26.ありふれた「招かれざる客」と「愛嬌」と「領主の肺」
飲みすぎて、まだ酒が抜けてなくて幻聴が起きてるのかと思った。途中オシッコに起きて、洗面所の鏡でパンダに塗り分けられた顔を発見してシオンを罵りながら顔を洗い流したときには頭痛だけだったのに。脳の血管でも切れたのだろうか。それともアルコール依存症がいっきに加速したのか。
「幻聴だ。スピリタス風ウォッカの飲み過ぎだ。あれは危険だ」
こんな状態で温泉入ったら症状が改善するだろうか、それとも悪化するだろうか。ここは無難に2度寝するべきか。
『なんかさぁ。無視すんなよぉ。幻聴じゃないしぃ。ヴァジュちゃんだってばぁ。わざわざ訪ねてきてやったのにぃ、歓迎の気持ちもないのかなぁ』
萌えアニメ声が二日酔いで破裂しそうな頭に響く。
「ちょ。たんま。ストップ。シャラップ。頭爆発する。水。水」
頭を抱えてベッドを降り、ベッドサイドに置いてある水差しから水を直飲みした。生ぬるい。でもこっちの世界の汚れなき天然水だからメチャクチャ美味い。いっきに半分ほど飲み干すと胃がチャプンと膨らんだけど頭は少しだけマシになる。
「ヴァジュラだってえ。帰ったはずなのに。なんでだ。どこにいるんだ。マジでボクの頭の中か。他に考えようもないし。魔法陣が失敗したのかな。いや、ありえないし」
『あのぉ。話してもいいのかなぁ。いまはミナっちの頭の中に居候させてもらってるしぃ。魔法陣成功したしぃ、次元のズレは修正できたしぃ、あっちに帰ったよぉ。ミナっちの脳内魔法陣ははっきり見たしぃ。1回見れば再現できるよぉ。パラメータ逆にすればいいだけだしさぁ』
「わかったから、ミナっちはやめろ。んじゃあ、なんで戻ってきた?」
『ミナっちダメなのかぁ。可愛いのにぃ。なんで戻ってきたってぇ。えへへぇ。ミナトの作る重力場がめちゃくちゃ美味しくてさぁ。あの味が忘れられなくてぇ』
「てゆうか、本当にヴァジュラなのか。話し方がまるで違うじゃないか」
『話し方はミナトの言語機能がベースだからぁ。ブルーノとか団長とかぁ、語彙が少なくて話すのタイヘンだったんよぉ。ミナトの言語機能はなかなかだねぇ。使い勝手が違うわぁ』
「ボクは『違うわぁ〜』なんて話し方しないぞ」
『ミナトのいちばんお気に入りのヴァーチャルアニメだよぉ。「ラビリンス・ウォー」の「ヴァルキリー・ピンク」の話し方ぁ。ミナト、惚れてたじゃないぃ。ヴァジュラとヴァルキリーで「ヴァ」なところ似てるしぃ』
「それって10歳とかの頃じゃん」
ていうか、記憶全部読まれてるじゃん。5次元生物に個人情報保護法が適用できるのかは知らんけど。疲れた。どっと疲れた。寝起きなのにもう1日分疲れた気分。物理的にも精神的にも頭が痛い事態になっちゃったので、頭痛薬替わりにポーションを飲んだ。草臭い。けど二日酔いは潮が引くように消えてくれる。
「ふいい。ううう。うううむう。ううううう。‥‥わかった。じゃあ、1回重力魔法をご馳走するから、そんで帰ってくれ」
『それはありがたいよぉ。次元スライドって結構エネルギー使うんだよねぇ。頼むよぉ。遠来のお客さんに対するオ・モ・テ・ナ・シってやつで、豪勢なやつお願いぃ』
頭が爆発しないように両手で押さえ、圧縮重力魔法で中性子星クラスの重力傾斜を頭上に作る。頭の中からかすかな発光体がフワッと抜けて重力球の中に入った。とたんに重力球が消え、発光体だけが蛍みたいにふわふわと浮いている。さっきよりわずかに光が増してるようだ。
『うっめぇぇ。生き返るよぉ。ご馳走様でしたぁ』
「じゃあ、帰れ」
『だが断るぅ』
