【16】曇りのち晴れ、そしてにわか雨
「君、こんなところで何をしているのかな? 今日は学校はどうしたの? ちょっと学校名と名前を教えてもらえる?」
俺の顔を見るなりそう言い募ってきた見知らぬおじさん。
「えっ、あ、その、あの」
急な出来事にとっさに答えることが出来ない。くぅ、壊滅的な俺の対人スキルがうらめしい。
「私は市から委託されてこの地域を見回っている指導員です。どうしたの? 答えられない?」
腕の腕章を見せつけつつ、そう言ってきた。マジかぁ。
「あ、えっとですね、わた、私……こんな見た目だけど、お、大人です! 成人してます! ほんとです」
ほんとほんと、嘘なんてついてないから。
「そう言われてもねぇ。しかし君、その髪の色……、さすがにちょっと派手すぎなのでは? おや、目の色もちょっと変わってるね? う~ん、学生としてそれはどうかと思うな」
「そ、そんな……、髪も目も生まれつきなので……、別に染めたりとかしてるわけじゃなくて……」
またこのパターン。この髪と目の色は百害あって一利なしで、面倒ばかり呼び込んでくれる気がするわ。
「まぁともかく、そう言うのであれば何か身分証明出来るものは持っていますか?」
「あっ、ありますあります! 免許証、運転免許証持ってます!」
俺は慌ててショルダーバッグの中に突っ込んであるはずの免許証を探す。このバッグもこの間の買い物で買った、というか買い渡されたもので淡い紫色をした可愛らしいバッグだ。部屋着とかもそうだけど、妹や母さんはこれ系の色でやたらそろえてくれてる。どう見ても俺のピンクブロンドの髪に合わせてる感じがして、なんとも言えない気分だ。
――結局、免許証を見せてなんとか信じてもらうことが出来た。何度も写真と俺の顔を見比べ、信じられないと言った表情を浮かべながらも、それでも納得はしてもらえたようで、程なく解放された。
なんかもう、一気に疲れたわ。最悪改変使ってでも対処しようって思ったけど、そうならなくて良かった。
気を取り直して目的である本屋廻りへと戻る。
まずはわかりやすく、大型ショッピングモールの中にある巨大な本棚が売りの本屋を目指した。
アプリだよりでしばらく歩いて無事到着し、いざ目の前にしてみれば二階ぶち抜き巨大な本棚で、上は天井に届く勢いの大迫力である。しかも天井は鏡になってるようで、本棚がそこに写り込んで更に大きく見えるという徹底ぶり。写り込みもあり、まさに本で埋め尽くされた壁のように見える本棚に加え、巧みなライトアップによりなんとも幻想的な空間が出来上がってる。そのおかげで階段の踊り場とかで写真を撮ろうとする人がたくさんいて、並ぶ勢いだ。
そんなのを見てると俺もせっかくだから撮っておきたくなって、ミーハーのごとく並んでしまった。
「撮ってあげようか?」
並んでるとは言ってもそうたいしたものでもなく、すぐ俺の番が回ってきた。スマホで本棚バックに自撮りしようとしてたら小さい女の子たちを連れた若いお母さん二人組が、優し気な笑顔でそう声をかけてくれた。男の時だったらこんなことは絶対ないと断言できる。うん、美少女は得だ。
「あ、ありがとうございます。その、じゃあ、お願いしちゃってもいいですか?」
俺はおずおずとスマホを親切なお母さんの一人に差し出し、いそぎ撮影ポジションに戻る。
「ほら、何かポーズ、ポーズ! 可愛くね」
なかなかノリのいいお母さんだな。俺も恥ずかしいけどせっかく撮ってもらってるのでポーズを取らざるを得ない。でもいいポーズも思いつかないので勢いでその場でぴょんとジャンプした。思いっきりバンザーイとばかりに飛び上がっておいた。
「うんうん、可愛いね。ちゃんと撮れたと思うから確認してね。じゃ、これ以上は子供たちがぐずっちゃうから、行くね~」
「は、はい。ありがとうございました~」
お母さんたちは素敵な笑顔と共に小さい女の子たちと手を繋ぎ、俺の前から去っていった。俺はなぜか集まる周囲の視線にちょっと照れながらも小さく手を振って見送った。
なんでそんなに見てくんの? 恥かしいからマジやめて。
ぴょっこりジャンプした俺の姿は長い髪がふわっとなり、本棚をライトアップしてる照明のおかげもあって見事に天使の輪っかも出来ていてとても良い。照れてはにかんだ表情と飛び上がってあちこち向いてる手足の様子も相まって、とても可愛らしく見える。これが俺だなんて、未だに信じられなくなる。けど我ながら最高の一枚なのではないだろうか?
