【83】引きこもりの危機?
「お呼び立てして申し訳ありません。こちらでも色々ありまして。なるべくあなた方に影響が出ないよう力を尽くしてはみたのですが、及びませんでした」
目の前にいるのはもうお馴染みになってしまった橘川課長。大変お疲れなのかちょっと目の下に隈が出来かけのように見える。その脇にはこれもまたお馴染みひっつめ髪のおば、いや、お姉さんが控えてる。いい加減名前聞いてみようかね?
「いえ、仕方のないことなのでしょう。大変ですね」
俺の隣に座ってる瑛莉華さんが淡々と受け答えしてる。俺はなるべく目立たないよう目線を机の上に落とし、付き人の如く大人しくしている。
俺たちが居るのは、ちょっと前にお邪魔したばかりのどこにあるのか謎の、古くて大きいお屋敷である。わかりやすく言えば紡祈様のお家訪問してるわけである。
で、以前も案内された『斎の間』で国の謎組織、国家情報調査室の情報分析部課長である橘川課長の接待を受けながらひたすら縮こまってる俺。出された紅茶をちびちび飲んでその場の空気から逃れることに精を出したりもしてる。
なんでこうなったか?
今は瑛莉華さんの改変をしてすでに三日が過ぎてる。
つかの間ののんびりを過ごしてた中、橘川課長から呼び出しがかかり、お姉さんが例によって迎えに来て、あれよと言う間にここへ連れてこられるに至った。
いやまぁ、ほんと、瑛莉華さんに聞かされた通りの展開。
端的に言えば、瑛莉華さんの未来視で視た通りのことが今起こってる。こうなるって事前にわかってた。
曰く、『国から二人して呼び出されて厄介ごとを押し付けられる』。ホント、なんて短くて端的な未来視。瑛莉華さんへの改変で、未来視が消せなかったことがここに確定した。
くっそ。
まあそれは、もう仕方ない……けど。ほんとこれ、マジ勘弁なんですけど!
俺、正月明けてからというもの碌に引きこもって居られてないんですけど?
俺に自由な時間をください。お願い『暖かき存在』様!
「今日はこの先、あなた方の扱いがどうなるかについてお話しさせて頂くためにご足労頂きました」
橘川課長が居住まいを正し、俺たちにしっかり目線を向けて話し出した。そうなると俺もさすがに俯いたままではいられない。それにしても『どうなるかについてお話し』……か。
その言い方だともう扱い方は決まってるって取れる。いや、こうして呼び出したんだ。決まってて当然か。はぁ、もう、めんどくさいなぁ。
「そうですか。……まずはお聞かせ願いますか?」
瑛莉華さんが冷静にそう答えた。まぁ未来視で厄介ごと押し付けられるってのを視てるんだからここで慌てることも無いわな。俺もとりあえず頷いておく。
そんなやり取りしてたら奥の扉が開き、付き人を引き連れて巫女装束を着た小柄な女の子が入ってきた。
ま、ここがどこかって考えればそうなるか。現れたのは言わずもがなの紡祈様だ。すこし前に会った時よりも格段に顔色が良くなり、少々ふっくらした様子も見て取れてなにより。純和風ですこしツンとした高貴な雰囲気は、面識なかったら絶対近づこうと思えないレベルであり、実際すんごくお偉い立場の人だ。
俺なんかがこうして同じ空間に存在してるのってなんか不思議だよな。
「恒志。我を抜きに話を進めるでない。一緒に話を聞かせて……、いや、話をさせておくれ」
紡祈様のそんな言葉に少しだけ困った表情を見せた橘川課長だったけど、それも一瞬のこと。
「困ったお方です。……それではお席についていただき一緒に話をお聞きください。断っておきますが、横から口を挟むのは無しですからね? よろしくお願いしますね」
「わかっておる。恒志は口うるさいのぉ」
そんなやり取りをしつつ紡祈様は元より用意されている自分の席に飛び乗るようにして座った。かなり大きめのソファー席だけにまるで子供の戯れのように見え、なんとも可愛らしくちょっと癒された。
まぁ俺も人のことは言えないんだが。
「こほん。では話を進めます。まずは改めてお礼を。先般は紡祈様を禍根溜よりお救いいただきありがとうございました」
いや、この人ほんと律儀だな。もうそれは済んだ話だからいいって。
「うぬ、我も改めて感謝を! 嬢は我のまこと救いの神ぞ。我が一生かけても返しきれぬ恩ができた。ああ、瑛莉華。其方にもな」
橘川課長のお礼に便乗した紡祈様のその言葉。思いがけず話を振られた瑛莉華さんが、珍しく慌てて謙遜の言葉を絞り出す。
「い、いえ、私などたいしたことはしておりません。ただ佑奈ちゃ……、こほん、川瀬さんのサポートとして微力ながらお手伝いさせていただいただけです」
ほんと謙遜しすぎだ。そんな謙遜、俺がゆるさん! ここは一言、
「何を言う。其方の働き、我が知らぬと思うてか? それに……随分と苦悩しておったようだの。我がそれを扶けてやれなかったのはほんに力不足で歯がゆくも思うたが……、まぁそれはうまくいったようだの」
はは。
なんだよ、お見通しってか……。
それにしても瑛莉華さんから川瀬さんって呼ばれるとなんとも他人行儀でちょっと寂しいな。いや、こんな場所でちゃん呼びよりはいいんだけど!
