竜人嫌いな転生者
私は竜人が大嫌いだ。
今の私は関わった事も出会った事もない。
けれど、昔の私はある。
私は転生者だ。
竜人に殺された転生者。
“殺された”というのは多少大袈裟なのかもしれない。
だって直接手にかけられた訳ではないのだから。
今の私になる前の私は中級貴族の二女だった。
両親がいて、兄妹がいて、特別な力も頭もなかったけれど、それなりに幸せに暮らしていたの。
あまり旨味のない貴族だから婚約者を探すのには少し苦労したけれど、それでもなんとか成人前に婚約者が出来て安堵したと同時に、どうして私なのかという疑問はあったけれど……まぁ、今の私には知り得ない事ね。
婚約者とは顔合わせの前に死んでしまったのだから。
私の死因………いえ、私達が暮らしていた国が滅亡したのはたった1人の女の子のせい。
ある時、貴族の娘が虐待されていた。
小さな頃、母親が病で倒れ、その後すぐに再婚した継母がとても意地悪な方で、可愛く前妻に似ているその子供をとても嫌っていたの。
最初は夫に隠れて虐待していたけれど、それに加担するように父親までも手を上げ始めた。
継母と父親の間に生まれた妹もやがてそれに加わるようになり、それはその娘が成人するまで続いたらしい。
確かにこれだけ聞けばとても可哀想な子だと思う。
けれど、だからといって国そのものを滅ぼさなくてもいいと思わない?
半身を探しに旅をしていた竜人が見つけた相手がその娘だった。
そしてその娘は願った。
全ての人間が憎い。
この国全ての人間が私を放置し、目を瞑っていたのが許せない。
竜人はそれを叶えた。
とても容易かったでしょう、人間ごときが竜人に敵う訳がないのだから。
その翼を一振りすれば街が消え、炎を吐けば国の半分が消え、私も死んだ。
あっけなかったわ。
でも、最期の時をくれたのは唯一の救いかもね。
その子の過去と想いを私達全員に見せた後、殺された。
見せられた時は確かに可哀想だと思ったわ。
今でもそう思う。
けれど、これは流石にやりすぎじゃない?
最期の時を家族と一緒になって終えたのは…まぁ、良かったけれど、それにしてもやりすぎだわ。
だから、そんな過去を持っている私は竜人が大嫌い。
例え、今の時代、拝まれる存在になっていたとしても嫌いよ。
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「ふわあぁぁぁ………」
「おはようございます、エイヴリルお嬢様」
「おはようケイシー」
「今日は早起きですね」
「嫌な夢を見たわ」
「はぁ、またですか」
「“また”よ」
「災難ですねぇ」
「そんな事よりケイシー、また髪が跳ねてるわよ」
「あら、困りましたね」
「もう、こっちへ来て、やってあげるから」
「朝からエイヴリルお嬢様に髪を整えてもらえるなんて…幸せですねぇ」
「わざと跳ねさせてるんじゃないわよね?」
「そんな器用な事、出来ませんよ」
ケイシーがベッドに腰かけて髪を下ろす。
いつも不思議だけれど、どうしてこうもぴょんぴょんと跳ねているのかしら。
栗色の髪と瞳を持つケイシーは神経質そうな見た目に反してとてもズボラだ。
そんなメイドでいいのかと思われるかもしれないけれど、小さい頃からずっと側に居て遊んでくれているケイシーは私の中でとっくに家族になっている。
手のかかる姉だけれどね。
「はい、出来た」
「ありがとうございます、エイヴリルお嬢様は本当に器用ですね」
「ケイシーが不器用なのよ」
「それは困りましたね」
「あなた…年々顔芸だけはうまくなるわね……」
「これをするとサボれる事が増えたので」
「私の前で堂々と言う台詞ではないわね」
「さぁ、エイヴリルお嬢様もお支度をなさいましょう」
「ええ」
ケイシーに手伝ってもらいながらも自分で出来る事はしていく。
今回生まれたのは豪商の娘。
貴族ではない立場というのは案外楽。
おかげでのびのびと暮らせている。
たまに貴族からの面倒な要求に疲弊しているところを見るけれど、豪胆な母と温厚な父はうまくやりくりしていると思う。
「ブレイデンおはよう」
「姉さんおはよう」
部屋を出て階段の踊り場で弟のブレイデンと遭遇した。
今年13歳になるブレイデンは日に日に大きくなってきている気がする。
母の紫色の髪と父の青色の瞳を持って生まれたブレイデンは、見た目によらずガサツだ。
「今日もケイシーの髪は姉さんが整えたの?」
「分かる?」
「ぴょんぴょん髪が出てない時はそうだからね」
「早く習得して欲しいのだけれど」
「無理無理。人には得手不得手があると父さんも言ってるだろ」
「そういうカテゴリーにいれるほどでもないと思うのだけど」
「姉さんがいるからいいだろ」
「それもそうね」
「助かりますわ、エイヴリルお嬢様」
私が嫁ぐとか考えた事はないのかしら?
それとも、着いて来てくれるとか?それならそれで嬉しいわね。
「「エイヴリル、ブレイデン、おはよう」」
「おはよう」
「おはようございます」
すでに食事を始めているお母様とお父様に挨拶する。
こういう光景を見ると本当に貴族でなくて良かったと思う。
もう戻れそうにないわ。
席に着き食事を始めると、各々、今日の予定を話し出す。
これが我が家の常識だ。
「そうそう、お嫁さん探しに来ている竜人様が居るらしいよ」
「…またですか」
「竜人様を見れたりするかな!?姉さん行くよね?着いて行っていい?」
「行かないわ、今日はお父様の仕事に着いて行くって決まっていたでしょう」
「ええー!?」
「あんた前回も行かなかったじゃない」
「別にいいではありませんか、今は仕事を覚えたいの」
「僕はエイヴリルがずっと家にいてくれるのは嬉しいんだけど、成人したんだし、恋愛とかしたくならないの?」
「前も言いましたが、今はお父様の仕事を覚えるのが楽しいんです」
「あんたがいいならいいけど」
「お母様だってお父様に出会うまでは興味がなかったと言っていたでしょう」
「そうだけど、一応出会いの場にも、竜人様の半身探しの場にも行った事はあるわよ」
「そうなのかい!?」
「半身なんて一度はみんな夢見るものよ」
どの国にも竜人様が探しやすいように庭園が造られている。
半身というのは、魂の伴侶だと言われている。生まれてくる時に、その半身と分かたれてしまった竜人達は、その見失ってしまった半身を探しに、世界中を旅するのだそう。
半身探しの旅に出ている竜人様が降り立った時、そこに未婚の男女がこぞって集まるのだ。
相手が女と限らないのは男の半身もいたと言われているから。
それでも大抵は女が片割れだと言われているので、一度は憧れる女の夢になっている。
「ブレイデンが行ってくればいいじゃない」
「え!?」
「半身は女とは限らないでしょう」
「それは、そうだけど………僕、出来れば可愛い女の子がいい」
「そうでしょうね」
ブレイデンが可愛い女の子を口説いているのはよく見かける。
「あ!じゃぁ、ケイシーは?」
「駄目」
もし竜人の半身として見つかってしまったらどうするのよ。
「なんで姉さんが決めるんだよ」
「駄目ったら駄目」
「私は仕事がありますし、それに半身に選ばれるとも思えませんから」
「だそうよ」
ケイシーは昔から竜人に興味のない数少ない同士。
「旦那様、来客が………」
「今?ここに来てるのかい?」
「はい」
お父様が訝しげに聞きながらも立ち上がる。
私たちも訝し気な表情をしながら、食事の手を進めながらお父様の動向を見ていた。
「家にまで来るなんて一体どこの面倒事なんでしょうね」
「しかもこんな朝から、何考えてんのかしら」
大体、朝から来るお客様なんていうのはろくでもない内容がほとんど。
クレームをいれにきた貴族か、業者の失態か。
どちらにせよいい事だった試しがない。
「エイヴリル!!!」
「そんな大声でどうしたのですか、お父様」
「大変だ!」
「そのようですね」
「竜人様が会いに来られた!」
「は?」
竜人には特徴がある。
人の姿になっても体の一部に鱗があるのだ。
それが証となっている為、騙す事は出来ない。
だから騙す人間も居ない。
そしてその証を持った竜人が訪ねて来た。
私に会いに。
「間違いです」
「んな訳ないだろう!?」
「この家の誰かではないの?」
「お前の名前を出したんだ」
「名前を知られてるなんて、まぁ怖い」
「エイヴリル!!!」
竜人の国は空にあるといわれている。
そして私達人間には成し得ない竜の姿になり、飛ぶ事が出来る竜人はまるで神のような存在だ。
はじめてその話を聞いた時は嫌悪で吐いた。
なにが神だ。
神が国を亡ぼすか。
20歳になり、成人を迎えた私は生まれた時からずっと探している物がある。
私が私になる前の国の歴史をずっと探している。
けれど、どこにもない。
竜人が国を滅ぼしたという話も、あった国の名前も、歴史も、なにもない。
あれからどれくらい経ったのか私には分からないし、誰にも分からない。
せめて、どこかにあのお方の名があれば私は………
「エイヴリル!」
神だと言われている存在を無視するのは果たして罪か。
食事の席から動こうとしない私にお父様は焦れている。
「人違いです」
「エイヴリル!」
「………分かりました、要件を伺ってきます」
玄関先で待っているらしい竜人の元へ歩く。
気が重い、もしも私がその人の半身だとしたら………
「エ、エイヴリル……」
「は?」
私は竜人が大嫌いだ。
けれどその竜人を見た事は一度だってない。
はじめて見た竜人はボロボロのマントを羽織り、手には花束を持っている姿はちぐはぐに見えた。
漆黒の髪に黄金の瞳はとても美しいとは思うけれど、そんな事よりこの男の貧相な体に驚愕した。
確かに背は高いけれど、ひょろひょろな体は満足に食事を取れていないように見える。
今すぐ何か口にした方がいいと思うほどに痩せ細り、目の下には深く濃い隈。
水分だって取っていないと思える体なのに、その黄金の瞳からはボロボロと涙が次から次へと溢れ出て、ボロボロのマントに染みをつけている。
それを見て、水分補給をした方がいいのでは?なんて思う程にズタボロな体。
「ぼくの、はん、し、ん、」
最悪だ。
どうしたらいい、どうしたら避けられる。
私が一体なにをしたというの。
前世だって悪い事はしていない、今世だって悪い事はしていないし、見て見ぬフリをしないようにだって心がけている。
なのに、なんで………
「エイヴリル、ぼ、僕のお嫁さんに」
「お断りします」
ひゅっと息を殺す音がしたのはこの男から。
私だって別に心がない訳じゃない。
だからそんな絶望しないで欲しい、まるで私が悪いみたいじゃない。
「御前失礼致します」
体は忘れてしまっているけれど、それでも前世を思い出しながらカーテシーをする。
その人から背を向けて部屋に向けて歩こうとした時、か細い声が追いかけてきた。
「ま、まって」
必死。というよりも、懇願のような声音で。
「そ、その、花を………」
花の香りまでしてきたような気にさせる声音だと感じた。
「に、庭で咲いていた花なんだけど、よ、良かったら………」
立ち止まるべきではない、これ以上話を聞いても心に宿るは。
「エ、エイヴリルに似て、とても綺麗で」
「結構です」
嫌悪だ。
「エイヴリル!!!」
お父様の声が轟き、少しだけ男を見た。
その瞬間、目の前の男の瞳が確かに憎悪にまみれるのを見た。
確かに見た。
私のお父様を殺さんばかりの瞳で射殺そうとしているのを。
「エイヴリルを」
竜人の言葉を遮って、思わず怒鳴り声を上げてしまう。
「だから嫌いなのよ!!!」
今まで口にした事のない言葉を吐き出す、胸の内で留めていた思いを。
「だから嫌い!大嫌い!竜人なんて大嫌い!そうやって半身以外を大切に出来ない竜人なんて大嫌いだわ!出て行って!今すぐ出て行きなさいよ!」
驚愕に見開かれた黄金の瞳を伏せ、体を翻し、玄関から出て行った。
「はぁっ、はぁっ、はぁっ、はぁっ、っっ~~」
「エイヴリル、どうしたんだ?何かされたのか?」
「ふうぅぅっっ…!」
“前世で国ごと滅ぼされたの”。
なんて言える訳もなく、だからといって他にいい考えも思い浮かばない私は部屋に逃げた。
「ふぇっ…!」
怖かった。
きっとあんなだったんだ。
あの時もきっとあんな風に私達を見て、ゴミのように捨てたんだ。
私達の国を。
あの子の為に全てをゴミにしたんだ。
「ふええええぇぇぇぇぇ!」
「エイヴリルお嬢様」
「ケ、ケイシー、ひっく、ひっ」
「ケイシーはずっとお側におりますよ」
「うええええぇぇぇぇん!こわ、こわか、ひっく、こわかったっ、こわかったよおおぉぉぉぉ!」
強がってたけど本当は怖かったんだ。
ずっとずっと、また…竜人の半身が滅びを望んだらみんな死んじゃうって。
そんな怖さがずっとあった。
私が半身になるなんて思いもしなかった。
どうしよう。
これからどうしたらいいの?
