【72】初詣に行こう!(前編)
実家に帰ってきて三日が過ぎ。落ち着くどころか色々忙しく過ごすことになった俺である。
年末を控え、買い物その他諸々でソコイラじゅう引っ張りまわされ大変だった。なんつうかさ、行くにしても俺は置いていってほしいわ。留守番大歓迎!
もちろん、そんな俺の意見は全く聞き入れられることは無かった。今回はそもそも俺が行かなきゃ始まらない話でもあったし。
何で俺があんなものを……。
俺に反論する余地などあるはずもなかった。
そんなゆっくりしに帰ってきたはずの実家で、全然ゆっくりできない時を過ごしながらもようやく迎えた大晦日。
年越しそばを食べ、家族団らんでTVを見る。少し前の、あの小惑星の出来事を思えば、こうして穏やかな日々を過ごしていられるのはほんと凄いことだと思う。
ま、落ちて来るはずだった日はまだ迎えてないんだから、ここまで気を抜いてていいの? って気がしないでもないが、瑛莉華さんもこの前会ったあの人も、もう完全大丈夫って様子だったし、大丈夫なんだろ。
もう俺が心配することじゃない。
毎年のことだし、同じことの繰り返しでかなりメンドクサイけど。でも今回だけは家族とのこの時間しっかり過ごそうって、そう思えた。
とりあえず、いい年越しを迎えられそうだ。
***
年が明けた。
「明けましておめでとう!」
「おあよ~」
家族間でもそんな挨拶を普通に行う。俺は寝惚けて普通に挨拶してしまったけど。
おせち料理は正直あまり好きじゃなく、俺はお雑煮だけ食べて済まそうとした。当然母さんに見咎められもっと食べろと言われた。さすがに頑張って作ってくれた母さんに悪いので、だし巻き卵やかまぼこ、カズノコとか適当に少しづつつまんだ。
でもやっぱ普通のご飯が食いたい。揚げ物とか炒め物とか。こってりした体に悪そうなやつが最高。
「お姉ちゃ~ん」
早々にリビングに移動し、面白くもない正月のTV番組を流し見してたら澪奈が満面の笑みで寄ってきた。そしておもむろに両手を差し出す。
「むっ」
「ほらほら」
ち、仕方ない。
俺は仕方なく用意してあったポチ袋を、その差し出された手のひらにペチンと音がするようにたたき乗せた。
「やたっ、ありがとお姉ちゃん、大好き!」
調子いいやつ。で、早速中確かめてるし。そんなの俺の前で確認すんな。
「ふむ、いつも通りか。可愛い妹にもっと奮発してあげようって気持ちは……」
「ない。これっぽっちも。嫌なら返してもらっても一向にかまわない」
ちょっとにやけながら妹を睨みつけてやる。入れた金額は三万円である。世間一般からみれば十分多いだろ。いや、むしろ多すぎか。来年から減らしたろか?
なんにしろ、文句は受けつけん!
「へへー! お代官様、文句は全くないです、ないです! 来年もよろしくお願いしまする~」
なんだよそれ。マジ調子いいな、我が妹様は。
そんなこんなで正月の一日、二日は家でのんびり過ごせた。ちなみに鬱陶しいはずの父さんはゴルフ三昧らしく、おかげで俺の平和がすごく保たれたことものんびりできた一因である。
けど、そんな平和も二日までだった。
「じゃあお姉ちゃん。そろそろ初詣の準備はじめよっか!」
早めの朝食を済ませ、リビングでTVをつけ、スマホいじってたら妹から声がかかった。やっぱ、行くのか……。
やだやだ~、行きたくな~い。
「うう~、あのさ、ほんとにいかなきゃダメ? なんかもう家でさ、ゆ~っくりしていたい気分なんだけど……」
「ダメに決まってるじゃん。今になって何言ってるの? ほら、ママが待ってるよ~、一緒に着付けしてもらうんだから。ほら、立ってたって~」
「うわっ、わかった。もうわかったから、引っ張らないで。お気にのジャージ、伸びるだろ~!」
くぅ~。
何が悲しくてこの俺が振袖なんてものを着なきゃいけないんだ!
初詣に行くにしても普通に洋服でいいだろ?
わざわざ振袖なんて着なくとも!
これのせいで俺の年末はやたら忙しくなったんだからな。
――着物レンタルするっていうんで呉服屋まで連れて行かれ、そこで採寸され小柄な俺に合うよう仕立てもされ。ついでに小物類とかも色々見せてもらったり。髪飾りとか帯留め、小さなバッグとか……。母さんと澪奈が嬉々として選んでて、その場で色々買ってた。
俺はもうされるがまま。変に抵抗しても疲れるだけだしな。
それにしても母さんが何気に詳しくてビックリだったわ。さすが旧家出身ってところか。
そんな面倒な年末を送った俺だった――。
で、今日は一月三日。
澪奈がめぐちゃんや奈津美さんと一緒に行くと約束したという、初詣に行く日がやってきてしまった。
もちろん俺は当然のようにそのメンバーに組み込まれていた。
もう何も言う気も起らなかった。……んだけど、やっぱめんどくせー!
「ママ、お姉ちゃん引っ張って来た。着付けお願~い」
「佑奈ったら、またふくれっ面して。振袖着る機会なんて早々ないんだから……観念してママに着付けられなさい」
「……は~い。その、適当でいいから。ちゃちゃっと済ませて?」
「ダメにきまってるでしょ。髪のアレンジだってしなきゃだし、時間かかるの覚悟しなさい?」
にやりと笑った母さんの顔を見てまた逃げたくなった。
当然逃げられるはずもなく、俺はそれから二時間半近く、澪奈共々とはいえ着付けに費やすことになったのだった。
服着るのに二時間半とか信じられないんですけど!
