31.ありふれた「暴竜」と「蚯蚓」と「温泉ご招待」
ティラノサウルス。暴竜ともいう。飛んでる方はドラゴンというにはそれほど首が長くないし、飛竜といったほうが正確か。高空から落下して暴竜の首筋を狙っただろう鉤爪がかわされ、逆に振り立てられた暴竜の角が薙ぎ払うように飛竜の脇腹を抉った。飛竜は副市の南門外を流れる川に架かった橋を巻き込んで川に落ちる。外壁の高さを超える巨大な水しぶきが見えた。好機と見たのだろう暴竜が身を翻し、川に飛び込んでいく。それらの挙動にいちいちギャオーとかギィーとかドカーンとかザバーンとかバキバキッとか咆哮と効果音がド派手に響いてくる。つい呆けて眺めてしまったけど、はっと我に返って声が出た。
「逃げなきゃ」
とボクの声。それに被って後半がユニゾンになったビビの声。
「行かなきゃ」
えっ。とビビを見つめると、横のシオンがジトッとした目で見てくる。
「なに情けないこといってんのよー。いまこの界隈でいちばん強いのはウチらなんだからー。とにかく行って襲われてる人とか助けなきゃ」
「いや。だって。ティラノサウルスだよ。怪獣だよ。勝てる相手じゃないんじゃないかなあ。そしたら死んじゃうよ?」
シオンが胸張って答えた。
「大丈夫。ウチ、ああいうデカブツに慣れてるから」
そういいながらシオンとビビが走り出した。風を巻いて坂をくだっていく。ボクもしかたなく後を追う。昨夜夜ふかししてたみたいで、ボクのヒップバッグに潜り込んで寝ていたジュラが寝惚け顔で「揺れるぅ」とか文句いってきたけど無視。
「慣れてるって。象と戦ったことでもあるのかよ」
「小学生の頃、近所に住んでた従兄弟が『カイジュゥハンター・パンゲア』ってゲームにハマっててね。ウチもおつきあいでモンスター狩りまくったから」
なんじゃそりゃ。『カイジュゥハンター・パンゲア』って『カイジュゥハンター』ってゲームシリーズの8作目で、ボクがダノン病を発症した2045年に公開されたネットゲームだ。ボクもプロゲーマーを目指す者としてひと通りプレイしたから、モンスターの動きやAIの思考ルーチンがなかなかにリアルな傑作ゲームだとは認めてるけど。
「ゲームじゃん!」
「ダイジョブだってばー。でっかいやつはノロイから脚斬って転がして首狙えばイチコロだよー」
そ、そんな簡単かなあ。中央広場で号令をかけ部隊を集合させてるアチバドラフ隊長に、先にいきますってビビが声を掛け横を駆け抜ける。ギルドのイートインから出てきたノアとラウリについてくるように叫ぶと、ふたりとも手にしたタムジャイサムゴーの器を隣の冒険者に放り渡して脱兎のごとく走り出した。ギルドの位置からは音しか聞こえなかったみたいで、なにが起こっているのかわからないふたりに走りながら説明する。巨大怪獣と聞いて目を丸くしてた。副市と本市の間に流れる川に架かった橋は副市からの避難者でごっ返している。ボクたちは幅20cmしかない橋の欄干を走り抜けた。ステータスあがってるから成せる技だ。副市に入ってからも道は避難民とその家財を乗せた台車などでギチギチに渋滞していたので、先頭を走るビビが屋根に登るルートを選んだ。城塞都市はどこも建物が密に建てられ道も狭く作られているから、屋根伝いも容易だった。近づくにつれ2頭の獣の咆哮で耳が痛くなる。暴竜が肩口から頭をぶつけるのと同時に角の先端で飛竜の右の翼膜を切り裂いた。崩れた橋の残骸をさらに壊しながら川に落ちた飛竜へのしかかって角を突き刺そうとする。飛竜は左の翼の鉤爪で暴竜の顔を引っ掻き押しやって、晒された暴竜の首筋に噛みつこうと牙を剥く。よろめいた暴竜が副市側の川岸に乗りあげた。川といっても城塞の堀代わりだから川底が浚渫されててかなり深い。巨大怪獣であっても脚を取られる深さだ。護岸の石積みを跳ね散らかせて暴竜が横倒しになる。2頭の怪獣の格闘戦を見ながら屋根から屋根に飛び移ってきたボクたちは、城壁の内側を走る外周道路に達した。