【94】住めば都と言うけれど?
国のお偉いさんに囲まれた堅っ苦しい任命式をなんとか終え、俺は控室に戻ってきた。畳の上でへたり込んでたら巫女さんズの一人がさっそくお茶を出してくれたのでそれを飲む。
「ふぁ~、やっと終わった……」
そんな言葉が自然に出てしまう。温かさが身に染みた。そんでもって引きこもり系社会人には過ぎた行事すぎた。
「ふふっ、佑奈様、お疲れさまでした。けれどまだ終わりじゃありません。もうひと頑張り、お願いしますね」
「え~、そんなの聞いてないし! もうやだ、何もやりたくな~い」
俺の言葉に瑛莉華さんや巫女さんズが、ぐずる子供を見るような困った表情を浮かべてる。いや、俺悪くないし。やることやったし!
「ご心配なく。行事などではありません。佑奈様ご自身の宮へ案内させていただくだけです。こちらにいらした際に逗留して頂く場となります」
「あ、そうなの? でも用意してくれるのはありがたいけど……、そんなのいるほど長居したくない気が……」
とっととお家に帰りたい。帰らせて?
「何、おっしゃいますやら佑奈様! 長居もなにも、これからはそこが佑奈様のお住まいになるんですから。さぁさぁ行きましょう!」
巫女さんズの一人が俺の手を取り、嬉しそうに案内しようとしてくれる。
内心、そこが俺の住まいだって言葉に強い引っかかりを感じるが、それは後回しにし、とりあえずついていくことにする。せっかくの行為を無下にするのも悪いし。
***
皆でぞろぞろ外に出た。
社殿の建ち並ぶ敷地から離れ、玉砂利をじゃりじゃり踏みしめながら小路をぬけて奥へと進む。
こうして歩いてるとこの『ひえんの社』の広さがよくわかる。で、進むうちに見覚えのある和風な古い屋敷が目に入ってきた。平屋建ての古めかしい建物が軒を連ねるその場所は忘れるはずもない紡祈様のいるお屋敷だ。
「あれ、紡祈様のお屋敷?」
「そうですね。今はまだ佑奈様の宮となるお屋敷はございませんから、紡祈様の宮の一角を借り受ける手筈となっております。追って佑奈様の宮も建設されることになりましょう」
えええ……。
なんか、だんだん事が大事になってきてる気が……。俺もうね、どうあがいても抜け出せない深みへと、どん嵌りしていってるよね!
「こちらとなりますっ」
「さぁ、ご遠慮なくどうぞ!」
巫女さんズ、ずいぶんノリが軽い。ま、お互い慣れてきたしな。
竹と木で作られた壁が続く中、所々に門があり、その一つをくぐった。こういう入口は何か所かあり、それぞれ別の離れとなる建物が存在してるみたいだ。俺はそんな離れの一つを借り受けたっぽい。先に進むと小ぶりな庭園があり、その先に俺の仮の宮となる、古めかしい平屋の建物がひっそりとその存在を示していた。
巫女さんズの案内で草履を脱いで中へと入っていく。小さくても造りは立派で、土間のある玄関周りに狭さは感じない。黒々とした板間の廊下を足袋を履いた足で踏みしめながら進む。ま、狭いからたいした距離でもないけど。
「遅かったの」
「へぁ?」
引き戸を開けてくれた巫女さんズに会釈して遠慮なく部屋へと入れば、すでに中にいた人が出迎えてくれた。
「つ、紡祈様?」
六畳ほどの狭めの間に置かれた四人掛けの木製テーブルセット。一応和室用なのか足回りが平べったい造りになってて畳に優しそうではある。木目の浮いた黒塗りの落ち着いた色合いは普通に部屋に合ってる気もする。
そんな席で、椅子に座ってくつろいでいたのは紡祈様。で、その脇に橘川課長が立ったまま控えていた。
「ようやっと嬢がここへ来てくれたんだしの。歓迎せねばなるまいと、こうして足を運んで待っておった。積もる話もあるしの。ほれどうした。座るがよい。この離れの主はすでに嬢ぞ?」
いや座るがよいといわれても……。俺が主という割には態度がでかい紡祈様である。いや、まぁそれは仕方ないけどさ。
戸惑ったもののとりあえず座って、一応雑談っぽいのが始まった。
四人掛けテーブルに座ってるのは俺と紡祈様の二人。他はそれぞれの背後に立って控えてる感じだ。なんかマジで偉くなった気分。
うん、似合わなねぇ~。
「それにしても嬢が佐久目家に連なるものであったとはの。恒志から聞かされた時は思わず天を仰いでしまったわ。世に偶然など存在せぬのかも知れぬな。これも『ひえん様』のお導きと感謝せねばなるまいて」
俺だって驚きました。
っていうか『ひえん様』ってやっぱ『暖かき存在』のことだよな。なんかあれだな、もう色々ぶっちゃけてきたな。俺ももう身内ってことか。
「瑶子を見たのはアレがまだ十の歳にも届かなかったころだ。瑶子は元気にしておるのかえ?」
あのばあちゃんを呼び捨て。さすツム!