私はどうしたら………。
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「エイヴリルお嬢様、私、お昼抜きになってしまいます」
「………うん?」
あれから眠っていたようで、寝ている私に話しかけてくるケイシーはとても困っている声を出している。
「なんて言ったの?」
「お昼抜きは嫌だなぁ…とお伝えしたところです」
ぐーぐーとお腹を鳴らしながら言うケイシー。
「食べて来ればいいじゃない」
「泣き疲れて眠ってしまっているエイヴリルお嬢様を1人には出来ませんよ」
「…寝かせておいてくれてもいいじゃない」
「そうしたら私、お腹を空かせて倒れてしまいます」
「………」
泣いた割に目が腫れていないのは、ケイシーが冷やしてくれていたのだと分かる。
「起きるわ」
「助かります」
「そうでしょうね」
身支度を整えながら、お父様の様子を伺う。
「お父様は怒っているかしら」
「いいえ、心配されているようでした」
「そう……」
「今日のまかないはシチューだそうです」
「それは良かったわね、というかケイシーあなた、気にならないの?」
「シチューの残りなら確保しております」
「………良かったわね」
「エイヴリルお嬢様が何を嫌っていても、私が側に居る事に、変わりはありませんから」
「…ありがとう」
お父様は仕事に出て行き、ブレイデンは学園に行ったようだ。
お母様だけは私を心配して家に残っていてくれているみたいなので、なんて言えばいいかも分からないけれど、とりあえず会いに行く事にした。
「お母様」
「エイヴリル」
「私、その…」
「別に言いたくないなら言わなくていいわよ。そのかわり今日は私に付き合いなさい」
「…ありがとうお母様」
お母様に抱き着くとしばらくそのままにしてくれた。
眠っていただけだからお腹は空いていないので、軽くフルーツを食べてから買い物に出る事になった。
お母様も仕事があったのにこうして付き合ってくれる事にとても感謝してる。
「これはどう?」
「少し派手な気もしますけど」
「そう?」
「お母様には合いますけど、私には少し…」
「あんたの色に似合うと思ったんだけど」
お父様の青い髪とお母様の緑の瞳が合わさった私とドレスを見比べて言う。
「赤は私に似合う気がしませんけれど」
「可愛いと思うんだけどねぇ」
「ケイシーには合いそうだわ」
「重そうなドレスですねぇ」
「いつも軽さで服を選んでるの?」
「身軽が一番ですから」
「ああそう」
冷やかしのように服を見ていく。
今日はもう何も考えたくなかったからちょうどいい。
お母様は気に入った物があったようで、数点購入している。
「今日はありがとうございました、気分転換になりましたわ」
「ならいいけど」
ふいっと顔を背けるのは照れているからだという事を、私達家族は知っている。
「お父様は帰って来られるかしら」
「帰って来るんじゃない?」
「一緒に夕食を食べれるのは久しぶりですから楽しみです」
「そうね」
家に戻ると忙しなく動いているメイド達に目がいった。
「どうしたの?」
「奥様、お嬢様、おかえりなさいませ。お客様がいらっしゃっておりまして」
「聞いてないわ」
「先程旦那様と一緒にお帰りになられて」
「珍しい、滅多に家に上げないのに」
「取引先の方でしょうか」
「それが」
「エイヴリル」
朝聞いたばかりの声が背後から聞こえた。
「なんで………」
追い払ったはずなのに…
「エイヴリルと一緒にいたくて」
今朝方、拒絶を示した相手が目の前にいる事実に眩暈がする。
前世でも今世でも大嫌いな相手が家にいる。
「竜人様、ようこそいらっしゃいました。本日はどのようなご用件でしょう」
「半身の傍から離れたくなくて、無理を言って入れてもらったんだ」
「左様でございましたか、ふふ、少し主人と話をしてきますわ。エイヴリルは部屋に戻っていなさい」
「はい」
逃げるようにケイシーと部屋に戻る。
まさかあんなにも拒絶した相手が1日も経たずに戻ってくると思わないでしょう!?
「ケイシー!」
「どうなさいました?」
「なんでここにいるのよ!?大嫌いだって言ったのに!」
「どうしてでしょうねぇ」
「っっっ~~~、もう!そんなに半身が大事なの!?」
「そう言われておりますよ」
「そもそも!私は望んでいないわ!」
「そうでしょうねぇ」
「身を引く愛情もあるんじゃないの!?」
「竜人相手にそれは無理があるかと」
「っっもう!もう!」
じれったい心をどう消化していいかも分からず喚き散らす。
その間ケイシーはいつものようにぽやぽやしているのを見て、なんだか馬鹿らしくなってきた。
「はぁっ、はぁっ、もういいわ!そのうち諦めてくれるでしょう」
「それは無理だと思いますけどねぇ」
「半身がどれほど大切な存在か知らないけど、拒絶の言葉を吐き続けていればそのうち帰るわよ!」
「旦那様がお待ちですよ」
「分かってるわ!」
竜人の国がどうなっているか知らないけれど、拒絶し続ければそのうち帰るでしょう。
仕事もあるでしょうし。
家族になんて言われようと私は絶対に半身になんかならないんだから!
もし無理矢理結ぼうとでもしたら家出してやるわ!
「ケイシー!私が家出したらメイド業を教えて!」
「まぁ、エイヴリルお嬢様と一緒に働けるなんて夢のようですわ」
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「遅くなりました」
「エイヴリル」
「お客人がいらしていたのですね、気付きませんでしたわ」
食事の場に足を運べば案の定、竜人がいた。
お父様もお母様もすでに席に着いていて、ブレイデンに至っては緊張して顔が固まっている。
竜人は私が現れると目を逸らすことなく見つめ続けてくるから居心地が悪い。
「お父様、遅くなりました」
「いや、いいんだ。それより、ルーラーゼイヴィス様がエイヴリルに会いたいとおっしゃってね、招待したんだ」
「さようでございますか」
「エ、エイヴリル、その、とても綺麗だよ」
「私、あなた様に伝えたい事がございます」
「うん!なにかな?」
「私、竜人が大嫌いですの。ですからお話も、顔を見るのも遠慮したいですわ」
「そ、そっか、エイヴリルは嫌な事は嫌と言えてとても偉いね」
「は?」
「僕はエイヴリルが大好きだよ。こうして傍に居れて嬉しい」
駄目だわ、この人話が通じない。
なぜか私の席の隣に座っている竜人に色々と言いたい事はあったけれど、言うだけ無駄だと判断して座る事にした。
「っっ、と、となりっっ!エイヴリルが僕の隣にっっ!」
わあ!と顔を隠して泣き出した竜人に驚きはしたけれど、放っておいて食事をする。
ぐすぐすと泣く竜人はいつまで経っても食事に手をつけようとしない。
食べられる物が違ったりするのかしら?