半壊して瓦礫の山となった南門へいくためには、1度地面に降りて道路を渡らなくてはいけない。崩れた門の建物や櫓の瓦礫を乗り越えて外から逃げ込んできた人たち数十人が逃げ散っていく。再度2頭の竜が激突し、ダンプカーの衝突みたいな轟音に背筋の毛が逆立った。跳ね跳んできた煉瓦のかけらがボクたちの横1mに落下する。当たったら脳挫傷じゃすまないだろう。モニターの画面越しに見るのならスリリングなんだけど、目の前10数メートル先で水と泥と石と瓦礫を蹴り飛ばして地面を抉る大木みたいに太い暴竜の後ろ脚の迫力たるや‥‥怖気で肌が粟立つレベルだ。ボクたちが南門の瓦礫の上に立つと、すぐ下に逃げてきた中年の女性がひとり瓦礫に脚を取られて倒れていた。ビビが瓦礫を滑り降り女性を助け起こす。幸い女性に擦り傷以外の怪我はなく、ラウリに引きあげられて瓦礫を超えるとそこからは自力で副市街へ走り去る。岸で身体を起こそうとしていた暴竜に、水を跳ね散らかせて飛竜がのしかかった。飛竜の牙が暴竜の首筋に突き立てられる。暴竜は吠えながら足掻いて、飛竜を引きずりながら護岸にずりあがった。飛竜の翼が暴竜の肩に打ちつけられ、脚の鉤爪が脇腹に突き刺さる。暴竜は飛竜を引きずりながら身を起こし、メキメキと背筋を盛りあげて頭を振り立てた。想像を絶する力で飛竜が川から引き抜かれる。空中に弧を描き、城塞の壁に叩きつけられた。城塞の壁が派手に崩れて飛竜を埋めた。その瞬間、脚を踏み締めたことで動きを止めた暴竜の足元にシオンが滑り込んでいく。
「危な‥‥っておい!」
声をかけたけどシオンの疾走は止まらない。シオンの顔が表情を失くしているくらいには恐怖を感じているようだけど、突っ込んでいくだけのガッツは残っているみたいだ。ガッツというか無謀というか。魔剣をシュリンっと抜いて暴竜の脚に斬りつけた。次の瞬間、「ぎゃいん」というシオンの悲鳴が響く。シオンが斬り込んだ魔剣から魔力が消え、ナマクラ刀になった剣が弾き飛ばされたのだ。手が痺れたんだろう。暴竜は脚を斬りつけられたことなど感じていないかのようで、投げ飛ばした飛竜にとどめを刺そうと城壁に一歩踏み出す。シオンが斬りつけた場所の色が変わって見えたけど、すぐに元に戻った。シオンが這いつくばって、持ちあげられた脚の下をかいくぐる。それに続く尻尾のうねりは横に転がってかわす。尻尾の動きがトリッキーで避けるのが難しそうだ。安全な距離を開けてからシオンが叫んだ。
「剣が弾かれちゃうよー。なんかバリヤーみたいなの。手が痺れた。痛ってー」
人蜘蛛みたいに、なんらかのバリヤーを纏っているようだ。剣の摩擦がなくなるんじゃなく、魔力を相殺する類のバリヤーか。そこに怪獣の咆哮にも負けないノアの怒鳴り声が響く。
「あんたたちなにしてる。荷物より命を守れ。荷物は置いて逃げるんだ。西門へ迂回しろ」
見やると川の向こう岸、崩れた橋の際で傾いた橋からずり落ちようとする荷車を必死に引きあげようとしている家族連れが見えた。いつなんどき怪獣がそこになだれ込むかわからない。荷車が全財産なのだろう。必死の奮闘もむなしく荷車は川に呑まれた。城塞都市の南側に広がる農地にまだ多数の人が見えた。近隣の集落の人達だろうか。橋が落ちたことが伝わったのか西方向に動き出している。そっちに回り込めば健在な橋を使って本市の西門へ回り込めるはず。
「シオン離れて。魔法を試す」
