【86】母さんの実家はやっぱり大変だった!
「佑奈や、よく来てくれた。いつ来るかとやきもきしていましたよ」
「そう言わないでください、お母さん。少しばかり佑奈の体調が良くなかったので遅れますって、連絡は入れておいたはず。田代さんから聞いてるでしょ?」
出迎えてくれたばあちゃんが少しばかり愚痴ったらすかさず母さんが返した。この家でばあちゃんに口答えしてる人なんて、母さん以外に見たことない。
「ああ、そうだったね。――まぁこうして顔を見せてくれたことだし。無駄話はこれくらいにして早速本題に入りたい。ここではなんだから離れで話そうじゃないか」
ってことで、俺たちは着いた早々、直々に出迎えてくれたばあちゃんに案内されて、離れにこぢんまりと建つ日本家屋の一室に向かった。洋館風屋敷には現当主である母さんの兄夫婦や従妹の凜、それに住み込みの田代夫妻が住んでるわけだけど、隠居の身であるばあちゃん夫婦は離れで静かに暮らしてるって感じだ。まぁ静かにって言葉が適切かどうかは微妙な気がするけど。
案内された部屋にはじいちゃんすらおらず、俺と母さん、それにばあちゃんの三人だけという、俺にとってはなんとも居ずらい空間と化している。
やだやだ。出来るなら今すぐお暇したい。帰りて~!
畳敷き六畳間という狭めの部屋の中央に分厚い木でできた侘びのあるテーブルが置かれ、ここに座れとばかりに厚めの座布団が配されてて、ばあちゃんと母さんはさっさとそこに座る。俺はちょっと躊躇したものの諦めて母さんの隣に座った。二人が当然のように正座で座るので俺もそうせざるを得ない。いやすぎ。すぐしびれる自信ある。
そんな中、ばあちゃんが話を始めた。
「早速だが佑奈。今、歳は幾つだい?」
「え? 歳?」
唐突な質問だった。なんなんだ、いったい?
「そう、歳、年齢だよ。満年齢でいいから言ってごらん」
「えっと……、二十四歳、だけど?」
「もう二十四かい? そうは見えないね。若々しいどころかまだ子供と勘違いしそうだ。どうなってるんだろうねぇ、まったく。羨ましいことだ。いや、そんなことはいい」
く~、ばあちゃん何したいんだ? 見た目のことなんてほっといてくれや。
「じゃあ次の質問だ。単刀直入に聞くが、佑奈は生娘かい? なにここには私たち三人しかいない。恥ずかしがらず、正直に答えるといい」
「はぇ?」
「ちょ、ちょっと母さん! 何を」
「玲子は黙っていなさい。これは大事なことなんだ。ほれ佑奈、どうなんだい?」
き、生娘かい? って。え? ええっ? 生娘って、その、あの、アレしてないってこと……だよな?
俺がしょ、しょ、処女か? って聞いてるんだよな?
こうやって考えるだけで自分の顔が赤くなってくるのがわかる。お、俺が、俺が男とそんなことするわけね~だろ! 想像するだけでキモイ!
まぁ一人でだったら色々試してみたりした……って、何考えてんだ俺は。そんなことより答えなきゃ――、
「佑奈、どうなんだい? 早く答えなさい。返答次第で向こう様への対応を変えなきゃならないんだからね」
「あぅ……、えっと、その……」
恥かしすぎ。なんで人にそんなこと言わなきゃ。それに向こう様ってなに? どちらさま?
「お母さん! いい加減にしてください。なんの説明も無しにそれは横暴すぎます! 佑奈も答えなくていいから。まずはちゃんと説明してもらうのが先です!」
母さんが、ばあちゃんにすっごい剣幕で詰め寄った。母さんめっちゃ頼りになる。
ネ申!
「ああ、いや、そうか、そうだったね。気が急くあまり少しばかり説明が抜けていたね。すまない」
少しばかり? 少しも何も全く説明されてないが?