「お父様、私達と食べる物は一緒ですの?」
「え、ああ、同じだと聞いているよ」
昔とは違い、食事は一度に全てを出すのが客人に対するもてなし。
だから食べなければ冷めてしまうのは当たり前。
せっかく料理長がふるまってくれている食事を、いつまでも食べ出さない竜人にイライラする。
「食べないのなら出て行けばよろしいではないですか」
「ぐすっ、ぼ、僕に言ってる?」
「………」
「た、食べるよ!僕、エイヴリルと食事するのが夢だったんだ!」
それは陳腐な夢ですね。
とはさすがに言えないけれど、声をかけたら食べ出したので、これで気にせず食事が出来るわ。
いつもとは違い、静かな食卓にムズムズするけれど、今日だけ我慢すればいいのだから…いい子にするのよエイヴリル。
それにしても………。
相変わらずボロボロのマントを着ている。けれど所作はとても綺麗。
今の私は最低限のマナーしか学んでいないので少し恥ずかしくなる。
「りゅ、竜人様のお国は浮いているというのは本当ですか!?」
ブレイデンが興奮した様子で聞き出す。
興味をなくす方法はないのかしら。
「ああ、本当だよ」
「す、凄い……」
「遊びに来る?」
「え!?いいんです」「駄目よ」
私がブレイデンの言葉を制する。
国に連れて行かれ、万が一にもブレイデンにも半身がいたら最悪だわ。
「な、なんでだよ姉さん!」
「ブレイデンの事をなんとも思っていない人に預ける事は出来ません」
「そんな事分からないだろ!」
「分かるわ。半身を一番に考えるというのは、半身以外どうでもいいという事よ」
「大切の意味が違うのかも」
「いいえ、竜人は何も大切じゃないわ。私達なんてゴミ以下だとしか認識していないもの」
「エイヴリルは凄いね、僕達の事をよく学んでいる。確かにそうかもしれないけれど、エイヴリルが大切にしたい人達を僕も大切にするよ?」
「私が殺してと言ったら殺すような人に大切な弟を預けられません」
「それは………困ったね」
ほらね。本当に困ったような顔をして答える。
やっぱり正しいんだわ。
私の言う事に否定しなかったという事は、本当にゴミ以下だと思っている。
「それならエイヴリルも一緒に来たらいいよ!」
「はあ?」
「一緒なら安心でしょ?」
「そういう意味じゃありません」
「そっか、それは残念だ」
「僕行ってみたい!」
「なっ!」
「ね?弟君もこう言っているし、来てみない?もちろん帰りたい時はすぐに帰すよ」
「行かないわ!」
「僕の国じゃなかったらいいの?」
「当たり前です!竜人の国には行かせません!」
「それならこの街を案内してくれる?」
「は………はあ!?な、なんでそんな事…!」
「僕、案内出来ます!」
「ブレイデン!」
「だめ?」
「だ、駄目です!」
「そっか………それなら弟君に案内してもらおう」
「なんっ!?駄目です!2人きりなんて!」
「でも、じゃぁどうしよう……」
「そんっ!私も着いて行きますからね!?2人きりになんてさせられません!」
「それは楽しみだなぁ」
「………はっ!?」
はめられた!
なんて小賢しいのかしら!?
竜人はてっきり力馬鹿だと思っていたけれど、口が上手いわ!
もう!もう!もおおおおおおおおおお!!!
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「疲れたわ………」
「エイヴリル、君が竜人様を毛嫌いする理由は分からないけれど、初対面の相手に失礼だったよ?それは分かるね?」
「そっ、で、ですが、いきなり現れて」
「僕の客人だと言っただろう?」
「っっ、……申し訳ございません」
「まぁ、僕も嫌がる娘にする仕打ちではなかった、ごめんね」
「仕方ありませんわ、竜人“様”なのですから」
結局明日3人で街を散策する事になってしまった
急だとは思ったけれど、先延ばしにして毎日が憂鬱になるのも嫌だったので、了承した。
今は竜人が帰ってお父様と2人でお話し中。
「それで?どうして竜人様が嫌いなのか言える?」
「………言えません」
「エイヴリルが冗談やその場の感情で言っていない事は分かるけどね、ルーラーゼイヴィス様も1人の人であり、感情もあるんだから、あんまり頭ごなしに嫌いだと言ったら可哀想だよ」
「………はい」
「それより、明日は外出先で竜人様が嫌いなんて言ってはいけないよ?」
「分かっておりますわ」
「さあ、僕は怒られて来ようかな」
「お母様が怒っておられるのですか?」
「“エイヴリルが嫌がる事なんて滅多にないのにどうして気持ちを汲んでやらないの!?”とさっき言われたばかりだ」
「ふふ、あんまりお父様を叱らないでと伝えて下さいな」
「はぁ、助かる」
「おやすみなさい」
「おやすみ。可愛い僕達のエイヴリル」
*********************************
「エイヴリルお嬢様」
「…」
「エイヴリルお嬢様、寝たふりはバレておりますよ」
「……」
「では本日はブレイデン様お1人で案内を」
「起きてるわよ!」
「存じております、おはようございます」
「おはよう、どうして髪をまとめていないの」
「今日は特に跳ねがひどいので、エイヴリルお嬢様にして頂こうと目論んでおりました」
「もう、しょうがないわね」
「今日もいい1日になりそうです」
「私は最悪な1日になりそうだわ………」
遂に髪をまとめる事を諦めるという暴挙に出たケイシーの髪を結いながら、これからの事を考えて憂鬱になる。
ブレイデンは昨日、竜人がいなくなるとそそくさと部屋に戻ったからお説教ができていない。
朝食の席に着こうと階段を下りたところで、そんなブレイデンと鉢合わせた。
「ブレイデン!」
「げっ!」
「げっ!じゃないわ!今日は約束したから行きますけれど、次はないわよ!?」
「分かったよ、てかなんで姉さんはそんなに嫌がるんだよ」
「私の事よりブレイデンの危機感のなさについて話し合いましょう」
「無理!」
そう言って朝食の席まで走って行くブレイデンの後を追う。
「「おはよう」」
「おは……お父様、お顔が腫れておりますけれど」
「あはは、まぁ座りなさい」
お母様の顔を見ると怒ってはいなさそう。
お父様と喧嘩していても1日経ったらケロっとしているものね。
「お母様、あまり怒らないであげて下さいませね」
「ふんっ!あんたはそれでいいの?」
「ええ、本日お会いしたら二度と会わないようにお願いしますから」
「なんでだよ!姉さんがどう思ってるか知らないけど、ルーラーゼイヴィス様はまだ何もしてないだろ!?」
「お前は黙ってろ」
「いっっ!?」
お母様のデコピンを食らったらしばらくは動けないわね。
「エイヴリルの一生がかかってるんだから邪魔すんじゃないよ」
「………分かった」
「ありがとうお母様」
「ふんっ」
ブレイデンはまだ不満そう。
「ブレイデン、理由は言えないけど…私はどうしても好きになれないの。分かって欲しいとは思わないけれど、私はあの人に嫁ぎたくないわ」
「………わかった、僕もごめん」
「うん」
それ以上何か言われる事もなくいつも通りの朝食に戻った。
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「ケイシー………」
「はい」
「どうしてこんなにおめかししなければならないのかしら」
「あの方が竜人だという事は周知の事実ですので、それなりの格好をしておかなければ旦那様が悪し様に言われてしまう可能性がございます」
「そうだったわね」
竜人は体の一部が鱗に覆われているのは有名な話。
だけどそれは見えない部分にある場合もあるけれど、あの方は首の左側から顎にかけて鱗があるので一発で分かってしまう。
あのお方のお色味は、七色に光っていて鱗は………とても綺麗な鉱石のようだった。
「せめてパンツにして………」
「かしこまりました」
パンツは意識していない相手とのデートの時に着ると言われている。
そこまで主流な話ではないけれど、せめてもの意思表示がしたかった。
ケイシーが選んでくれたのはお腹まである膝上パンツはくびれを作ってくれる形になっている、パンツにシャツを仕舞えば女らしさよりもかっこ良さが出ている。
シンプルなシャツに灰色のパンツはデートには見えないだろう。
ロングブーツはヒールが高くないので長時間歩いても問題ない。
髪の毛を垂らすと格好良くなくなりそうだったので、首あたりに2つお団子を作った。
少し腕まわりがひらひらしているけれど…うん、大丈夫。可愛らしくはない。
「あら、可愛いじゃない」
玄関先でのお母様の台詞に衝撃が走る。
「あまり可愛くないようにしたのですが!?」
「・・・・・カワイクナイワ」
お母様に初めて嘘をつかせてしまったわ。
「い、いいのです、嘘はよくありませんから正直におっしゃって下さいな」
「あんた自分の顔理解してる?」
「キツめな顔立ちだと思いますけれど」
「どこが?」
「え?眉がキリっとしていませんか?」
「眉は綺麗だけど、キリっとしているとは表現が違うわね」
「………え?」
「あんた、甘めな可愛い顔してるけど」
「ええ!?で、ですが!学園ではキツめだと言われておりましたよ!?」
「それは生活態度でしょ?あんたくそ真面目だから」
「くそ真面目ではないのですけれど」
「その口調も、立ち居振る舞いも貴族っぽいわよ?」
「ええ!?」
「てっきり目指してるんだと思ってたけど」
「目指しておりません!」
「平民が通う学園でそれは目立つっていうより、生真面目に見えてそう言われてただけよ」
「う、嘘でしょう?」
私は私である事に今更ながらに気付いた。
確かに、今世の家族も愛しているけれど、前世の家族も今でも愛している。
そして前と性格も変わっておらず、私は死んでも私のままだという事に今更ながらに気付いた。
「あんたが貴族を目指してるかと思って言わなかったけど、その仰々しい口調も、まして平民で“お母様”なんて言う子いないわよ?」
「ガーン!」
私の中ではとても普通に、けれど昔よりとても伸び伸びとした環境で育ち、とても平民として満点な生き方をしていたと………
「ま、まぁ大丈夫よ!あんた可愛いから!」
「今その台詞は慰めになっておりませんお母様」
「……ほら、外で待ってるから行っておいで」
「はい………」
「母さん行ってきます!」
とても憂鬱な気分になりながら家から出ると足元が花びらで埋まっていた。
「綺麗………」
「よ、よかった、やっぱり花は好き?」
足元に気を取られて、先にいる人物に気付いていなかった。
「おはようございます、これはあなた様が?」
「おはようっ!うん!どうかな?気に入った?」
「気に入っ・・・りませんでしたわ」
「そっか、今日もエイヴリルはと、とても、綺麗だよ」
玄関先から門まで一面に広がる花びらは色とりどりでとても可愛い。
こんな景色は1度は見てみたいと思っていたからつい足元に目が向いてしまう。
歩きださなければならないのは分かっているけれど、踏んでしまうのが勿体ない。
花びらなのだから踏んでも問題ないとは分かっているけれど、どうしても歩く気になれず綺麗な足元を見続けていた。
「姉さん?」
「……………なにかしら」
「案内する前にここで日が暮れそうだけど」
「はっ!み、見惚れておりませんから!」
「うん、分かってるよ、気に入るモノがあるか他に探してみるね」
「ぅ゙っ………結構です、金輪際会う予定もありませんので」
「姉さん、行こう」
「え、ええ」
花びらを踏みつけてしまうのはどうしても戸惑ってしまうので、せめてつま先立ちで通り過ぎた。
