【97】『ひえんの社』でお仕事開始?
次の日から『ひえんの社』への通勤生活が始まった。
朝八時に迎えが来るからそれまでに準備終わってなきゃいけないというこの地獄。
そりゃ今までだって朝は早い方だったけど……、こんな風に時間に追われてるわけじゃなかった。あくまで成り行き。八時に起きられなかったらそれはそれで良かったわけだし、なんのストレスも無かった。
「初出《《社》》にしてもう行くの嫌になってきた」
俺は自由に、何の束縛も無く生きたいんだ~!
あ、瑛莉華さんからLINIE入った。
ええっ、もう着いた? はっや! まだ二十分前なんですけど!
俺は慌ててクローゼットの鏡の前で身だしなみの確認をする。ま、今日は私服だし、どうせ向こうで着替えるし、適当でいいだろうけど……、余り変なカッコだと瑛莉華さんに笑いながらチクチク言われるからな。最低限の確認はする。
「うん、アホ毛もないし、いつも通り可愛いわ」
パーカーにデニムパンツ、それにダウンジャケット。いつも通りだし間違いようもないわ。髪は背中に自然に流して降ろしたまま。ニット帽被って耳隠しすれば準備完了。
さ、行こ行こ。
「おはよ……、瑛莉華さん。来るの早いね」
「おはようございます、佑奈様。万一があってはいけませんから。早めの到着を心がけようかと。本当は三十分前の到着を目指してたのですけど……、やはり思うようにいきません」
ま、真面目か!
「あはは。そ、そうなん……だ。別にちょっとくらい遅れたって文句言わないし……十分前くらいでいいんじゃない?」
そんな会話をしつつ車に乗り込む。今日の車は黒塗りの国産ハイブリット車だ。ただ以前乗ったのと違って真っ黒度控えめで、中から外の景色はちゃんと見えるし、スマホも使える。
これくらいのでいいんだよ、これくらいので。
「ふふっ、検討しておきましょう。では車を出しますので、シートベルトはしっかりお締めくださいね」
「うん、よきにはからえ! なんて。ほんとに適当でいいんだからね」
軽口たたきながらも車は進む。しかし車の中でさえもう佑奈様呼びか……。瑛莉華さんの徹底ぶりには感心っていうか呆れるくらいだわ。もっと気安く呼んでくれていいのに。
なんか寂しいな。
***
「佑奈様っ、おはようございます!」
「おはようございます、佑奈様」
仮宮につけば、巫女さんズが元気よく車寄せまで出迎えに来てくれてた。うん、今日も元気だね。特に彩如。今にもじゃれついてきそうな感じはほんと猫っぽい。
「では私は一度庁舎に出向きますから、あとはよろしくお願いします」
瑛莉華さん、今から橘川課長んとこ行きか。大変だな。まぁ頑張ってくださいませ~。
あ、でも変な仕事もらってこないでね。
「はいっ! お任せください」
「こちらにはいつ頃お戻りですか?」
へぇ、こうしてみると巫女さんズも微妙に個性が出るなぁ。彩如はなんとも考えなし感が漂うけど、楓佳はまだ少しは思慮深いところがあるように見える。
ま、俺がこんなこと言うのはおこがまし過ぎるか。人のことは全く言えないって自覚はあるし。
「そうねぇ、早くとも14時過ぎになると思います。佑奈様のことしっかり見て置いてくださいね。目を離すとすぐおさぼりになられますから」
ほっといてくれます?
ていうか丁寧に言ってるようで何気にひどくない?
瑛莉華さん、目が笑ってるし!
微妙な言葉を残して瑛莉華さんは車で出て行った。くっそ、こうなったら絶対さぼったら~!
そんなことを思ってたときがあった気がするなー(棒)
仮宮に巫女さんズに引っ張り込まれた俺はまずお着替え。今日は普通の日なんで千早は羽織らなくていいんだと。で、髪は前回のシンプルな一つ結びと違って編み込んだ髪をまとめた上での一つ結びになってて、髪を束ねるにしても大ぶりな真っ赤なリボンが付いたシュシュを使ったりしてかなりというか、相当派手な感じ。
「あのぉ、こんなに派手にしていいの? 叱られたりしない?」
不安になって確認したくなるレベルで派手だ。いやほんとリボン、でかすぎるだろ。子供じゃないんだから、ここまで大きくしなくても……。
「大丈夫です! この宮では佑奈様が主様なんですから。どこにも異を唱える人なんていませんっ。それに巫女装束だとオシャレできるところなんて髪やお化粧くらいしかないじゃないですか~。だから頑張って磨き上げちゃいます!」
「彩如ったら、少し落ち着いて! 佑奈様がびっくりさなってるでしょ」
いやもう、ほんとビックリするわ。けどまぁ確かにこの仮宮じゃ俺が主ってことになるのか?