なんだそれ。ジャパニメーション黎明期の漫画アニメで有名なセリフじゃないか。なんていってる場合じゃない。帰らないだと。
「ご馳走したんだし。帰れよ」
『いやぁ。次元嵐に巻き込まれてこっちの世界に流されてぇ、たった数日だったけどぉ、見るもの聞くもの面白いし綺麗だし複雑だし豊かだしさぁ。コンパクト次元でも色々あるのはあるんだけどぉ、こっちの世界の絢爛豪華さに比べたら単調なんだよぉ。ミナトがいればご飯に困らないしぃ。当分お世話になろうかなぁ、なんてぇ。えへへぇ』
「えへへじゃないだろう。ていうか、いまボクの頭の中から離れてるのに、なんで声が聞こえるんだ?」
『ミナトの脳の聴覚野と量子もつれ状態になってるからだよぉ』
なんじゃそれ。ってことはこんなお調子者の異世界生物が垂れ流す戯言を、四六時中否応なしに聞かされ続けるってことじゃないか。それは死ぬほど鬱陶しい。
「んがあああ。もう。わかった。じゃあ、条件だ。条件しかない。くそお。他に手がない。しかたない。条件だ。イヤイヤだけど条件つきで居候を認めよう。絶対条件その1。とにかくボクの頭の中には入るな。絶対条件その2。なにがあろうとボクの意識を読まないこと。ボクのプライバシーを最優先で尊重しろ。これ超重要案件な。そんで絶対条件その3。コミュニケーションは脳内通信じゃなく音波ですること。できないなんていうなよ。マイクとスピーカーの原理はボクでも知ってるんだからな。そんで絶対条件その4。とにかく壊れた蛇口みたいにダラダラ喋りまくるのはヤメ。抑えめに控えめに常識の範囲で。どれひとつでも守れなかったら、ちょっとでも約束破ったらあ‥‥当然重力食事抜きな上に、できるかできないか知らんけど死ぬ気で本気で次元ごと抹殺してやるからな。ボクの言語基体を使ってるんだからいってることは理解できるだろ」
『んー。なんかぁ、すっごい怖いんですけどぉ。もっと軽いノリで行こうよぉ。んー。でもわかったぁ。約束するよぉ。がんばるぅ。よしゃぁ。やったねぇ。んーとぉ。音波かぁ。音波を使うには物理実体が必要なんだよねぇ。声帯だけ宙に浮いてても不気味だろうからぁ。じゃあ、身体を造っちゃえばいいかぁ。オリジナルな肉体を持つって初めてだしぃ。おもしろそぉー』
なんかボクの目の前で発光体がモゾモゾしてたけど、アニメ声はおとなしくなった。ため息をついて温泉に浸かる準備をしているところへシオンが飛び込んでくる。
「ミナトー。ご飯行かないのー。宿、混んでるから早くいったほうが‥‥ってこれなに?」
空中でムニュムニュ蠢いている発光体の周囲には透明な水みたいな物質も生成されている。その水の一部に波紋が生じた。振動してるようだ。
「やほぉー。シオンちゃんー。ヴァジュラだよぉー。ヴァジュちゃんって呼んでもいいよぉ。ヴァーちゃんでもいいしぃー」
音声になってた。
「えー。これがおとついのヴァジュラって‥‥マジか。おじさんじゃないしー。ぜんぜん違うしー。女の子と話してるみたいだけど?」
「おじさんの言語機能を使ってたからおじさんの話し方になってたみたいだよ。いまはボクの記憶と言語機能から、ボクが昔ハマってたアニメキャラの声を模してるみたい。ヴァジュラって性別ないんじゃないかな?」
「人間みたいに明確な区別はないけどぉ。能動的とかぁ受動的とかぁ、思慮型とかぁ行動型とかぁ、性格の違いで男性的なタイプと女性的なタイプで生殖ペアを作ることが多いよぉ」
「性別ないのにペア作るんだー。なんか腐女子っぽい世界観だねー」
ぜんぜん動じないシオンと仲良く会話しながらムニムニと空中の水様物質が大きくなり、サーカスの射的の景品でもらえるぬいぐるみくらいの大きさになった。
