【92】佑奈、お披露目準備中からの?
戸惑いしかない俺の気持ちを置き去りに話は続く。
「任命式といっても世間一般に公開されることはない、政府機関においてもごく内々に執り行われるものですので、川瀬さんにおきましてはあまり気負わず式に臨んでいただければと思います」
いやそんなこと言われても。
一般人、いやそれ以上に世慣れてない引きこもり系社会人に、そんな大それた行事への参加が気負わずに出来るはずもなく。っていうか参加は決定事項なの?
「そ、そんな急に言われても私、困る。それ、出なきゃだめなんです……か? そもそも、えっと、巫……でしたっけ、それになるのだってまだ納得したわけじゃ……」
国の偉い人たちが決めたこと。今更覆すことは難しいだろうけど、とりあえず抵抗はしてみる。ま、無駄だろうけど……、素直にはいそうですかっていうのは元男のなけなしのプライドが許さない!
「はい。突然すぎる話であることはこちらとしても重々承知しております。ですから川瀬さんの身の回りの環境については、ある程度時間をかけて整えていくことも致し方ないと考えております。
ですが――、そのお立場については内外の機関に早急に知らしめておく必要があります。川瀬さん、あなた自身の立場を明確にし、その存在と地位が国によって保障されていることを表明することこそが重要なのです」
聞けば聞くほどわけわからん。とりあえず、俺、今のままだと色々ヤバくなってくってこと?
つい不安になって瑛莉華さんの方を見てしまう俺。
「佑奈様、ことここに至っては仕方ないでしょう。ただ……、本当に嫌ならあなたのその持てる力を使えば――、今までの関係性を全て断ち切る覚悟をもてるのであれば――」
ううっ。
そ、そんなこと言われたって……。
橘川課長にひっつめ髪のお姉さん、それに紡祈様。その周囲で色々よくしてくれた巫女さんたち。
そんな人たちの記憶を改変する?
自分の都合で?
いや、今までだって自分の都合って言えばそうなんだけど!
む、無理だ。俺に悪意向けてるわけでもない、むしろ助けてくれようとしてる人たちに力使うだなんて……。そりゃみんな善意だけで動いてるわけじゃないだろうけど。
それでも俺には無理。
「ううぅ……、もう。わかった、わかりました。やります。やればいいんでしょ!」
もうどうとでもなれ。ちょっと投げやり気味にそう言ってしまった。
「ご理解いただけたようでなによりです。川瀬さんに不利益とならないよう極力、力を尽くします」
そう言いながら橘川課長は俺に軽く頭を下げてから瑛莉華さんの方を見た。瑛莉華さんも軽く頭を下げてる。
ちえっ、なんか俺いいようにあしらわれてる気がする。
「では新野見さんの話に移りましょうか。すでに聞いているかとは思いますが、彼女にはこれまでの勤め先を退職いただき、私の管理下に入ってもらいました。国家情報調査室《NIRO》の情報分析部所属となります。
それを踏まえ、紡祈様のおられる『ひえんの社』へと出向してもらい、紡祈様を補佐する役についてもらっていますが、それに加えてあなたのサポート役も担ってもらう手筈です。まぁ巫お二人の専属係員と認識いただければと思います」
橘川課長の長い説明を聞いて俺は改めて瑛莉華さんを見た。そんなの引き受けてほんと大丈夫なの?
「ふふっ、ただの雑用係ですから。迷惑かけないよう頑張りますね。これからよろしくお願いします」
ええぇ……。
瑛莉華さんがいいのならいいんだけど。よろしくされたくはない気もする……。
「彼女は雑用などと言っていますが、とんでもない。新野見君はその力を弱めたとはいえ、貴重な未来視能力を持っているのです。紡祈様の先読みや神託は大きなスパン、あいまいな括りでしか告げが下されません。未来視はそれを見事に補完できるのですからしっかり働いてもらいたいものです」
「そこまで言うなら瑛莉華さんだってもっといい立場を……」
「佑奈ちゃん。今の立場は私が望んでそうしてもらいました。気にしないでいいですから」
咄嗟だったせいか、佑奈ちゃん呼びしちゃってら。ま、瑛莉華さんがそう言うならいいんだけど。だったら俺もそんな役のが良かったわ。巫とかめちゃわずらわしそう。
あ、でも、それはそれで官公庁の相手とかあったらいやかもしれない。胃が痛くなりそう。
要はどっちもやだ。マンションに引きこもってたいよ~!
「大まかな話は以上となります。具体的な話についてはこの後の任命式以降でいいでしょう」
うう、やっぱするんだ、任命式。いやすぎるぅ~。
「佑奈様、それでは任命式の準備をいたしましょう」
瑛莉華さんが俺の肩に手をやり、ぐっと力を込めてきた。絶対逃がさないって強い意志を感じる。泣きたい。
***
応接室から移動し、畳敷きの落ち着いた部屋に連れ込まれた。どうやら俺用の控室のようだ。
中に入ったらさっきの巫女さんたちがいい笑顔で待ち受けてて、思わず逃げたくなったけど、後ろから瑛莉華さんに肩をがっちりホールドされた。
残念、逃げ場はないようだ。
「この日のために佑奈様用の巫女装束を用意してあります。さぁ、もう諦めてしっかり可愛らしく着飾りましょう!」
え、可愛らしく?
