【78】佑奈と紡祈様
〚……よくぞ我が巫を扶けたもうた――其方は……我が求めたる最良の果をだし……いとこころよし――――我がわざを与えし数多のもの等が悉く自滅の一途をたどるは……嘆くばかりであったればこそ――なんとめでたきことであろうか……〛
ん……、んんぅん……。
な、なに……。
〚我が語りかけるは其の方には負荷であるゆえ……いつもの如く『すまほ』なる小箱に報いを送ろう……〛
スマホ……?
……くぅ、頭いて……。
もう勘弁して……。
「うう~ん……」
「……ちゃん、佑奈ちゃん」
「ふがっ」
瑛莉華さん?
「佑奈ちゃん、大丈夫?」
目を開けたら目の前に瑛莉華さんの顔があった。目覚めに美人のドアップはいいものだ……、ってそんなのはいい。
な、なんだっけ?
「あえ?」
「もう、佑奈ちゃん、寝惚けてないで、しっかりして」
両頬ペチペチ叩かれた。ひどい。でもおかげで頭はっきりしてきた。そうだ、そうだよ、改変……どうなった?
「え、瑛莉華さん、起きた、起きたからもうやめ~」
まだペチペチしてる瑛莉華さんに起きたアピールする。いい加減うざい。
「あぁ、ごめんなさい。なんかしっとり柔らかくて、いい音もして心地よかったからつい」
ええ~、俺のほっぺで何楽しんでくれてるの?
「なんか瑛莉華さんがひどい……、まぁこの際、それはいいけど……その、どうなった?」
「ふふっ、気になる?」
「き、気になるに決まってるし! もう、じらさないで教えて!」
ったく、こんなとこで変な余裕かまして揶揄わないでほしい。
ま、でもこんな態度取れるってことはきっと――。
っていうかここどこ?
もうね、疑問に思うことが多すぎ。また頭パンクして倒れちゃうわ。
「あら、また倒れられては困りますね。佑奈ちゃんいじりはこれくらいにしておきましょう。ちなみにここは紡祈様の治療室のとなり、従者用控室のベッドね。佑奈ちゃんが改変してからもう三時間以上経ってるかな」
この人、今しっかり俺をいじってるって言ったよ。もう勘弁してくれよ。……ま、まぁそれはともかく俺、三時間も寝てたんか!
「佑奈ちゃんの想像通り、改変は無事為されました。結果がどうなったか気になりますよね。今から確認、行きますか? どう? 歩けそう?」
「いける。歩ける! 早く行こ!」
素直に結果を教えてくれない瑛莉華さんにじれじれしながらも俺は寝かされてたベッドからはい出し、そばにいた瑛莉華さんの背中を押した。ほれ、早く行こう!
あ、そういや頭の帽子、もう外されてるじゃん。髪は降ろされてて、写真で見せてもらった紡祈様の髪みたく、背中でリボンでくくってもらってあった。
「はいはい、じゃあ案内しますので行きましょう。佑奈ちゃん、驚かないでね?」
「いいから、早く!」
もうええっちゅうの。
***
なぜか瑛莉華さんに手をひかれて、たぶん紡祈様の部屋へと案内される俺。いや俺子供じゃないし。けど倒れたんだし心配だからって、有無を言わさずって感じで手を繋がれた。
反論するのもめんどいからあきらめた。もうほんと、あきらめた。
控室から出て、またさっきの色々と仰々《ぎょうぎょう》しい部屋に行くのかと思ったら違った。
ちょっとどこ行くの?
疑問に思いながらもついていけば、行きに通った渡り廊下を抜け、最初の古いお屋敷に戻ることになった。とは言え最初に案内された客間とは違うところに向かってるみたいで、また廊下を右へ左への行程。いや、廊下多すぎだろ。
瑛莉華さん、よくこんなの覚えてるな。
『斎の間』の札が貼られた部屋に辿り着いた。
入口手前が一段上がってて、玄関前のアプローチみたくなってる。上がったところだけで四、五畳くらいのスペースがあった。その奥に細かな細工が施された三枚組の立派な格子戸の入り口があって、そこにひっつめ髪のお姉さんが立っていた。いや、たぶん待っててくれてたっぽい。
「川瀬様、お目覚めになられたようでなによりです。奥で橘川課長がお待ちです。……あら、髪を降ろした姿もお可愛らしいですね。では、ご案内しますので付いてきてください」
この人、俺を見る目がちょっとアレなんだよな。ま、気にしちゃダメだ。スルーだスルー。
格子戸を抜けたらまたドアがあった。なんだよそれ。ここはなんでも扉を二重にしなきゃいけないルールでもあんの?