「あ、はい。ばあちゃ、いや、おばあさまはとても元気……です。あはは」
それはもう元気に親族一同にプレッシャー振りまいてますとも。
「そうかそうか。また会えるといいがの。おお、そうだ。その後ろに控えている巫女らもな、佐久目家同様、古くから社の後ろ盾となり支援してくれている家系での、助かっておる。ほれ、丁度よい。自己紹介するがよいぞ」
「はいっ。では私から! 松木家の次女、彩如です。十九歳です。佑奈様をより磨き上げるため頑張ります!」
ちょっとあなた、磨き上げるって……なにを? 彩如は巫女さんとは思えないアッシュグレイに染めたふわふわな髪と、どこか猫っぽいイメージがする今どきの女の子って感じ。
「えっと、世木家の三女、楓佳です。私も十九歳で、彩如とは家同士の付き合いもあって幼馴染です。その頑張ります」
ちょっと控えめな感じがする長い黒髪が綺麗な美人さんが楓佳だ。どっちも二十前かよ。なのに俺のが年下に見えるこの理不尽さ。
だがしか~し!
ここには俺より子供に見えるババアがいる。これは勝ったわ!
いや、何が勝ったのか言ってる俺もよくわからんが。
「あの、川瀬佑奈です。いちおう佐久目家は母の実家な感じです。何もわからないし、まだ混乱してるし……、だから迷惑かけまくると思います? よろしくです」
そんな感じで自己紹介から始まり、特に何をするでもない雑談がしばらく続くことになった。瑛莉華さんと橘川課長はただのオブジェと化し、特に何の口出しもしてこなかった。うん、保護者乙。
そんな俺たちは遠目から見たら紡祈様をふくめ、ただの可愛らしい未成年女子がだべってるだけに見えたかもしれない。不本意ながら。
ただし全員がコスプレしてるかのように、巫女服着ていなければ……だが。
ずっと立たたせとくのも気の毒ってことで、紡祈様が俺を自分の横に座らせ、並んで空いた席に巫女さんズを座らせることで、完全だべり席として確立された。更に彩如と楓佳がお茶とお茶請けを出してくれたおかげでカフェ感まで出て、テーブル席完全コンプリート!
そんな状況は三十分以上続いた。
やヴぁすぎる若さの秘訣とか、メイクとかファッションとか、今ハマってることとか。色々だ。
いや、打ち解けるのはいいんだけどさ。どんな苦行なん? これ。
瑛莉華さんたちはといえば、橘川課長が隣の部屋からちゃっかり椅子を持ってきて、そっちはそっちで話こんでるしさ。
そんなことをぼやきつつ、更に十数分。やっと動きがあった。おせえよホント。
「さて、宴もたけなわ……というのも妙ですが、そろそろこの場もお終いといたしましょう。紡祈様、この後面会のお約束もありましたね? お忘れなきよう。佑奈様にはこれからゆっくりこちらでのお役目に慣れていってもらいたいものです。――では私も次の予定がありますし、これにて失礼させていただきます。後のことは新野見君、よろしくお願いします」
「はい、おまかせください」
皆を送り出し、結局残ったのは瑛莉華さんと俺。いや、これでやっと帰れるな。と気を抜いたところで――
「では今から私室に案内します。他の部屋の説明も一通りすませましょう。なにしろこれからお住みになる家となるのですから、キッチリ把握しておきましょう」
うへぇ。思わず変顔してしまうくらいには嫌すぎる。
薄っすら微笑む瑛莉華さん。なんかさ、ちょっと面白がってない?
***
「うほ~! マジこれ、すっごい!」
案内された私室は夢の空間だった。広さはさっきの部屋と同じくらいなんだけど、完全板間の洋室で、しかも俺のマンションの趣味部屋の上を行くハイテク部屋だった。
PCはゲームにも対応したハイスペックのものっぽいし、タブレットも数種類用意され、電化製品は完全音声対応。更には最新VRヘッドセットにARグラスまであって、しかもどっちも俺が欲しいと思ってたやつ。
最高か!
「こちらに滞在のおりはこの部屋で休んでいただくのが最適かと思います。夜にはご自宅であるマンションに戻っていただいてもいいですし、当然ながらこちらにずっと滞在してもらうことも可能です。必要なものは経費で購入できますし、もちろんご自分で購入されても結構です。ただ……」
「ただ?」
なんかもうずっとここに居てもいい気がしてきた。
「佑奈様の様々な行動履歴は当然残りますのでその点は留意していただきたく」
そう言いながらニヤリと笑う瑛莉華さん。
あ~ね、そりゃそうだよね。
つうかさ!
いずれにしても変なもの買えないし、出来ないじゃんね? あんなサイトにこんなサイト。趣味の二次元イラスト投稿サイト(R18もあるよ!)も見てるのバレるとちょっと恥ずかしい。
いや俺今女だし! 別に今更R18見ても叡智なことにゴニョゴニョ……。
R18に男や女なんか関係ないのだ!
叡智は全てを超越するし!
案外新しい生活にも慣れてしまいそうな俺だった。




