【124】爰姫様=佑奈、がんばる!
転移した目の前に紡祈様。
うん、さすが神秘。大ざっぱなイメージで飛んでこの精度。素晴らしい。無音で気配だってなし。現れた俺に全然気付いてない。
紡祈様は本殿の祭壇前で木で造られた折り畳み椅子にチョコンと座って目を瞑ってる。俺の千早と同じピンク、橙、紫の円を巴配置した意匠をちりばめられているのが特徴の、淡い紫の生地で仕立てられた千早を羽織ってて、ほぼ俺と同じ装いだ。違いをあげるなら生地の色が俺のは淡いピンクってとこか。俺のイメージカラーってことで元男の俺に地味にダメージ与えてくれる。
俺はそーっと近寄って耳元で声をかけた。
「紡祈様。いきなり呼び出されても困るんですけど?」
俺にも予定があるの予定が。のんびりするっていうね。
「ふぇっ? あひゃあ!」
そしたら驚いて座ってた椅子がよろけ、倒れそうになっちゃった。さすがにそれはまずいので慌てて手を出して支えた。
「ふぅ、あっぶな~」
「こ、このっ、嬢やっ! と、と、年寄りを驚かすでないわっ!」
めちゃ怒った。そりゃそうだ。
「ゴメンナサイ」
でも反省はしていない。むしろスッキリ。
チラリと周りを見てみれば侍従長を筆頭にお側付きの巫女さん達が苦笑いしてる。
さすがに俺に向かって怒ってくる人はいないみたい。座り直した紡祈様に胸元をぽかぽか叩かれた。それセクハラ!
ちなみに巫女装束の下には肌襦袢。その更に下でしっかりブラしてるから。和装用のだけど。
「こ、こほん。それにしても……、転移で来たということは呼びに行かせた彩如は置いてきおったの? まったく、嬢はいい加減もう少し立場に見合った行動をしな……」
「ああ、はいはい。わかりました、ゴメンなさい。それより急ぎなんでしょ? 本題に入りましょ、本題に」
「嬢がそれを言うかや? ま、まぁよい。急に呼び出して悪かったの」
ほんとだわ。俺ののんびりを返して!
「それで、だがの。我は毎朝一時間ほど瞑想することを日課とし、厄となる事象がないかを視ておるわけだが……」
うんうん。そうだったね。長いよね一時間って。俺なんか実は寝てるんじゃね? って思ってるわ!
「……嬢、真面目な話ゆえ気を引き締めるがよい、 まったく。それでだが! 今日の先読みは残念ながら至急の対応を要する事象が見えてしもうた! 見逃せばここ数年来において有数の厄となろう」
マジ顔の紡祈様。どうやらチャラけてる場合じゃなさそう。つうかここに呼ばれてる時点で緊急に決まってるんだけど。
なのでさすがの俺も表情引き締める。そんなタイミングで彩如と楓佳が本殿に入って来た。
「ゆ、佑奈様~、置いていくなんてひどいです~」
さ、彩如! 空気よめっ!
ま、そういう俺もさっきまでぶち壊してたけど。紡祈様も入って来た二人にちらりと視線を送ったけど、スルーした。
なんかちょっと空気、ひりついてきた。ま、真面目にやろ……。
「斯様なことから! この先読みが成ること、なんとしても阻まねばならぬ。もし成ってしまえば数百から数千人規模の被災者が出るであろう」
うひぃ。なんかめちゃヤバイ感じ?
勘弁してほしい。俺、そんな責任重大なやつに関わりたくない……。
「嬢や? 嬢もそうなることは望まぬであろ? ゆえに主の持つ稀有なる力、存分に振るうがよい!」
「うう、は~い」
ってことで俺は駆けつけた巫女さんズも交え、紡祈様の先読みの内容についてしっかり話して聞かされた。ちなみに、それは別室で。しかもその場には橘川課長とひっつめ中村さん、そしてもちろん瑛莉華さんもいて、関係者勢揃いの中で行われた。
俺に逃げ場なんてなかった。いや、さすがの俺も逃げないって。
信用ないのね、俺って……。
***
梅雨ももうじき明ける。そんな夏も間近な梅雨末期の蒸し暑い時節。
九州から四国、中国地方の広い範囲を、未曽有の大雨が襲った。予てから停滞していた梅雨前線が発生した台風により活発化し、場所によっては一時間に80ミリ以上の猛烈な雨を降らせてる。
とは言っても、日本じゃ昔からいくらでも似たような状況は発生していたのだから、何を今さらって言いたくなる。
けど、今回は不運が重なった。
梅雨の長雨により雨水が山に相当量含水されていた上での、台風により刺激された大雨。
紡祈様の先読みによれば、とある山岳部でそれは起こる。
降りに降った雨による土石流。山津波とも言われるそれが、普段は川遊びやキャンプに訪れる人たちで人気の渓谷を襲う。しかも複数の渓流でだ。それを防ぐために要所に砂防ダムとかあるはずだけど、お約束というか大体が長年の土砂が堆積して、その役目を十全に果たしてるとはとてもいえない。
下流には人口密集地。狭い日本はそんなところは至る所にある。
その時は着々と近づきつつある。
土石流が発生すれば、それこそ紡祈様の先読み通りの結果となるのは目に見えている。っていうかそれだけでは済まない。起こった後も被災地では苦難が続くんだから……。
俺、いや、俺たちはそれを。そいつを未然に防ぐ!
