【75】橘川課長からの呼び出し
瑛莉華さんとコーヒーショップで話をした三日後。国家情報なんたら室からしっかりお呼びがかかった。今回は俺にもキッチリ連絡がきた。しかもスマホに。
まぁこれは連絡先交換とかしてあったから驚くことじゃ無い。そもそも交換なんかしなくても向こうにはこっちの情報なんか筒抜けだったろうけどさ。
橘川課長直々の電話で、でるときはめちゃ緊張した。一度会ってるとはいえ、国の機関の偉い人からの連絡なんて、引きこもり系社会人には不相応すぎだから!
勘弁して。
電話の内容は瑛莉華さんから聞いた通りのもので、詳細については直接会って話しをさせて欲しいってお願いされた。いや、もうね、お願いとは名ばかりのもので、ほぼ強制なんよこれ。
つらい。
で、連絡のあった次の日。
午前九時きっかり。約束時間と寸分たがわず迎えがきた。いっそ、すっぽかしてくれてもよかったのに。っていうか時間早すぎ。もっと遅い時間にして欲しいわ。
今回は俺のマンションに直接のお迎えである。目立たないよう普通の乗用車で来てくれた。っていうかそうお願いした。高級公用車のマンション横付けなんて絶対やめて欲しいし。
ちなみに車はミサイルの異名を持つ国産ハイブリッド車だった。そこまではまぁいいんだけどこの車、見た目が真っ黒すぎ。ボディは真っ黒。窓も横や後ろは真っ黒。道交法どこいった? もうね怪しさ満点すぎ。
こんなん、別の意味で目立ちまくるわ!
そんな車で迎えに来てくれたのはこの前も会ったひっつめ髪のおば……お姉さんだった。うん、お姉さん。決しておばさん……ではない。とてもいい笑顔で俺を車までエスコートしてくれたし、なんか必要以上に丁寧で対処に困った。
「佑奈ちゃん、おはよう。ちゃんと出てきてくれて安心したわ」
車に乗り込めば先客がいた。まぁ知ってたけど。
「瑛莉華さん、私、小市民なんで。お役所様との約束なんて絶対破ったりしないし!」
「ふふっ、小市民はこんなタワーマンションに住めません。羨ましい限りです」
「ううっ、べ、別にそんな意味で言ったわけじゃ……」
いつものごとくビジネススーツをピシッと着こなした瑛莉華さんに軽くやり込められた。相変わらずスキのないことで。対する俺は女物のスーツとか持ってるはずもなくいつものダウンジャケットにハイネックニットとスキニーデニムパンツである。髪は無難にポニテにまとめた。まぁどこにでもいるフツーの女子……である。きっと。
そんなこと言ってる間にも車は進んで行く。
行き先は聞いてないし、真っ黒な窓ガラスは外が全然見えないし、前方だって覗き見えないようキッチリ仕切りがされていて、一体どこをどう走ってるのかさっぱりである。スマホもずっと圏外で、GPSも機能せず地図アプリでの現在位置確認すらできない。
絶対行き先を教えてなるものかって意気込みが感じられて萎える。別に隠さなくたって言いふらしたりしないし、元よりどこに行こうが全く興味もないのに。
つうかさ、ここまでされると逆に気になってくるっての!