「ふふ、可愛いね僕の半身は」
竜人の国との違いが分からないので観光地として有名な場所を巡る事にした。
歴史的な建造物を紹介するけれど、竜人は長く生きると言われているからどこを案内しても浅く感じてしまわないか心配になる。
「竜人は長生きと聞きますわ、ですから今見ている建造物もあなた様からしたら若く見えてしまいませんか?」
「そんな事はないよ、ふふ、ありがとう」
「?お礼を言われる事はしておりません」
「うん、そうだね」
きっと感性が私達とは違うのね。
「ルーラーゼイヴィス様!こっちの方が凄いんですよ!ほら!こっち側から見ると壊れてるんです、不思議ですよね?」
「そうだね、今は歪な美が僕の国では流行っているから他の者達も喜びそうだ」
「本当ですか!?」
「うん」
慣れてきたのかブレイデンは色々と質問したり案内したりしている。
どんな国なのか、どんな食べ物があってこちらの国にはないのか。
まるでおとぎ話を急かす子供のようでとても可愛い。
いえ、きっとおとぎ話のような感覚なのでしょうね。
神の国とも呼ばれているもの。
「疲れた?」
にゅっと顔を覗かれて思わずのけぞる。
「おっ、と」
「なんっ!さわ、さっ、さわっ」
「しー、エイヴリルが失礼だと言われたくないからその先は、しー、…出来る?」
「っっっ、コクッコクッ」
「ごめんね?僕の鱗が見えるところになければそんな事もないのに」
離された体から放たれる言葉にムッとする。
「そんな事をおっしゃってはなりません、ご両親が下さった身体を悪し様に言っては可哀想ですわ」
「………ふふ、そうだね」
「それにとても綺麗なのですから、きっと街の皆さんも魅せられておりますわ」
「エイヴリルは?」
「はい?」
「エイヴリルは僕に魅了されてくれないの」
「なんっ!?う、鱗が綺麗だと言ったのですよ!あなた様が綺麗だとは言っていません!」
「くすくす、うん」
「そ、それに、そんなに栄養不足な体は心配ですが魅了されたりはしませんわ!せめてたくさん食べてよく寝なければなりませんよ」
「うん、エイヴリルがそう言うなら」
馬鹿な竜人は放っておこうとブレイデンに話しかけようとしたけれど。
あ、あら?ブレイデンの姿が見えないわ。
「あら?ブレイデン?」
「弟君なら帰ったよ?」
「は?」
「気を利かせてくれたみたい」
「なんっ!?っっ〜!でしたら私も帰ります!」
「えっ………ぼく、案内楽しみにしてたのに」
「ぅ゙、………でしたら行きたいところをおっしゃって下さい」
ぱああ!と顔が明るくなった竜人にまたしても口車に乗せられたと気付いた。
「っっっ〜〜〜!さっさと済ましますわよ」
「うん、お腹空いたな?」
「それはいけませんわ、何か食べたい物はありますか?」
「実は予約してるお店があるんだ」
「そうでしたか、では行きましょう」
「ふふ、うん」
案内された場所はこの街で1番格式あると有名なお店で新鮮な物は好きだけれど、格式ばった所は苦手だという両親を持つ私は行った事がなかった。
貴族の方もいらしてるというその店は確かに丁寧な対応だけれど、言われるほど格式高くなく、これなら平民でも利用出来るような気楽さも持ち合わせているのでそういう所が売りなのだろう。
「お庭が………」
「ここの席は庭が見えると聞いたから」
とても綺麗な庭園が店の奥にあった。
美しく切られ形取られている木々にきっと季節によって咲き誇る花が違うのだろう庭は圧巻だ。
「季節が変わる毎に楽しみにされているというお話はここからきているのですね」
「お手をどうぞ」
「はい」
「くすくす」
庭園に夢中でエスコートされた事には気付けなかった。
しばらく目の前に広がる美しい景色を見ていたけれど、今居る現状を思い出しハッとする。
「・・・失礼致しました」
「ふふ、失礼なんかじゃないよ、気に入ってくれて良かった」
この方の前で好きな物やお気に入りを教えたくないので黙っておく。
「食事を持って来てもらおう」
「はい」
たくさんの料理が一斉に出された後は給仕の人が全員立ち去る。
「?」
「僕がお願いしたんだ」
「なぜですか?」
「僕は見られてると……食べたくなくなる質だから?」
「そうだったのですね」
「だから、僕が運ぶよ。どれがいい?」
「ありがとうございます、ではそちらの……」
コースのように出て来ないこの国では最初に全てを出す代わりに給仕として席に一人一人着くようになっている。
だから、誰も居なくなるのは不思議に思ったけれど最初からお願いしていたのね。
「美味しいですが、お口に合いますか?」
「うん、美味しいよ」
「そうでしたか」
その言葉の通り次から次へと口に運ぶ姿を見て安心した。
けれど、一向に食べ終わらない竜人に疑問が生まれてきた。
「食べっぷりが素晴らしいですわ」
「ありがとう」
「……どこかお身体が悪いのですか?」
「え?」
「あ、いえ、不躾な質問でした。忘れて下さいませ」
「不躾なんかじゃないよ、どうしてそう思ったの?」
「お身体が細く顔色も悪いので、食事をあまりなさっていないのかと思っていたのですが」
「ああ、エイヴリルに会えるまでは気が狂いそうだったからあまり食にも興味がなかったんだ」
「…………そうでしたか」
「あ、ご、ごめんね?こういう性質が嫌いなのかな?」
「いえ、お好きになされば良いと思いますわ」
どうして自分自身を大切になさらないのかしら?
竜人は半身以外どうでもいいというより、半身以外に興味を示す事が出来ないように見えますわ。
「私が死んで欲しいと伝えたら死ぬのですか?」
少しだけ見開いた黄金の瞳はすぐに困惑の色になる。
「ここで僕が“うん”と言ったらきっとエイヴリルに嫌われてしまうね」
「最初から大嫌いです」
「そうだったね、でも僕はきっとその願いには応えられないよ」
「え?」
「僕はあくまでエイヴリルと生き続けていたいんだ、だから死ねないよ」
私と一緒に・・・
ああ、そうか。
私は私が死んだ後の事を考えていなかったけれど、きっとあの後はあの子と竜人と末永く幸せに暮らしたのだろう。
それは紛れもないハッピーエンドだ。
「エイヴリル?」
「はっ!………いえ、なんでもありません」
「そう」
「他に行きたい場所はございますか?」
「うーん………森?」
「森、ですか?」
「僕達は自然が多いところが好きなんだ」
「そうなんですね」
「だから行きたいところは森、かな?」
「今からだと間に合いませんわ」
「そうなの?………そっかぁ………」
そんなに悲しまれるとなんだか私が悪い事をしている気分になりますからやめて頂きたいわ!
「見てみたかったな………」
「そ、お国に帰れば行けるのでは?」
「仕事が忙しくて中々そんな機会がないんだ………」
「貴重なお時間なのですね」
「半身を見つける為なら割と仕事は免除されるんだけど………はぁー…最近行けてないから………」
「っっ」
「あ、ご、ごめんね?こんな事言われても困るよね?」
「半身以外のお時間は取れませんの?」
「あと50年は無理かなぁ?」
「ごっ!?」
50年も忙しいなんてどうりで不健康な見た目になるはずだわ。
半身を見つける以外の時間が取れないなんて、可哀想………。
これは、目を瞑る事になるのでしょうか。
痛ましい環境におかれている者を放ってしまえばまた………
「私が一緒に居たらお仕事を抜け出す理由になりますの?」
「もちろん!僕達みたいに人間は半身だと分からないからね、理解されるまで時間がかかる場合もあるからそういう時は割と自由だよ!」
「…………………………………………しょに、」
「うん!?」
「………今度、一緒に、森に、行き、ましょう」
「いいの!?」
「っっ~~!ですが!これきりにして下さいませ!私はあなた様を好きにはなりません!絶対に!」
「それじゃぁ次はデートだね?」
「聞いておりますの!?」
「僕はエイヴリルが大好きだよ」
話が通じないですわ。
「それよりもう少し近場で行きたいところはございませんの」
「まだ建造物を周りきれていないからそれが見たいかな」
「分かりました」
「手、繋いでもいい?」
「お断りします」
「そっかぁ」
相も変わらず話が通じない竜人相手に気疲れするけれど、そもそも相手にしなければいい。
受け流して聞いていればそのうち心がないと分かってくれるでしょう。
お店から出て案内に戻ると、先程まではブレイデンが居たからあまり気にならなかったけれど、少し距離が近い気がする。
いいえ、きっとそういう事も気にしたらいけないわ。
それから街の歴史や建造物の成り立ちなど説明しながら歩く間も興味深そうに私の話に耳を傾けて下さる。
造形が深いのか返ってくる質問は刺激になるもので、新しい視点に私も勉強になりながら、質問を交えて案内をしていく。
「随分とお詳しいのですね」
「そう見える?」
「ええ、国が違うというのにとても…。この国に理解があるように見えますわ」
「竜人は色んな国に詳しい者が多いよ」
「そうなのですか?」
「半身が人間というのも珍しくないからね、将来の為に勉強しておく者が多いよ」
「そういうものなのですね」
「僕の国も人間が好きな物や流行りがたくさんあるよ」
「人間もたくさん居るのですか?」
「うーん………まぁ、そんなようなものかなぁ?」
少し濁された話し方に踏み込みすぎたと反省する。
これ以上聞かないよう案内に戻る事にした。
「歩き回って疲れたでしょう?少し座ろう」
「お気遣いありがとうございます、そうさせて頂きますわ」
近くのカフェに入ると嬌声が聞こえて思わず体がビクつく。
「竜人様だわ!」
「本当!」
「ああ!隣に居る人が半身なの!?」
「私がなりたかったあ!」
「竜人様に見初められるなんて羨ましい!変わりたーい!」
そんな声が一斉に湧き上がる。
見渡した店内はあまり仕切りがなく、個室もないように見えた。
「お2人ですかぁ?」
「ああ、そ」
「いえ、申し訳ございません。間違えましたわ、行きましょう」
「え?う、うん」
お店から出ると店内の声が先程の倍になったように思う。
「どうしたの?気に入らなかった?」
「いえ、あまり注目されると飲食しづらいと思いまして」
「え?」
「あまり見られたくないとおっしゃっておりましたから………もしかして余計なお世話でしたか?」
「………あ。う、ううん!そんな事ないよ!覚えててくれたんだね、ありがとう」
「そこまで記憶力は悪くありません」
「ふふ、うんっ」
「他のお店を探しましょう」
「それなら近くに芝生がある広場があったはずだから、屋台の物を買ってそこで休憩しよう」
「よろしいのですか?」
「どうして?」
「屋台とは無縁だと思いましたので」
「なんでそう思ったの?」
「所作がとてもお綺麗でしたから」
「僕きれい!?」
「所作!所作がお綺麗だと言ったのです!なぜそうも都合のいい耳をしているのですか!?」
「えへへ」
「はぁ………」
「確かに、あまり屋台には行かないけど、嫌っている訳でもないから大丈夫だよ」
「そうでしたか、では参りましょう」
「ふふ、うん!」
何が楽しいのかこの方は笑ってばかりだわ。
屋台で飲み物と菓子を買い広場に向かうと、最初は気にしていなかったけれど、やはり竜人と居ると目立つらしく、遠巻きだけれど見られている事に気付いた。
気にしていないのかとチラッと顔を見やると、私の顔を見ている竜人。
「なぜ見ているのですか」
「ずっと見ていたいからかな?」
「……迷惑です」
「そっかぁ」
そう言いながらも私を見つめ続けている竜人にうんざりする。
どうしてこう一直線なのでしょう?
