【8】男の俺とアルバムとアイデンティティ
車の中で散々妹にグチグチ言われた俺は、家に着くころにはもう力尽きてた。
たった三十分程度でこれとは澪奈おそるべし。
しかし元はと言えば俺の行動のせい。甘んじて受け入れざるを得なかった。
せめてもの救いは俺が助手席に座ってたってこと。隣り合ってたなら今以上のダメージを受けていたに違いない。
「さ、着いた。二人は荷物降ろして先に行ってなさい。ママは車をガレージに入れてくるから」
「はーい。じゃあ、行こお姉ちゃん。あ、リュックはちゃんと自分で持ってよね」
「わ、わかってるって。もう、しつこいなぁ……」
最後の最後まで言われつくして、俺のMNDはまたゼロになりそうだ。二度と妹をダシにすまいと心に決めた俺である。
久しぶりの実家は出て行った時となにも変わってなかった。ま、そりゃそうか。大学進学で首都圏に出て、そのまま就職したとはいえまだほんの五年と少し。正月やお盆で三、四回くらいは帰った気がするけど、それだけだし。
就職した会社をすぐ辞めた時は帰って来いってだいぶ言われたけどな。
う~ん、それにしてもちょっと帰省、少なかったかな。けどそれは済んだことだし今更か。
「お姉ちゃんの部屋は前のままだから、荷物置いたらすぐリビングに降りてきてね。絶対だから!」
俺の引きこもり癖を把握してる妹が早速クギを刺してきた。お前は俺の嫁さんか何かか?
「わかってるって。母さんにちゃんと挨拶もしてないし、お土産も渡さなきゃだし、心配しなくても降りてくよ」
そう言って俺は二階にある懐かしの我が部屋へと向かった。
部屋に入ってみれば、かび臭いとか埃っぽいってこともなく、昨日まで使ってたと言ってもおかしくないほどキレイで、頻繁に掃除してくれてたことがわかる。母さんに感謝するしかない。
整えられたベッドの上にリュックを放り投げ、ついでに着ていたフリル付きの可愛らしい服もばさりと脱ぎ捨てた。ワンピースってのは脱ぐの楽でいいけど、俺がこんな服を着るようになるとは……。ディズキュー行きでもっとひどいカッコもしたとは言え、まだまだ気恥ずかしい。
小さいとはいえ、体つきだって完全な女。というか女の子って言った方がいいいけど。俺二十三歳なのにどうしてこんな少女っぽくなるかな。
どうせならもっと色っぽい大人の女性の姿がよかったわ。
いや、わかってる。わかってるとも。俺が例のwebサイトでみたイラスト。最後に見た奴がこんな感じだったからな。それのせいだ。突き詰めればそれを見てにやけてた俺のせい。
自業自得ってやつさ。くっそ。
リュックから愛用のジャージを引っ張り出して着る。だぶついてるけど自宅にいるだけなんだし構うものか。ああ、緊張してた気分がほぐれるわぁ。
着替えたところで今となっては時代遅れも甚だしい古いタワー型PCを備えたデスクの椅子に腰かけた。こいつのOSはもう二世代くらい前のだから今となっては起動させる気すら起こらない。っていうかパスワードとか思い出せないから起動無理だわ。
「うん、この部屋もこのままだと余りよろしくないな」
男時代の残滓が至る所にある。
服や趣味のグッズとか、形を変える必要がある物の改変は残念ながら出来ない。無用なトラブルのもとだけどあきらめるしかない。
なので取り急ぎやらなきゃいけないのは俺の男時代の写真の改変。
見つけたら即改変だ。
一番やばいのは学校の卒業アルバムとかだな。個人的な写真はもとからデータばっかで、フィルムとか印刷物も無いから心配いらないな。
「う~ん、どこにしまったっけ」
俺は部屋の中をキョロキョロ見まわしてアルバムを探す。そのついでに改変が必要なものを見つけては、にらみつけて対処もしていった。
自分で自分が男であった証拠を改変していくのは前も感じたけど、なんとも言えない寂しさを覚える。男であった俺の存在を自ら否定しているようで、アイデンティティが揺らいでしまいそうになる。
「え~い、いまさらだ、今更。っと、あったあった、卒業アルバム。お~お~、懐かしいな」
小、中、高。みんなまとめて同じ場所に入れてあった。母さんの仕業か。
…………。
母さん。
どこまで俺の部屋のこと把握してるんだろ……。上京するときそれなりに片づけてから出たはず……だ。
くっ。もう今更か。
見られてやばいものなど何も無かった。
無かったに違いない!
「お姉ちゃ~ん! なにやってるの? もうママも戻ってきて待ってるよ~」
ノックも無しに妹が部屋に飛び込んできた。もう何も言うまい。言っても無駄だし。
「あ~、またそのジャージ着てる! もう、それ全然似合ってないから着ないでって言ったのに」
「はいはい、わかったわかった。また澪奈がいいやつ見繕ってよ。それ着るから。だから今日の所は勘弁して」
変に抵抗すると面倒なことになるからな。こう言っておくに限る。
「もう仕方ないなぁ。また買い物行かなきゃね。それで、もう下これる? 一緒にいこ」
そう言いながらもすでに妹の手は俺の腕をしっかり掴んでるんだが?
おかしいな。こいつこんなにブラコン、いやもうシスコンと呼ぶべきか? まいいけど、そんな奴だったったけ?
いつからかお兄ちゃんから兄貴に変わって。こうやって直接触れ合うなんて……随分前から記憶にない。女同士になるとこうも変わるもんなのかね?
俺は腕を引かれ、部屋を出ながらもベッドの上に開いたまま置きっぱなしの卒業アルバムに目をやる。
あれは高校の時のやつだ。そこに写ってるのは伏し目がちに立つ、女子用のブレザーに身を包んだピンク髪の俺の姿。黒髪ばっかの中で正直めちゃ浮いてる。それにしても服まで変わってるなんて……、改変のやつ随分がんばってないか?
「どんどん無くなってくな……」
「ん? 何か言った? お姉ちゃん」
「なんでもない。お土産持ってかなきゃって……、そう思っただけ」
そう別に大したことじゃない。引きこもり社会人の俺が居なくなっても誰も困りはしないのだから。
「お~、お土産! それは持ってかなきゃ」
俺の腕は妹の手から解放され、リュックからディズキューで買った両親への土産グッズを手にして、部屋の入り口で待つ妹の元へと足早に戻る。
「お姉ちゃんの部屋、キレイでしょ。私もたまに掃除手伝ってたんだから、感謝してね」
お、お前も俺の部屋……。いや、も、もういい。
「そか。ありがと……な。じゃ、行こっか」
「行こう行こう! 私のお土産も一緒に見せよう」
ってことで、また妹にがっしり腕を掴まれ、二人して母さんの元にむかうのだった。
いやまじこの妹元気すぎだわ、うん。