怖いけど近いほうが効果的な気がして前に出た。幸い暴竜は背中を向けている。面と向かって睨まれたらさぞ怖いだろうな。顔に比べて小さい目のくせに、黄色く濁って血の筋を浮かべ圧倒的な威圧感がある。圧縮火炎を魔法で飛ばした。グレネードを撃ったくらいの勢いで火球が飛び、暴竜の背中半分を紅蓮の火炎に‥‥包み込むはずが湿気った花火みたいにプシュンって消えた。火炎が吸い込まれた背中部分の色が黒っぽい斑になる。バリヤーが弱まった徴か。あんなバリヤーに覆われてたら物理攻撃も魔法攻撃も効かない。バリヤーをなんとかしないと。ウオータージェットで斬りつけてみたけど跳ね返されて霧になるだけ。レーザーは跳ね散らかされた川の水が湿気となって光を散乱させるから効力が弱まる。斬り裂けないとしたら消耗戦しかない。こっちのぶつけた魔法は吸い取られ相殺された。相殺した分バリヤーも薄くなったはず。魔法をぶつけ続けてバリヤーを消耗させる戦法だ。やっぱ火炎魔法かと思ったけど、火炎魔法は魔法陣に魔力を通すとき1回1回りきむ感じになるので連発は疲れるんだよね。もう一度よく考えてみる。シオンの魔剣は吸い出されるかのように魔力を奪われた。そのとき暴竜の脚のバリヤーは部分的に変色したように見えたよね。火炎魔法は吸収されたみたいに消えたけど、そのときもバリヤーはその部分が斑に変色した。目を凝らして2頭の怪獣を見るとうっすら赤く光って見える。魔力のバリヤーだろうと思う。魔力を相殺する魔力。反魔力なのだろうか。物質と反物質が衝突したらエネルギーを放って消滅する。反物質に衝突するものが鋼鉄だろうが豆腐だろうが、質量さえ同じなら同じように消滅する。そんな関係があるとしたら怪獣が纏っている反魔力のバリヤーにぶつけて相殺するのは魔力であれば種類を選ばないってことになる。火炎魔法より精神力的にコスパのいい光魔法はどうだろう。光魔法なら精神的な圧力がいらない分簡単に量産できる。とここまでコンマ01秒で考えて、自分の周囲に光魔法陣を山盛りに描き始める。火魔法の魔法陣より直径にして10cm小さくていいし、書き込むサンスクリット語を元にした真言も少なくて済む。魔法陣の書き込みに気を取られて暴竜から目が離れたのはほんの一瞬だった。強烈な圧を感じて顔をあげると、暴竜がぴたりと足を止め上体を捻ってそのちっこい目でボクを睨みつけていた。怖っ。暴力団のお兄さんに凄まれたらこんな感じだろうか。ボクの身長の3倍はある巨大な肉食怪獣に、わずか10m弱の距離から睨みつけられた経験なんてそうあるもんじゃない。殺気って物理的圧力があるんだって知った。これバーチャルゲームじゃない。暴竜の脚のデコボコした皮膚もはっきり見えるし、なにより風下なせいですっごく臭い暴竜の口臭をもろに嗅がされている。飛竜に噛み裂かれた首筋の傷から赤紫の血が溢れて滴っているのがスプラッターだし、鉄錆の匂いも感じる。目が合ってしまいオシッコちびりそうになって光魔法陣27個目で発動してしまった。魔力のコスパがいいとはいえ大量になれば塵も積る。ちょっとクラっときて直後に動けない。膝を突いてしまった。27個の光球がタンポポの綿毛のように暴竜に吹き寄せていく。風向きとは逆の動きだ。推力はそれほど込めなかったけど魔法と反魔法は引き合うはず。風に流されることなく進んでいる。綿毛みたいになんの害もなさそうに見えるけど数は多いし、避けたほうが無難だと暴竜の小さな脳でも考えたんだろう。暴竜は脚を踏み変えてかわそうとした。ところが光球の群れも一斉に向きを変える。暴竜の腹から背にかけて次々と全弾命中した。着弾しては手の平に落ちた雪の結晶のようにふわっと消える27個の光球。18個目で変化が生じた。赤っぽく暴竜を覆っていたバリヤーが唐突に消え、黒っぽい暴竜の地肌が剥き出しに晒される。
「みんな。これなら斬れる。脚狙い。潰されないようヒット&アウェイで」
