【88】GoGo!アイススケート!
マンションの最寄駅から十分弱を一人で電車に揺られ、集合場所であるこの辺りで一番大きい駅で一旦降りる。いくつもの路線が乗り入れてるこの駅は人で溢れ、引きこもり系社会人である俺にはあまりお近づきになりたくない場所だ。
「あ、佑奈ちゃん、こっちこっち~!」
人だらけのホームで待ち合わせ場所を探し、不安げな顔でキョロキョロしてたら聞きなれたでかい声で呼ばれた。相変わらず馴れ馴れしい。俺の方が年上だっつうの。
だが、いつもならちょっとウザく感じるこの声もこの時ばかりは救いの神と化した。だけどな、奏多。もうちょ~っと声抑えようか。周りの人が一斉にこっち見て来るだろうが!
俺、恥ずかシぬだろうが!
「おはよう、佑奈さん」
走り寄って俺の腕をすかさず掴んでくる奏多の後ろから慌てて茂木クンも駆けよってきた。その更に後ろに茂木クンの部活仲間で以前コスプレしてくれたやせっぽち女子――たしか小峰さんだっけ?――も付いてきてる。
今回のアイススケート行きメンバーは俺を含めてこの四人となる。っていうか、茂木クン。お前、なんだかんだいつも女子に囲まれやがって、モブ顔のくせに一体どこのラノベ主人公なんだ? このハーレム野郎!
「茂木クン、おはよ。今日はよろしく。えっと小峰さん……もよろしくね」
俺が声をかけると小峰さんがコクコク小刻みに頷いた。ちょっとリスみたいだ。この子、相変わらず痩せてるけど俺と同じくらいの背丈だったはず。なのにちょっとデカくなってやしませんか? ま、まさか成長してやがるのか!
うらぎりもの~!
「ウン。ヨロシク……デス。音乃……」
「え?」
「音乃……」
小峰さんがこっち見て訴えかけてる気がする。いや、前髪で目元がよく見えないけど。
「佑奈ちゃん! ののったら、名前で呼んで欲しいって」
ああ、そういう……。この子、俺が普通に思えるくらいに言葉少なくて、ぶちゃけ陰キャだよな。馴染む~。
「じゃあ音乃、よろしく……ね」
俺の言葉にニタァっと笑った音乃。や、やべぇわ、この子。
「え、えっと、じゃあみんな揃ったことだし、スケート場まで行こうか。みんな手袋ちゃんと持ってきた? 向こうでも買えると思うけど、大丈夫? なんならここのショッピングモールで買っていってもいいし」
「おけまる~!」
「……ダイジョブ」
「おっけー」
奏多に音乃、最後に俺が返事すれば、茂木クンが満足そうにうなずいた。いやぁ、茂木クンが仕切る仕切る。唯一の男子ガンバってるね。
その調子でよろしく!
手袋もそうだけど、茂木クンが事前連絡で念を押してきたこともあり、みんな防寒、転倒対策バッチリな服装をしてきてるはずだ。
上は重ね着で暑くなっても脱いだりして体温調整できるようにするとか、下は転んでも大丈夫なようにズボンにするか、スカートなら厚手のタイツを下に履いておくとか。足元は当然ながら氷になるんだし、冷え対策はばっちりしとかないとマジやばそう。あ、それに頭にはニット帽。これも大事ね。
で、それを踏まえた女子二人はスカートやショートパンツ姿だ。奏多がショートパンツで音乃がスカート。どっちもかなり厚めのタイツを履いてきたらしいけど、なんだろ、素直にズボンにしとけばいいのにさ。なんでも可愛くないのは嫌なんだそうだ。上はロングスリーブのTシャツにパーカーやフリース、その上にダウンジャケットって装い。ま、寒くなきゃいいだろうし、滑って暑くなれば脱げばいいし、そんなもんなんだろう。
俺も上は同じような組み合わせだけど、下はデニムパンツだから防御力はツヨツヨ。タイツのやつらには負けんよ。
ま、どっちにしても転べは濡れちゃうけどな。
奏多と音乃は濡れてしまった時のことを考えて、着替え持ってきたって言ってる。俺だってもちろん持ってきたし、念のためパンツまで用意した!
尻もち着いて尻ビッタビタで帰るのは嫌すぎるし。更に言えばうまく滑れなきゃ運動どころじゃなく、寒さでガクブルってことすらあり得る!
ついでに言えば、茂木クンはロンTにパーカー、上着にボアジャケットを羽織り、下はカーゴパンツって感じだな。こいつはいつもこんなカッコで代わり映えしないな。
ま、俺も人のことは言えないけど。
俺がオシャレなカッコするのは澪奈とか来た時限定。完全人任せである。マンションのクローゼットにはいっぱい服あるんだけどな。どれをどう組み合わせて着たらいいのかよ~わからん。だから必然的にいつも同じようなカッコになるのであ~る。
ってことで四人で再び電車に乗り込みアイススケート場を目指す。
電車内で永遠に続くかと思えるような奏多のトークを聞かされながら乗り継ぎしつつ四十分ほどを過ごし、最寄りの駅につけば、そこからは数分程度の距離をてくてく歩く。引きこもり系社会人の俺にはここまで来るだけで大変な行程だったはずなんだけど、不思議と疲れは出てきていない。テンションずっと高いからかな?
