【67】オハナシと最敬礼
「突然のお呼び出しに応じてもらい、ありがとうございます」
迷路のような通路を抜け、案内された応接室らしい部屋で出迎えてくれたのは四十代後半くらいに見える、目つきは多少キツイものの物腰は柔らかそうな雰囲気のするおじさんだった。ベリーショートに整えられたグレーヘアは清潔感もあり、スーツをピシリと着こなしたその姿は出来る男って雰囲気を醸し出し、引きこもり系社会人の俺はちょっとひるんでしまう。
このおじさん、絶対モテる。
俺はそう確信した。
「さあ、立ち話もなんですからおかけください」
入室早々名刺を渡され、俺たちは勧められるままに席に着いた。もらった名刺を机に置いて、ちらりと見れば【国家情報調査室《NIRO》情報分析部課長『橘川恒志』】とあり、いかにもな部署名に余計ひるむ。
ああ、帰りてぇ。
案内してくれたお姉さんはちょっと離れたところに用意されていた席に着き、そこに置かれていたノートPCを開いてカチャカチャやってる。どうやら書記みたいなことをするようだ。
「さて、まずは本日お越しいただいた理由をご説明した方がよろしいでしょうか?」
「いえ、結構です。それについてはメールと送付頂いた書簡で把握していますから」
え、そうなの? そんなのまで届いてたの?
俺はちらりと瑛莉華さんを見れば、彼女も俺を見て小さく笑って頷いた。ま、どうせ俺なんかじゃ話についてけないし、お任せしますって感じで頷き返しておいた。まぁ返事する必要なんてそもそもないしな。
「そうですか、それは助かります。時間は貴重ですからね。ではさっそく本題にはいりましょう」
そう言ったかと思うと、モテおじ課長はおもむろに立ち上がり、そして深々と頭を下げてきた。
見事なお辞儀。
足をそろえ、両手を膝前にそえ、背筋をまっすぐ伸ばした姿勢からの測ったかのような四十五度に腰を折った、丁寧かつ完璧なお辞儀。
「ふぇ?」
驚いた俺が思わずそんな声を漏らしてしまうのも仕方ないことだと思う!
「橘川さん。そのようなことをされても困ります。頭をお上げください」
瑛莉華さんがそれを見て冷静に声をかける。いや、瑛莉華さんすげえなアンタ。その声を受けてか、モテおじ課長は下げていた頭をあげ、こちらに顔を向ける。
うわ、目が合った!
「川瀬佑奈さん。あなたには特に、首都圏に住む都民、いや、日本国民に代わってお礼を言いたい……。ありがとう!」
すごく感情のこもった言葉と共に、またお辞儀された。
さっきより更に深い九十度近くの最敬礼。自信たっぷりそうなモテおじ課長に面と向かってガッツリとお辞儀された。
うう……、そんなのされても俺困る。
「あ、ああ、その、いや、私……別に……」
引きこもり系社会人の俺氏、もう脳内パンクで何も言い出せない。
「ふふっ、橘川さん、佑奈ちゃんが困ってます。それくらいにしておいてあげてください」
その声でお辞儀を終えてくれたモテおじ課長。
顔を上げて俺を見つめ、にこりと笑顔をみせられた。
ひぃ~。
俺が女なら、あ、いや女だけどっ、ちゃんとした女ならちょっと心惹かれてしまいそうな笑顔なのかもしれない。けど……、生憎俺には効かない。それどころかちょっと引く。やめて!
っていうかこの人、俺のことどこまで知ってるの?
俺にお礼してきたのってやっぱり……。
「お二人はなぜ私たちがあなた方が行ったことについてこれほど承知しているか……、不思議に思われていることでしょう」
席に腰をおろしたモテおじ課長が、今まさに俺が思ってたことを口にした。
「ええ、そうですね。……ある程度そちらに把握されている覚悟はしていましたけれど。それでも観測センターでの一件。あれくらいのことでどうやって佑奈ちゃんと小惑星を関連付けし、確信を持つに至ったのか? そこは不思議ですね」
瑛莉華さん?
マジで? いつから、どこで?
知らぬは俺ばかり?
いや……、確かに特段コソコソしてたわけでもないし、結構公園とかでレベルアップのために色々やってはいたけど。たかが一個人のやってること、誰も注目なんてするわけないし、気付けるはずもないって考えるのが普通だよな。
瑛莉華さんも言ってるように、さすがに観測センターのことからバレてしまうのは仕方ないだろうけど……、逆に言えばあれくらいで連想なんて出来ないよな?
マジ、なんで?
