【101】佑奈の呼称
朝っぱらから嫌な気分になりつつ、王族様との対面に挑むべく、霞が関のビル街から移動する。できればもう来たくないわ、ここ。
非公式ってこともあり、『ひえんの社』や国賓を迎える時の定番である迎賓館での対面は避けるみたい。まぁ『ひえんの社』は日本国民にだって内緒の場所だし、そこではできないか。
ってことで目的地は、国賓クラスを迎えた経験も豊富な日本屈指の最高級ホテルで……となる。
たいした時間もかからずホテルに到着した。俺ですら聞いたことのある超有名ホテル。もちろん泊ったことなどあるはずもない。黒塗り国産公用車で車寄せまで付ければ、暗い色合いのスーツを着た男達がわらわら車に寄って来てドア周りを囲み、出待ち状態になった。みんな細マッチョっぽい引き締まった見た目だし、イケメンでカッコいい。男の時の俺とは全然違くて世の中の理不尽を感じる。
「うわっ、なんかVIPになった気分……」
「佑奈様、なった気分って……何おっしゃいます? VIPに決まってるじゃないですか。ほらほら、待たせては申し訳ないです。早くおりましょう!」
彩如が呆れながら早く出ろとせっついてくる。前の席に座ってた瑛莉華さんが先に降りて出待ちの人たちと会話してる中、俺も彩如と楓佳に挟まれながら外に出た。ちなみに服装は三人でおそろ巫女装束のままだ。いや、これめちゃ目立つだろ? いいのかね。
「こんなかっこで外出たらまずくないの? 目立っちゃダメなんでしょ?」
「あー、まぁ大丈夫らしいです。人払いはされてるし、今から関係する人達はみんなその辺は徹底した守秘契約とかされてるらしいです?」
「ふ~ん、そなんだ……」
でも結局、どこに居ても漏れる時は漏れるよね。実際俺のことだってもう漏れまくってるよね。
ま、俺が気にしてもしゃ~ない。相手だって国賓クラス。どう足掻いてもたくさんの人が動くことになるのも当然だし。
最悪、俺に関係することで都合悪いこと出たなら改変しよ。ま、それにも限度あるだろうけど……。
瑛莉華さんの後ろに俺が付き、その両脇を彩如と楓佳が付く。後ろ、そしてその周囲を出待ちの男たちに囲まれて移動する。細マッチョのイケメンに守られながらの移動。
いや、マジでなんか偉くなった感じで気分ええわ~。
そのままフロントとかスルーでホテルに入っていく俺たち。引き留められないどころかみんなしてお辞儀してくれるし。
ふふ、最高!
いや、まぁホテルの人が礼儀正しいのは普通か。
エレベーターに乗り、数階ほど上がって降ろされた場所は、色んな催しや会議とか出来る施設がまとめられたフロアみたい。ぞろぞろ降りたらそこにも警護の人たちがわんさかいてびっくり。きっとここに対面で使われる部屋もあるんだろうなとか思ったり。
大勢の人に見守られながら、控室に割り当てられたのだろうラウンジへと案内された。
中には普通にバーカウンターみたいなのがあり、フロアには丸テーブルを囲む四人掛けの席がいくつか用意され、軽い飲食とかも出来るみたい。バーの壁にはお酒の瓶がズラリと並んでて、お酒は飲まないけどいかにも高そうだってことくらいはわかる。窓に沿ったカウンター席からは都会とは思えない緑の生い茂った景色が望めてちょっと不思議な感じもする。
「佑奈様、お茶をどうぞ!」
席に案内され一息ついてたら早速楓佳がお茶を入れてくれた。洋風なラウンジだけど出してくれたのはいつも飲んでる日本茶だった。わざわざ持ってきてたの?
「ありがと、……おいしい。落ち着く」
まじ落ち着く。やっぱいつもの味はいい。見知らぬ場所で緊張してた気分がほぐれる。つかの間の安息を過ごしてたらそれをぶち壊す存在がやってきた。隣に久しぶりに見るひっつめ髪のお姉さん。やっほー!
「先ほどはお手間をとらせてしまい申し訳ありませんでした。大変助かりました。それはさておきまして――、このあといよいよ対面の段取りとなっておりますが、その前に一つ、ご留意いただきたい要件がありますのでここで申し上げておきます」
橘川課長がまためんどくさいこと言い出した。次から次へと、忙しい人だわ。
「な、なに……かな?」
「佑奈様のお名前について……です」
「名前?」
俺の名前について? え、どゆこと?