半身とは一体どれほどの価値が竜人にはあるのか、私には分からない。分かり得ない事だ。
「僕のひざに座る?」
「なぜそのような発想になるかは分かりませんが、結構です」
「はい、どうぞ」
「ありがとうございます」
「うん」
飲み物を渡され横に座ると少し風を感じた。
今日はあまり風が吹いていなかったので、ちょうどいい気温に心地良くなる。
「……伺いたい事がございます」
「うん!なんでも聞いて?」
「半身とはなんでしょう?なぜそこまで執着するのですか」
目をパチパチと瞬いた後、ふにゃっと笑った竜人の顔をなぜか見れなく、俯いてしまう私の耳に柔らかな声音が届く。
「半身は魂の片割れと言われているんだ。僕達も人間も産まれた時には魂が半分しかなく、その魂の半分を持っているのが半身なんだ」
「魂の片割れ………」
「生まれた瞬間から決まっているんだよ」
「それは……横暴です」
「そうだね、君達には分からない事だから、突然現れては困惑させてしまう事が多いんだ」
生まれた時から決まっている?
それは、いつから?
私の場合、それは私として生まれる前から?それとも今の私は魂の形が変わっているのでしょうか?
「どうして竜人が嫌いなの?」
「それ、は……」
前世を覚えているなんて言ったところで信じてもらえない。
それに、そんな事を伝えて一体何になるの?
「危ないっ!」
「へ?」
突然、芝生の上に倒され覆いかぶされる。
「なんっ!?なっ!なっ!」
「ごめんね?少しだけ静かに出来る?」
「~~~っっっ」
なんでこうなるのよ!!!
何が起こっているか分からないけれど、静かにしてと言われては何も聞けないじゃない。
「本当、僕の半身は可愛いね」
「っっっ」
「ふふ、いつまでこうしてられるかな?」
「っっっ~~~!」
「っと、残念」
上から退いた竜人はいつからか持っていたボールを手に、近寄って来た人に手渡している。
「ごめんなさい!竜人様!」
「ん、気を付けて」
「は、はい!」
どうやらボールが流れてきたようで、庇ってくれたのだろう。
「ボールが飛んできて危なかったから押し倒しちゃった」
「っっっ」
「起き上がらせていい?」
「1人で起きられます!」
「そっかぁ」
ボールが飛んできたのは分かりますが、それで押し倒す意味が分かりませんわ!
それになんで静かにしていなければ……!ああ、暴言を吐いたら私が変な目で見られてしまうから、それを防いで下さったのですね。
「………ありがとうございます」
「ふふ、僕は役得だったよ?」
「っっっ!」
「でも残念、なんで竜人が嫌いかは聞けなかったな」
「嫌いは嫌いだからです」
「次は聞けるといいな」
次なんてないと言いたいけれど、約束してしまった事を思い出す。
可哀想などと、この方に思うのは絶対にやめましょう。ロクな事にならないわ。
「送るよ」
「はい」
倒してしまった飲み物も全て片付けて下さったらしい。
優しい方………
けれど忘れてはならないわ、この方は竜人。
今も昔も大嫌いな存在に変わりはない。
**********
「送って下さりありがとうございます」
「こちらこそ、今日は案内をありがとう」
「失礼します」
「あ、手紙」
「はい?」
「次に会う日、決めてないでしょ?だから手紙出すね?」
「………はい」
「ふふ、またね」
その言葉に返事をしたくなくて家の中に入ろうとした足元には花びらが1つも残っておらず、少しだけ残念な気持ちになった。
どうしてあの方は竜人なのでしょう………
竜人でなければ………。
「ブレイデン!!!」
家に戻って最初にした事は、ブレイデンへの説教だった。
「なぜ帰ったのよ!?」
「だってデートの邪魔しちゃ悪いだろ」
「っっ!デートではありません!案内です!」
「似たようなもんだろ」
「そもそも!ブレイデンが案内を買って出たのよ!?それなのにどうしてあなたが帰るのよ!」
「いいじゃん、もう会わないんだろ?」
「そんっっ……!」
「え?なに?また会うの?」
「そ、それは、行きたいと仰った場所が遠かったから次回に」
「姉さんも満更じゃないんじゃねぇ?」
「っっっ!私は竜人が大嫌いなのよ!!!」
バタン!!!
ブレイデンの部屋の扉を勢いよく閉めて部屋に戻るといつものようにほわほわとした表情をしているケイシーが待っていた。
「ケイシー!」
「おかえりなさいませ、エイヴリルお嬢様」
「ただいま!着替えるわ!あとお風呂も!」
「準備が出来ております」
「ありがとう。もう!もう!どうしてこうなるのよ!」
「なにがあったかは分かりませんが、きっとそういうところなのでしょうねぇ」
「どういうところよ!?」
お風呂に入って何もかも流してしまいたい気分だわ。
ああ、このまま魂とやらも流れてしまえばいいのに………。
**********
その日は歩き回って疲れてしまったのか、夕食も食べないでぐっすり寝てしまった。
次の日のお昼頃には竜人から手紙が届いていたので開封すると、質問がびっっっしりと書いてあったので全て無視して、次の日程の催促だけして同封してあった手紙で送り返す。
郵送ではなく封をすると手元から消えた時はびっくりした。
どうやら魔法を使って相手に届くようになっているらしい。
昔も今も人間として生きてきたので魔法なんて馴染みがなく、しばらくは手紙が落ちていないか探してしまった。
その日のうちに返ってきた手紙には4日後のお昼に迎えに来るという内容が一番最後に書かれており、その前には前回と同様の質問が書き記してあったので、それもまた無視して了承の返事だけを書いて封を閉じた。
お父様もお母様もなにも聞いて来ない。
というよりは聞いて欲しくないオーラを出していたので、聞きたくても聞けないのだろうと思う。
「洋服はいかがなさいますか?」
「そういえばどうしましょう…。森に行くというのはどういう目的なのかしら」
「分かりかねますねぇ」
「歩きやすい恰好の方が無難かしら」
「どうでございましょう、森の中でダンスをするかもしれませんよ?」
「なにをどうしたらそんな発想になるのよ」
「何事も備えておかなければなりません」
「それは、そうなんだけど………というより誘われても踊らないわよ!」
「さようでございますか」
「聞くべきかしら?ああ、でも手紙はこちらから送れないわ」
「そうでございますねぇ」
前回の服装については何も言われなかったから失礼に当たる事はないのでしょう。
またパンツにしようか悩むわ。
ただ、あの方にはなにも通じない気がしてげんなりしてきてしまう。
次の日、私宛に届いた大きな箱にはとても素敵なドレスが入っていた。
「お………オカアサン」
「…………今更じゃない?」
「で、ですが、私も立派な平民として」
「その心構えがすでにおかしいって事に気付きなさいよ」
「ガーン!」
「あんたが言いやすい言い方でいいんじゃない?」
「……よいのでしょうか」
「いいよ、それがあんただしね」
「お母様、髪留めを貸して下さいませ」
竜人から次に会う時のドレスを贈られた時は眩暈がしましたが、あちらにはあちらの作法があるかもしれないと思い、着る事にした。
けれど、あの華美なドレスに髪留めがないのは少し寂しい気がした為、お母様の髪留めを借りる事にしたのです。
「これでいい?」
「はい、これならとてもよく合います」
「ふーん……あんたさぁ、どうすんの?」
「どう、とは?」
「竜人様に嫁がないとあんた、結婚出来ないよ?」
「は………はあ!?な、なんでそうなるのですか!?」
「だって、あんたが竜人様とデートしてたって噂、この街で知らない人はいないよ」
「ですから!あれはデートではなく案内です!それにブレイデンだっておりましたし!」
「んな事言ったって周りはそう見てないでしょ、竜人様が半身以外と歩く訳もないし」
「……………別に、構いません」
「なにが」
「結婚せずとも構いません」
「……あんたがいいならいいけどさ」
「……………」
「なんで嫌ってるのかはどうでもいいけど、あんたが不幸になるのは嫌だよ」
「っっ、わ、私だってお母様が不幸になるのは嫌です」
「私は不幸じゃないじゃん」
不幸………。
それはどの観点から見ての不幸なのか。
私は確かに一度、死んでしまったけれど、不幸だったかといえばそんな事はない。
前世の兄妹にも両親にも愛され、とても幸福だった。
不幸だったのは早死にしてしまった事だけ。
私の死は不幸だったけれど、私は確かに幸せだった。
思い出すのはいつだって楽しくて、愛が溢れた瞬間ばかり。
今世の私はずっと怯えてる。
いつまた竜人の半身がなにを望むのか。
そればかりが怖いんだ。
**********
贈って頂いたドレスは首元を1つだけあるボタンで閉めると首回りが隠せるようになっており、鎖骨下辺りは少しだけ見えるようになっている。全体的に黒を基調にしているドレスは滑らかな生地で、手の甲まで隠せるようになっていて、右側の袖には金の模様、左には白の模様が描かれている。
胸下は絞られておりスタイルがよく見えるようになっていて、そこから足元まで流れる生地に鳥のような絵が金色の刺繍で描かれていた。
何重にもなっている裾は歩くたびに中の金と白の生地が見え隠れしていて黒のドレスがとても華やいで見える。
合わせたようなヒールは飾りに複雑な模様のアクセサリーがついていてシックな雰囲気が和らいでいるように見える。
ドレスに劣らないようにと、髪型は左右から編み込んで後ろでくるりとまとめ上げた場所に、お母様から借りた金色の髪留めをつければ上品な仕上がりになった。
「これは………」
「独占という雰囲気になりましたねぇ」
「なりましたねぇ、じゃないわよ!なんでこんなにも竜人の色を纏わなくちゃならないのよ!」
あの人の黒髪と金色の瞳が合わさったような色合いだわ!
