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09.ありふれた「強奪」と「泥」と「騎兵」


「ちょ」


なんのプランも勝算もなく突っ込んじゃダメじゃん。そう思いつつボクも走り出していた。シオンはボクの5歩前を走っていく。痩せ男が刀を振りかぶる。ボクの脳の視床下部が自動で闘争モードに入った。交感神経が活発化し身体中の交感神経末端からノルアドレナリンが放出される。副腎髄質から放出されたアドレナリンが血液中に溢れる。心臓の鼓動が早まり血圧が上昇し筋肉の血管が開く。肝臓のグリコーゲンが分解されてブドウ糖に、脂肪は遊離脂肪酸となって筋肉にエネルギーが送られる。逆に皮膚の血管は収縮し出血量を減らす。気管が開いて酸素供給が促進され瞳孔が開いて視覚が強化される。脳内に放出されたノルアドレナリンは脳を覚醒させ集中力が高まる。そのあたりで体感と思考がおかしくなった。なぜかゆっくりに見える。シオンのブーツが跳ね散らかす泥水の飛沫さえハッキリと見えた。暴漢ふたりまでの距離は30m以上あったはず。でもシオンは速かった。痩せ男に急迫しあっという間に距離が詰まる。さすがバスケ部、と場違いな感想が浮かぶ。その思考と重なって自分がなんの勝算もなく走っていることに思い至りゾッとした。並列思考しているみたいだ。剣を抜くべきか。抜いたら斬るしかなくなる。斬ったら当たりどころによっては殺してしまう。人間を殺す踏ん切りなどつけていないし、すぐにつけられない。日本刀じゃないから峰打ちなんてスマートな戦いはできないし。なら鞘ごと叩くしかない。そう思った瞬間、剣帯の結び目を指でまさぐっていた。が、ずれ落ち防止のために結びが固い。距離とタイミングからして痩せ男はシオンに任すしかない。ボクの目指す先はレイプ男。意識を失ったらしき女性のスカートを捲りあげ、自分のズボンをおろそうともたついている。興奮した男の鼻息が聞こえる。赤子の泣き声も聞こえる。シオンの靴底が泥を跳ねる音が間伸びして聞こえる。視界の端で痩せ男がシオンの靴音に気づく様子が見て取れた。振りかぶったポーズのままシオンにゆっくり顔を向ける。その目が丸く見開かれた。シオンがあまりに速すぎて人が走っていると捉えられなかったのかもしれない。痩せ男が身構える暇もなく、伸び切った脇腹にシオンの全体重を乗せた高速肩タックルがめり込んだ。メキッと肋骨の軋む音が聞こえた。痩せ男の手から剣が飛び、身体をくの字に曲げた男とシオンが絡み合うように地面を転がる。


その時点でボクと女性に跨った大男との距離6歩。大男が痩せ男の異変に音で気づき顔をあげる。右を見て、その目が吹っ飛ぶ痩せ男とシオンのもつれた塊を捉えた。残り4歩。剣帯の結び目のひとつは解けたが結び目はもうひとつある。間に合いそうもない。横を向いた男の耳がボクの接近音を捉えたようだ。顔をさらに捻ってコチラに振り向けつつ目がボクを補足した。片眉が大きくあがる。一瞬の遅滞もなく男の左手が脇に伸び、シートに置いた剣に向かう。どうする。ボクも剣を抜きざま薙ぎ払おうか。いまのタイミングならボクの方が早く抜ける。しかしそうしたら高確率で殺してしまう。人殺し。いやいやいや。まだそんな踏ん切りはつけていない。ならどうするか。拳で殴りかかる。シオンのように肩タックルをする。痩せ男と違いがっしりして体重もある大男に効果的とは思えない。しかたない。人に暴力を振るった経験などないけど、後でポーションを使えば治せる。死なない程度の怪我をしてもらうしかない。赤ん坊を殺せといった奴だ。痛い目を見てもらったとしても罪悪感は少ない。残り3歩。結び目から離れた手が後に回り腰ナイフの柄に手がかかる。大男が立て膝の姿勢のまま身体を捻り始める。あと1歩。大男の左手が鞘を持ちあげ右手は剣を抜き出そうとしていた。その勢いのまま身を捻って横薙ぎに振れば剣は地面から80cm上を通過する。その位置にあるのはボクの腰。なにかしないとボクの胴体は上下に泣き別れることになる。大男の剣が鞘から抜けた。80cmより低ければいいんだよな。ボクは足先からスライディングする。下は泥道。ずるるるーっと滑って男の左脇を通り抜ける。滑り抜ける瞬間、右手をコンパクトに振った。スカッ。なんの手応えもない。泥を跳ね散らかしながら倒れた女性の脇も滑り抜け、その奥に積んであった薪束の山に踵が当たる。勢いで薪束を結えていた荒縄がちぎれ薪が宙を舞う。手応えのなさに失敗したかと焦った。身体を捻って仰ぎ見ると、大男が唾を飛ばして喚きながら横様に倒れるところだった。太腿を押さえている。押さえた指の間からどす黒い血が噴き出した。斬れてるじゃん。あまりの鋭利さに手応えがなかったのか。あ。これ魔剣だわ。無意識で魔力を込めちゃったみたい。斬れすぎて加減できないナイフを鞘に戻した。無闇に振り回したらこっちでも人を殺しちゃいそう。