最初にビビが暴竜の横に回って右足のそばを駆け抜けた。青い一閃が走り暴竜の後ろ脚、くるぶしの上あたりが真一文字に裂ける。バックリ開いて肉の色を見せ、赤紫の血が滲み始めた。斬り口が鮮やかすぎてすぐには痛みを発しなかったのだろう。暴竜が傷ついた脚を持ちあげ、1歩前の地面におろしたところで痛みを感じたようだ。動きが止まる。その瞬間脚の爪の上にシオンが飛び乗りジャンプして太腿の外側を斬りあげた。グオオっと吠えて暴竜の頭が下を向く。脚元をチョロチョロ走り回るネズミみたいな小動物が自分を傷つけていることに、初めて気づいたみたいだ。1撃の後、暴竜の脛を蹴って空中反転し脱兎のごとく離れていくシオンの姿を目で追い、大音響で吠える。怪獣語は知らないけど怨嗟の声だろうな。シオンにつられて横を向き轟っと吠えたそのとき、死角から走り込んだラウリの双剣がふくら脛から太腿にかけてをナマスに斬る。右脚ばかりを傷つけられた暴竜が筋肉まで斬られて踏ん張れず、濡れた地面にぶっ倒れた。地面の振動をものともせず、走り込んだノアが大ジャンプする。暴竜の首の上にスタッと降り立つノアの勇姿。スーパーヒーローかよ。カッコよすぎる。バスタードソードを大きく振り被り、飛竜が噛み裂いた首筋の傷へ柄まで一直線に突き刺した。暴竜の小さな眼が限界まで開かれる。ノアがバスタードソードの柄を握ったまま、身体を前に投げ出した。ノアの全体重を乗せた剣が、暴竜の頸の奥深く埋まった剣先を中心に筋肉と延髄と血管を切り裂いていく。ノアの脚が地面に着地したとき、暴竜の頸は半分近く断ち斬られていた。断ち斬られた頸動脈から噴水の如く濁った血が吹き出す。ノアが剣を引き抜き、返り血を器用にかわした。わお。巨大怪獣を討伐しちゃったよ。まさにカイジューハンターだ。そのとき背後からどっとどよめきがあがり、すぐに歓声になった。振り向くとアチバドラフ隊長を先頭に第2外周警備隊の面々が瓦礫を続々と乗り越えてくる。第2外周警備隊の面々に手を振って応えるシオンを筆頭に仲間たちが集まってきた。
「なんと。倒したのか。さすがというか」
ボクの横に並んだアチバドラフ隊長が、小山のような暴竜の死骸を見あげて驚嘆の声を漏らす。
「あ。いや。ボクは離れて魔法撃っただけっどげほ‥‥」
ドカンと背中が爆発したみたいに衝撃を受けた。ボクの背中をどついて豪快に笑うアチバドラフ隊長の声が響く。
「なにいまさら謙遜しておる。それよりこの怪獣は一体‥‥」
そこまでいったところで3つのことが次々に起こる。最初にいま倒した暴竜の死骸が5分経たないで分解を始めた。巨体がわずか10秒で赤い光の粒となって消え、バスケットボールみたいに巨大な魔石が残った。強烈な魔素臭が渦を巻く。ボクとシオンがレベルアップ酔いで軽い立ち眩みを起こす。ボクとシオンの経験値は『断剣』さんたちとダンジョン『黒い森の井戸』を出た時点で8671000。レベル124になるために必要な経験値はまだ75338足りなかったはず。それがいっきにレベルアップしたってことは暴竜1匹で最低でも80000ポイントもあったってことになる。あとでわかるんだけど、暴竜の基本経験値は40000で強化状態により3倍の120000ポイントもゲットしていた。
「大丈夫か。ミナトくん」
こめかみ押さえてよろめいた身体を隊長が抱くように支えてくれた。セクハラだなんて無粋なことはいわない。感謝して離れる。シオンは大袈裟にへたり込んでラウリに介抱してもらってた。鼻の下伸びてないかシオン。と。遠くでバキバキバキっと木がへし折られる音が響き、川向うの林の中から赤白い蚯蚓に脚を10本生やしたみたいな別の巨大怪獣が現れる。いちばん近くにいた馬車から悲鳴とともに人々が逃げ散った。蚯蚓の頭の先端が花弁みたいに5つに開く。荷車を牽きながら逃げようとする二角馬へ、巨体に似つかわしくない速さで迫り襲いかかった。巨大蚯蚓の脚が荷車を横転させ、引きずられて倒れた二角馬の上に無数の牙を生やした口が迫る。二角場は嘶きながら角を振り立てたけど、虚しい抵抗だった。バクンと口が閉じ、無数の牙が肉に食い込む激痛に二角場が悲鳴をあげる。木や革紐がちぎれ飛ぶ。巨大蚯蚓が頭を振りあげると、まるでヘビの丸呑みのようにずるっずるっと二角馬の巨体が呑み込まれていく。
「なんだあれは」
