【76】『かの方』
古さを感じさせる室内ながらも手入れの行き届いた落ち着きのある応接間。古い調度品がそれとなく配置されてるけど、あれきっとめちゃ高い奴に違いない。挨拶をすませた俺たちは細長いローテーブルをはさみ、橘川課長を前にしてソファに並んで座っている。いったい今から何を聞かされることやら。
案内してくれたお姉さんがお茶菓子とお茶を出してくれた。緊張で喉がカラカラだった俺は遠慮なしに即いただいた。お茶はほうじ茶だったけど程よい甘さの和菓子にとても合う。うまい、最高。
「さて、お話しをさせてもらいましょう。診ていただくのは以前にあなた方にもお話しさせてもらったこともあるので覚えていらっしゃるかもしれませんが……」
俺が軽く飲み食いしたのを見計らって橘川課長の話が始まった。なんか話の腰を折ってたみたいですまんかった。
「我々が外で話題に上げる際、『かの方』と伏せてお呼びさせていただいている方についてとなります。『かの方』は、我が日本国の先を示す導となるお役目を担っていらしたお方。国難の際、『かの方』の導きにより救われたことは数知れません」
ほうほう。なんだかとてもお偉い方のようで、やっぱ俺、どう見てもこんなとこに居るの場違いじゃない?
この時点でもうね、帰りたい気分で満々だわ。
そんなこと考えてたら瑛莉華さんが俺の手を握ってきた。ちらっと俺の顔を見て薄っすら笑い、そのまま何を言うことも無くまた前を向き、橘川課長の話に気持ちを向けたみたい。
はいはい、まずは話をちゃんと聞くとしましょう。聞きますとも。
「単刀直入に申します。かの方は今、病に臥せっておいでです。長きに渡り国のために尽くしてこられた、その尊きお体を病魔に蝕まれ、今この時も苦しんでおられます」
話をしてる橘川課長が沈痛な面持ちになってて、本心からその『かの方』って人を心配してるように見える。モテおじ課長って印象を持ってた俺はちょっと見直した。
「当然お医者様には診ていただいているのですよね?」
瑛莉華さんがわかり切ってることだろうけど、そう聞いた。現状把握大事。
「もちろんです。我々が出来る得る最高の、日本医学の粋を結集し診てもらっています。ですが……」
一瞬強くなった目力はすぐに弱くなり、塞いだ表情を浮かべてうなだれる橘川課長。自信たっぷりのイケおじ課長がこんなにコロコロ表情を変える姿はなかなかにレアではなかろうか。
「そうですか。それはお気の毒です……。それで、そのかの方と呼ばれている方の病状? は、一体どのようなものなのですか? 私たちはまだそれをお聞きしておりません」
瑛莉華さん、ずけずけいくなぁ。
それにしても橘川課長にはお得意の能力、使ってないのかな? まぁプライバシーにかかわるようなことは早々しないとか言ってたし。普通に会話して理解していこうって考えてるのかね?
でも俺、いつも覗かれてる気がするんだけどさ……、ま、いいか。
「ええ、そうですね。それにつきましては今からご説明と言いますか……、そのいいですか? 今から見聞きしたことは一切他言無用で願いたいのですが……、これより『かの方』と直々にお会いいただく段取りとなっております」
微妙に歯切れの悪い橘川課長。その口から出た言葉に俺、めちゃ驚いた。
「え、直接会えちゃうの?」
ついそんな言葉が出てしまった。
「はい、そのように。こちらから診てくださいとお願いしているのですから、それは当然のことでしょう」
「はぃ……、そ、それも、そっか。でもまさか今日とか……、あは、もうちょっと後のことかなぁ……なんて……」
「そういうことなら早速お願いします。まだまだ聞く話もあるにせよ、直接お会いしたほうが理解もより早く進むというものです」
俺がアタフタしてたらかぶせるように瑛莉華さんが話を進めた。なんか面目ない……。
ともかく、今から『かの方』に会わせてもらうことになった。
***
橘川課長の先導で応接の間から『かの方』の居る場所へと移ることになった俺たち。静まり返った古いお屋敷の中を、キュッキュと音を立てながら歩く。綺麗に磨き込まれた廊下は古いながらもピカピカで靴下で歩いてると滑って転びそうだ。
長い廊下を歩く俺たち四人の足音だけがもの寂し気に響く。
それはなんとも物寂しい雰囲気で、怖さすら感じる。お姉さんは一番後ろにピタリと付いてきてて、実はこのお姉さん、監視というか警護役なんかも兼ねてたりして?
薄暗い廊下を何度か曲がり、別の建屋と繋がってるであろう渡り廊下を抜ける。その廊下は外の日差しが程よく差し込んでて、今がまだ昼間であることを思い出させてくれた。
渡り廊下を抜けた先には当然また別の建屋がある訳だけど、その中に足を踏み入れれてみれば、そこは今まで見てた古い木造の建物と違い、もろ近代建築、もっとわかりやすく言えば病院の中の一部を切り取ったかのような佇まいを見せていた。
どっかの大病院の病室への入り口。そんな感じである。この場所でコレは違和感アリアリすぎだけど病人? がいるというのならそれもまぁアリなのか。でも外観は古い日本家屋のお屋敷なんだよなぁ……、まぁいいけど。
入ったら入ったでよくわからない部屋に連れ込まれ、そこで手洗い、うがいから始まり、着ていた服を脱がされ用意されてた白い上着とズボンに着替えさせられ、髪の毛も上にあげて纏めさせられた後にそれを丸ごと覆うような帽子をかぶらされた。なんかもう全然可愛くない。めちゃかっこわるい。
で、とどめに空気のシャワーを全身に浴びせられた。なにこれ、俺たちクリーンルームにでも放り込まれるの?