立ちあがる。というか泥の海から身体を引き剥がす。倒れ込んだ大男の頭が3歩先にある。その頭を蹴るか。視野の端に痩せ男と一緒に大回転を決めていたシオンが身を起こすのが見えた。痩せ男はそこからさらに2回転して燃えた家の土台石にぶつかってた。脇腹を抑えつつよろよろ立ちあがろうとしている。追撃するのかと思いきや、シオンは身を翻し地面に置かれたおくるみへ向かう。なにしてるんだシオン。シオンを心配していたのは高速回転する意識の端でコンマ1秒にも満たない時間だった。こっちはこっちで現在進行形でピンチだし。大男が意味不明に吠えながら起きあがろうともがいている。どこを蹴ればいいんだ。頭を蹴る。顔を蹴る。腹を蹴る。足の傷口を蹴る。頭は頭蓋骨陥没とかさせちゃいそうだし、それ以外を殴っても一撃で昏倒とまではいかないと思う。映画みたいにあっさり気絶してくれるなんて甘い期待は持てなかった。ボクの20まで強化された思考力が22に強化された記憶力のライブラリーを高速サーチする。昔見たボクシング試合のKOシーンが閃いた。目標決定。できるかどうかは精緻の数値と運次第。重心を落として地面を蹴りダッシュする。念のためにダッシュ体制で屈んだ手の横に転がってた薪を拾いあげておいた。失敗したらこれで殴るつもりだった。大男の上体が持ちあがろうとしていた。ボロな上に泥だらけの服。日焼けとボサボサの髭と髪。仁王のように歪んだ顔。こんな状況、あっちの世界だったらおしっこちびり案件だ。サッカー選手じゃないので正確無比なキックにはならない。でも精緻18まであげた甲斐があった。30cmの円内に散るばらつきが11cmの円内に収まってくれる。爪先が男の顎を掠めた。狙い通りにいきすぎて蹴ったボクも驚く。人間は顎先を掠めるように殴られると脛骨を支柱に頭蓋骨が高速で振れる。すると頭蓋内で脳脊髄液に浮いている脳が頭蓋骨内壁にぶち当たり脳震盪を起こす。病を発症して身体が思うように動かせなくなったボクにとって自由に身体を動かして戦う格闘技は憧れだった。暇さえあれば動画を見ていた。そのときに得た知識。さすがの大男も白目を剥き、もんどりうってシートに倒れ込む。そこに仁王立ちする女性の姿があった。ボクが蹴散らした薪の1本を手に獣のような声を発しながら大男の頭を殴り始める。この女性を制止する気持ちが湧かない。それだけのことをされたのだから。子を害されかけた母親の怒りに水を差す権利などボクにはない。


シオン方面に目をやる。痩せ男がさっき取り落とした剣を拾い、なんとか構えていた。ただ左手で脇を押さえ片手だけの構えのため不安定に見える。シオンは赤ちゃんを庇うように低く構えて対峙している。そこまでの距離20歩。ボクは2歩助走をつけ狙いもせず痩せ男に向けて手にした薪を投擲した。当たらなくても時間が稼げればいい。案の定、狙いは外れた。でも男の顔前を薪が回転して通り過ぎ、注意を引く役には立った。痩せ男がこちらを向く。倒れている大男を見て目を丸くした。ボクが声を出して突進すると、痩せ男は驚き慌てて剣ごと身体をボクへ向けた。シオンが距離を離すかと思いきや、なんとシオンは赤ちゃんを庇いながら再度隙を見せた痩せ男に突っ込む。さっきと同じ場所に肩がめり込み、今度こそ肋骨が折れたようだ。げうっとヨダレを振りまきながら膝を突く痩せ男。シオンが1歩ステップバックし、膝を溜めて忍者みたいに前へ跳ね飛んだ。シオンの膝を覆う金属ガードが痩せ男の頭にめり込む。痩せ男は仰け反り、ボロ人形のように後頭部から泥道に落下した。凄。シオン恐るべし。格闘技でもやってたのか。バスケは格闘技なのか。