「こんくらいが限界かなぁ。これ以上大きいとクォークが揺らいで統合が難しいぃ。人間の子供サイズくらいはいけるかと思ったんだけどぉ」
水人形がキュッと収縮して子猫くらいのサイズとなり、人型に凝集した。透明だった身体が半透明な感じに色も生じる。ぎゅっと縮めた手足を大の字に広げピカッと光を発すると‥‥そこに3Dアニメみたいな妖精さんが浮いてた。肩までのウエービィな金髪。背中には透明ガラス製みたいな4枚羽がついて高速振動してる。レースひらひらの妖精さんイメージな衣装じゃなく、白いブラウスに銅色の冒険者風レザーアーマー。下はキュロットスカートに耐久力ありそうなごついブーツを履いてる。胴鎧の胸部分に膨らみがなく、ボーイッシュっていうか全体的にユニセックスな感じ。
「か。可愛ー」
シオンが目をうるうるさせて叫んだ。
「シオン。異世界からの変身生物なんだから、もっと怖がるとか警戒心とかないんかね。この前まで人間を乗っ取って動かしてたんだぞ」
「だっていろいろ行き違いとかあったからでしょ。人死に出てないしー。今回はミナトの知識とか思考回路とかパクったみたいだから人畜無害なんじゃないの?」
ボクをコピーしたら人畜無害って、ボクが人畜無害っていうことかい。
「ミナトの思考回路ってぇ。考えすぎて行動できないタイプだからぁ。適当に端折って使ってるよぉ」
「なんかふたりしてディスられてるような‥‥」
「ねえねえ。ビビとかジユンさんに見せにいこうよー。ビックリするよーきっと」
「うーん。妖精さんと街中歩いたら大騒ぎになるんじゃないかな」
「ずっと隠しておくわけにもいかないでしょ。魔物は無理だけど、こっちの世界の狼みたいな獣を使役してる冒険者もいるじゃない。そんな感じでいけるんじゃない?」
「そんな感じで?」
「ずっと隠れてるのイヤだよぉ。せっかくの世界が見えなくなっちゃうぅ」
「うーん。うーん。ダメだ。頭が働かない。とりあえずギルドのオーラさんに相談してみるか。パーティメンバー登録とかしたほうがいいかもしれないし」
で、ヒップバッグに妖精ヴァーちゃんとやらを隠してギルドまでいく。ノアとラウリも後回しにした。2階の小会議室をお借りしてオーラ嬢に見せたときの反応。
「え。あ。ひぃ。ま。魔物。え。違うんですか。魔物じゃない。でも。こんな。生き物。あ。妖精。そうね妖精よね。羽あるし。飛んでるし。飛んでますよ。話すし。でも。ありえない。でも。目の錯覚じゃない。どうしましょう。あ。あ。すいません。私の一存では。カ。カ。カウフマンを連れて参ります。どうかそのままで。動かないで。飛ばないで」
で、アセアセしてるオーラ嬢に連れてこられた怪訝顔のカウフマンさんが妖精ヴァーちゃんとやらのご挨拶を聞いたときの反応。
「こ。これは‥‥。魔物ではないのですね。異次元からきた生物だとおっしゃいましたか。しかし‥‥妖精とは。子供の頃は絵本で読んで、世界のどこかにいるのだろうと信じておりましたが。いやはや。長生きはするものですね。前例のない出来事ですが。それで、いまのこの姿は擬態ということですか。ミナトさんは‥‥危険性はないとお考えなのですね。その根拠は?」
「こいつ一度帰ったんですけど、こっちの世界で味をしめちゃって出戻ってきたんです。見るモノ聞くモノ珍しいからなんて理由をいってましたけど、1番の理由はボクが作れる重力魔法球の味みたいなんですよ。こいつが異次元で食べていた重力が泥団子みたいに感じちゃうくらい美味しいみたいで。なので人に危害を加えたり迷惑なことをしでかしてボクを怒らせたら、2度と重力球のご馳走が食べられなくなるってわかってるんで絶対に無茶しないと思います」