つうか、防げる……かな?
「ほんとにもう、もうちょっと精度いい先読み出来ないんですか?」
「ふん。いくら我に文句を言おうとも結果は変わらぬ。それを言うのであれば能力をお授けくださったひえん様に訴えるがよい」
えー、そんなことすればまた頭痛もらっちゃうからヤダ。
「むぅ。はいはい、わかりました。あ、瑛莉華さん、この辺り? 画像出せる?」
「ええ、大丈夫です。晴天時の衛星画像……あります。こちらです。それと、少ないですが現地周辺の監視カメラ映像も参照できます。あとは……、ネット上のマップ画像も最新ではないですが位置関係の把握には活用できますから合わせてご確認ください」
「ありがと!」
今居るのは現地近くの公共施設の一室。
そこに用意された各種機器や複数モニターによる多角的な状況と映像確認。ネットのマップ画像で相対座標もしっかり頭に入れられる。特に現地監視カメラ映像は貴重だ。
もっと言えばここまでの情報があれば転移することさえ可能。風雨だって体の周りを改変すればそよ風と化す!
それが一番確実なんだけど。まぁ周りから許可出ないよね。さすがに。
いくら改変できるといっても、俺自身、大丈夫だってわかっていても……やっぱそんなとこに行くのは怖い。
俺の改変は現地に行かなくてもイメージさえできれば対応できる。それはいつぞやの小惑星でも実証済。だから現地に行く必要なんてない。
小惑星のことを思えば、今回のなんて目と鼻の先って言っていい。改変するのなんか軽いかるい!
とは言うものの。
失敗した時の被害が小惑星落下の時より生々しくって……すぐ想像できてしまうからめちゃ怖い。めちゃびびる。
責任重大すぎて嫌になる。
避難指示はもう出されてるけど、何しろその災害予想範囲が広すぎて避難が捗らない。まぁ、ぶっちゃけ全員が避難するなんて無理ゲーすぎ。
更にはどこから漏れたのか、俺が神秘で土石流を未然に防ぐとかいう噂が広まり、逃げないと決めた人々まで出る始末。
ほんと日本ってセキュリティ甘々すぎて笑えない。
ちぇ。
「嬢や。いいかげん始めないと間に合わぬぞ」
「監視カメラを見ている者から前兆らしきものが観測されていると報告がありました」
く~。そんな矢継ぎ早に言わないでって。
今回やるのは、土石流が発生するだろう山に浸透した雨水。それを気化させ地上に出し、霧となったそれを蒸発させる。ついでに上空の雲も蒸発させる。それを改変で行う。うまくいけばさぞやいい天気になるに違いない!
一時だけだけど。
出来る?
いや、やる!
改変なんてそんなもんだ!
俺の想像する力こそがそのまま改変へと繋がるんだから!
一気にやりすぎても危なそうだから、焦らずゆっくり丁寧に進める。土石流防ごうとして結局土砂崩れとか起こしたら意味なさいもんね。
「ううっ、じゃそろそろやる!」
気合いだ。
みんなの目が俺に集中する。そんなに見ないで、はずい。
集中していく。それと共に周囲のことが気にならなくなる。
頭の中に地形がまるで3D映像のように浮かび上がってくる。そんなイメージ。
くぅ~。
思ったより断然処理しなきゃいけないものが多いんだけど!
そりゃそうか。数日分の雨水だもん。多いに決まってる。しかも上空の雨雲まで消し飛ばすサービス付き。
「佑奈ちゃん、がんばって!」
ふふ、瑛莉華さん、普段の呼び方がでちゃってるよ。
「やるっ!」
いっけっ!
全部改変だ~!
……………………。
…………。
「よ、よし! や、やった。と、思う――――」
はぁ~。
モニター前の机にぐたっとうなだれた俺。
「「佑奈様!」」
すかさず巫女さんズが歩み寄って、楓佳が肩にブランケットをかけてくれて、彩如が暖かいココアをテーブルに差し出す。
ちろちろ飲んだら、なんかもうね、謎の力で疲れた体にめちゃ染み渡った。
でも。
「あまっ」
周りのみんなにも成功したことがジワジワ実感として見えて来る。
「おおっ、虹だ!」
「ほんとだ、すごい。一気に晴れ渡ってきた!」
色々準備してくれた職員さんたちが外を見てそう叫んだ。
ふふっ、さすが俺!
かんっぺきっ!
ま、すぐまた新たな雲に覆われるけど……。
あ、なんかやば。くらっとくる。
もうだめ。
ねる。