「そ、それは……、はい。今はもう、過分なく。川瀬さんのおかげで……」
「うんうん。良かったの。まぁそれとは別に、其方らにはこちらから便宜を図ろうと色々考えた。のう、恒志や?」
ちょっと空気になりかけてた橘川課長にやっと話が戻った。負けるな橘川課長!
「はぁ、そうですね。――では私に話が戻ったところで、今度こそ本題を進めさせていただきます。まずはお二人、川瀬さんと新野見さんの扱いについて」
扱い? 扱いってなんだよ?
ちょっと戸惑ってる俺と違い、瑛莉華さんはその表情を引き締まったものに変えてる。と、とりあえず真面目に聞いとこう。
「異能力は当然ながら世間一般には知られるわけにはいかないものです。そしてそれは国の大部分の公的機関においても同じです。そのような力があるだなんて誰も知らないし、そもそも知る必要もありません」
むぅ、なんか難しいこと言い出したぞ。
「ですから今後もあなた方のその力を公にすることはありませんからご安心ください。お二人のプライバシーも我々の組織が身命を賭して守ることを誓いましょう」
いやそんな大げさな。俺は橘川課長の言葉にちょっと引いてしまう。
「まぁ、我々がどうこうせずとも川瀬さんの力をもってすれば、例え話が漏れたとしても対処できるのかもしれませんが……」
「恒志。それは駄目ぞ。人に対する力の行使などそうそうさせるような状況にしてはならぬ。そのような考え、改めよ」
紡祈様がそんな苦言を橘川課長に言う。そんでもって俺に向かってニッコリ微笑みを向けてきた。いや、俺、別にそこまで力の行使にこだわりとかないし。いざという時、人に使うことを躊躇ったりなんかしないというか、今までだってたまに使ってたっていうか……。
ま、いいか。
「はい、これは私としたことが思い至りませんでした。今のお言葉、心に刻んでおきましょう。では次に」
橘川課長が俺たちの顔、それぞれを見つめる。瑛莉華さんは終始薄笑い。うーん、何考えてるかサッパリ。つうかちょっと怖い。
「あなた方二人には我らの組織の一員となっていただきたく、すでにその手続きを進めています」
「え?」
「ふふっ」
俺は呆けて、瑛莉華さんは笑みを深くした。
「ちょ、ちょっと課長さん? それ、どういう……」
さすがの俺もこれにはツッコミを入れざるを得ない。便宜図ってくれるって話では? つうか勝手に人の就職決めないでくれます?
俺は引きこもりのままがいい~!
「これは任意ではありません。絶対的拘束力のある要請、いや命令と言い換えてもいい。申し訳ありませんがお二方に拒否は認められません」
「強引なんですね? それで私たちが納得できるとでも?」
おおっ、瑛莉華さん! そうだよ、頑張って!
「これはあなた方を守るために必要な措置でもあります。少々強引なやり方であることは承知しておりますが何卒ご理解いただきたく。いち市民、いち国民であるだけでは守り切れないことは多い。その点、私の傘下に入って頂ければ色々便宜を図れますし、他所からの手出しもされにくい」
な、なんだなんだ? 何言ってるの課長さん。よそからの手出しって何よ?
俺は一体なんの話、されてんだ?
「嬢に瑛莉華や。多少強引であることは承知しておる。が、受け入れてはくれまいか? 何、表向きは今まで通り暮らしてもらってかまわぬゆえ。其方らの立ち位置が変わるだけのこと。であるな? 恒志」
「御意の通りです。お二人は今までの暮らしを何ら変える必要はないと保証いたします。ただ、そうですね、新野見さんに関しては出来れば我々共々宮仕えしていただけると助かる……とは思います」
ほうほう。今まで通り?
なるほどわからん。
で、瑛莉華さんが宮仕え? 宮仕えって……要は課長と同じ公務員になれってこと? いや、俺も一応そうなるんだろうけど……。
んん?
「それはこの子のためにもなる……と考えても?」
瑛莉華さんが俺の頭を撫でてきた。いやちょっと、こんなとこでやめてくれます? せっかく隠してる耳が見えちゃうでしょ!
「ええ。そう捉えてもらって結構です。あなたもその方が安心なのでは? 何しろ、わが組織こそが一番の情報源なのですから」
「……わかりました。お任せします」
え、わかっちゃったの?
まじかぁ。
結局そういうことになった。
どうなんのこれ?