「巨大怪獣つながりで暴竜と同じ種類の生き物だとしたら、大きい魔物ですね。暴竜と同じく死んだら分解するし魔石を残すし経験値が入る。ダンジョンブレイクの一種なのかな。とにかくなんとかしないと川の向こうの農地にまだたくさんの人が逃げ惑ってるし、助けないと。ボクたちは崩落した部分をジャンプで跳べるので先にいきます」
「ジャンプであの距離をか‥‥わかった。我々は応急にロープを張り、それを伝って追いかけよう。橋の横に立つ物置には非常用に必ずロープが準備してある」
隊長が命じる間もなく、ボクたちの話を聞いていた1班のメンバーが壊れた橋へ向かう。そのとき、橋とは反対側から瓦礫が崩れる音が響いた。全員がいっせいに振り向く。城壁に叩きつけられ、壁の瓦礫に押し潰されて死んだと思っていた飛竜が瓦礫の中から這い出そうともがいていた。
「まだ生きていたか。ミナトくんたちはあっちの脚の多い奴を頼めるか。翼の奴は我々でなんとかする」
隊長さんの背にはレイ男爵の宝物庫にあった大剣型の魔剣がずっしりと保持されている。飛竜はかなり弱ってるみたいだし暴竜との格闘戦であちこち傷だらけだ。鱗は丈夫そうだけど暴竜のときのノアみたいに傷口を狙えば魔剣じゃない剣でも刃が通るだろう。普通の剣じゃ厳しいとしても隊長にもンガバ副隊長にも魔剣があるし、なんとかなるだろう。
「わかりました。あの魔物は全身にバリヤーを纏っています。なので最初にそのバリヤーを剥がさないと傷つけることができません。幸い、魔法をぶつけてやれば魔法の魔力と相殺してバリヤーを消せました。魔法なら種類は関係ないみたいなので、いちばんコスパのいい光魔法を撃ってください。第2のメンバーなら全員光魔法は使えますから。ボクがやったときは18個目でバリヤーを消せました。魔力の大小なのか怪獣の大きさなのかまだわからない部分も多いので多めにぶつけてみてください。怪獣の身体を覆う赤い光が消えたらイッツショータイムです」
隊長が説明を繰り返さなくて済むように声を張りあげて話した。ドガバンっと肩が脱臼しかねないほど叩かれる。
「嬢ちゃん。嬢ちゃんがいなかったら山城でもこの街でもどれだけの被害が出てただろうか。嬢ちゃんをこの世界に導いてくれた女神に感謝しなくてはな」
隊長。ここ最近ボクにいちばんダメージを与えてるのは魔物じゃなくて隊長だぞ。
「皆。聞こえてたな。光魔法だ。魔法楯持ちを中心に取り囲め」
隊員たちがいっせいに動く。
「ジュラ。起きて。大事件中によく寝てられるな。上に登って周辺警戒してほしいんだ。特に森から他の大怪獣が出てきたらヤバイから監視して。脳内リンクしていいから映像とか警告とか送って」
そういってヒップバッグを叩く。蓋の片側が持ちあげられ「ふあ〜いぃ」とかいいながらジュラが飛び出した。あくびをしながら登っていく。脳の奥側にジュラの見た風景が投影されてる。意識をそっちに向ければ高解像度のリアルタイム画像を見ることができた。
「ほら。ミナト。いくよ」
シオンに声をかけられ、慌てて後を追う。ラウリを先頭に全力疾走だ。ラウリは自身の運動能力を完全に把握していた。勢いを落とさず橋に走り込み、崩落した地点で踏み切って大ジャンプをおこなう。川幅20m。崩落した橋部分は約10m。高校3年生女子の走り幅跳び平均が3m16cm。ボクの現在の跳躍力ステータスは29でパーティ内で最弱。それでも平均の4倍で12m半は跳べる。ノアが橋の袂で1度停まり、隊員からロープの端を受け取っている。その間にビビが崩落直前で踏み切り、大ジャンプして向こう岸に難なく着地していた。続くシオンも軽やかに橋向へ着地した。ロープの端を握ったノアが橋の袂から再ダッシュし、ほとんど助走なしで誰よりも高い軌道を描いて楽々岸に着地する。そういえばノアの跳躍力はパーティ内最強で47もある。平均の約10倍。高校3年生男子の走り幅跳び平均が4m44cmだから、44m強も跳躍できちゃう。スーパーマンレベルだ。んで最後にボク。なんか貧相なジャンプですいません。着地もバランスを崩して「よっとっとっと」とよろける始末。全員が若干1名ボクを除いてなんの危なげもなく渡河できた。顔をあげると、畑を踏み荒らして巨大多脚蚯蚓が逃げた人々を襲おうと動き出している。その距離40m。多脚蚯蚓の進む先には子どもを抱えた母親の姿が。見たとたん、頭に血が昇る。血圧がマックスまであがり、走るスピードが1段あがった。子どもが理不尽な運命に晒されるのだけは我慢できないんだ。光魔法陣を20個。息を詰めて全力で走る酸欠状態にも関わらず完璧に展開したうえで、おまけの火魔法5発を追加展開する。