いや、そんなの求められてないでしょ?
そんな俺の想いは当然相手にもされず、寄ってたかってあっという間に下着姿に剝かれた。暖房がしっかり効いてるので寒いことは無い。けど、俺の心がめちゃ寒い。
ま、まさか下着無しとか言わないよな?
着物着る時パンツとか履かないとか余計な知識があったので、これ以上脱がされてたまるかとばかりに股間に両手を当てて防御してしまった。元男でも女性三人の前で真っ裸になるのはさすがにやだ。
「ふふっ、それ以上脱がしたりしません。安心してください。さぁ観念して大人しく着てしまいましょうね」
巫女さんズにくすくす笑われた。泣く。自分で着るとか絶対言えない雰囲気だし、もう好きにして!
まず足袋履かされた。何気に初めて履いた。ま、普通。ほんと普通。
で、ここからが本チャン。
最初に肌襦袢ってのを着て、その上に白衣を着る。着せてくれながら色々説明してくれたので助かる。
肌襦袢は上半身までで、袖も肘くらいまでしかない。しかも襟に掛襟ってのが縫い付けてあって、その色が俺の髪に合わせたのか淡いピンク色。まぁいいけどさ。白衣は着物みたいに長く垂れた袖が付いてて、裾は足首まである。長い。
で、白衣を着たら次は緋袴。これでもかっていうくらい赤。これ着ると一気に巫女さん度が上がる。袴の帯をリボン結びで締めるんだが、なにこれ、やたらボリューミィな結び目。ちょっとでかすぎじゃね?
「はいはい佑奈さま~、まだですからねぇ、もう少し大人しくしていましょうね~」
巫女さんズもノリノリである。応接じゃ猫かぶってたな? っていうか俺を子供扱いすな! 見た目はこんなだが俺は二十四歳だ!
「千早もしっかり用意してありますからね~、はい腕広げてくださいね~」
もう俺は為すがままである。千早は神事したり舞とか舞う時羽織る物らしい。これも袖がめちゃ長くて、丈も背中はふくらはぎに届きそう。前は腰より少し下くらいまでで、胸のあたりで凝った形した編み紐で結ばれてる。ご丁寧にこの紐もピンクだ。白衣もそうだけど千早も純白がめっちゃ眩しい。だから生地に淡いピンクと橙、それに紫の円を巴配置にした意匠が適度にちりばめられた感じで染めてあるのが何気に目立つ。
「その意匠、佑奈様と紡祈様、『暖かき存在』の関係をイメージしてるそうですよ」
瑛莉華さんがそんなこと言ってるけどいや、全然わからんわ。
「あとは髪とメイクです。もう少し我慢してくださいね」
ええ、まだ終わりじゃないの?
任命式始まる前からもう疲れまくりなんですけど! 主に精神的に。
髪の毛は一つ結びで来て正解だった。もちろん整え直されたし髪をまとめてたシュシュは紅白編み紐へとチェンジされた。先端はふさふさになってて触り心地よかったけど、めちゃ長くて垂らした髪と同じくらいあって驚いた。髪の長さは今でお尻にちょっと届かないくらい。長い。もう切りたい。
ちなみに髪で隠してたエルフ耳は完全に露出させられた。隠すどころか見せた方がいいらしい。アピールになるとか。
いや俺、別に目立ちたくないんですけど……。
「佑奈様、ほんとノーメイクだなんて信じられない。どうしてこんなに白い肌でプルンプルンなんですか? 羨ましすぎです」
巫女さんズにそんなこと言われながらメイクされた。そんなこと言われても俺わからんし。改変製ボディだからとしか……。俺は何の努力もしてないからちょっと申し訳ない気も微レ存。
結局肌に軽く何か塗られ、唇にも薄っすら赤が目立つくらいの口紅塗られたくらいであっさり終了。
「はい、これでおしまいです! 新野見さん、いかがです? バッチリでしょう!」
巫女さんズの一人が鼻息荒く主張した。瑛莉華さんとはもうけっこう仲いいみたいで、俺の装いについて話が弾んでる。結構なことで。
俺は今から始まる任命式ってやつのせいで心休まらないというのに。任命式には国の偉い人だって来るらしいし。
いやだいやだ~!
一人鬱々とそんなこと考えてたら、うぅ……、なんだかお腹痛くなってきた気がする。
この痛み知ってる。もうお馴染みだもん。
時期的にもアレ。間違いなくアレ。よりにもよって今?
<存在位階向上><代謝機能向上・効率化>とかもらってもさ。アレにはなんの影響も無いみたいなんですけど?
コレ、なんなら無くしてもらってもいいくらいなんですけど!
駄目なんですかね?




