【9】次の標的のスキンシップがうざすぎる件
「佑奈。あなたはもうちょっと頻繁に帰ってきなさい」
リビングで三人でテーブルを囲み、ディズキューで買った土産を渡したところで自然と雑談というか尋問みたいなものが始まった。もちろん標的は俺。
さっそく母さんが真顔で俺を見ながらそうのたまった。
「そうそう帰ってこい」
半分ふざけた顔をしながら澪奈も追従した。やかましいわ。けど母さんの言葉はさすがにスルーできない。
「あ~、まぁその、善処します?」
「はぁ、まったく。何、政治家みたいなこと言ってるの。まぁいいでしょう、久しぶりに帰ってきたことだし、お小言はやめておきましょ」
うんうん、ぜひそうして欲しい。さすが母さんわかってる。
「ママあま~い。お姉ちゃん相手にそれくらいじゃ、これからも絶対帰ってこないから。だから、ね。今回みたいにまた私が迎えに行けばいいと思う! 絶対連れて帰ってくるし。すっごい名案だよね!」
「ダ~メ。澪奈は遊びに行きたいだけでしょ? それでも行きたいのなら学校の成績次第で考えてあげる」
「え~!」
澪奈のやつ、調子よすぎだっつうの。毎度毎度、お前がマンションに来るたびに実家に帰ってたまるか、めんどくさい。けど、さすがに今まで帰らなさすぎたと思うし、まじ善処はしよう、うん。
「それにしても佑奈。あなたちょっと変わらなさすぎじゃないの? ちゃんとご飯食べてる? その年になって澪奈より幼く見えるだなんて……。もう少し大人っぽく見えるメイクするなり、ファッションに気を付けるなりすれば?」
うへぇ。
また俺に小言が戻ってきた。
「あ、それそれ。ママ聞いてよ! お姉ちゃんったら、マンションに女物なんて何一つ無かったよ。コスメの類も何も持ってなかったし……、女子力皆無の二十三歳女子ってどう思う~?」
くぅ、澪奈め……、母さんに全部チクりやがって。けど反論出来ないのがツライ。
「はぁ……。やっぱり向こうでもそうなわけか。こっちに居た時も女らしいことの一つもしてなかったから、予想はできたけど。これはもう、荒療治が必要かもね」
な、なんか雲行きが怪しいな。
それにしても母さんの中で改変はそういう影響を与えたってことか。俺の部屋、当然ながら男物ばっかだし、趣味にしたってPCとか、ゲームとか、あまり女の子が好んでやるものじゃないしな。
「あはは、その、母さん。わ、私は別に何も困ってもないし、今のままでも十分その、充実した生活って言うか、ね……」
「佑奈。あなた今年の十一月で二十四歳になると思うんだけど……、お付き合いしてる人とかいるの? ん? どうなの?」
へっ?
急になに?
お、お付き合いって……、女? いや、俺はもう女だし、男?
なにそれ、キモ!
「ママ。男物の服に男物のトランクス。今だってそんなダボダボジャージ着てるような引きこもり女なお姉ちゃんにそんな人いるわけないじゃん。いくら可愛くてもこんな有様じゃ彼氏なんて出来るわけないし~」
妹がひどい。
いや全て事実だけど。
「み、澪奈? さすがにちょっとひどくない?」
「ひどくない。ぜ~んぶお姉ちゃんが悪い」
ひぃ。妹が睨んでくる~。な、なんなんだこの場の何とも言えない居ずらい雰囲気は。俺か? 俺が悪いのか?
いや悪くないだろ。元男なんだから万事仕方なくって、不可抗力なわけだし!
とか言えたらどれほど楽か。はぁ……逃げたい。この場から。今すぐ。
そんな時。
かすかにガレージのシャッターの動く音が聞こえてきた。
来た~! 救いの神! すばらしいぞ父さん!