「ウッソー。なんとかなった」


つい口を突いて吃驚の呟きが漏れた。気が抜けて座り込みたくなったが下が泥道ではそうもいかない。シオンが抱き抱えた赤子をあやしながら走ってくる。


「アンシュ!」


女性が駆け寄り、毟り取るようにシオンの手から赤子を取りあげる。まるでボクたちが男どもの仲間だと思っているような敵愾心に満ちた視線。だけど倒れている男ふたりと泥だらけながら身綺麗にしてるボクたちの間を何度か行き来した後、その目が急に和らいだ。


「ご、ごめんなさい。おふたりは冒険者だったのね。気が動転してて」


「あ、いえ。気にしないでください。とりあえずこのふたりを縛りあげなくちゃ。それで教えて欲しいんですが、こいつらの仲間はすぐ戻ってきそうですか?」


「わからない。でもこいつらは山賊の本隊から外れて強奪の残り物漁りをしてたみたい。あっちの細いヤツが頭領に知れたらヤバイってブツブツいってたし」


「頭領に内緒で襲撃後の荒らしをやってたってことか。なら山賊がすぐ戻る可能性は少ないな。ひと息つく時間の余裕はありそうだ。じゃあお母さんは家に入ってお子さんを温めてあげてください。おくるみも汚れたし。ボクたちもコイツら縛りあげたらお邪魔させてもらいます」


「はい。でも。私の家は‥‥」


彼女の視線が燃えた家に向けられる。


「あ。他の人の家をお借りしましょう。緊急事態ですから」


ボクとシオンは気絶してる山賊ふたりがいつ目を覚ましてもいいように、ひとりが縛り役もうひとりが警戒役になってロープで手足を縛りあげた。ついでに大男の汚いシャツを引き裂いて太ももの傷を縛り、圧迫止血してやる。面倒なことにはならず、可憐な美少女ふたり(ひとりは現役JK)にノックアウトされた大の男ふたりはあっさり捕縛された。防水シートをお借りして男を転がして載せ、シートごと引っ張るとソリのように泥の上を滑ってくれる。燃えた家の玄関デッキまでひとりずつ運び、デッキを支えている柱の端と端に10m近い距離を離して結えつける。目を覚まして会話され共謀されたら嫌なので、大男のシャツをさらに引き裂いて口に詰め込み、数本を撚って作った紐で押さえつけるように縛り猿轡にした。シオンに先に行ってお湯を沸かしてもらうよう頼み、ボクは残って大男の足の傷と頭の傷にポーションを垂らしてやる。痩せ男の肋骨にもちょっと垂らす。シオンの怪我だったら惜しげもなく使うけど、山賊にポーション使うのは凄く勿体ないからチョビチョビしか垂らさない。それでも怪我は治り始める。ポーションは半分残っている。お母さんや赤ちゃんが怪我をしていたら使おう。お母さんが入って行った斜め向かいの家に向かう。家に入って窓から山賊ふたりの様子が見て取れることを確認した。家の中は嵐が吹き荒れたかのように荒らされている。ダイニングの先にある台所にみんながいた。巨大な鍋が火にかけられている。赤ちゃんを新しいおくるみにくるみ終えた母親が椅子に座って赤ちゃんをあやしていた。


「あの。自己紹介遅れました。ボクがミナトでこっちがシオン。新米でこっちの世界に来たばかりの冒険者です」


「ありがとう。ミナトさん、シオンさん。あなたたちは命の恩人です。私の名はダミニ。ダミニ・アガワル。この子はアンシュ」


清潔な新しいおくるみに包まれた赤子は泣き止み、指を咥えながらぬくぬくとボクを見ていた。クリッとした目が愛らしい。元気になったようだ。シオンが湯の沸き具合を測るのに指を突っ込み「熱ッ」っとかいっている。魔法で点火した火は日本のガスコンロの3倍は火力があるように思える。