「今更気付くエイヴリルお嬢様は存外鈍いのですね」
「もう!もう!こんなドレスで街を歩いたら半身を認めているようなものじゃない!」
「というよりはすでに半身だと騒がれておりますよ」
「っっっ~~~」
「そんな事より、とてもお綺麗です。エイヴリルお嬢様」
「ありがとう、確かにとても綺麗なドレスだわ……。私には身分不相応な気がしますけれど」
「そのような事はございませんよ、とてもお似合いです」
「そう?ありがとう」
「すでにいらしておりますから参りましょう」
「ええ」
今更だけど靴もドレスもぴったりで、いつの間にそんな事を調べたのか問いただしたくなりましたけれど、歩いても痛くないヒールはとても履き心地が良くて気もそぞろになってしまう。
玄関先で待っているという竜人は今日もあのボロボロなマントを羽織って、初めて会った時のようにボロボロと涙を零していた。
「ぼくの、はんしん」
言葉を放ったまま呆然と私を見つめ、いえ、なんだか瞳がメラメラと燃えているようで少し怖いですわ。
「おはようございます。早く泣き止んでくれませんと森に行けませんわ」
「そ、そうだね!きょ、今日はいつも以上に綺麗、だよ!とっても!僕の半身は本当にとても美しい」
「ドレスをありがとうございます」
「ん、とても似合ってる」
「さようでございますか」
「お手をどうぞ?」
涙の痕が残る顔でエスコートしようと手を差し出される。
拒絶したいところだけれど、このヒールでエスコートなしで歩いてしまっては、転んだり不格好になってしまうかもしれない。
とても嫌だけれど、凄く嫌だけれど………
そっと、竜人の手に私の手を重ねる。
「っっ!エ、エイヴリルが、僕の、手をっ!」
「っ、このヒールでは1人で歩くのが心許ないのです!ですから!仕方なく!手をお借りしているんです!」
「うん!うん!………ふふ、エイヴリルと手を繋いでるなんて夢みたいだ」
この方はいちいち大袈裟に騒ぐわ。
「さっさと行って終わらせますわよ」
「デート楽しみだね」
「デートではありません!」
「ふふ、行こっか?」
「今日はよろしくお願いします」
「ふふ、うん」
玄関を開けてもらい外に出ると誰も居ない疑問に顔を傾けてしまう。
「?」
「どうしたの?」
「いえ、馬車が来ていないようなので」
「ああ、今日は遠いから飛んで行くんだ」
「飛ぶ?というと竜のお姿になられるのですか?」
「乗って欲しいけど、今日はこのまま」
「え?」
ふわっとした感覚がした後、体が地面から離れている事に気付く。
「まぁ………」
「怖い?」
「いいえ、ですがこれはどのように」
「今度説明するね?それより僕の手を離さないように」
「は、はい」
「行くよ」
地面から少しづつ離れていく足元は風が強く吹いているように見える。
先程より強く手を握られるので、私も握り返す。
きっと離してしまえば落ちてしまうわ。
どんどんと上空に登りいつの間にか家がとても小さく見えた途端、グンッ!と勢いよく前に進むとまるで羽が生えたみたい。
「怖くない?」
「いいえ!とても楽しいですわ!まるで羽が生えたみたい!」
興奮しながら話す私へ楽し気に笑いかけるから思わず笑顔を返してしまうけれど、そんな失態にも気付かない程、目の前の景色は美しく、とても澄んでいるから短い空の旅を心行くまま堪能してしまった。
**********
「はい、到着」
「きゃぁっ」
自由自在に飛んでいたような錯覚に陥っていた私は地面に足を着くという行為がうまく出来ず膝から崩れそうになってしまったけれど、分かっていたからなのかすぐに腰に手を回し、支えてくれた。
「大丈夫?」
「も、問題ありません!離して下さいませ!」
「でも、まだ不安定でしょ?落ち着くまでこうしていよう、ね?危ないから」
「は、はい」
確かにまだぐらぐらするような気がするので大人しく従う。
流石に無礼が過ぎたわ………。
ただ心配して下さり、手を貸して頂いただけだというのに。
「申し訳ございません、失礼が過ぎました」
「そんな事ないよ、僕にとっては役得だし」
「っっっ~~~」
しばらくその体制のまま私が落ち着くまで支えてくれた。
「もう大丈夫ですわ、ありがとうございます」
「ふふ、どういたしまして」
「それより、ここは森の入り口なのですか?」
目の前に広がる木々は森というだけあって、とても背が高く圧巻だ。
1人で入るには勇気がいるような場所。
「違うよ。どちらかというと後ろかな?」
「え?」
その言葉に後ろを向くと、森に囲まれた大きな湖があった。
「ふ、わあぁぁぁぁ……!」
目を凝らせば奥がかすかに緑色になっているので森で囲われているという事が分かるけれど、それでもよく見なければ湖が遥か遠くまで広がっているような景色は1日で回り切ってみせろと言われても無理がある。それくらい大きな広がりがあるように見える圧巻な景色だ。湖を囲うように生えている木は新緑が綺麗に輝いている。
「あ………」
湖の大きさや緑豊かな木々に目を奪われて気付かなかったけれど、少し歩いた所にティーセットがある。
とても可愛らしい、ピンクを基調とした机と2人分の椅子があり、おとぎ話の中に紛れ込んだのかと思える程の非現実に心奪われる。
「あなた様が用意されたのですか?」
「うん、どうかな?気に入った?」
「ピンクが好きなのですか?」
「君が好きだったから」
「そうでしょうか?」
私は薄い青や緑が好きなのですが…ピンクも好きなのでしょうか?
セットされたテーブルから目線を外し竜人の顔を見ると、不安そうな表情をして私を見つめる黄金と目が合う。
ここまでしてくれた相手に嘘をつくのはさすがに心が痛んでしまう。
「………はい、とても素敵です。こんなに美しい場所を教えて下さりありがとうございます」
「っ!うん!気に入ってくれて良かった!ふふ、お茶にしよう?」
「………はい」
大丈夫。
私は竜人が大嫌いなのだから。
腰に回っていた手は私の手を取りテーブルまでエスコートする竜人はとても美しい所作で一瞬、見惚れてしまった。
近くに寄れば湖の透明度がよく分かる、こんなに素敵な場所は見た事がない。
「どうぞ」
「ありがとうございます」
椅子を引いて座らせてくれるが、見た目と違いとても座り心地の良い椅子に感動してしまう。
心地良さに感動していると竜人がポットから紅茶を注いでくれるカップからはとてもいい香りがして、森の中の匂いととてもよく合うと感動した。
「ありがとうございます」
「召し上がれ」
「よく紅茶をお淹れになるのですか?」
「僕はなんでも1人でこなしてしまう悪いクセがあるからね」
「お1人で」
「うん」
竜人を盗み見ると確かに、そのボサボサな髪と恰好はお1人で支度しているからこその無頓着さなのでしょう。
紅茶を1口頂くと思いのほか香りと味が強く、森の空気も外の空気も全て消して紅茶の味と匂いだけになる。
不思議だけれど、後引く香りと味が美味しい。
「美味しいですわ」
「良かった、僕の国で採れた茶葉なんだ。好き?」
「ええ」
答えたあとに「しまった」と思ったけれど、後悔先に立たずね。
紅茶も、食べやすい菓子もとても美味しく、周りを見渡せば綺麗な森と湖が広がっている。
確かにこの景色を知っているなら森が好きになるのは当然ね。
「エイヴリル」
「はい」
「僕の事、嫌い?」
「なぜそのような事を聞かれるのか分かりかねます」
「うん、聞きたくなって、ね、嫌い?」
「私は、………私は竜人が大嫌いです」
「うん、そうだったね」
竜人が嫌い、大嫌い。
「僕はね、ずっと待ってたんだ」
「………」
私は待ってなどいない。
「ずっとずっとずーーっと待ってた。僕はもう一度、君に会えるのをずっと待ってたんだよ」
もう一度?
