をしたいのかもわからない。


だが時間は無情にも過ぎていく。

いつの間にか初夏が訪れ、俺の9度目の誕生日が訪れていた。


「師匠……」


知らず、声が漏れる。彼女がいなくなってから、俺の心は空っぽだ。

彼女が残した魔術によって俺はいまだ魔術を行使できないでいた。その効果は徐々に薄れていっているが、俺が再び魔術を行使できるのは少なくとも数年後だろう。


師匠。俺はこれから、どう生きていけばいいのですか。


知らず、彼女に託されたペンダントを撫でる。このペンダントさえ外れれば再び魔術を行使できるのだ。そうすれば、すべてを焼き尽くして師匠の仇を取るのに。


「――そういえば」


ふと、思い立ってペンダントを見つめる。

セキレイインコが象られたペンダント。彼女のことだから、きっと何かの意味があるのだろう。


抜け殻だった俺は、師匠が処刑されて以来初めて自主的に行動を開始した。


王都の図書館で、鳥に関する書物を漁る。


「……鳥言葉?」


俺の目に入ったのは、そんな見慣れない用語だった。

鳥言葉とは鳥ごとに込められたメッセージ、あるいは象徴のようなものだそうだ。花言葉や石言葉と同じようなものだろうか。


ピンときて、俺は鳥言葉に関する書物を漁る。


必死にページをめくると、セキレイインコの欄を眺めていた。

俺はそれを見て、そして思わず笑いがこみあげてくるのを抑えられなかった。


セキレイインコの鳥言葉。それは「素直な愛情」。


「はは、はははっ」


なんだこれ。愛情だなんてセクハラですよ。


――なんだか視界がやけにぼやけて見えるなあ。どうしてですかね、師匠?




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