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29話 秋空の雪解け

 

 夕景に染まる公園の静寂を断ち切るかのように鈍い音が響く。


 千秋はその場に崩れ落ち、かがみ込んで聖夜を呼ぶ。


 「聖夜さん!!」


 絶望と混乱が、彼女の表情を歪ませていた。


 一方、ナイフを持っていた香奈は、自分がしてしまったことに気づき、顔色が一気に青ざめた。聖夜の前に膝をつき、震えながら呆然としたあと発狂するように声を上げた。


「青空さん!青空さん!……ごめんなさい、ごめんなさい!いやだ……いやだ!いやあぁ!」


 香奈は、刺された腹を抱えるようにうずくまる聖夜の姿に恐怖し、泣き叫びながら、ナイフを手放すこともできないでいた。


 彼女の瞳には、自分のせいで聖夜を失うかもしれないという絶望が映り、錯乱状態に陥っていく。


「ごめんなさい……青空さん……私もいっしょに……」


 香奈はふらつきながら、ナイフを自分の首元に当てた。頬を伝う涙は止まらず、声は震えている。


 それを見て千秋が叫ぶ。


「香奈!!あなたまで……やめて!」


「ごめんなさい……全部、私のせい……私なんか、生まれてこなければよかった……」


 香奈の手元でナイフが再び震え、その刃が今にも首を傷つけようとする。その時、倒れ込んでいた聖夜が、腕を伸ばし、香奈の腕を掴んだ。


「……青空…さん?」


 香奈は驚き、ナイフを落とした。


 聖夜はゆっくりと体を起こし、そっと香奈を抱き寄せた。


「もういい、……もう、いいんだよ……」


 聖夜の声はゆっくりと小さく、温かさがあった。彼は香奈の頭を優しく抱え、涙を浮かべた彼女を自分の胸に引き寄せる。


「辛かったろう……苦しかったろう……もう、大丈夫だから……」


 香奈は聖夜にしがみつくように抱きつき、その胸の中で号泣した。


「ごめんなさい……ごめんなさい……」


 そのまま、彼女は声を上げて泣き続けた。聖夜は何も言わず、ただ香奈を優しく抱きしめていた。


 その時、一人の女性がその場へ足を踏み入れた。春木優花だ。


「青空くん!」春木が駆け寄り、心配そうに叫ぶ。


「さっき刺されなかった!?大丈夫なの!?」


 その声に、聖夜はゆっくりと香奈を離し、立ち上がった。そして、コートのポケットから一冊の本を取り出して見せた。それは、春木が以前渡した『ヒーローキングの神巻』だった。本の表面には、ナイフが刺さった鋭利な跡がくっきりと残っている。


「この本が守ってくれたよ」聖夜は軽く笑いながら言った。


「本当に神巻だったんだな……」


 その言葉を聞いた香奈は、顔を真っ赤にして泣きじゃくりながら、聖夜に謝罪を繰り返す。


「ごめんなさい……本当に……」


 春木は静かに歩み寄り、香奈に向けて言った。


「草壁香奈さん、あなたが火傷した時、誰かに助けられたのは知ってるよね?」


 その言葉に、香奈は驚いた表情を浮かべた。そして小さく頷く。


「その時、あなたを助けたのが……伊藤千秋さんだったのよ」


 その一言に、香奈は驚愕したまま千秋を見つめた。


 千秋は静かに自分の上着を胸のあたりまで持ち上げた。その白い肌には、痛々しい火傷の跡が残っていた。香奈とほぼ同じ場所に、同じような傷痕が。


「わたし……あの日、香奈を探しにここに来たの。そしたらちょうど、あなたが何かを燃やしていて、服に火がついたのを見た。急いで消そうとして覆いかぶさった私にも火が燃え移って……なんとか火は消せたんだけど、結局、わたしもそのまま入院することになったの」


 香奈は驚愕したまま、震える声で呟く。


「そんな……じゃあ、私は……」


「ごめんね、香奈……」千秋は涙を浮かべながら語り続けた。


「わたしが退院した時には、あなたはもう転校してて……行方が分からなかったのよ」


 その言葉を聞いた瞬間、香奈は震える声で何度も謝り始めた。


「ごめんなさい……千秋……わたし、なんてバカなことを……ごめんなさい……」


「わたし、ずっと心に引っかかってたの。あの日以来、ずっと香奈と話したかった……やっと話せた」


 香奈の頬に、涙が溢れ続ける。その姿を見て、聖夜は彼女の頭を優しく撫でながら、静かに言った。


「春木さん……このことは、誰にも言わないでほしい」


 その言葉に、春木は眉を上げ、冗談っぽく笑った。


「それは、警察の私に隠蔽しろってことかな、青空くん?」


「え……警察の人なんですか?」千秋が驚いて口を開く。


 春木は微笑みながら千秋に歩み寄り、彼女を優しく抱きしめた。そして千秋の耳元で囁いた。


「がんばったわね……さすが青空くんが惚れた人だよ。安心して……報告なんてするつもりはないわ」


「え?え?あの、あ、ありがとう……」


 しかし、超コミュ障である千秋は、春木の突然のハグに驚き、しどろもどろになって頬を赤らめている。


「どうしたの?……ああ、私はアメリカが長かったから、ハグなんて挨拶みたいなものよ。気にしないで」


 千秋は、春木優花の立場、行動、あっけらかんとした態度を見て、聖夜と春木の関係について、大きな勘違いをしていたことを悟り、恥ずかしさで顔を真っ赤にして混乱する。


「あ、あの……わ、わたし、てっきり……聖夜さんと春木さんが、そ、そういう……関係なのか…と思って……」


 千秋は顔を真っ赤にして、もじもじしながらコミュ障っぷりを爆発させている。


 そんな千秋の態度に、香奈が泣きながらも小さく笑った。


「千秋、相変わらず話し方が……キモいよ」


「ちょ、ちょっと……なんでそんなこと言うの香奈!」


 千秋は顔を赤らめて抗議するが、その声にも、笑いがこもっていた。


 こうして、俺たちの『あいつ』との闘いは、ようやく幕を閉じた。



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― 新着の感想 ―
[良い点] 久しぶりにこんなに物語が、しっかりしたラブロマンスを読みましたが、めちゃくちゃ面白いですね! [気になる点] 流石にこれで、二人の想いも通じ合えると思うし付き合って終わりなのかな? 個…
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