【100】対面前にお掃除しましょう
異国の王族、カイロス殿下と対面する日が決まった。
決まってしまった。
Xデーは週末、土曜日である。今日は水曜日なのであと三日しかない。ついでに言えばその間はマンションにも帰らないで欲しいって言われた。もしものことがあるといけないから『ひえんの社』から出ないでくださいだって。
あ~もう、マジいやだ、めんどくさい~!
マンションの趣味部屋に引き籠ってゲームでもしていたい~!
一般人に王族の相手なんかさせんな~!
なんて駄々こねても国の偉い人が決めた対面日程を覆すなんてこと、ただの引きこもりでしかない俺に出来るはずもなく。俺は仮宮の私室に籠って、そんな思いをぶつくさ愚痴るくらいしか出来ない。
「佑奈様、なに言ってるんですか? 佑奈様が一般人なわけないじゃないですか~。ひえんの社のナンバー2なんですよ? ヤバイですよ? しかも、超の付く美少女なんですから! もし表に出たらマスコミとか世間が放っておかないですって! ああ、もっと佑奈様のこと自慢出来ればいいのに~」
そんなぼやきを彩如に速攻聞きとがめられ、ツッコミ入れられた。こいつ俺への応対が日に日に崩れてきてる気がする。ま、その方が気楽でいいけどさ。
「もう、彩如。ひとり言にいちいち突っ込まないでよ。っていうか目立つなんてとんでもないから。そんなのネット掲示板だけでお腹いっぱいだから!」
「え? なんです、そのネット掲示板って?」
やべっ、余計なこと言っちまった。彩如の目がキラキラしてきた。
「彩如~? あなたちょっと態度が砕けすぎだから。佑奈様への礼を欠くような態度は慎みなさいよ」
お、楓佳いいこと言うじゃん。ナイスフォロー。褒めてつかわす。
「それでネット掲示板ってなんのことですか? お側付きとしては佑奈様のことはしっかり把握しておく必要がありますから。さあ、隠し事は無しでお願いします」
ええ~。
結局こいつらも今どきの女子ってことか。二人に追及された俺はネット掲示板からずるずると色々聞き出され、コスプレのことまで全部ゲロさせられた。掲示板もそこに貼られてる写真もしっかり見られてしまった。
恥かしすぎ、モウヤダ。こうなったらネット掲示板、改変して抹殺するか?
いや、さすがにそれは無理か……。
ま、なんのかのあったけど二人のおかげで多少気は紛れた気もする。
まさか! これって計算ずく?
いや、ないわ、ない。
とりあえず、そんなこんなで対面の日はあっという間にやって来た。
***
やって来たんだけど!
なんかいきなりメンドクサイことになってるんですが!
「では打ち合わせの通りにお願いします」
目の前のモニターに映る男を指し示し、橘川課長が淡々とした口調でそう言った。
「あ~い……」
はぁ。なんでこんなことする羽目に……。
――――瑛莉華さんが本来のスケジュールより早めに仮宮に現れ、お話がありますと俺の私室まで押しかけて来て色々話をねじ込まれたのが一時間と少し前のことだった。
今日は王室の人たちとの対面だなんて分不相応なことに挑まなきゃいけないのに、その前にこんな余計なことまでやらされるだなんて……、超過勤務手当もらわなきゃ割に合わない。
いや、そもそもやりたくない。俺はただの引きこもり系社会人。どっかの工作員とか諜報部員じゃないの。あぶなそうなことはやりたくないでござる。
「……ということで、危険な芽は早々に潰しておくに限るということで、佑奈様にはぜひご協力いただきたいとの橘川課長からのご依頼です」
「ううぅ、わかったけど……ほんと、改変も万能じゃないんだから! 対象が確認できないことにはどうしようもないんだけど、その点ほんとに大丈夫なんだよね?」
「このことは紡祈様の先読みをもとに私が未来視をした結果ですので間違いありません。それに佑奈様には映像を通して対処していただく手筈です。何ら危険なことはありませんのでご安心ください。――ではご面倒おかけしますがご足労ください」
いや全然ご安心できませんから。外に出ないでって言ってたのもそちらでしょうに。
けれど抵抗虚しく、俺は国産公用車に巫女装束のまま乗せられた。いや、このカッコで外に出るの嫌すぎだし、めちゃ目立つんじゃ?