振袖なんて着るのは当然初めてだったけど、それはもう動きづらいったらなかった。胸は締め付けられるは胸からお腹にかけて色々巻き付けられるわ、腕にもフリフリなんかぶら下がってるわ、足回りもかかとまですっぽり着物で覆われて足さばきも不自由するわで、これだけでもう二度と着たくないって思えた。
けど。
それ以上になんか感動した。不覚にも感動してしまった。
俺の長いピンク髪はしっかりアップにされ、よくわからんままにすいすい編み込まれ、デカくて白い花が付いた髪飾りが後頭部に刺され、あれよという間に綺麗にまとめられた。母さんマジすごかった。耳前に垂らされたおくれ毛がめちゃ可愛くて我ながらにやけてしまった。
着せてもらった振袖は紫がかったピンクで、俺の髪色とかぶってくどくないかと思ったけどそんなこともなかった。着物の花柄と腰に巻かれた淡いベージュの帯が程よいコントラストでとても映える。
いや、これが俺?
マジ変われば変わるもんだわ。
一緒に着付けられてた澪奈は朱色で纏められててこっちもめちゃ可愛く仕上がってる。澪奈の髪は肩に届くくらいまでのミディアムショートだから特に凝ったセットをすることもなくストレートにおろされ、右耳上あたりに赤系の花で纏められた髪飾りを挿されてる。うん、黒髪にめちゃ映える。いやぁ、澪奈は綺麗系だし、スタイルもいいし着物めちゃ似合うな。
俺はちょっと幼く見えすぎてなぁ……。くっそ、二十四だぞ、俺は!
俺も澪奈も軽くメイクしてもらい、唇には結構強めの赤がのせられてるからいつもとだいぶ雰囲気が違って見える。いや、メイクってすげぇ。
「うん、さすが私の娘たち! 二人とも可愛いし、綺麗ね。ほらパパにも見せてあげて? 外で待ちくたびれてるに違いないから」
うへぇ、この姿見せるの?
いやな予感しかしないわ。
***
「明けましておめでとうございま~す!」
もうなじみとなった奈津美さんのSUVに乗せられて現れた振袖姿のめぐちゃんは、正月明けても相変わらずめぐちゃんだった。元気ね。
「佑奈さん、澪奈ちゃん、明けましておめでとう。今日はよろしくね」
めぐちゃんの元気な挨拶の後、落ち着いた挨拶と共に現れた奈津美さんは普通に洋服姿。黒っぽいダウンジャケットに白のパンツ。足元はショートブーツって装いは動きやすそうでマジ羨ましい。
え~、なんで? それなら俺も洋服でよかったじゃん!
けどまぁ、車の運転あるし……、さすがに振袖は無理ってとこなんだろうけど、なんか釈然としない!
「はい、これ」
俺はめぐちゃんにポチ袋を渡した。
「うわっ、ゆーなさん、ありがとー!」
喜んでるめぐちゃんの隣で澪奈も奈津美さんから受け取ってる。ふと目が合った俺と奈津美さんは苦笑いである。
いや、大人って大変だよねー。
「みんな振袖似合ってるねー、私は胸がこれなんで、着物はねぇ……、ちょっと羨ましいな」
振袖三人組の俺たちを眺め見ながらそうこぼす奈津美さん。
奈津美さん、わがままボディだしな。胸とか大きいとキレイな着付けが難しいんだっけ? でも、うまい着付師に着付けてもらえばなんとかなるんじゃ。
きっと俺と同じで着るのめんどくさいのに違いない。うん、絶対そう。
「ほらあなたたち、ちょっとそこに並んでくれる? せっかく振袖姿なんだし、記念に撮っておきましょう」
玄関先でだべってたら、中から出てきた母さんがそう言って仕切り出した。
「お~、いいねぇ。ほらお姉ちゃん、めぐ、撮ってもらお! 奈津美さんもぜひ!」
澪奈もノリノリだ。奈津美さんは振袖じゃないから遠慮してたけど一人だけ写らないって選択肢はない。
ちなみに写真は父さんが撮ってくれる。ちょっと涙目である。
着付け後すぐ、お披露目した時もめちゃ感動してて、なんなら初詣も付いて来たがってたけど母さんに睨まれて大人しくなってたんだよな。ま、子供の遊びに親付いてくるなんてないわ。父さん、諦めて。
俺を真ん中に両隣に澪奈とめぐちゃんが並んだ。紫がかったピンクの俺、朱が目立つ澪奈、めぐちゃんは水色系の振袖だった。なんともカラフルな並びだこと。その更に外側に母さんと奈津美さんが立ち、四人並んだところで、はいチーズとなった。
この撮影会はみんなのスマホをとっかえひっかえ撮影ってなったため、しばらく続いたし、ペアを作って撮り合いっことかもした。可哀そうな父さんとも一緒に撮ってあげたりもした。父さん、強く生きて。
で、そんな写真がLINIEに上げられるのはもはや当然のことだったし、茂木クンがいち早くコメつけてきたのもいつものことだった。
男から女に変わって初めて迎えた新年。今年はこんな感じで始まった。
なんか先が思いやられるなぁ……。




