【104】カイロス殿下の苦悩(割とおばか)
[ん、んぅ……]
なんだろ、だるい……。
[んぁ?]
……え?
なに?
あれ……、ここ……ベッド?
ええっ?
[あ、あれ? 父様?]
目が覚めた途端、ついさっきまでのことが頭に浮かんできて僕は跳ね起きた。父様の前で僕ったら……。
どうやら僕、ベッドに寝かされてたみたい。
……そうだ。そうだよ。僕、転移の力……、ちゃんと使えるように!
つい嬉しくって調子に乗って対面の場で転移の力……使いまくって、父様のところに戻ったところで急に力抜けちゃって、そのまま……。
[僕、かっこわるい……]
スケーリア王国の王族としてあの場にいたのに。日本の要人や僕のために時間をとってくれた色んな人が居る前で僕……、気を失っちゃったってこと?
[ああ、ほんと最低……、プリーステスの前でかっこわるい姿見せちゃった]
そう、日本の政府高官から紹介されたプリーステス。えっと……エンヒメ……って名前だっけ?
初めてその顔を見た時から僕の目はプリーステス エンヒメに釘付けになっちゃった。紹介されてついジーっと見つめてたら彼女と目が合ってしまい、慌てて目をそらした。それは今までに感じたことのない気持ちだった。
――エンヒメは見たことのない、僕でも知ってるキモノとも違う衣装を着てた。どうやら巫女装束っていうらしく通訳の人が教えてくれた。日本古来の宗教で女性が着る衣装みたい。初めて見たそれはどこか神々しくてプリーステスにとても似合うって思った。
彼女の両隣には多少地味目の似たような巫女装束を着てる従者らしい若い女の人が付いてたけど、エンヒメはそんな二人なんか目じゃないくらい可憐で可愛らしくて、僕は胸の鼓動がドキドキして落ち着かずとても困った。
見たことのない艶やかなピンクブロンドの長い髪は変わったリボンで束ねられ背中に垂らされてて着ている衣装と合わせてとっても日本風? っていえばいいのかな? まぁ要はすっごく似合ってて可愛さをとても引き立てていた。
エメラルドのように緑みの強い碧眼は僕の目の色に似ててすっごく驚いた。髪もそうだけど、日本人は黒い髪に黒目ってイメージだったからほんとビックリだった。でもそんな同じところを見つけられて少し嬉しかった。
ただ、それよりもっと驚くことがあった。それはエンヒメの耳!
恥ずかしくて余りしっかり顔を見れなかったこともあって最初は気付かなかった。でもどこか違和感があって……。
でも少しして落ち着いたら気付いた。
エルフの耳。耳の先が尖がったエルフの耳だ!
王宮の自室に閉じこもってばかりの僕はよく市井で流行ってる本や映画、もっと言えばサブカルチャーっていうの? そういうのを見て過ごすことが多い。サブカルチャーも日本がとても有名だけど……それらの創作物にはエルフという美人で長命で魔法が得意な、耳の先っぽが尖ったキャラクターが頻繁に出てくる。元となってるのは北欧神話とかの伝承で出て来る種族らしいけど、有名なのはやっぱり小説とかのキャラの方だよね。
エンヒメの耳はそんな物語に出て来るエルフの耳、そのままな見た目をしてた。
どうして父様や母様は驚かないのかな?
っていうか、そっか、先にそのことは知ってたのかな? でもでも、父様だって顔も知らないみたいな口ぶりだったし、ただ単に気付いてないだけかも。
まぁどっちでもいいか。とにかく、そんな不思議な耳のことも含め、エンヒメは僕の心にとても深く強い印象を残す女の子だった。
エンヒメ、歳は幾つなんだろ?
見た感じ僕より少しだけ年上っぽい感じで、背もこぶし一個分くらい高く見えるから十三、四歳くらいかな?