「光魔法でバリヤーを除去した後、左側面の5本の脚に火炎攻撃をかける。いくよ」
肺の中の最後の空気を吐き出してみんなに告げた。そこからはコンマ秒単位で進行する。20の魔法陣から飛び出した20の光球は、スピードアップの術式によりロケット弾なみの速さで多脚蚯蚓の左側面に突き刺さる。赤いバリヤーが消えてぶよぶよした真っ白な地肌が現れた。光弾の着弾からコンマ6秒遅れて圧縮した火球が左側面で忙しなく動く5本の脚を完璧にホーミングし、5本の脚すべての第1関節に‥‥残念ながらいちばん前の脚を狙った1発はかすめて上に逸れちゃったけど、残りはど真ん中に突入した。爆発は小規模なものだ。大爆発では襲われている親子に被害を与えかねないから。その代わり発火温度を高めてある。アーク溶接の20000度には及ばないけど10000度になるだろう。命中した4本の脚の内2本が焼け溶けてちぎれ飛び、2本は抉れてそこで折れた。超音波みたいな悲鳴をあげて多脚蚯蚓が倒れ込む。自分を襲い傷つけた存在がボクたちだと気がついたようだ。口のある先端がボクの方を向いたし、空気が棘だらけになったみたいな怒気が吹きつけてくる。ヘイトを根こそぎかっ攫えたぞ。ざまーみろ。子どもをいじめる奴の末路だ。ギシャーとかヨダレを噴き散らかしながら多脚蚯蚓の口がバックリと拡がる。撃ち漏らした左前脚が鞭のような音を立ててボクの横の地面を抉った。狙いが外れたんじゃなく漫然と走ってたらボクが到達しただろう位置を正確に叩きつけたのだ。前に2本、蹴爪として後ろに1本の犀の角ほどある爪が地面をいい具合に耕す。鞭のような音を立てるってことは音速を超えて動いたってことだろ。それをかわしちゃうボクも意外とやるもんだ。って自慢できるほど冷静じゃなかったんだよね。当たったら即死するとか内臓が破裂するとかこれっぽっちも考えないほど怒ってただけなんだよな。ジグザグステップで蚯蚓の左前脚をかい潜り、シャリンと背中の剣を抜いたと同時に地面に突き刺さって動きを止めた脚を半分切り裂く。そのまま返す刀で蚯蚓の胴体を1mに渡って斬り裂いた。蚯蚓の身体に衝突しないよう身体を捻り、もたげられ開いた口の下を駆け抜ける。自分の下を潜ったボクを追いかけるように頭の向きを変える多脚蚯蚓は単細胞だ。死角からノアが接近してるのに気づかない。ノアのバスタードソードが第4肢の上の胴体に深々と突き立てられ、ノアの走りに合わせて多脚蚯蚓の胴を4m近く切り開いた。食道なのか胃袋なのか、呑み込まれた二角馬の死体が未消化で押し出されてきた。うげげ。気持ち悪い。ジュラが上から映像を中継してくれちゃったので、ボクから見えない位置なのにバッチリ見えてしまった。電気でも走ったかのように身体を丸めた多脚蚯蚓が健在な右側面の前脚でノアを弾き飛ばす。さすがは大怪獣。力はとんでもない。ノアは弾かれ、5m近く宙を飛び地面に転がる。爪が食い込んでいたらブレストプレートでも突き刺さっていただろうけど、ノアは左手の魔法シールドを発動させてそれで爪を受け止めていた。ふっ飛ばされていくつか打撲は受けたもののほぼ無傷。尻尾側から回り込んだラウリが右側面の足と胴を乱斬り。振り回される脚をかい潜ってシオンの乱斬り。それでもまだ暴れ続ける多脚蚯蚓。大小33個所の傷から大出血してはいたけど、なかなかしぶとくジタバタうねっていた。ビビがすっと近づき舞うように3撃を加える。魔剣と高度な魔素練りと狙って原子核を斬るほどの精神集中があって初めてできる、魔剣の延長刀身技だ。ンガバ副隊長とビビしかできない奥義。刀身の3倍はある多脚蚯蚓の胴体が綺麗に輪切りになった。噴き出す血と内蔵の爆撃を避けてビビがバックステップで離れる。ぐしゃっと潰れるように多脚蚯蚓が地面に倒れて動きを止めた。
