お金を使う仕事
ある日、奇妙な求人を僕は見つけた。
『募集:お金を使う人 給与〇〇万円 使い切り次第、支給。 連絡先:XXX-XXXX-XXXX』
真っ白な紙に手書きで書かれた求人。
きっと、子供の悪戯だろう。
そう思ったけれど、僕はギャンブルで財布を空にしたばかりだった。
それも家族や友人、ついでに言えば怪しい金融機関からも多くの金を借りた直後だ。
そんな僕だからこそ、実に腐った考えが浮かんだのだ。
こんなくだらないことをしているんじゃねえ、なんて難癖をつければいくらかの金が手に入るかもしれない。
最近の子供は金を持っているから。
そう思って、僕はその求人に描かれてた番号に電話をかけていた。
「お待ちしておりました」
指定された場所に居たのは一人の少女と思わしき人影だった。
断定出来ないのはそれが文字通り人影であるからだ。
影が立ってこちらを見ている……そんな表現がぴったりだった。
しかし、僕はそんなことを気にもせずに問う。
「それで、話は本当なんだろうな?」
「はい。まずはこちらに……」
そう言って人影は僕の目の前に札束を差し出す。
僕はそれを奪い取って枚数を数える。
「二百万ってところか」
「ええ」
「使い切ったらまたお前に連絡すればいいのか?」
そう問いかけると人影が頷いた。
「はい。お願いいたします」
「今日中に使い切っちまうかもしれないぞ?」
「大丈夫です。いくらでもご用意いたしますから」
その答えを聞いて僕は満面の笑みで告げた。
「そうかい。ありがとな」
突如手にした大金を鞄に入れて僕はそのままその場所を後にした。
さて、当然ながらこんな美味い話に裏がないはずもない。
僕の手にした札束のほとんどには赤黒い染みがついていた。
事前に聞いた話によれば、彼女が文字通り手段を選ばずに手に入れた物だという。
そして、多分このお金を使い切ったことで手に入る給与もまた同じような手段で手に入れたものになるだろう。
「ま。僕はどうだっていいけどね」
そうケタケタ笑いながら僕はそのまま自分の欲望の赴くままにお金を使った。
何せ、こうすること僕に与えられた仕事なのだから。
そして、案の定と言うか僕は一日も経たずに二百万を使い切ってしまった。
そこでもう一度、電話をかけると電話口で彼女が驚いた声をあげる。
「もう使い切ってしまったのですか?」
「ああ。だから、とっとと給与を寄越せ」
「かしこまりました。では、先ほどの場所で……」
「流石に予想外だったか?」
「ええ、お渡しした金額は決して少なくないはずですが……」
「庶民からしたらな。だが、その庶民でも使い様によっちゃこんなことも出来るってわけさ」
僕の言葉に彼女が納得の声をあげる。
「なるほど。そういうものですか」
「そうだ。勉強になるだろう?」
「はい。この上なく」
通話をしながら僕は先ほどの場所に戻って来ると、あの人影がすっと寄ってきて僕に給与こと新たに使ってほしいというお金を手渡してきた。
その金額はおよそ五百万ほど。
「これも今日中に使い切ってしまえるのですか?」
「その気になればな」
感嘆の声をあげる彼女を鼻で笑いながら僕は問う。
「どうだい。良いサンプルになりそうかい?」
すると彼女は笑顔さえ見えてしまいそうなほど明るい声で答えた。
「はい。この上なく!」
さて、繰り返しになるがこのような美味い話に裏がないはずもない。
聞けば彼女はこの星に来ている侵略者なのだという。
だが、彼女達の技術は人間のものと比べて勝ってはいるものの、圧倒できるほどのものではないらしい。
故に内部から壊していく作戦を取る事にしたらしい。
取り急ぎ、人間が持っている最も純粋な想いの一つである欲求というものを研究するためにサンプルを探していたというわけだ。
彼女達が本格的な侵攻を始めるまでどれだけの時間がかかるのか、またどれだけ大きな戦争になるかなんて僕には分からない。
「とりあえず、僕が死ぬまで平和なら別にいいや」
我ながら呆れ果てるほど他人事のように呟いて僕は侵略者の協力をすることにした。