見知らぬお母さんに感謝だ。素晴らしい仕事をしてくれた!
念のためにか、何枚か撮ってくれてあったので微妙な変化すら楽しめ、まじうれしい。
「LINIEで澪奈や母さんにも見せてやろ」
本屋さん。の一言だけ添えて送っておく。ちなみに家族だけのトークルームである。俺にそれ以外に登録してある人は誰一人いない。仕事がらみでLINIEは絶対使いたくない。まぁそもそも仕事で絡む人なんていないけどね。
うん、何て寂しい俺の人間関係……。
さて、こんなことばっかしてないで本命の本を見なきゃ。そう思った矢先。短い着信音が連続で鳴った。
「あ、既読ついた。二人ともはっや」
さすがに父さんはまだつかない。真面目に仕事してるようだ。
『お姉ちゃん、これは学校で真面目に勉強してる私に対する挑発ですか~』
『佑奈、誰に撮ってもらったの? ま、まさか……』
二人が方向性は違えどウザい……。だからこう返してやった。
『わかった。もう二度とLINIEしない』
俺としてはマジどうでもいい。無くても困らない。
『お姉ちゃん天使。超かわいい~。ここ私も行ったことある。いいなぁ、また一緒に行こ!』
『写真撮ってもらえて良かったわね~、ママも見てみたいから三人で行きましょ』
こんな返信と可愛らしいスタンプが二人から大量に送られてきた。
まったく。困った親子だ。
『また今度。じゃ移動するから』
短く返信だけして、すっぱりアプリをバックグラウンドに回した。
ここの本屋も蔵書は多いが、俺の望むものはこういう所にはあまりない。ここはあくまで映えメインで来たのみ。俺は本命の二次元イラスト系も充実している本屋を目指す。まぁぶっちゃけネットで探したほうが色々充実してるけど、たまには本屋で生の本もいいものだ。
っていうかネットのイラスト投稿サイト怖い……。
しばらく見るのもヤダ。
とりあえず定番の『タイガーほうる』と『アニめ~と』は行っとくか。千洋堂もラノベコーナーが捨てがたいな。イラストじゃないけど……。
考えながら歩いてたら目の前に急に人が立った。こ、今度は何?
「ねぇ君、どうしたの? うつむいて歩いてるけど、道迷った? 俺この辺詳しいよ~、案内してあげよっか」
優し気な声で、気さくに話しかけて来る知らない男。なんなんだ、こいつ。
けどイケメンだ。イケメンは敵だ。
って言うかこれは所謂ナンパってやつか?
こ、この俺に?
男がナンパ?
キレイに整えられた白に近い金髪。薄くメイクした顔にカジュアルで爽やかさそうな服装。よくわからんけどこんなのが女の子には受けるんだろうか?
「あ、べ、別に迷ってなくて。ちょっと考えごとしてただけ……」
だからあっちいって。
「へぇ、そうなんだね~。じゃあさ、考えごとならさぁ、美味しいスイーツ食べられるとこ知ってるんだけど。そこで甘いもの食べながら……とかどう? 俺、案内してあげるよ~」
しつこいなぁ。
「あ、いえ、その、別に大したことじゃないので。その、わ、私、急いでますからっ」
そう言ってささっとイケメン爽やか兄ちゃんから逃げる。逃げるしかない!
「そんなに慌てなくてもいいじゃん」
「あっ」
なにげに手首を掴まれ、一気に鳥肌だった。
「ひっ」
怖いと思った。元男のくせに何言ってる……って思うけど。手首を掴んできた思ったよりもゴツゴツした手の感触が異様に怖かった。別にそんなに強く掴まれたわけでもなかったのに……。
「は、放して! おりぇに、さ、触りゅな!」
俺はキッと相手を睨みつけながらそう言い放った。必死すぎて噛んでしまったのがちょっと恥ずかしい。
「いいじゃんか。いっしょに、遊ぼっ……う、よ。……あ、あぇ、あ、は……い。わかった……よ」
威勢の良かった言葉が尻すぼみになり、手首を掴んでいた手の力が緩む。俺はその隙にイケメンの手を振り切るとその場から慌てて離れ、人ごみの中に紛れるようにして足早にその場から去った。
去り際に兄ちゃんの方をチラっと見てみれば、その周りに二人ほど若い男が寄って来てた。どうやら隠れて様子を窺ってたらしい。
恐ろしや……街のナンパやろうたち。
「うう、もうやだ。お家帰る……」
情けないやら、なんとも幼児退行したかのような思考に陥る俺である。今から行こうと思っていた本屋へ行くことなど最早頭に欠片も残っておらず、まさに逃げるようにして帰途につく俺。
帰りは特急&母さんに迎えに来てもらうコンボで決めたのは当然のことである。