「ノアー。だいじょうぶー?」
シオンがノアを引き起こしてる。
「ああ。大丈夫だ。シールドは打撃力も緩和してくれるから吹っ飛んだだけで済んだよ」
ラウリが襲われてた親子に声をかけ、西門へ逃げるように話していた。ボクはジュラからの中継画像を通して、第2外周警備隊の猛者たちが飛竜を倒を倒したことを知っていた。飛竜は手負いで凶暴だったけど連携の取れた戦い方で、ボクたちよりも早く倒せていた。いま飛竜の分解が始まりメンバー全員がレベルアップ酔いに座り込んでいるところだ。そういえばボクとシオンもレベルアップしたんだった。ポイント1だけど振り分けておかないとね。1ポイントの差で生死を分ける、なんてことがあるのがこの異世界生活だ。久々にステータスパネルを開けた。ここのところしばらく開ける機会がなかったからなあ。振り分けるなら知力か敏捷かなんだけど。などと考えながら知力欄を眺めると、パーソナルアビリティボーナスが増えていた。このところ魔法を多用しているからだろう。魔力が+2あがり、それ以外の知力のサブ項目、思考・集中・空識・記憶・情報・観察・心象がのきなみ+1してる。腕輪で補強される+7分を入れて、現在魔力が59。なんかキリがいいので知力に覚値を振り分けた。めでたく魔力は60となり、各サブ項目も+1されて情報処理と観察の項目も60に達した。ステータスが60ってことは女子高生平均の18.679倍。シャーロック・ホームズ並みの推理力とかありそうな数値だ。シオンにも振り分けするよういっておこうと顔をあげたとたん、内臓のはみ出た多脚蚯蚓の残骸が目に入る。それが赤い光の粒となって分解を始めた。強烈な魔素臭が鼻を突く。その赤い霧の中になにか見えた気がして目を擦った。いや。網膜に移った映像じゃないし、おそらく他のメンバーには見えていないモノだろう。怪獣のステータスパネルが空中に浮いて見えた。
『multakruro lumbriko。多脚蚯蚓。魔界の巨大生物。体部は細長く多数の体節に分かれている。胴体中央部から左右5対の昆虫様脚部が生え出し、最前部にある1対は爪が短く物を把握することが可能。動きは早く、胴部の柔軟性を利用した予測の難しい打撃を繰り出し獲物を狩る。前脚の斬り裂き攻撃と後ろ脚での蹴りと踏みつけ、頭部が花弁のように開いて中に生えた棘牙による噛みつき攻撃が主な攻撃。体高4m。胴体長10m。体重10t。討伐時経験値40000。【強化状態】につき経験値3倍で120000』
そのパネルの下にもうひとつウインドウが開いていた。
『筋力:20✕3【60】
知力: 1✕3【 3】
生命:19✕3【57】
敏捷:10✕3【30】
精緻: 5✕3【15】
感覚:10✕3【30】』
っていうのが見えたっていうか感じた。情報処理と観察が60に達したことと関係があるのは間違いなさそう。さっきの暴竜も同じくらいの難易度だとしたら経験値120000だ。さらに見ようとして目を凝らせば、『妖精と牙』のパーティメンバーはおろか西門へ逃げていく親子連れのステータスまで見えてしまう。これってボクが事前情報として知ってたり推測が容易な情報を脳が勝手にグラフィック処理してるってことじゃないよね。そのへんは律儀なくらいシステマティックな世界構成されているこの異世界では、錯覚や思い込みが表示されるのはなさそうな気がする。どちらにせよ今後わかってくるだろうから、それまでこの表示は参考値程度に思っておこう。それにしてもミミズくん、頭悪いねえ。ブーストされて3倍になっているのにたったの3しかあがってない。ミミズくんの場合ベースが女子高生平均値とは考えづらいから別の基礎固有値があるのだろうと思うけど、それを触って確かめる前に死骸が赤い霧となって分解し、それと一緒にステータス表示も消えてしまった。ノアとラウリがレベルアップして膝を突いてた。彼らのステータスパネルを見て気がついたことがあり自分のステータスパネルを開いてみる。見間違いじゃなく、ボクのステータスパネルにも同じ表示が追加されていた。