「あの。人様の家なんですが、顔や身体を拭くタオルをお借りできないでしょうか。ダミニさんも頬がちょっと傷ついてるみたいだし、拭き清めた方がいいと思います」


ダミニさんがタオルを探しに別の部屋に行っている間にポットを借りて沸いた湯を汲み置き、シオンが見つけた茶葉を使ってお茶らしきものを用意する。ダミニさんがハンドタオルやバスタオルを何枚も持ってきてくれたので遠慮なく使わせてもらった。残りの湯にハンドタオルを浸して絞る。それをダミニさんに手渡した。ダミニさんがアンシュ君や自分の顔を拭う。ダミニさんの頬の殴打痕にポーションを垂らす。アンシュ君に怪我はない。シオンが別のタオルを濡らして絞りボクに手渡してくれた。ありがたい。泥道にスライディングなんかするもんじゃない。左半身泥まみれだった。シオンも自分用のタオルを濡らして拭いている。こっちも泥中を3回転半して泥団子みたいになってる。まだ着替えるわけにはいかないのでざっと拭くだけ。一杯のお茶でお腹が温まると気持ちも温まる。


「ダミニさん。表で薪の覆いに使われてる防水シートお借りしてもいいですか?」


「あ。ええ。構いませんが?」


「お亡くなりになった方達を野晒しにしておけません。ご遺体を運ぶのにシートに包んで運びます。墓地のような場所はありますか。埋葬のお手伝いをします」


「この家の裏手に墓地があります。ありがとうミナトさんシオンさん」


どれほどハードワークだろうが、乳飲み子を抱えたご婦人ひとりに遺体の回収と埋葬をさせるわけにはいかない。こんな羽目になったのもシオンがなんの考えもなく突進したからなんだけど、当の本人は遺体回収と聞いて真っ青な顔になりやらずに済む口実を必死で考えてる。お嬢様にはキツイだろうがこれも自分で蒔いた種。少なくともボクはボクと同じ病気を発症した母親の死に立ち会っている。一度でも人の死を経験した分、シオンより耐性があるはず。と思いたかった。けれど最初のご遺体で耐性なんかないことが露呈し、ご遺体ふたり目で埋葬の手伝いをいい出した自分を呪い、ご遺体3人目で泣きべそをかくシオンをグーで殴りたくなり、ご遺体六人目を運び終える頃にはこんな仕事を押しつけた山賊どもを皆殺しにしたくなった。ご遺体の中に村長をしていたダミニさんのご両親がいてダミニさんの愁嘆は見ていて辛かった。でも母は強しだ。アンシュ君にお乳をあげるときには気丈な様子を取り戻していた。昼が近くなっているはずなのにアンシュ君を除いて誰ひとり食欲が湧かない。ボクとシオンは昨日の夕方が最後の食事。凄惨な死体の様に胃が秘結するほど精神面が疲弊し、戦闘で体力も消耗している。これから墓穴を6つも掘る気力は湧かなかった。ボクとシオンはボロ布のような気分で臨時の待避所として入らせてもらったダッタ家に戻る。ダミニさんが大量の湯を沸かし、それを浴室のバスタブに溜めてくれていた。ボクたちは泥だらけの衣装を脱ぎ、全身をお湯で流すことができた。乾いた衣装に着替え、泥まみれの服はお湯で洗うことができた。待避所として借り受けたダッタ家には若夫婦と夫の妹が3人で住んでいたという。遺体の中にダッタ家の奥さんガウリカさんと夫妹アイラさんの姿はない。旦那さんのアサーグさんはダミニさんの旦那さんたちと共に最寄りの都市へ収穫物の納税と交易に出かけていて一昨日から不在だったようだ。