「瑛莉華さんならわかるんじゃないの?」
力使えば前の奴らから情報どれだけでも抜き取れるでしょ。運転手や助手席のお姉さん。
「ふふっ、どうだろうね」
瑛莉華さんがなんとも言えない表情で俺を見てそう言った。口元は弧を描いてるのに目は笑ってない。こわ~い。
「あはは……」
余計なことは言わないでおこ……。
マンションを出て早三十分以上が経ったけどまだ目的地に着かない。
車は都心方面に向かっているはずだけど、少し進んでは曲がりを繰り返してくれるおかげで方向感覚も麻痺ってきた。徹底的で笑える。
結局一時間ほど走ったところでようやく車が止まった。
「お二人には大変不自由をおかけして申し訳ありませんでした。ここからは歩いていくことになります。ご案内しますので付いてきてください」
車から降りると、ひっつめ髪のお姉さんが相変わらずの笑顔でそう言ってきた。
「はい、よろしくお願いします」
瑛莉華さんが事務的に答える。こういう時の瑛莉華さんはちょっと怖いくらいの印象を受ける。クール系美女はこうなるととても近寄りがたい。こわいこわい。
瑛莉華さんの様子はともかく、お姉さんに付いて歩きながら周囲の様子を窺ってみれば、なんというか、ここほんとに首都圏内なの? ってところだった。
森である。
鬱蒼と茂る樹々で空が狭く、日もあまり差し込んでこないせいで気温が俺のマンション辺りより三、四度は低いんじゃないかって思える。
「くしゅん」
そう考えてたらくしゃみまで出た。俺、わかりやすすぎ。
「佑奈ちゃん大丈夫? 寒いならジャケットの前、ちゃんと閉じておきましょうね」
大丈夫だし俺は子供じゃない。そんな言い方やめて。
「ううぅ」
そう思いつつ、ダウンジャケットの前をしっかり閉じた俺だった。
先を行くお姉さんがそんな俺に気付いて待ってくれていた。
「す、すみません」
お姉さんに慌てて合流したことで、何処とも知れぬ暗い森の中を進みつつの道案内は再開された。
それにしても、いつのまにやら俺をはさんで前にお姉さん、後ろに瑛莉華さんって布陣で歩みが進んでるのはなぜでしょう? 瑛莉華さん、なんで横に並ばないの? 前後の二人が大きいせいで、間に挟まれた俺、めちゃ小さく感じてしまうんですけど!
そんな変な葛藤を抱えつつ、五分ほど歩いていけば前方に見上げる高さがある苔むした石積みの塀と門が見えてきた。塀の高さは軽く二メートルを越えてる。俺小人になったみたい。
「ご苦労さまです」
お姉さんが門番さんに挨拶し、何か見せて説明してる。門番さんはどこかの式典に出てきそうな黒い制服を着ていて、要所に入った金の飾りがめちゃ映えててカッコいい。特にIDカードとか見せなくてもいいのかな? ま、そんなの持ってないが。
無事通してもらえた。
中に入っても樹々はあるものの、塀の外と違って庭園の様相に様変わりし鬱屈とした雰囲気からは解放された。
砂利が敷き詰められた道をさらに五分ほど歩けば前方にようやく平屋建ての古めかしくも立派な建物が目に入ってきた。ただ、平屋とはいうものの、いくつもの建屋が途切れることなく軒を連ねたその様はなかなかに壮観であり、その佇まいはいやでも歴史を感じさせてくれる。
俺、場違い感半端ない。
「さぁこちらです」
どこぞの神社仏閣みたいな豪勢な屋根のついた玄関? って言っていいのかわからない立派な入口から建屋の中に入った。ここまでシンと静まりかえって物音ひとつなく――いや、自然の音だけが耳に入ってきてはいるけど――要はさっきの門番さん以外に人の気配とか全く感じないわけで。なんとも静謐な環境に物怖じしそうだ。
こんな環境にずっといたら、ネット大好き引きこもりな俺にはちょっと耐えられん。
しかしまぁ門を越えて以降、マジ誰もいない。警備とか大丈夫なんかね? 余計な心配してしまうわ。
「靴はこちらに」
はいはい土足厳禁と。ブーツはいてこなくて良かった。
「客間にご案内しますのでしばらくそちらでおまちください」
瑛莉華さんと二人、通された客間は広すぎることのない程よい室内空間でちょっと落ち着けた。毛足の長いカーペットが敷かれていて、上を歩くととてつもなく気持ちいい感触が足裏に伝わる。ついソファに座らず歩き回って、その感触を楽しんでしまった。いっそこの上にぐでーんと寝転がってみたい。
いや、やらんけど。
「ははっ、どうやらお気に入りになられたようですね」
「へぁ?」
変な声でた。後ろから急に声かけんといて!
つうか、この声って。
「川瀬佑奈さん、新野見恵利華さん、本日はこちらからのお呼び立てにもかかわらず、ご不便とご不快な思いをさせてしまい、まことに申し訳なく思います。……ですが今からお話し、そしてご依頼させていただく内容を鑑みるにあたり、こうせざるを得ないことに何卒ご理解を賜りたく、私程度のもので申し訳ありませんが頭を下げさせていただきます」
出た! 腰折り四十五度の完璧お辞儀!
橘川課長、出オチのお辞儀乙……。