【獲得経験値:8911000】
いままで獲得した経験値の総量が表示されていた。いままで想定するしかなかった獲得経験値がひと目でわかるようになってる。これは便利かもしれない。ボクがその場その場で計算して推定した計算と合算が、ほぼ合っていたこともわかる。橋の方から声が聞こえたので振り返ると、レベルアップ酔いから立ち直った第2外周警備隊の面々が崩落した橋に渡したロープを伝って渡河してきてる。よかった。これで避難民の誘導とか、警備隊の面々と手分けしてできる。なんとか勝てたからいいものの、ティラノサウルスに至近距離で睨まれたり2階建ての家みたいな大きさの巨大多脚蚯蚓に激怒したりしてかなりヘトヘトだった。子どもが襲われてるってことで頭に登った血が重力に惹かれて落ちていくのが、貧血感満載ですぐにもしゃがみ込みたいほどだ。けど暴竜と飛竜の大格闘戦で跳ね散らかされた川の水が畑を泥田に変え、脚元がドロンドロンでへたり込むこともできない。頭の中では温泉宿『ゆのか』の温泉大浴場がちらついている。あのとろっと肌に絡みつくお湯に浸かって手足を伸ばせるなら金貨の10枚は惜しくもない。なんて考えてたらジュラの声なき声が頭の中に響いた。
『ミナトォ。重力異常を感知したよぉ。ミミズが出てきた森の奥にぃ、なにかあるみたいぃ。そこで渦を巻いてぇ、急速に大きくなる重力球面を感知したぁ』
意識をジュラから送られてくる高空映像に振り向ける。ジュラは高度をあげて森の奥を見透かそうとしているようだ。どんどん高度が増し俯角がついた森の奥に、キラキラと虹色に光る卵型の物体が見える。距離からしたらその虹色発光体は6階建てのビルくらいの大きさがある。その横にふたつの球体。シャボン玉の表面に墨流しをしたみたいに黒い模様が渦巻いていた。シャボンが割れ、そこから2体の巨大怪獣が飛び出してくる。1頭は多脚蚯蚓に似ているけどもっと胴体が長く、8対16本の触手みたいな脚で移動し背中に7対14本の長いトゲを生やしている。長く伸びた口の上に小さな1対の黄色い目があり、その下にヒゲみたいな8本の触手が蠢いている。なんかどっかで見たことがある気がした。日本で公共放送局の制作した『パージェス頁岩の奇妙な生物群』っていう番組で紹介されていた、5億年前のカンブリア紀に存在した『ハルキゲニア』って生き物に似ている。でもあっちは体長最大で5cm程度。指に乗る毛虫くらいのサイズだったはず。こっちは全長20メートルはありそうだった。もう1頭もその番組で見た。ぶ厚いくねくねした草履というかさつま揚げというか、そんな扁平な身体の巨大ナメクジだ。体側に数十対の短い足がついて高速で移動する。オドントグリフスといったはず。こっちも化石では体長12cm。大木を薙ぎ倒して突進するこっちの怪獣は全長12mだ。
「みんな。ダンジョンコア発見だよ。そんで新たに2体の怪獣が召喚されてこっちに向かってくる。ヘトヘトだろうけど、気を抜いたら死ねる。なんとしてもダンジョンコアを潰す。そうしないと侵略が終わらない」
「死なない程度にがんばろー」
シオンの引き締まらない檄が飛ぶ。応。っと気の抜けた返事が返る。もっと元気が出る発破をかけないと人死が出ちゃうぞ。
「みんなー。頑張って生き残ったら、今晩は温泉に連れていくよ。だから踏ん張れー」
ご褒美の温泉は効果があった。