「え?」
「僕は貴族ではなかったから、どうにかして貴族になったんだ」
「どういう」
「あの時はまだ竜人を知っている人間は少なかったからね」
「な、に」
「君の婚約者になれた時はとても嬉しかったんだ」
意味が………意味が分からない。
この方はなにをおっしゃって………
「ごめんね。まさか………僕が国に帰っている間に馬鹿な奴が君を焼くとは思っていなかったんだ」
とても悲痛そうな表情をするから、目を離せなくなる。
「ごめんね。僕は君を助けてあげられなかった」
私は助けなど求めていない。
「ジゼル」
ジゼル。
私の前世の名前。
両親が下さったとても大切なものの1つ。
もう呼ばれる事はないと思っていた名前。
なぜ知っているのかという驚きもあるけれど、それ以上に胸がいっぱいになってしまう。
だって、だって………
「っ、あ、あなた様、の、っ、お名前は」
「カイロ・ウォリス。次期伯爵になる予定だったジゼルの婚約者だよ」
「っっ、そ、そんなっ、」
カイロ様、私の婚約者となって下さった方。
お会い出来る日をとても楽しみにしていたのですよ。
こっそりと心の中だけで名を呼んでいたわ。
今も前世も。
当時、我が家よりはるかに領地も国王の覚えもめでたい方に嫁ぐ事は、あの時の私にとってはまるで夢のようだった。
今でも想っていた訳ではないの。
お会いした事はなく、お噂でしか話を聞けなかったのだから。
それでも……一目だけでもお会いしてみたいと思っていた。
だから貴族名鑑がどこかに残っていないかずっと探してた、私の唯一の心残り。
生き永らえたのか、死んでしまったのか分からない所在をずっと………
「い、生きてっ、生きていて、下さった、の、ですねっ」
「ジゼル」
彼は椅子から立ち上がり座ったままの私の足元にしゃがみ込み手を握って下さる。
温もりが、伝わる。
ああ、生きている。
生きて、おられたんですね。
「よかっっ、わ、私、はっ、わたし、とても、幸せなっ、最期でし、たのっ、で、ですが、彼がどうなったのかは、わからなっっ」
「ごめん、本当にごめんね」
触れる手はあたたかく、存在を証明してくれている。
「いいえっ、いいえっ、生きて、いて、下さった、それだけが、それだけでっ」
「助けられなくてごめんね」
「いいのっ、です、早くに死んでしまった事は、とても不幸な、出来事でしたがっ、両親と、兄妹と最期にいれたのは、幸福な事、でしたっ、からっ、どうか、どうか、謝らないで、下さい」
「うん」
「生きて、いてくれて、ありが、とう、ござい、ますっ」
「っっ」
彼の瞳から涙がボロボロと流れているのがうっすらと分かるけれど、負けじと私も涙を流しているのであまりよく分からなかった。
私は彼の手を暖めるように、彼は私の手を暖めるように、泣き止むまでずっとそうしていた。
「くしゅっ」
「ご、ごめんね、これ羽織って」
どこから出したのか彼の上着にしてはとても上等なジャケットを肩にかけて下さった。
「ありがとう、ございます」
「もうすぐ日が沈むから帰ろう」
「あ………」
帰ってしまえば彼と離れてしまう。
まだ何も聞けていないのに。
それに、私はどうしたらいいのだろう。
竜人は大嫌い。
でも、彼の事は嫌いではないわ。
カイロ様への密かな想いだってあったんだもの。
「今日はエイヴリルと一緒に居てもいい?」
「夕食もご一緒して下さるのですか?」
浮いて帰っている最中にそんな事を言われた。
行きは興奮して気付かなかったけれど、そよ風くらいしか吹いておらず寒くもない。
きっと配慮をして下さっている。
本当に不思議な力をお持ちなのね。
「ん-、ずっと一緒は駄目?」
「?意図が分かりかねます」
「離したくないんだ、もう君を失いたくない。だからずっと僕の傍に居てくれる?」
「婚約の申し込み。という事でしょうか」
「婚約、僕はまだ君と婚約している気でいるけど」
あの時の婚約がまだ有効だなんてそんな事はないのは分かってる。
けれど、彼はずっと、本当にずっと待っていてくれたのだ。
私が生まれ変わるまで。
「で、でしたらその、申し訳ございません、どういった意味なのでしょう」
「僕と結婚してくれる?」
進みが止まり彼がこちらを向いて問いてくる。
「わ、私は、竜人が嫌いです」
「うん」
「半身以外を大切にしない竜人が大嫌いです」
「うん」
「あなた様に聞きたい事だってたくさんあるのです」
「うん」
「私はもうジゼルではなくエイヴリルで、エイヴリルは誰とも婚約しておりません」
「うん」
「ですが、あなた様がまだ私と結婚するおつもりなら」
「したいよ」
「お受け致します。ジゼルもエイヴリルも…どちらも愛して下さいますか?」
「愛してるよ。どんな君になっても、愛してる」
「っ、わ、私はまだあなた様の事をよく知りません」
「うん、いいんだ、僕の傍に居てくれればそれだけでいい」
「は、はい」
彼の顔が、嬉しそうな顔が近付いてきて私の唇に………
「いたっ」
「な!なにをなさいますの!?」
繋いでいない方の手で彼の顔を掴んで放す。
「だ、だって、僕と結婚してくれるんじゃないの?」
「そ、それとこれとは別です!み、未婚の男女がこのような事っ!わ、私は結婚するまでそういう事は致しません!」
「ふふ」
「なんですか!?」
「僕と結婚してくれるんだなって嬉しくて」
「っっ」
また進み出すけれど、先程…少しだけ触れた唇が熱い。
彼と出会えるなんて思わなかった。
顔を見る事は叶わないと思っていたから。
竜人の寿命は長いと聞くけれど、彼は一体どれほど私を待っていたのだろう。
**********
「っと」
「あ、ありがとうございます」
先程と変わらず降り立つ事が不慣れな私の腰を支えて下さる。
玄関先でこのような事をしているのは憚れますが、感覚をすぐに戻せたのでそこまで長くはかからなかった。
「送って下さりありがとうございました」
「付き合ってくれてありがとう」
「お帰りはまた飛んで行くのですか?」
「え?僕もう帰らなきゃ駄目なの?」
「え?で、ですが、先程のは夕食を共にという訳ではないと」
「うん、ずーっと一緒って意味」
「………お帰りになられないのですか?」
「一緒に帰ってくれる?」
なんだか極端だわ。
感性や常識が違うのだからそう思うのかもしれない。
「あなた様のおっしゃっている意味がいまいち分かりかねますので、出来れば話し合いたのですが…」
「うん!」
繋いだ手はそのままで離す気はなさそうね。
「とりあえず夕食の支度をしてもらいますわ」
「ありがとう」
「お帰りなさいませ、エイヴリルお嬢様」
「ただいま、こちらの方が夕食を共になさいますので支度をお願い」
「かしこまりました」
家に帰るとケイシーが玄関口で待っていたので、そのままお願いする。
「手を離して頂けますか」
「え、やだ」
「着替えたいのですが」
「……分かった」
「そのように落ち込まれても困ります」
「ごめんね?離れたくなくて」
「っっ、すぐに支度して参りますのでお待ちください」
「うん」
ケイシーが彼の滞在を家の者に伝えて一緒に部屋へと戻る。
「手伝ってくれる?」
「もちろんでございます」
そういえば上着を借りたままだわ。
「洗ってお返しした方がいいかしら」
「そのままの方がよろしいかと」
「そう、そうね、あちらの国の作法が分からないわ」
色々聞かないといけないわ。
嫁ぐにしても彼のご両親や作法と、常識も大分違うようですし。
色々と学ばなければいけないわね。
「ケイシー」
「はい」
「………嫁ぐ事になったわ」
「おめでとうございます」
「ありがと。それで、ケイシーはどうするの」
「私もエイヴリルお嬢様に着いて行きとうございます」
「いいの?」
「私はエイヴリルお嬢様のメイドでございますから」
「そう、ありがとうケイシー」
「それは私の台詞ですねぇ、そんな事より目が腫れておりますし、お顔が酷い有り様ですよ」
「そんな事ってなに!?私これでも結構不安だったのよ!」
「そんな事を気にされなくともケイシーはエイヴリルお嬢様と共におりますよ」
ケイシーはずっと側に居てくれた手のかかる姉のようだったから正直嬉しい。
当然のように着いて来てくれるのね。
化粧を一度落とし軽く化粧を乗せる。
その間にドレスからワンピースに着替えたら夕食の時間になってしまったわ。
「どうしましょう、話し合いをしたかったのに」
「どうにかなりますわ」
ケイシーを見ていると本当に気が抜けるわ。
「なんっ!?」
「あ、終わった?」
「どうしてこちらにおりますの!?」
部屋を出たら彼が立っていた
どうして大人しく待っていられないのかしら!?
「そのワンピースもよく似合ってる、綺麗だよ」
「あ、ありがとうございます」
「お手をどうぞ?」
「……はい」
先程まで繋いでいた手は相変わらず暖かくて存在を証明してくれているようだった。
夕食の席には家族が揃っているのだけれど。
「お父様、どうなさったのですか?」
「エ、エイヴリルが!お嫁に!」
「は?」
「あんた先に言っておきなさいよ」
何が…
お父様は泣いているし、お母様は少し怒っているご様子。
ブレイデンは興奮しているのか頬が赤い。
横に立っている彼を見ると相も変わらずニコニコとしていて腹立たしい。
私が着替えている間に一体何をお話したのでしょう。
「ほんの少し待つ事も出来ませんの!?」
「もう充分待ったよ」
「っ」
そういう言い方をされるとなにも言い返せませんわ!
もう!もう!
「とりあえず座りな、ルーラーゼイヴィス様もおかけ下さい」
「はい」
「僕の膝に座る?」
「前回も言いましたが結構です」
「そっかぁ」
何故食事をするのに膝に座らせたいのか、というかどうしてそうも膝の上に座らせたいのかまったく理解出来ませんわ。
「ルーラーゼイヴィス様はすぐにでも竜人様のお国に連れて行きたいと言っているけど、エイヴリルはそれでいいのかい?」
何故なぜそんなにも性急に・・・
いえ、性急、ではないのかもしれませんね、それでも。
「困ります」
「一緒に居てくれないの?」
「っ~、ですが、まだ婚約についてあなた様のご両親にもお会いしてもおりません」
「僕の両親はもういないよ?」
「し、失礼な事を」
「いいよ、気にしないで。もう随分と前だから」
「お悔やみ申し上げますわ」
「ありがとう」
「で、ですが、礼節も常識も存じ上げないままそちらに嫁ぐというのはあまりに失礼ではありませんか」
「そんな事ないよ、みんな半身を見つけたらすぐ連れてくるし」
「そう、なのですか?」
「うん」
「ですがこちらにも準備がございます、結婚も準備が色々と」
「全部整ってるよ?」
「はい?」
「全部整えたから迎えに来たんだ」
「「「「……………」」」」
もう誰も何も言えない状況ですわ。
整えたとは何をどう整えたのか気になります、ああ、でもどうせ彼の事です。完璧になんの憂いもないに決まっていますわ。
竜人は色々な国に詳しいとおっしゃっておりましたし、きっとこの国での私の立場も整えてあるのでしょう。
「実家には帰れるのでしょうか」
「もちろん!いつだって帰って来れるよ」
今私がしている事はお父様の仕事を習っているところですから私が抜けても問題はないのですが。
「ケイシーも連れて行きたいのです」
「うん、荷物はまとめたみたいだよ」
「は!?ケイシー!」
「はい、エイヴリルお嬢様」
「荷物をまとめてあるってどういう事よ!」
「まかないがとても美味しいのです」
もう餌付けされてる!