分厚い雲に覆われて時刻の見当がつかない。いい加減だが昼過ぎと見当をつける。ボクたちの後にダミニさんも身体を流しに浴室に向かう。着替えには消息不明のガウリカさんの服を借りるようだ。気丈に振る舞ってはいるが焦燥し切っているのが見てとれる。誰も食欲はなかったがこのままではいけないような気がして携帯食雑炊を作ることにした。ダッタ家の大鍋を借り羊歯茸を使って出汁を取る。干し肉3枚を煮込む。そこにボクとシオンが1本ずつ供出した携行食量を崩し入れる。あとはクツクツ煮込むだけ。着替えを済ませたダミニさんに雑炊を勧めるが食欲はないようだった。それでもアンシュ君のお乳を出すために少しでも口にした方がよいと説得するとスプーンでひと匙口に運んだ。ボクたちも食欲はないながら勧めた手前口にしたが、ひと口食べてどれほど空腹だったか脳より先に胃が思い出した。ひと匙ひと匙口にしながらダミニさんが起きたことを話してくれる。襲撃は日が昇る直前だったようだ。悲鳴が聞こえてダミニさんのアガワル家全員が起きた。村長であるダミニさんのお父さんとお母さんが様子を見に家を出た。そしてあちこちからの悲鳴や怒号、物の壊れる音。ダミニさんとダミニさんの義理の弟アルーシュ君は窓から様子を伺っていたが、最悪の光景とともに盗賊の襲撃であると悟る。アルーシュ君は都市の警備隊へ助けを求めに行くといい残し、ダミニさんとアンシュ君を台所の地下にある秘密倉庫に隠した。しばらくして大きな音と足音が交錯し、さらにしばらくして秘密倉庫の跳ね上げ戸の隙間から煙が入ってきたという。アルーシュ君が秘密倉庫の中のふたりが見つからないようにあえて火を着けたのか、盗賊が誤って火事を起こしたのかはわからない。幸い秘密倉庫の作りはしっかりしていて火が入ることもなく、換気口があって新鮮な空気は確保できたことなど。ダミニさんは吶吶とつとつと話した。ひと通り話が聞けたとき外から地鳴りのような音が聞こえた。全員が立って窓辺に向かう。ボクは剣を手に、シオンは雑炊の碗を手に。多数の騎兵が集落になだれ込んでくる。鈍い銀色のブレストアーマーを装着した騎兵だ。肩甲付き胸鎧と腰甲。手甲、脚甲。それらを革鎧が繋いでいる。防御力をあげながら騎馬での動きやすさも重視っていうタイプ。で、馬なんだけど、これは馬なのかユニコーンなのか。馬面の鼻上に短く太い角。額の間から細く長い角。ユニコーンはユニって名前の通り1本角だがこっちは2本も生えている。さらにその体躯は馬のようではあるがワイヤーで編まれた筋肉束とでもいえそうなくらい緊縮した筋肉美だった。宝石のように黒く輝く主眼が頭の左右に、その周りに6個の複眼を持つ。短毛ではなく青黒く光る鱗に似た角質に覆われている。見惚れてしまいそうなほど美しい動物だった。


「警備隊よ。アールシュ?!」


ダミニさんがアンシュ君を抱えあげ外へ飛び出していく。警備隊へ知らせに行くといったアルーシュ君が一緒にいると思ったのだろう。ボクたちも後に続くが盗賊の一味と勘違いされて切り捨てられたら困るので歩みは鈍い。シオンは剣を置いてきてるし。広場に到着したのは18人の騎馬兵。ガシャガシャとアーマーの金属音を立てながら次々と下馬している。先頭の馬に乗った髭の騎兵がダミニさんへ近寄った。