日本政府が情報を全然出してくれなかったからそういうところ、全然わからない。何しろ名前すら今知ったくらいなんだし。父様たちがあの大国から教えられた情報だってどこまで信用していいものなのかわからなかったし。聞けば聞くほど信じられなかったし。
でもエンヒメを前にして僕のそんな疑心暗鬼な心は一瞬で消え去ってしまった。すっかり魅了されちゃった。
そんな、どこか上の空の僕の耳に、エンヒメに懇願してる父様の声が入ってきた。必死にお願いしてる姿が目に入ってきた。
王弟である父様のそんな姿は早々見られるものじゃない。ましてや相手は僕より少し年上でしかない女の子。日本の尊い立場の存在らしいけど……父様が僕のためにそうまでしてくれるなんて。
なんだか胸が熱くなった。エンヒメに見とれてぼ~っとしてしまった自分がちょっと恥ずかしかった。
「わかった。やる!」
父様の言葉を受けたエンヒメが初めてその柔らかそうな唇を開いて出た言葉がそれ。全然口を開かないからしゃべれないのかと思ったくらい。そんなエンヒメの可愛い口から予想以上に強い口調で短く告げられたその言葉。
春のように暖かく優しいとても耳ざわりのいい声で、ずっと聞いていたくなりそうな声。残念ながら意味は解らなかったけど、強い意志を感じた。
ああ、でもそんな彼女がうまくいかなくて失意の表情を見せる姿とかみたくない……。
今まで散々高度医療といわれる治療を受けてみたけど原因すらつかめなかった。それどころか、突発的にとはいえ転移という奇蹟を体現する希少な実験体として扱われそうになったことすらある。さすがにそれは王弟である父様のひと睨みですぐ取り下げられたけど。ああいう研究者の人たちってちょっと怖いって思った。しまいには自称高位の神職者だとか、霊能者だとかいう怪しげな人にまで見てもらうことすらあった。結果は言うまでもないけど。
今までのことを思い出すと気持ちが滅入っちゃう。もういいからって言おう。無理しないでって。
じゃないとエンヒメがかわいそうだ。そう意を決した時。
僕の体に違和感が襲ってきた。
頭の芯を直接何かにいじくりまわされているような強烈な違和感。
でも痛くもないし、怖さだって感じない。
むしろ……なんだかだんだん暖かくなってきた。そんな気がしてくると共に頭の中が今度はすーっと澄み渡って来るような……、そんな気持ちで心が一杯になってきた。
顎をあげ、何もない、何もいないはずの空間を見つめる僕。
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――――。
そして僕は理解した。理解できた!
その後の僕は無我夢中だった。
把握できた力の虜になった。
だって、こんな力。夢中にならない方がおかしい!
自分の意志にお構いなしで、突発的に起こってた転移。
それが今、自分の意のままに操ることが出来ている。
そのうれしさ!
母様の前にパッと出たらすかさず抱きしめられた。母様、すばやい! びっくりした。
いつも優しい僕の大好きな母様。でも今は……。
僕は女の子を探し、当然すぐ見つけた。
美しくも可愛らしい僕の救いのプリーステス。
[プリーステス エンヒメ!]
普段の僕では考えられない行動をとった。僕は彼女の前に転移した。興奮してた僕はそのまま彼女の、エンヒメの胸に飛び込み、ギュッと抱きしめてしまった。
エンヒメから可愛らしい声が聞こえた。でもって飛び込んだ勢いが、僕より少しだけ大きいとはいえ華奢な女の子に抑えられるはずもなく、僕たちは一緒に転びそうになってしまった。
「おっと!」
まぁ、日本の官僚らしい人に支えてもらって転ぶことはなかったし、僕はずっと興奮しててそんなことも全然お構いなしでエンヒメに話しかけるのに夢中だった。
[エンヒメ! すごい、すごいよ! 僕、僕、自分の意志で転移できた! うそみたいだ!]
勢いそのままにエンヒメにぐいぐい抱き着いて嬉しさを表現しまくったし、その後も調子に乗って色々やらかしてしまったように思う。
何をやったかだなんて、あまり覚えてない。それくらい興奮しまくって……、僕、いつ気を失ったかすら覚えてない――。
[ああ……ほんと、恥ずかしい。僕、エンヒメにどんな顔して会えばいいの?]
今更ながらとんでもないことをしてしまったと後悔してしまう僕。
他国の高位プリーステスを思いっきり了承も得ずに抱きしめちゃった。未婚のしかも要人女性にそんなことしたら国によっては大変なことになる。
日本は……まだ大丈夫みたいだけど、それでもマナーに悖る行為なのは間違いないよね。
はぁ……、あの時の僕、ほんとサイテー。
でも……エンヒメの胸。今にして思えば柔らかくてとても心地よかった……。すっごくいい匂いもしたし……。
はっ。
僕何考えてるの!
相手はプリーステス。KANNAGIとかいう日本のすごく偉い立場の女性って聞いてる。こんな変なこと考えていい相手じゃないんだ。
と、とりあえず今は、異能力が普通に使えるようになったことを喜ぼう。うん。
そうだよ、そもそも初めは消すって話だったのがなぜかこうなっちゃったんだし。これからこの力のことももっと理解していかなきゃだし。
女の子のことなんて気にしてちゃ……ダメ、だよね。
お互い立場だってあるし……。
[はぁ、悩ましいなぁ……]




