【70】橘川情報分析部課長の攻防
「橘川君。JASPAからの現段階での最終報告は私も見させてもらった。どうやら本当に落下の危機は去ったようだな」
「はい。あとは解析結果を信じ、正月明けの最接近予想日である一月七日が無事すぎることを待つのみとなります」
JASPA直轄のスペースデブリ研究・観測センターからの報告書を提出したのはつい先日。今こうして官房長官の執務室に直々に呼び出され質疑を受けているわけだが、こういった報告書の対応としては異様に早くて驚いた。
さすがに首都壊滅となる恐れがあった案件ともなれば、扱いもそれ相応になるか。……あるいはもう一つの件、そちらをつつかれるのかもな?
「総理が会見で安全宣言のようなことまでされてしまわれたからな。あれは血の気が引いた。あの時点では、「まだ予断は許さないが避難の必要は当面なくなった」……くらいで済ませる予定だったのだ。まったく、総理のパフォーマンスにも困ったものだ」
「ははっ、私もです。こうして報告書が提出できたことに心から安堵しております」
「うむ。観測センターのもの達にも何か報いてやらねばならないか? 責任者は何といったか……」
官房長官である波多野さんはなかなか出来たお人で、こうして下の者への気遣いを忘れない。が、そうは言ってもその地位に立った人でもあり、それだけではないのは当然のことだが、我々官僚内での信望は閣僚の中では随一だろう。
「観測センターでそれらを取りまとめていたのは代田という主任だったかと。小惑星の変化に真っ先に気付いたのも彼の率いる観測チームです。何かしらの褒賞を出していただければ彼らも喜ぶことでしょう」
「そうかそうか。本当によくやってくれたものだ。報えるよう検討しよう。……でだ、それはさておき」
む、波多野長官の雰囲気が一気に重いものになった。
「例の二人と会ったそうだな? 初接触は滞りなく済んだのかね?」
やはりきたか。
しかし、報告はこれからなのに、余程気になっているのだろうな。
「はい、万事支障なく。『かの方』のおっしゃることに間違いがあろうはずもなく。また、先の観測センター警備部から提出された映像データとも照合し、それ以前の裏取りも確実にできておりました」
「聞いたところその二人、防犯カメラに普通に映り込んでいたとか? なんとも無警戒なものだな」
「ええ、そうですね。まぁ普通の女性、しかも一人はまだ子供と言っていい見た目でしたし。素人が何を出来るわけでもないでしょう」
そもそも、隠れる気も無かったのだろう。やろうとしていたことを思えば、そんなことを気にしている状況でもなかっただろうし。
「しかしだ。私は未だに信じられない気持ちなのだが、本当にその二人……、中でも子供と言ってもおかしくない少女の方、その娘が小惑星の軌道を逸らしたというのは間違いないこと……なのかね?」
観測センターから速報された観測データや電波望遠鏡による小惑星自身の映像から、何らかの力が加わり、軌道が変わったことは間違えようのない事実だ。しかし、それと彼女らを結びつける絶対的な証拠は示しようがない。当時、二人と接触していたはずの代田主任らも当日の記憶があいまいで、証言を得ることも出来ない。防犯カメラの映像だけがその場に彼女らがいたと言う事実を告げるのみだ。
いくらあの二人が居たあの時点をもって小惑星の形状が変わり、それにより軌道が変わった! とまくし立てたとしても、そんな荒唐無稽なこと、誰も信じやしない。
普通は。
それでも我々は確信出来ている。
『かの方』がそうおっしゃられているのだから。かの方の発言はそれだけ重いし、長年培ってきた実績もおありだ。
「今更なにをおっしゃいますやら。『かの方』のお言葉は絶対です。それは波多野長官もよくわかったおられるはず。しかし、まぁ、言葉だけではなかなか納得しきれないのもわかります。ですから少しでも納得いただく助けになるかと……こんな資料を用意しておきました」
私は先日、あの二人に見せた資料を見せるべく、同行していた秘書官に合図した。
これらの内容は多方面で忙しく、かつ官僚ではない官房長官には知る由もないもので、官房副長官どまりとなっているはずだ。ぶっちゃけ頻繁に入れかわる官房長官がここまで詳細な資料に触れることは、早々あるまい。