見た感じはマンションとかで見る金属製の頑丈そうなオートロックのドア。和風とはまったく相容れないデザインだ。格子戸は古い日本家屋の屋敷に合わないこのドアを隠すためかもしれんね。どうでもいいけど。
そんな厳ついドアも、今は大解放中である。俺たちが来るから開けてくれてたみたい。すまんね。
お姉さんの案内で瑛莉華さんと俺は、またもや廊下を通って目的の部屋へと向かう。
やっとたどり着いた部屋は和風なんだけど所々に洋風なものが入り混じり、なんというか明治や大正の趣を強く感じる。アンティークな調度品の中に大きな液晶テレビなんかもあったりして違和感半端ない。六人がけのテーブルセットが置かれ、床は当然厚手の絨毯で踏み心地は抜群だ。天井には古風なシャンデリアが吊るされ、柔らかな光を灯していてとても居心地のよい空間である。
「橘川課長、川瀬様がお目覚めになられましたのでお連れしました」
「これはこれは。もう大丈夫なのですかね? ですが、ちょうど良かった。こちらもそれなりに落ち着いたところです。川瀬さんは一番の功労者です。ぜひとも紡祈様のご様子を見ていただいて喜びを分かち合いましょう」
橘川課長、なんか目元のキツさが多少やわらぎ、スッキリした表情見せてて、他人事ながらいい傾向のように思える。
俺たち一行に橘川課長が加わった。
で、橘川課長先導で更に部屋の奥へと進んだ。どうやら続き部屋になってるみたいで奥にまたドアがあった。これは普通のドアだった。
『コンコンコン』
ノックする橘川課長。
「紡祈様、橘川です。川瀬佑奈様が目を覚まされたのでお連れしました。入室してもよろしいでしょうか?」
「おおっ、待ちかねたぞ。はようお入り。はやく嬢の顔を見せておくれ」
扉越しのくぐもった声ながら、改変前のか細く途切れがちな弱々しい声とは正反対の張りのある涼し気な声が耳に届いた。この声を聞いただけで俺はすでに笑顔が浮かんできた。
「はい、では失礼します」
部屋はこじんまりとした個室だった。これまでに見た、やたらと豪華な部屋と違い落ち着いた感じの淡い菫色主体の、なんというか、すこし少女趣味の入った八畳もないくらいの部屋。奥の片隅にベッドが置かれ、その脇に小型のドレッサー。反対側の角に机とイスのセット。もちろん一人用。小さなPCが置かれてるのが意外すぎる。壁にはどこかの花畑らしい風景画が飾られ、LED照明が部屋を普通に明るく照らしてる。
で、俺たちの目の前にはそんな部屋の主が出迎えてくれて――
「嬢や、よく来てくれた!」
「ぐへぇ!」
俺は不意を突かれ、おもいっきり変な声をあげながら後ろによろける。
な、なにっ?
「佑奈ちゃん!」
「あぶない!」
体力皆無な俺は、無防備なままやばい勢いで倒れていったものの、背後にすかさず橘川課長が入り込んでくれた。けど、俺が後ろにぶっとぶ原因となったモノの勢いはすさまじく、抑えきれなかった。
要はみんなまとめてぶっ倒れた。おかげで、それはもう派手な音がした。
「くう……、川瀬さん、それに紡祈様。大丈夫ですか?」
橘川課長、なんとか無事みたい。頑丈ね。
「う、うむ、大丈夫ぞ。そ、その、すまなかったの、恒志。わ、悪気はなかった。なかったのだぞ?」
「ええ、それはわかっております。わかっておりますとも」
俺の腰には俺と似たような、いや、俺より少し年下にすら見える女の子が縋り付いたまま一緒に倒れ込んでいた。見事に艶めく黒髪が背中からサラサラと零れ落ちた。束ねてたリボンが解けたみたい。
「私は大丈夫です……けど。えっと、そのぉ……、紡祈様……ですか?」
「うむっ! 我は紡祈ぞ! 嬢や、いきなりすまなかった。うれしくてついやってしもうた」
なんかさ、俺と同じくらいに見える女の子に嬢って言われてもなぁ。いや、もちろん紡祈様が百十八歳ってのは分かってるんだけどさ……。もうね、違和感凄すぎてヤバイ。
「会話が弾むのは結構なのですが、お嬢様方、すみませんがそろそろ私の上から降りていただけませんでしょうか?」
「あっ、すみません。すぐどきます!」
俺は腰に抱き着いてる紡祈様を抱えながら、橘川課長の上からよいしょとばかりに起き上がって降りた。
「うぐぅ」
「ごめんなさい!」
その際、思いっきり橘川課長のお腹を手のひらで押し込んでしまったのはほんと申し訳ないと思ってる。
で、そんなことはあっさり横に置き、俺は特攻してきた人迷惑な女の子、紡祈様? と向き合って立つ。
向き合ってみればその姿に改めて驚く。
俺より少し低い背。
綺麗な黒髪は、前髪パッツンで背中まで伸びた髪をリボンで結わえてる……その姿。まさに写真で見た元気なころの紡祈様の姿。
いや、っていうか……、
「紡祈様……なんですよね? 面識なかった私が言うのもあれなんですけど……、なんか写真よりも若返ってません? 私の気のせい、ですか?」
「うむ! まず我は紡祈で間違っておらん。それに若返りなぞしておらぬ。我が百十八歳というのは変えようのない事実であるからの。ただ見た目がちいとばかり年若く見えるようになっただけよの。なかなか可愛いと思うのだがどうであろう?」
「ああ……、はい、そうですか。……あ、もちろんとても可愛いと思います」
「うむ、そうであろう、そうであろう!」
理屈こねウザ!
普通、それを若返ったって言うよね。実年齢のことなんてどうでもいいっての。けど、まあいいわ。
とにかく。
「その、とりあえず、病魔……えっと、禍根溜だっけ? 取り除けたみたいで……えっと、おめでとうございます」
俺のそんな言葉に瑛莉華さんも横でうんうん頷いてる。
「嬢にはこの上のない感謝を送るしかない。このあと色々然るべき礼をさせてもらおうと思うておる。楽しみするがよい!」
この方、こんなに元気のいい人だったの?
っていうかもうね、不安しかないのは俺の気のせいじゃないと思う。