「第2外周警備隊、隊長のダムディン・アチバドラフです。貴女は?」


「ダミニ・アガワル。村長家の嫁です。あの、アールシュは?」


「ご安心ください。無事です。少々怪我はされていますが軽傷です。手当を受けて、後から村の方々と一緒に戻る途中のはずです。で。後ろのお嬢さん方は」


お嬢さん方っていわれちゃったよ。剣は持っているけど革鎧なんかの装備は外しちゃっててひと目で冒険者とわかりづらかったか。


「このおふたりは冒険者の方々です。盗賊ふたりに襲われて、危ないところを助けていただきました」


なんか自分から冒険者とか名乗るのが恥ずかしくて、ダミニさんが紹介してくれて助かった。


「盗賊と戦ったと?」


アチバドラフ隊長さんがこっちを見た。シオンが手にした木匙で焼け家を差していった。


「蹴っ飛ばして気絶したから、縛ってあそこのデッキのところに繋いであるよ」


盗賊はふたりとも元々ボロボロの格好だった上に頭から泥だらけで、横たわっていると泥岩にしか見えない。隊長がようやく捕縛された盗賊を認識した。


「なんと。これは大手柄だ。アジトを聞き出せる。いまから我々で尋問してもよろしいかな?」


シオンに向けてアチバドラフ隊長さんが聞く。


「はい。どーぞー」


アチバドラフ隊長さんが視線をダミニさんに向ける。


「早駆けで休まず走らせたので人も馬たちもしばし休息が必要です。尋問の間、申し訳ないが厩舎と水など借り受けたい」


「ご自由にお使いください」


ダミニさんは村長代理として気丈に対応していた。どう見ても20歳そこそこ。まだ若い。あっちの世界でのボクと同年代くらいだろう。転生前のボクだったらこんなしっかり対応できただろうか。盗賊の男がいっていた「売れる売れない」の言葉からして、消息がわからない村の人たちは連れ去られた可能性が高い。救出が遅れれば悲惨な暴力に曝される者がいるかもしれない。でもダミニさんはヒステリックに救出を懇願するのではなく、冷静に協力することで救出の可能性を高めようとしていた。そう思うと人見知りのボクも口を挟む勇気が出た。


「あの。すいません。ミナトといいます。こっちはシオン。それで。あの。お亡くなりになった方々がおられます。なんとか裏の墓地までは運んだのですけど、人手が足りず未だ埋葬できてません。埋葬に力をお借りできないでしょうか?」


「ミナトさんシオンさん、感謝いたします。もちろん我々が引き継ぎます。あとは任せて休んでいてください」


ダミニさんが農機具置き場に騎兵の集団を案内し、穴掘りのための道具を貸し出す。その後12人の屈強な騎兵が墓地に向かい墓穴を掘り始めた。墓穴が掘りあがるまでボクたちはダッタ家に戻って待機。隊長と残る5人の隊員はボクたちが捕縛した盗賊を尋問しに向かった。デッキから解放された盗賊ふたりは両脇から抱えあげられ焼け家の裏手へ運ばれていく。しばらくして、猿轡をされているはずなのに周囲に響き渡るほど凄絶な苦鳴が聞こえた。聞いているだけで吐き気がしそうな声だった。さすがのシオンも椀を置く。アーシュ君がびっくりしてぐずり出したのでダミニさんは居間からさらに奥の台所に逃げ込んでいった。しばらくして頭から血を被ったように全身赤黒く濡れた痩せ男が引っ立てられて現れる。痩せ男自身の血ではないようで自力で歩いていた。じゃあ、誰の血だろう。大男の姿は見えなかった。代わりに防水シートに包まれ上を縄で閉じられた巨大な塊が騎兵ふたりがかりで運び出される。馬2騎の間にぶらさげられさらに前後に2騎付いて4騎で集落から出ていった。大男の盗賊が消え、代わりに人間の普通の形状ではどれほど手足を縮めても丸まれないくらい小さな塊が運び出される。それ以上は考えないことにした。この世界での命はあまりに軽いと心に刻む。墓穴が掘りあがり、簡単な祈りと埋葬が行われた。待機してる間ボクとシオンはひたすら井戸から水を汲んでは沸かし続け、騎兵たちの身繕いのための湯を供給した。墓穴6個分の重労働を代わりにやってくれたことに対する感謝の意を込めて。ダミニさんは山菜と山鳥の炒め物を20人分作り続け、騎兵たちの腹を満たした。ボクたちもご相伴させてもらったが美味かった。騎兵たちも馬たちも十分に休めたようだ。あいかわらずの曇り空で時間の見当がつかなかったが、当てずっぽうで午後3時くらい。厩舎に分散して休ませていた馬たちが集められる。触らせてもらった。


『dukorno  cevalo。二角馬。鼻上と眉間に2本の角を持つ草食動物。走ることに特化し、瞬間速度時速200kmを出す。時速30kmの駆歩なら休憩なしで4時間疾走できる。野生では攻撃的で荒い性格だが、仔馬からの飼育で人に従う。肉は食用可』


あっちの世界の馬よりもかなり速いし持続力がある。チーターが全速力で必死に逃げる時のスピードが時速100kmといわれてるから200kmは異常だ。こんな速さで突進され角で突かれたら普通に死ねる。アーマーを着け完全武装した騎兵たちが整然と乗馬していく。ボロ毛布で簀巻すのこまきにされた痩せ男が、副隊長の馬の後ろに荷物扱いで括られている。隊長さんが馬の手綱を副隊長に渡しボクたちに歩み寄ってきた。