「こちらの部屋でお過ごしになられています。ご病気ゆえに体力も落ち、すでにご自分で動くことも出来ず、ずっと寝たきりの状態です。それをご認識頂いたうえでお入りください」
橘川課長はそう話したのち、まるで奥にある部屋と隔絶するかのように仰々しい、二段構えになってるらしい扉へと向かう。もちろん俺たちもそれについていく。気は進まないけどここまで来れば行くしかない。
いや、一つ目の扉を抜けたら、空気のシャワーをまた浴びさせられてビックリした。しつこいって。
散々風に弄ばれてから二つ目の扉を抜け、俺たちはようやく『かの方』に居る部屋へと辿り着いた。
学校の教室程度はありそうな大きな部屋だ。窓は全くないものの十分な明かりで暗い雰囲気もなく、なんなら小さな音量ではあるものの音楽まで流れていてビックリした。どこかで聞いたことのあるクラシックっぽいけど、曲名までは当然わからない。奥の方に目をやれば、大型のベッドだろうものが置かれていて、その四方は半透明のつるりとした素材でできたカーテンでしっかり囲まれ、部屋の中で更に隔絶された空間が作り出されていた。
あんだけ厳重な入口で更にこれ?
かの方、どんだけひどい病気なの?
他にも部屋の至る所に治療用の機器だかなんだかが色々設置されていて個人の療養のためにここまでするってマジすごいって感心するしかない。とりあえずめちゃお金かかってそうだし、とんでもないVIP待遇だってことは間違いない。
橘川課長がまずは一人でそのベッドへと向かう。中の様子は、半透明カーテンのせいですりガラスを通したような見え方になってて、よくわからない。ポツリポツリとと小さな話し声が聞こえたかと思うと、そう待つことなく囲みの中から出てきた。
「こちらへ」
橘川課長が俺たちを呼んだ。瑛莉華さんと俺は顔を合わせ、軽く頷き合うと揃ってそちらへと向かった。瑛莉華さんが俺の手をぎゅっと握ってきたので俺も握り返した。いや、俺だって緊張してるし。
「……様、お連れしました」
声が小さすぎてよく聞き取れないけど橘川課長がベッドで横になっているであろ人物に向かって声をかけてる。ベッドの様子から寝ている人は案外小さいんじゃないかって思える。
顔は見えない。なぜなら肩から上の方はこの期に及んで幕が横に引かれていて直接見えないようになってるからだ。ここまで徹底されると笑えさえしてくる。いや、笑わないけど。
俺たちはベッドの頭のある方に目を向け、固唾を呑んで見守るばかり。いや、これどうすんの?
「……ておくれ」
「いいのですか?」
ベッドの人物と橘川課長が二言三言会話を交わし、それを受けてかベッドわきの小さな器具を橘川課長が操作した。するとスマホがブルブルするような小さな駆動音がし、ベッドの頭の方が持ち上がってきて背もたれのようになる。それに伴い顔を隠すようにかけられていた幕もスルスルと開いていき、その隠されていた向こう側が当然露わになった。
俺たちは必然的にしっかり『かの方』であろうその人物と対面する状況となった。
「初め……まして……、『暖かき存在』……に、見いだされ……、神秘……を授けられし……儕輩。このような、すがた……を見せること……、許して……おくれ」
ベッドの主は、向き合って早々、無理やり絞りだしたかのような、乾いたか細い声で俺たちに声をかけてくれた。
でも俺は……、いや、あの瑛莉華さんでさえ、すぐに声なんて出なかった。出せるはずもなかった。
目の前に姿を見せてくれた『かの方』。
そのベッドの主の悲しいまでにやせ細った、痛々しいその姿を見てしまったから。
その小柄な体の至る所にチューブが繋がれ、肌の色は青白いというより土気色で、腕の至る所に針の跡が残っていて、それがまた痛々しさを増す。顔の造作自体はまだ子供のようなのに、土気色の肌は老人のようにしわが寄り、目につく体毛は全て真っ白で潤いもなくパサついている。やせ細り骨ばった体つきと相まって、言い方は悪いけどまるでミイラのようだ。
つらい。
見ていてあまりにもつらすぎる。
なのに、追い打ちかけるように橘川課長が言う。
「こちらのお方こそ、我々が『かの方』と伏せて呼ばわせていただいております『暖かき存在』の巫。当代の斎姫、紡祈様であらせられます」
橘川課長?
ちょっとまって。
いや情報量多すぎだから!
次々やってくる事実の波で、脳みそ焼き切れそうになった俺だった。