しっかし、四人で歩いてるとさ。一番年上のはずの俺が音乃と同レベルか、下手すりゃ下に見えるってどうなの?
おかしくない?
音乃の背丈さえ伸びてなければ……。くぅ~!
まぁええわ。
ともかく、マンション出てから一時間少々で都心近くの神宮外苑にあるアイススケート場へと無事到着した。
いやガラス張りの外観がなかなかにキレイだ。で、中に入れば中もまためちゃキレイで驚く。発券機でチケット買って自動改札を抜ける。いや設備もすごいね。
みんなでゾロゾロ貸し靴借りて、手荷物はコインロッカーへイン。ほんとなら俺は異空間収納にポイでもいいけど、さすがに茂木クンたちの前でそれは無理だ。
さあ準備は万端。滑るぞー!
空元気な俺。
つうか、だんだん不安になってきた。滑れるのか? 俺。
「ほらほら、佑奈ちゃん、行くよ~!」
そんな俺の手をぎゅっと握り、奏多が容赦なくリンクに向けて引っ張っていく。軽くストレッチとかして体をほぐし、スケート靴履いてついにスケートリンクに足を踏み入れた。
「うっわ、案外ひっろ~い! 天井たか~い!」
奏多はどこでも元気だな~。(棒)
広々としたリンクは左回りだそうだ。足元を見れば氷がある。冷たそう。ま、そりゃそうだ。アイススケート場だもん。恐る恐る氷に足を乗せる。もちろん両手は外周の手すりに添えたままだ。
「ひぃ~」
試しに手を放してみたら、とたんに後ろに転げそうになった。慌てて手すりに手をやる俺。
そんな俺を尻目に奏多と音乃が、最初こそ少しふらっとしてたけど、ものの数分で勘を掴んだのか、あっさり滑り出して中の方に入っていった。ええ? なにそれ!
「うっそ~! あの二人滑れるの?」
「うん、けっこう滑れるみたいだよ。ここは初めてみたいだけど……意外だった?」
茂木クンがそう言いながら俺の前に普通に立つ。もちろん氷の上だ。まったく危なげがない。ま、そりゃそうか。得意って言ってたもんな。
「う~、そういえば言い出しっぺ、奏多だっけ。なら、滑れてもおかしく無い……のか」
ちっ、奏多はまぁいいや。けど問題は音乃だ! あの子は絶対俺と同じだと思ったのに。コスプレ好きのオタ陰キャだし。ひょろっとしててどう見ても運動苦手そうだし!
「小峰、ああ見えてスポーツ得意みたいだよ。持久走とか特に。ハーフマラソンにも出たことあるってさ」
「ええぇ、なにそれ。来たの間違いだったかも……」
俺だけか。俺だけなのか。滑れないの……。くぅ~、泣きたい。
「まぁそう言わずに。ほらほら、とりあえず少しずつ、ゆっくり滑ってみようよ」
そう言いながら茂木クンが自らで手本を示しつつ、滑り方をゆっくり、わかりやすく手ほどきしてくれる。とは言え、異性である俺相手では手取り足取りという訳にもいかず、教える方も大変そうだ。
ぶっちゃけ、手を繋いだり、たまに触れられるぐくらい気にしないけど、自分からそんなこと気にしなくていいとか、とても言えない。
「そうそう、重心は前足の方。恐がって及び腰になっちゃうと余計バランス崩して尻もちついちゃうから。そう、しっかり腰落として。うん、うまいうまい」
いつコケそうになってもいいように、壁の手すり沿いにゆっくり進みながら練習する。茂木クンが辛抱強く教えてくれた甲斐あって、三十分もすればなんとか壁から離れてゆっくり進むくらいは出来るようになった。
俺も案外捨てたもんじゃないじゃん! 俺すげ~!
まぁ、その間に二度ほどずっこけたけど。茂木クンがすぐ手を引いて立たせてくれたので尻がびしょ濡れになることもなく、おかげでパンツを履き替える羽目にならなくて済んだ。
「モギモギ~、顔がにやけてる~」
教えてもらってると、こんな感じで頻繁に奏多がチャチャを入れにやって来る。要は周回するごとに来る感じだ。当然、音乃も一緒な訳で、二人してスマホで俺たちの様子をカシャカシャ撮っていくんだよな。
うぜぇ。
「せ、先輩、何言ってるんです! っていうか先輩も佑奈さんに教えてあげてくださいよ。女の人同士のが教えやすいのに」
「やや、そんなお邪魔むし、私には出来ないかな~! かなっ!」
そう言いながら奏多はまた滑り去っていく。で、音乃もこっちを気にしながらも奏多の後を追っていく。
くっそ~、見てろよ~。俺だって、俺だってな~!
――――ま、いいか。
ムキになってもしゃーない。奏多なんてほっときゃいいじゃん。
マイペースで行こ。
「茂木クン、君も滑ってきなよ。私の相手ばっかじゃつまんないでしょ?」
「え、いや、僕は、その十分楽しいから……。佑奈さんといれば……」
ん?
最後のほう、何て言ったの?
声小さくて聞こえなかったわ。