「シオン君ミナト君。君たちのおかげで盗賊たちのアジトがわかった。これは稀に見る僥倖だ。君たちの功績は計り知れない。おそらく国から褒賞が賜与しよされるだろう。これほどの功労がありながら君たちは冒険者ギルドに登録前だという。ここに私からの推薦文をしたためておいた。これをギルドで示すといろいろ便宜を図ってくれるはず。そして、もし今後なにか困ったことがあれば遠慮なく警備隊を訪ねてくれ。では、女神ルキナの公正なる導きのままに」


そういって羊皮紙を巻いて筒にしたものを手渡してくれた。紙紐で留められ封蝋がしてある。そして警備隊は地響きと共に集落を出ていった。警備隊が出ていくのと入れ違いに荷馬車の隊列が走り込んでくる。泥跳ねを撒き散らしながらボクとシオンの横をすり抜けダミニさんの横に停まる。ボクは動体視力や敏捷性を使って泥跳ねをかわしたが、口を開けてぼーっと見ていたシオンは顔と服に泥が跳ね口に入ってペッペしていた。御者台から飛び降りた若い男性がダミニさんとアンシュ君を抱きしめる。あれが村長さんの長男でダミニさんのご主人カビーアさんだろう。御者台に並んで座っていた少年が吊った右腕を庇いながら馬車を降りた。こちらが次男のアールシュ君ということか。他の馬車も停車し男性たちが降りてくる。家と備品を借りたダッタ家のアサーグさんは髭の濃い20代後半。もう一台の荷馬車からは30代初めの男性と青年になりかけの少年が降りてきた。ダッタ家の向かいに位置するビスワス家のご主人ルドラさんとその息子のドゥルーグ君だな。家に残っていた奥さんのアユーシさんは消息不明になっている。ひとしきりボクの苦手な紹介と挨拶が済んでビスワス家のふたりは自身の家に向かい、残りは全員でダッタ家に入る。ダミニさんがボクたちの救出劇を大袈裟に脚色して話すもんだから、感謝されすぎて居心地が悪くなってしまった。シオンだけしかいないふたり旅から急に大人数に出会い話しかけられ、ボクの対人関係キャパはあっという間にオーバーフローした。コミュ障は転生したってコミュ障である。


「あの。皆さんは今日ここに残られるのでしょうか」


ボクがそういうとカビーアさんが怪訝そうな顔で見つめてくる。正面から見られるのも苦手で、顔を逸らすことでなんとか言葉を続けられた。


「警備隊が向かいましたがまだ盗賊の一部がうろついてるかもしれませんし、帰らない仲間を探しに戻るかもしれません。このままここにいると危険な場合もあり得ます。ボクたちは街を目指しますが、もし一時的に街へ避難するというのでしたら道中の護衛くらいはしますけど」


「いえ。私たちは残ります。ここが自分達の住処ですし。盗賊の残党くらいなら私やアサーグ、ビスワスのふたりも戦えます。ですからおふたりも安心して滞在していただきたい」


そういわれたものの次々と起こる深刻な事態に目眩がしていたボクは申し出を固辞し、夕食のお誘いも断った。日のあるうちに移動を開始したいならのんびりもしていられない。して本音はといえば、惨殺された死体を目の当たりにした場所で寛げるほどボクもシオンも人死にに慣れていなかった。シオンが顔を拭く間だけ待ち、ボクたちは2度頭をさげ3度手を振って集落を出た。集落を出て10分ほど無言で歩き、そこでボクは腹の底から大きなため息をついた。シオンがクスッと笑う。


「ミナトほんとにコミュ障なんだね。ずっと汗汗して。可愛いかった」


「ウッセー。ボクが可愛いならシオンは大馬鹿だ。バタバタしていい忘れてたけど、あの局面でなんの策もなく突っ込んでいくなんて」


「だって赤ちゃんが殺されそうだったんだもん」


「それはわかるけど、剣も抜かずに突っ込むなんて。死にたいのか。自殺願望ありか。んで、敵をぶっ飛ばしたのにトドメも刺さずに赤ちゃん拾いあげて、赤ちゃんもろとも危ない状況になってるし」