「じゃあまずは説明しようじゃないか――」
ってことで落ち着いたばあちゃんから、さっきの無茶ぶりの元となる事情とやらを切々と聞かされることとなった。
母さんの実家。ばあちゃんの家系は辿っていくと古くは鎌倉時代くらいまで遡るらしい。いやまぁそれはいいんだけど、佐久目家は代々あるところに巫女となる女性を送り出していたらしい。けれどそれも近代へと時代が進み、代替わりをするごとに関係も薄れていき、ばあちゃんの前の世代ともなればとうとう巫女を出すことも無くなってしまったらしい。
まぁ家だけでなく、他にも巫女役を送りだす家は幾つかあり、全部で六家あるらしい。それに加え、時代と共に必要な人数も減少していったことも出さなくなった理由としてあるみたいだ。
ともかく、向こう様から巫女を送れとの要請が無くなって久しいらしい。
が。
つい先日、再び巫女となる娘を送って欲しいとの要請が来たらしい。で、来たのはいいけど、一体誰を送るのかって話に当然なる。
ぶっちゃけ今の佐久目家で候補となるのは三人しかいない。
俺、澪奈、そして凜だ。
巫女の条件として、最低次の要件を満たす必要がある。
・十八~三十歳の未婚女性。
・未婚で心身共に清浄なるもの。(要は処女、生娘であること)
ばあちゃんがここだけの話ってことでさらにぶっちゃけてくれたけど、凜は残念ながら条件から外れるらしい。歳は二十歳で大丈夫なんだけど、もう一つが……ダメだったらしい。
彼氏いるんだと。ってことはお察しだ。
おふぅ。
あいつ、門限厳しいはずなのにやることやってるのね。ま、まぁもう大人だしね。大学にも行ってるしね。くぅ~、爆発しろ!
澪奈についてはまだ十七歳だし、なにより高校生ってこともあり候補には入れないらしい。春には十八になるけどな。ちなみにもう一つの条件は未確認。けど、あいつはまだだろ。彼氏いるとか聞いたこともないし。
だ、だよな?
彼氏だなんてお兄ちゃん、いや、お姉ちゃんの髪がピンクの内は絶対許しません!
で、結果、残ったのが俺である。
なるほど。それでさっきのばあちゃんの質問に繋がるわけか。未婚女子の俺、二十四歳。あとは処女ならバッチリってことね。
いや俺、元男なんですけど!
巫女さんだなんて勘弁なんですけど!
……ん、巫女?
巫女!
俺はここに来て、ある考えが頭に浮かんできた。来てしまった。
少し前に聞かされたばかりの話。
橘川課長の言葉が頭に浮かぶ。
――「あなた方二人には我らの組織の一員となっていただきたく、すでにその手続きを進めています」――
組織の一員となっていただく――って言ってたよな。
ま、まさか、これがそう?
紡祈様は、『暖かき存在』の巫、当代の斎姫と言われてる方……だったよな。紡祈様にはいつも付き人さんがついてたと思うけど、あの人達ってどう見ても巫女さんだった気が……。っていうか紡祈様自身も巫女服みたいなの着てたし。
これ、どう考えてもそっちから来た話じゃね?
それに向こう様って、紡祈様のとこじゃないのか?
く~。
橘川課長、それに紡祈様もさ。そんなの事前に話してくれよ。あ、いや、まぁ一応前振りはされてたか……。
ああくっそ、なんか納得いかねぇ。
っていうかそもそもさ。こんな偶然あっていいのか? 俺の母さんの実家がたまたま巫女を輩出してる家系? んな都合いいことあってたまるか。
俺が改変の力を手に入れてこんな姿になってしまったことから、今ここに至るまでの話に繋がってくなんてこと、あまりにも出来すぎ――
「さて、それを踏まえて佑奈。さきほどの答えをまだ聞いていないが、どうなんだい? 返答が必要な理由は今の話でわかったかと思うが?」
「う~」
くっ、考えるのは後か。今はばあちゃんの相手しなきゃ。
「佑奈。そんなに恥ずかしがらなくてもいいから。誰しもいつかは経験することなんだし。ここで聞いたことは私も母さん、いえ、おばあさまも他には漏らさないから安心して。ね?」
いや、「ね?」て言われてもさ……。
ああもう、仕方ない。白状するしかないか。考えて見れば俺って男時代も童貞だったし、女になってもまだしょ、処女だし……って、そんなのどうでもいいわ!
「私、まだ……だし。その、えっと、未経験……」
はっず。恥ずかししねる。
「そ、そう。そっかそっか~」
か、母さん。なんでそんな安心したでちょっと困ったみたいな顔するかな? やだー!
「なるほど。まだ生娘だったか……。それは重畳。いやしかし、佑奈。聞いておいてなんだが、お前二十四にもなってまだ……」
むっ、ばあちゃん、なんか文句あんの?
「お、お母さん! 余計なこと言わないで!」
「あ、ああ、そうだね。だが、これで候補は決まったね。まぁ佑奈。そのように不安そうな顔をしなくともよい。今は昔と違う。巫女と言ってもあれです、アルバイトでもするつもりで励めばよいのです」
ばあちゃんも所詮他人事か。なんか言ってることが軽いんですけど!
これはもう俺が巫女にさせられるのは避けられない流れ。俺にばあちゃんの圧力を押しのける力なんてない。
橘川課長! 紡祈様!
今まで通り暮らしていいって言葉。信じていいんだよね?
頼むよほんと!(滝泣)