「ルーラーゼイヴィス様、少し娘と話をしてしてもよろしいでしょうか」
「もちろん」
お母様が複雑な表情で私を見つめる。
「あんたはいいの?」
「はい、私は嫁ぎたいと思っております」
「嫌がってたじゃない」
「そうですね、今でも竜人は大嫌いです。ですが、彼の事は嫌いではありません」
「あんたはそれで幸せになれるの」
「私は、私が幸せになるよりも彼を幸せにしたいと、生涯をかけて幸福を与えたいと思っております」
「ふんっ」
お母様は納得してくれたでしょうか。
でも、前世の事など伝えたところで信じてもらえるかどうか分からないわ。
私の思いも。
彼の婚約者であった頃、私は浮かれ、婚約が決まった日から心にだけは慕う心があったこと。
死んでしまったのにも関わらず、私を探し出してくれた恩ともいえるその行動にお返しがしたいと思っているのです。
これからは私が彼を、自分の事には無頓着なこの人を支えたいと、心から思っています。
「エイヴリルっ、ぼ、僕も幸せにする!」
「あなた様はまず食事をきちんと採り、良質な睡眠を取らなければなりません」
「うん!うん!」
少し分かってきたけれどご自身の事には無頓着な彼は見張っていないとすぐに食事を忘れてしまいそうだわ。
嫁いだらまず料理長に相談を………
所作を見たところ平民ではないと勝手に思っていたけれど、食事事情は一体どうなっているのでしょうか?
管理する者が居ればこのようにならないと思うのだけれど…
「僕も遊びに行けますか!?」
ブレイデンの言葉に私は咄嗟に言葉を荒げてしまう。
「もちろ」
「駄目!」
声を塞ぐように手で抑えるけれどもう遅い。
それに彼の声を遮るなんて失礼な事をしてしまったわ。
「どうしてそんな意地悪を言うんだよ!」
だって私のように殺されてしまったらどうしよう。
そんな不安が消えてくれない。
いつ竜人が滅ぼしてもおかしくない現実は私を弱くする。
安易にケイシーを誘ってしまった事も間違いだわ。
ケイシーにはやっぱりここに居てもらうよう…
「エイヴリル」
「………はい」
彼が私の頬を持ち上げるからうつむく事も出来ない。
「何が不安?」
優しく問いただしてくれる彼もまた竜人なのに。
「もし」
「うん」
「もし、竜人の怒りを買って死んでしまったらと思うと怖いのです、恐怖が消えてくれないのです。申し訳ございません」
「ん、そうだよね。怖いよね」
「はい」
「でも大丈夫、竜人は人を殺める事は禁止したから」
「………え?」
「例え“半身の願い”だとしても人は殺せない」
今、今彼は………
「っっ、禁止、した、と、おっしゃいましたか?」
「うん、僕が禁止した」
「っっっ~~~」
今の会話で私だけは正しく聞き取る事が出来た。
あの時、前世で私が殺されてから彼は法を変えて下さったのだ。
本当に彼には聞きたい事がたくさんある。
でも、まずは。
「ふぅぅっ、あり、ありがとう、ありがと、ございっます、ありがっっ」
「もう殺させない、絶対に」
「両親に、兄妹に、変わって、お礼、を、本当に、ありがとうございますっ!」
「もう君を傷つけない、君は僕と一緒に長い時を生きるんだ。今度こそ」
「っっっはい!」
*********************************
あの日は本当に怒涛だった。
彼、ルーラーゼイヴィス様からルルと呼んで欲しいと言われてからルル様と呼んでいる。
森でのデートから両親への報告。
あの後、ルル様は一向に帰ろうとせず終いには私と寝ると言い出した。
同衾など未婚のうちにするものではないと説得し、両親とも話したいからと3日後に来て頂けるように願い出た。
私にも支度があるというのに本当に困ったお方。
私が“守って下さるのでしょう?”と説いたら渋々、本当に渋々だけれど帰っていった。
それでも2時間程ごねてはいたけれど。
ルル様がお帰りになり、夜も更けているというのにブレイデンまで一緒に眠らず待っていてくれた。
さすがに先程の会話に疑問を抱いた両親とブレイデン、そしてケイシーに前世を覚えている事、竜人が国を滅ぼし婚約者だったルル様とお会いする事は叶わなかったと、私が覚えている全てを伝えられたと思う。
「信じられないかもしれませんが」
「信じるわよ」「僕も」「姉さんってだからそんななんだな」
「そんなって何よ」
ブレイデンに噛みつくけれどそれ以上の追撃が両親から襲いかかる。
「あんた産まれてから泣きもしないし」
「そうそう、凄く心配したね」
「泣かない割にほとんど寝てるから死んでんじゃないかって思ったわよ」
「2歳になったらもう今のエイヴリルが出来上がってたしね」
「本当、一体どこでそんな貴族みたいな真似事を仕入れてきてるのかと思ったけど」
「そっちの方が僕は納得出来るなぁ」
「私も」「僕も」
「ガーン!」
確かに私は変わっていなかった事をこの間気付きましたが、まさか小さな頃から平民として落第だったとは思いもしませんでした。
「り、立派な平民として育っていたと思っていたのに」
「だからその心構えがすでにおかしいんだって」
「そ、そんな…!」
今からでも遅くないのだからとなるべく平民になろうと努力していますのに!
「エイヴリル」
「は、はい、お父様」
「辛かったね、とても怖かっただろう」
「っ、」
「ずっと怯えていたんだね、気付けなくてごめんよ」
「いいえっ、わたし、は」
「ルーラーゼイヴィス様と会えて良かったね」
「はいっ、はいっ」
両親の腕の中で泣いている私にブレイデンが竜人の事を頭ごなしに嫌っていた事実を知って謝ろうとしてきたから私も事情を言わなかったのだからとおあいこに。
ケイシーは何も言わなかったけれど、何もなかったかのように接してくれたからきっといつものようになんて事ないと思っているのだろう。
そんな態度が今の私には嬉しかった。
そして3日後に結婚式をこちらの国で挙げようと言われたので急いで用意、する事はなにもなかったわ。
場所もドレスも小物からお父様の仕事の都合までつけて下さったルル様は本当に全て整えたのだと痛感した
ドレスはお父様の商会でも扱っている一番高価な物をすでに購入されていて、本当に着て欲しい物が別にあるからとルル様の国でも式を挙げる事になっている。
その時は両親もブレイデンも呼んでくれるらしく今からブレイデンがとても張り切っている。
けれど、あちらの国で式を挙げるのは2年後になるのでまだもう少し後。
結婚してもしばらくは家から伴侶を出さないのが当たり前な国だと聞いて本当に今からでも教師を着けて頂きたいと思った程。
そして今日は結婚式。
こんなに短い間で結婚してしまう事に少し戸惑うけれど、ルル様の待っていた期間を思えば不満はない。
まだ聞いた事はないけれど、これからたくさん一緒に居られるのだからゆっくり話すのは結婚してからでいいと思っている。
「ルル様」
「ぅぅっ、き、綺麗、だよ、凄く、本当に、僕の半身は、とても、綺麗、だ」
「そのように泣いては素敵な装いが台無しになりますわ」
「ぅぅ、うん、ぐすっ、うっ、うっ」
本当に困ったお方。
ドレスを着る前から部屋に居着こうとするルル様を強引に部屋の外に追い出し着替え終わって声をかけてからずっとこの調子。
「そもそもどうしてここに居るのですか、再会は式でとお伝えしたではありませんか」
「だって、会いたかったからっ」
ぶわーっと雪崩のように涙を流しながら駄々を捏ねる未来の旦那様はまだ色濃く残る隈に痩せ細った体はこれから元に戻していくと約束してくれた。
元がどんなのかは存じ上げませんが、健康的になって下されば特に思う事はありません。
「式では先に待っている決まりです」
「や、やだ」
もう式は始まっている頃だというのにこうして駄々をこねているから遅れている。
「いつまでもこのままでは夫婦になれませんよ?」
「やだ!ぅぅ、早く来てね?僕待ってるから」
「“早くきてね”は式に来て頂いてる皆さまの台詞です、さぁお早く」
「ん、うんっ」
やっとルル様を追い出せたので急いで会場に向かう。
来て下さる方達はお父様の商会でお世話になった方と家族とケイシーにも今日は参列してもらう事にしている。
「ケイシーも」
「はい、とてもお綺麗ですエイヴリルお嬢様」
「ありがとう、これからもよろしくね」
「末永くよろしくお願いいたします」
ケイシーと別れ式場の入り口に居るお父様と合流する。
「申し訳ございません、遅れてしまいました」
「理由は分かっているから」
「さようでございますか」
「エイヴリル」
「はい」
「前世の分まで幸せになるんだよ」
「っはい、私は、お父様の子に生まれ変われて幸せです」
「っ僕もだよ、さ、泣かないうちに行こう」
「はい」
お父様の手を取り前を向く。
扉が開けばルル様が待っている。
ずっとずっと待っていてくれた私の半身。
もしも私が生まれ変わった理由があるとしたらそれはルル様を幸せにする為。
「娘を末永くよろしくお願いします」
「もちろん」
手がお父様からルル様へと渡る。
ルル様は泣き止んでくれたみたい。
「エイヴリルっ」
「今はハンカチを持っておりませんから泣かないで下さるとありがたいのですが」
「ぅぅ、分かったぁ」
本当に分かっているのかしら。
もう、本当に困ったお方。
この国の平民が開く式は簡素なもので、司会を務めて下さる方の話が終われば私達の誓いの言葉で終わり。
式が終わった後、食事をする方達も居るけれど、私は式が終わればすぐに竜人の国へと飛び立つ。
家族の元から離れるのは寂しいけれど、私も両親もルル様が待っていた期間を考えると遅いくらいだと、そのかわりいつでも帰って来れるようにして頂いているし、2年後の式での再会も決まっている。
ルル様のご友人が何名か来て下さっているけれど、みな同じ格好で座っていらっしゃる。
あちらの作法なのかしら。
司会の方もルル様のお国の方らしく他の人達と同じ服を着て式を進行する。
そして誓いの時が早くも、本当にあっという間に誓う事になりましたわ。
「ルーラーゼイヴィス・コレクスウォルトは半身であるエイヴリルの魂と僕の魂に誓う、二度と離れず苦しませる事はしない、そして生まれ変わってもまた君を愛する。何度でも」
「エイヴリル・アンヴィルはルーラーゼイヴィス様に全てを捧げ支え続ける事を誓います」
駄目だわ、涙が止まらない。
「ジゼルの魂にも誓う」
キスの直前、私にだけ聞こえるように言ってくれた言葉は全ての気持ちを拾い上げてくれたような気がした。
これからなにがあってもルル様と共に生きていけるとも決意できた声音でもあった。
「愛している」
最後まで読んでいただき、ありがとうございます。
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