「これは『かの方』からの啓示により見出した能力者についてまとめた報告書です。その中に今回の二人も当然含まれています」
執務室のスクリーンに次々映し出されていく資料映像を見つめる波多野長官。
「なんとも……、話しには聞いていたが……」
「はい。このように能力者は奇跡的な行いをするものが多く、中でもこの少女、いや、女性、川瀬佑奈さんは別格です」
彼女の行いに関するまとめ動画に見入っている長官。それは彼女の力のほんの一端でしかないだろうが、見たものにそれなりのインパクトを与えるだけの内容にはなっている。しかもその動画の時点では最高レベルに達していなかったというのだから……。
しかし、こんな動画が普通にSNS掲示板などにアップロードされているのだから困ったものだ。今のところ静観しているが、余りにひどくなれば何らかの対処をしなければならなくなる。
「これは……凄いな。この可愛らしい少女が今回の小惑星でも、その持てる力を使ったと? そういうことだな」
「ええ、その通りです。お見せしたのは彼女の力のほんの一端に過ぎません。……なんとも恐るべき異能力を持っているのです。彼女は」
「ううむ、ある程度理解は出来る……、しかしこんな、ありえるのか……」
しばし感心したような、悩んでいるような複雑な表情を見せていた波多野長官だが、その表情がだんだん曇って来る。
「……であるならば、そのような人物を自由にさせておいて大丈夫なのか? ある意味、核にも匹敵する危険性をはらんでいると思うのだが」
やはりそのような話になってくるか。
「早々にそれ相応の施設に隔離せねば、いつ何時その力をもって我が国に被害をもたらすかわからん。少なくとも国の管理下に置き、行動に制限を設けるなどしなければ安心できんのでは?」
国としてはそうしたいだろうけど、しかし。
「それは悪手です。そのようなことは百害あって一利なしと考えます」
「どうしてそう言える?」
波多野長官の目つきが厳しい。
「この資料にもある通り、能力者が悪意を持った能力行使を行った場合、その力が消失してしまうことは過去の事例から明らか。今までの能力者は残念ながら皆それに触れて能力を失ったり、最悪その命を失っています。それに対し、今回の二人は違います。その力を失うことなく、見事に小惑星からの危機を防いでくれました」
「ふん。それで?」
もう一押しも二押しも必要か。
「彼女たちが世間を騒がせるような、悪意を持った行動を起こすとは思えませんし、もし、最悪そのような気になったならば……、彼女らも今までの例に倣い、その能力を失うことになるのは自明の理だとは思いませんか?」
「かもしれんが、これからも絶対そうだとは限らんではないか?」
さすがに、手ごわいな。
「では、更に言うなら。もし隔離なり行動制限なりしてしまえば、それが善なる心根をもった二人に対し、その心を曇らせ、悪しからぬ行動を起こす切っ掛けにもなりかねない。もしそうなった場合――」
「なった場合?」
「我々では彼女、川瀬佑奈さんを止める手立てがあるとは思いません。一個人に対し自衛隊なりを差し向けますか? それとも毒殺なり事故に見せかけて害しますか? もしかすると成功するかもしれません。が、もしそれを失敗したら? 私はそれに対する責任を負うことは遠慮させていただきたいものです」
「ううむ……、それほどのものなのかね、その少女は?」
「それほどの存在なのです、彼女は。未だ我々は彼女の能力のほとんどを把握できておりません。どこに限界があるのかすら不明です。が、少なくとも遠く離れた小惑星の形を変えることすら出来る、なんとも理不尽な存在です。下手に怒らせるようなことをして、一体どのようなことになるか?」
畳みかけよう。
「そしてなにより」
「な、なにより?」
「『かの方』がそのようなこと、お望みになっておりません。それに……長官、会ってみればわかります。ごく普通の少女ですよ、彼女は」
「うう~む……」
波多野官房長官が難しい顔をして唸り、そして黙り込んだ。
そんな彼に私はこう告げた。
「普通に、平和に過ごしてもらうのが一番でしょう」
カクヨムの投稿に追い付いてしまいましたので、
毎日投稿はここまでとなります。