え? 表には出ないから誰に見られることもない?
今から行くとこは関係者しかいない?
ああそうですか。
巫女さんズは別ルートで後ほど合流するらしい。「後でまたお着替えしましょうね~」だって。いやこのままでいいだろって思うけど、ダメだって。一張羅の巫女装束……、要は任命式のとき着たやつに着替えるんだと。王族に会うんだから相応の装いが必要です……だとさ。ひえんの鬘も髪に挿して完全仕様で挑むことになるらしい。
ちなみに今着てるのは巫女さんズと一緒の意匠、要はお揃である。ま、どうでもいいわ。
久しぶりに橘川課長、それに瑛莉華さんの職場がある霞が関の官公庁の建物が集中しているエリアへと連れ出され、とあるビルの中のやたら液晶モニターが並んでる怪しい部屋へと引っ張り込まれた。
橘川課長が笑顔で迎えてくれた。見たくないその笑顔。笑顔なのに背筋がぞぞ~ってなるわ。
「大事の前にこのようなところまでご足労いただき、誠に申し訳ありません。ですがことを穏便に、少なくとも本日午後よりのスケーリア王族との対面における憂いを絶つためにはここに映っている人物を前もって処理しておきたいのです」
しょ、処理って。言い方!
モニターに映る、ラゲージカートを押している一見するとごく普通のホテルマン。ただし外国人っていうのは少し珍しい。
「こちらがお話しした対象者です。事を起こされる前に佑奈様の能力で無害化していただきたく。どうでしょう、いけそうですか?」
いけそうですかって……、いけるいけないで言えば、そりゃいけるでしょうけど。
「あのぉ……、この人、一体何しちゃうんです? 改変しなきゃいけないくらいの人? 警察にまかせるとかダメなの?」
「紡祈様と新野見君の話からすれば、このまま放置すればカイロス殿下に危害が及ぶことになるでしょう。最悪の場合、お命の危機となることもありえるとのこと。未来は未だ確定ではありませんが起こり得る事態です」
い、命? なにそれこわい!
「また、警察を介入させることは得策とは言いかねます。先方は非公式での訪問で目立つようなことは避けたいでしょうし、更にはそこの男も外交特権を使って逃げ切られてしまうのが落ちです。そこで佑奈様のお力をお借りしたいと。あなたのお力ならば人知れず、対象者自身ですら何があったのかわからないまま、穏便にことを済ませられるに違いありません」
「うう、それはちょっと、その、買い被りすぎ……」
結局押し切られてやる羽目になった。ま、いいけど――――
「本来ならVIPのいるフロアには入れないはずなのですが、どのような手段を用いたのか、そのフロアに入れるIDカードを持っています。忌々しいことです。ではエレベーターに乗ったところでお願いします」
「は~い……」
可哀そうなことに行動筒抜けな襲撃犯(仮)。俺的にもここまでお膳立てしてもらってあれば万が一にもミスることなさそう。だって、ずっと見えてるんだもん。
なんか改変使うのも久しぶりな気がする。公園散歩も最近してないから小鳥たちとも遊んでないし。元気してるかな。
橘川課長のお望みはモニターに映ってる男の記憶を遡ること十年分くらい消してください……だって。背後関係についての心配もいらないっだって。
ま、そんなことは元より気にしてない。関係ないし。
見たところ三十代前半くらい?
二十歳くらいまでの記憶しかなくなったらさぞかし面食らうんじゃない?
いや、改変ならそんなことすら気付けないはず。
かわいそうに。本人は二十歳のつもりなのに見た目だけめちゃ老けて見える自分なわけで。ちょっと同情するわ。
いやでも、犯罪者、下手すりゃ殺人犯になるよりかはマシでしょ?
いやいや、すでに何人もヤってるって可能性もあるのか。うん、それはいけないな。
サービスで虫も殺せない優しい性格にいじっといてやろう。
む、エレベーターに乗った!
「じゃ、やります」
「はい、頼みます」
改変!
ま、普通に成功した。
名も知らぬやばかった男さん。
強く生き……、いや、これからは優しく生きて!