「ああっ、えっと、父さん帰ってきたんじゃない? そ、そのぉ、久しぶりだし、私出迎えに行ってくる!」
俺は飛び出すように席を立ち、四面楚歌の状況から強引に脱出した。
「あ、お姉ちゃん逃げたっ!」
「はぁ、まったく。まぁいいわ。……パパのことは佑奈に任せておきましょ。ところで澪奈。遊び歩いてるのはいいけど、ちゃんと勉強はしてるんでしょうね? 佑奈のところに住み込むって言っても、進学出来なきゃ意味がな……」
「うわ、私に飛び火? あ~、あ~、だいじょぶだいじょぶ、大丈夫だから! 勉強はスケジュール立ててやってるし、宿題だってキッチリやってま~す」
妹が母さんに説教くらってるのが聞こえてくる。ふははっ、いい気味だ。まぁそれはいいとして、ちょうどいい感じで一人になれた。父さんの改変もさっさと終わらせてしまおう。
「父さんおかえり!」
ちょうどガレージからゴルフバッグを担いで出てきた父さんに不意打ちぎみに挨拶する。
「えっ? お嬢さん、私に君のよう……な……」
美少女な俺にいきなり声をかけられてキョトンとした表情を見せる父さん。ダンディなルックスの中にときおり見える愛嬌ある表情。我が父ながら、これ絶対モテるだろって思うわ。
ちょっと見ない間に目じりに少しばかり小じわが見られるようになった、父さんの目をじっと見つめる。すると例のごとく、目からついさっきまであった生気が消え、どこにも焦点を結んでいない状態になる。
いい男が台無しである。このまま放置しておきたい気分に駆られる。ま、しないけど。
母さんもそこいらの芸能人程度じゃ泣いて謝るくらいの美人だし、夫婦そろって美男美女。背もすらりと高くスタイルも抜群。そんな両親の元で生まれた俺たちも……って言いたいところだけど、妹はともかく俺はまぁ、引きこもり系社会人になっちまったが。
って、そんなことはどうでもよかった。
「父さん、大丈夫? 疲れてる?」
ちょっと間を開けたところで、わざとらしく問いかける俺。まぁ大丈夫だと思うけど、何度やってもこの瞬間はドキドキするな。
「う、うぅ……。ゆ、ゆう……、佑奈? 佑奈じゃないか、もう帰ってきてたんだね」
「え? うぎゃ」
なっ、いきなり何してくれるんだよ、このオヤジは!
担いでたゴルフバッグをその場に放り出し、いきなり俺をハグしやがった。
「く、くるしいっ、と、父さんっ」
マジ勘弁して。いくら親とはいえ、俺は男に抱きしめられる趣味はない!
「あ~、やっぱり。そうなると思った」
澪奈が後ろから現れ、笑いをこらえながらそう言った。そんなのいいからコレなんとかして。
「澪奈、見てないで助けてっ」
「まぁ仕方ないね。なかなか帰ってこないお姉ちゃんが悪い。パパ、だから満足いくまで抱きしめちゃって~」
な、なんちゅうことを!
「はにゃあ」
妹の言葉で一端ゆるみかかってたハグパワーがまた復活した。父さん、あんた俺を絞め落とす気か~!
「パパ。紘人さん。……いい加減にしたら?」
そこにマジ、救いの女神きたー!
母さんの抑揚のない、圧がこもった一言で、父さんのハグ力は一瞬で弱まった。
母さんおそろしや。
「かあさぁ~ん」
無意識のうちに出た一言に自分自身驚きながらも、ここぞとばかりにハグから逃れ、救いの女神、母さんのもとへ一目散に駆け寄り、父さんの視界から逃れるべくその背中へと回り込んだ。
「そ、そんな佑奈っ、なにも逃げなくても」
「父さん、暑苦しい。セクハラ、うざい!」
「な、なん、だと……」
父さんはその場で両手を膝にそえ、がっくりとうなだれた。
だが慈悲は無い。
反省しろっ!