「ふんふんなるほど。じゃあここにいる間は私、自由にしてていい感じ? お部屋に籠って趣味三昧でもいいかのかな?」
「いいわけありません。ダメです。することいっぱいあります。彩如も調子乗りすぎ。あまりひどいと新野見さんに言いつけちゃうから」
「え~!」
「楓佳、そんなっ!」
「もう、佑奈様も彩如も変なところで同調しないでください。さぁ、お勉強の時間です! 佑奈様には『ひえんの社』でのことを色々覚えて頂かないといけないんですから!」
べ、勉強? マジで?
そんなの聞いてないし!
この歳で勉強なんてやりたくねぇ~。
そんな嫌がる俺の表情を見たのか楓佳が更に言う。
「ご心配しなくて大丈夫です、佑奈様。勉強といいましてもこの社の体制や役割、関わりのある組織など説明なり解説を受けるだけです。任命式の時に列席された方々についても話があると思います」
いや、それ十分大変だから。楓佳、おまえ、さてはインテリだな? 勉強大好きだったろ!
「いや、そのね。それほんとに受けなきゃダメ……なの? 私なんて居るだけでいいんじゃないかな? 役に立ちそうなこと何もできないし」
ダメもとで粘ってみる。
「ダメったらダメです。っていうかこれは紡祈様の侍従長、直々のお話しなんですから私にやるやらないを決める権限なんてそもそもないです」
「うう~、そんなぁ……」
紡祈様の侍従長~? なんかめちゃ偉い人っぽい。く~、これは絶対逃げられないやつ。
「もちろん私たちも同席させてもらいますから、一緒にお勉強頑張りましょう!」
「ええっ、私たちも?」
「ええっ! じゃないでしょ。新野見さんの話、ちゃんと聞いてた? 私たちもまだまだここでの経験は少ないんだから一緒に学んでくださいって言われたでしょ!」
ってことで俺たちは三人そろってお勉強の時間、となった――。
それはお昼までぶっ続けで行われ、俺、頭沸騰するかと思った。
***
「あらあら佑奈様、随分お疲れのようですがいかがなさいました?」
14時すぎ。以前みんなで集まった応接の間でだらけてたら瑛莉華さんが帰ってきた。で、俺の姿を見るなりそう言われたわけだが、いや、あんたがソレ言う?
「もう瑛莉華さん信じられない。今日勉強するとか聞いてなかったし! もう頭パンクしそうだし!」
「ふふっ、それは大変申し訳ありませんでした。ですが――今日は勉強してもらいます――なんてお伝えすれば、マンションから出ていただけないのは目に見えていましたから。そこは一計を案じまして」
そんな嘯いたことを言う瑛莉華さん。この人はほんとにもう!
はぁ、やめとこ。口では絶対瑛莉華さんには勝てない。俺は無駄なことはしない主義だ。今作った。
「新野見さん、お帰りなさい。これお茶です。一息つかれてはいかがですか?」
「おかえりなさいっ、新野見さん! もう昼まで大変だったんですから~」
巫女さんズはなんだかんだ言っても元気だわ。そしてどんどん増してくる彩如のポンコツ具合。
「松木さんは佑奈様のお側付きなんですから、しっかり覚えてもらわないと。もちろん世木さんも。よく学んで佑奈様をしっかり支えてあげてくださいね。――何しろ佑奈様は……ねぇ、このようなお方ですから」
む。な、なんだよなんだよ、その含みある言い方!
ふっ、けど俺は突っ込んだりしないぞ。むしろ大歓迎。巫女さんズ、俺の分までしっかり覚えておいてくれたまえ!
「さて。一息ついたところで『ひえんの社』の巫としての佑奈様にお話しがあります」
え?
なに? その急なシリアス顔。
「おめでとうございます……と言っていいのか悩ましいところではありますが、初のお役目です」
やだやだ聞きたくない。聞きたくないよ~。
そんな俺の心の声は、もう力を失った今の瑛莉華さんでは知ることは出来ない……んだけど、まぁバレバレだよな。
そんな俺の心の内なんてまったく気にする風もなく、瑛莉華さんは向かいに座ると、さっさと話し始めた。
願わくば、らくちんなお役目でありますよ~に!