「でもー。なんとかなったじゃない」


「ボクが薪を投げて気を引いたからだろ」


「んー。それに関しては感謝。ミナトは頼りになるよ」


「褒めてもなんにも出ないからな。今度あんな無茶したらお尻100叩きな」


「へーい。ところでミナト、さっきいってた盗賊がもう一度村を襲ってくる可能性ってありかな?」


「わからない。でもないとはいえないと思う。もしそうなったらシオンはまた後先考えず村の人を守ろうとするだろ。あのままあそこでこれ以上一緒にいたらどんどん情が移ってしまうし、そうなったら巻き込まれても見捨てられなくなる。また戦いになって相手は殺す気で向かってくるのにこっちは殺したくないなんていってたら、確実に負けるよ。今度は殺されちゃう可能性の方が高い。ボクはまだ死にたくないからね。冷たいようだけど。ボクたちはまだこの世界に対して準備も覚悟もできてないと思う」


「後先考えずって失礼ねー。でも頭で考えるより身体が先に動いちゃったけど、いま思うと確かに無謀だったなー。ミナトまで危ない目に合わせちゃったね。ごめんなさい。ところで魔物や獣だけじゃなく盗賊や暴漢まで襲ってくるかもしれない街道を、夕暮れ間近に歩いてる女の子ふたりってかなり不用心じゃない?」


「かもね。結界魔導器を動作させっぱなしで歩こうか。結界は人も獣も魔物も遠ざけてくれるから。幸い魔導器の燃料切れを心配しなくてもいいくらい魔石は十分持ってるし」


ボクもシオンも結界魔導器をリュックの横に取り付けてある。手を回して軽く魔力を流し作動させた。しばらくは互いに無言で歩く。空が灰色の雲に塞がれていると気分も重くなってくる。


「街までどのくらいかな?」


「二角馬が1時間半から2時間くらい時速30kmで走り続けてきたっていってたから50kmから60kmってとこだろうね」


「歩く速さって時速4kmだっけ?」


「そ。ざっくりだけど12時間から15時間ってとこ。今日は暗くなるまでどのくらい歩けるかな。3時間程度かな。野宿して明日の日の出から9時間歩けば街に着く。午後3時くらいには着く予定だね」


3時間後に日はすっかり暮れたが、雲が薄くなり一部は切れて夜空が覗き始める。今日の行軍はここまでとしてボクたちは道を外れ河原に降りた。河原には水葉芋や羊歯茸の群生があり食材と水葉のストックを補充できた。土手と河原の接する地点に石で竈門を作りスープと芋と携帯食料の夕食にした。日課の素振りと剣研ぎをする。立木がないので木を使った打ち込み稽古はできなかった。川はそれほど増水している気配がなく、流れも緩やかだったので水浴びをする。ダッタ家にて身体をお湯で拭いてはいたが髪までは洗えなかったから水で流すだけでもさっぱりした。連結蟲を倒したときに得た小魔石は330個あった。そのうちの1個ずつを結界魔導器の魔石ポケットに補給する。もともと入っていた魔石よりひと回り大きいし最初の魔石の残りもあるから連続使用400時間近くあるだろう。つけっぱなしでも16日以上大丈夫。オンオフしながら使えば1ヶ月は保ちそう。結界展開したまま交代での見張りもせずに熟睡した。どれほど柔らかなマットレスを使ってもクッションを使っても全身の筋肉が蝕まれていく痛みがあった転生前のボクからしたら、痛みのない身体で柔らかな草地は最高級ベッド並みの安楽さだ。こちらにきて9日目。野宿にも慣れた。


目覚めは暖かな夜明けの光と共に訪れる。転生10日目の朝は晴れた青空が戻ってきた。どんよりと曇った鈍色にびいろに塗り込められて歩む3時間より、晴れ渡った蒼天のもとを歩む9時間の方が疲れない気がする。シオンの他愛ない「女子中学生あるある」な話や「女子バスケ略してじょバス苦労話」などを聞いて苦笑しているうちにいくつもの農地や集落を通りすぎ、ついに城塞都市ベルダ・ステロに到着した。サノンカリタト公国の北西部にある城塞都市のひとつ。千年前の砦構築の際流れたという緑の流星雨が名の由来だという。林を抜けると広大な田園地帯の真ん中に巨大な城塞都市が現れる。最近改築か増築されたらしい外壁の白さが遠目にもよく目立った。道は街道といえるほど広くなり、かなり手前から舗装もされているように見えた。人、人を乗せた二角馬、二角馬の牽く馬車、それだけでなく虎に似た大型獣が数頭で牽く大貨車のキャラバンまでが巨大な門を頻繁に出入りしていた。


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