「今日来ていただいた趣旨はまさにそれについてとなります。が、その前にこの誓約書に署名をしていただきたく。これからする話は国家重要機密でして……、署名自体に効力があるかの是非はともかく、形式上必要なのです」
「もちろん、それは理解できます。わかりました。佑奈ちゃん、一緒にサインしましょう、ね?」
「あ、うん。それはまぁ、いいけど……」
なんかもう、すべてが俺の意思に関係なく進んでく感じだ。かと言って反発しようって気があるわけでもなく。
結局、言うこときいてサインした。
「では、おおまかに、順を追って説明しましょう」
モテおじ課長が、俺たちを案内してくれたお姉さんの方を見る。すると天井から大型のスクリーンが下りてきて、そこにはこんな見出しの資料が映し出されていた。
『我が国における異能力者の存在について』
その脇に機密を意味する【confidential】 の文字がデカデカと添えられてる。
うげっ。
なんて直球なタイトル。
なんか更に帰りたくなってきた。
「ここ最近、と言っても十年ほど前からでしょうか。異常で理解の及ばない、不可思議な事件や出来事が散見するようになっていまして」
画面の資料をぱっぱと送りながら説明を始めるイケおじ課長。
・〇◇銀行金庫室侵入・衰弱事件
・タワーマンション侵入・暴行未遂事件
・自衛隊弾薬庫侵入・持出し未遂事件
などなど――。
次々表示される内容はろくでもない内容の事件。そんでもって、それらについて説明を聞いていくとどれもこれも行きつくのは……。
そこまでどうやって侵入したのか?
なぜそこまされて、誰も気付かなかったのか?
ってところ。
しかも、どれも未遂で終わってて成功してないんだよな。
でもまぁ、俺たちを前に、この話をしてるんだし、資料の見出しからしてアレだったし。言わずもがなか。
ともかく、普通ならありえない状況下できっと異能力の持ち主だっただろう犯人たちはなぜか確保されていた。
そこまで行けてたにもかかわらず、どうして確保されちゃったの?
「捕まえた犯人たち。お二人にもすでにお分かりいただけているかと思いますが……、異能力を持っていました。犯人たちは事を起こす以前より、観察・護衛対象となっておりましたが行動前に取り押さえることはその能力ゆえに不可能でした」
観察・護衛……ね。物は言いようだよな?
要は監視だろ?
はっ!
って言うことは俺にも?
はたと気付いてモテおじ課長を見れば、微妙な薄笑いで返された。
ひぃ~。
瑛莉華さんの様子もちらりと窺えば、こっちも薄笑い。
こ、こえぇ。
と、とりあえず、ここは流しておこう。うん。
「こほん。あなた方についてはさておき。犯人たちは現場で虚脱、あるいは軽い錯乱状態で佇んでおり、確保は容易な状況でした。まぁ金庫に侵入した犯人は気付くのが遅れ、もう少し遅かったら衰弱死してしまうところでしたが」
モテおじ課長がそう言ってから、改めて俺たちを見て言う。
「我々がこれら犯人、いや能力者の動向を掴めていた理由。それは、それら能力者の存在を把握出来る能力を持つ方がおられる。それにつきます。お二人にその方について明かすことは、私からは現状出来かねますが……、まぁその話は今は置いておきましょう」
「私たちのことも把握はされ、ずっと見張られていた……、そういう訳ですね。か弱い女性二人にそんな目が向けられていたなんて、まぁ怖い」
うわ、瑛莉華さん、わざとらしぃ~。そんな玉じゃないよね? アンタ。
「ははっ、私からはなんとも。それで、です。その能力者たちがそもそもそんな状態になってしまったのはなぜか? 気になるでしょう?」
モテおじ課長が思わせぶりに聞いてきた。
もちろん気になる。いや気になってた。
けどここまで話を聞いてるうちに俺は自然に納得した。
納得できた。
犯人たちがどんな能力を持ってたかはわからないけど……。俺と同じように神様みたいな存在から何らかの力、もらってたって言うのなら。
理由は一つしか思い浮かばない。
俺のLV5能力の獲得条件の一つ。
【悪となる改変を行いませんでした】ってやつ。
これって逆を言えば、悪となる改変を行えば……その条件から外れてしまうってこと。《《悪となる》》ってところがどこまでのことを言うのかわかんないけど……。
犯人たちが犯行現場でそういうことになったのは。
絶対コレのせいだろ。
「……おや、もうバレてしまったようですね? そう……、彼らは自身の能力に溺れ、その使い方を誤った。その力は本来もっと別の……、かの方の言葉で言うところの、『暖かき存在』の示す、先に起こる事象に向けて使うべきものだった」
ん? 『暖かき存在』って、確か瑛莉華さんも言ってたな……。
っていうかさ。この犯人たちってのが、いつぞやの夢でいう、志半ばで終わった先人たちってやつら?
志って言うのもおこがましい。サイテーなやつらだな。
悪となる……っていうのがそんなことを言うのなら。
まぁ引きこもり系社会人な俺がその対象になるなんてことにはなりそうもないわ。
うん、ひとまず安心した。