「今現在、我々は川瀬佑奈さんの戸籍におけるご本名をお呼びさせていただいております。今までは内々でのやり取りでしたのでそれで支障ありませんでした。ですが……、これから先、今回のような外部の方々との対面など行う場合、ご本名では何かと不都合が生じるかと思われます」
あ、そうか。
『ひえんの社』は当然非公開の場所だし、そこの巫である俺って存在も公式的にはいない存在なんだよな。いちおう。
それなのに本名明かしたりなんかしたら、本末転倒というかね。頭隠して尻隠さずっていうか。
関係者だけの中で動き回ってた今までと同じじゃマズイってことか。
く~、めんどくさい。だから外に出るの嫌なんだよもう。
「そ、そっか。まぁそれはわかったけど……、じゃあどうするの? やっぱ対面とかやめよっか!」
ここぞとばかりにダメもとで言ってみた。
「佑奈様、お戯れはお控えくださいね」
瑛莉華さんに横からたしなめられた。うう……、ちょっと言ってみただけじゃん。そんな困った子ね……みたいな顔しなくても。
「ははっ、そうできればどれほど良かったことか。ですがこの後のスケーリア王族との対面を中止にすることなど出来るはずもありません。ということで、佑奈様」
「は、はうっ」
くぅ~、変な言い方になっちまった。はいだろ、はい。はっず!
ちらっと彩如みたら目が笑ってる。くっそ~。
「これより佑奈様の対外的なお名前は『爰姫』となります。側付きの二人もくれぐれもお間違えなきようお願いします。まぁ対外と言いましても開かれた社ではありませんから、そうそう名乗る機会はないとは思いますが」
「え、ええ?」
えん……ひめ?
誰が?
俺?
うそだろ?
「爰姫の爰はおわかりかと思いますが『ひえんの社』の祭神たる、ひえん様――暖かき存在の『暖』の文字の右辺よりいただいております。爰の文字には、『かえる、とりかえる』の意味もあり、佑奈様、いや、爰姫様には最適なお名前かと思われます」
淡々と俺の新たな名前の由来を語ってくれてる橘川課長。その横で瑛莉華さんやひっつめ髪のお姉さんが頷いてる。彩如と楓佳ですら神妙な顔をして黙ってる。
いつだったか、紡祈様との対面の時に当代の斎姫って紹介受けたことあったと思うけど……、まさかこの俺まで姫とか呼ばれるようになっちゃうとは。
「ひ、姫って。なんかちょっと、そのぉ、おこがましいと言うか……私には身に余ると言うか……それもう決まりです、か?」
「はい、それはもうゆるぎなく。このお名前にて相手方にもすでに前触れを出させてもらっています」
にこやかな表情でそう告げる橘川課長。
ぐはぁ! 逃げ道塞がれた……。
対面の場、直前のこのタイミングでそんなこと言ってくるなんて絶対わざとだろ? 俺が絶対嫌がると思って今にしただろ?
みんなだって、絶対先に聞いてただろ?
くっそ、こっすい。こっすいわ~、橘川かちょ~!
***
愕然とした思いのまま巫女さんズに上等版巫女装束に着替えさせられる。
髪を編み込みつつ、綺麗な紅白編み紐で丁寧に可愛く束ねられて背中に長く垂らす。エルフ耳はなぜかそのまま見せつけるかのように出したまま。いいのこれ?
薄く化粧もされ、髪飾りを挿し、千早もきっちり羽織った俺にもはや死角などなかった。
「とても可愛いらしいです」
「神々しさすら感じられます!」
「お持ち帰りしたいくらいです。私の秘蔵アーカイブに写真たくさん保存しておきます!」
若干一名変なこと言ってる奴いるな? と思って確認すればひっつめ髪のお姉さんだった。今日はこの人が通訳してくれるそうで、ようやく知れたその名前は中村遙さんだって。
この人、今更だけどヤバイ?
「そろそろ時間です。非公式での対面で、用件も先方の私的なものということで、礼儀作法も気にする必要はないとのお言葉を頂いておりますが……、それはそれ。日本を代表しているということを忘れずに行動してください。ではまいりましょう」
橘川課長が気を和らげるのかプレッシャーかけてるのかどっちかわからない言葉で俺たちに激を入れ、率先してラウンジから出た。
いよいよだ。
緊張で右手と右足が同時に出そう。
俺を真ん中くらいにぞろぞろ行列が進み、対面の場である麒麟の間へと向かう。双方がその間に集合する段取りなので、向こうも同じように向かってるはずだ。
ここまで来たら覚悟決めるしかない。
カイロス殿下だっけ?
まだ十一歳ってことだし、なんか変なのに狙われてたっぽいし……かわいそうな子らしいけど、王族なら上から目線のいけ好かないやつかもしれない。
具体的に何をして欲しいのかまだわかんないけど……。
ああもうヤダヤダ。
早く終わらせて帰りたい!