「こいつじゃないよぉ。ヴァーちゃんだよぉ」
「『ヴァーちゃん』って早口でいうと『ばーちゃん』って聞こえてずっこけそうなんで却下。かわい子ぶりっ子に騙されそうなんで『ちゃん』付けもなし。『ヴァー』だとガーガーうるさい感じだし、日本人には『ヴァ』の発音難しくて舌噛みそうなんで却下。なので、うーん。下から取って『ジュラ』って呼ぶことにしよう」
「ふむぅ。ジュラァ。ジュラちゃん。なかなかいいかもぉ。よしゃぁ。人畜無害なジュラちゃんをよろしくぅー」
ジュラが身振り手振りと宙返りまで織り交ぜていかにボクの作り出す重力が美味しいかを力説し、かつ普通の人間が作った重力は異次元の泥団子より不味いと話してボクのいうことは絶対に守ると誓った。それでカウフマンさんもだいぶ納得してくれたようだ。ボクやボクたちパーティといっしょに行動させることで、野放しにするより監督と制御ができて安全性が高いという判断が働いたのだろう。オーラさんに命じてパーティ登録を許可してくれた。
「ですが、やはり別の世界の生き物となりますと脅威と思う者が出てくるやもしれません。警備隊と警備隊を通して領主への報告が必要かと考えます」
おっしゃることはもっともなので、続いて警備隊へいくことにした。警備隊ではビビが受付業務を手伝っていて大忙しだった。呼び止めてアチバドラフ隊長を呼んでもらい、ジュラを紹介したときの隊長の反応。
「異次元。なるほど。妖精の見た目は擬態か。実態は目に見えないくらい小さなエネルギー体。ふむ。で、脅威度は?」
「うーん。やる気になれば大陸ひとつくらい粉々にできそうですけど、多分やらないと思います」
「そんなことしたら美味しいご飯が食べられなくなっちゃうしぃ。ミナトに怒られちゃうからしないよぉ」
「他ならぬミナト君のいうことだしな。では、ミナト君の保護観察下におくという条件で帯同を容認しよう。とりあえず許可証替わりに書簡を用意する。追って鑑札を発行しよう。領主と他の警備隊長への報告はこちらで処理しておくが、騎士団が面会を希望するかもしれないな。あちらも王城警備の役目柄、脅威度を確認したいと思うだろうし。なにかあればギルドの方へ連絡しつつドワイヨン2士を伝令に出す。しかし、君たちは見てて飽きないな。異世界からの転生者が異次元からの訪問者を仲間にするわけか。面白い」
ということで書簡をもらい、昼休憩に入ったビビを伴ってギルドのイートインへ向かう。ノアとラウリが地図を広げてなにやら話し込んでいた。5人で席に着き、正式にジュラを紹介する。そのときの3人の反応。まずはビビ。
「うあ。子供の頃パパが話してくれた異世界のお伽噺に出てくる妖精って、ジュラちゃんだったのね」
いや。ピーターパンのティンカーベルはもっと半透明でヒラヒラのミニドレスを着てたはず。なんて無粋なことはいわないほうが夢を壊さないだろう。続いてノアの反応。
「サーカス団での話は聞いたけど、まさか戻ってくるとは。ミナトの話ではもっと単なる光の球みたいなイメージだったんだが。まあ、こっちの見た目の方があまり脅威に感じづらいだろうし、いいのかもな」
ラウリの反応。
「偵察とかで、あっちで使ってたドローンより有用だと思う。魔法も使えるなら支援力があがる。いいんじゃないか」
とかいっているうちにイートインで昼飯を食おうと入ってくる冒険者たちの目に留まった。
「おいあれ」「なんだあれ。飛んでるぞ」「妖精じゃないか」「魔物じゃないのか?」「こっちの世界に妖精なんていたのか」「可愛いな」「会話してるわよ」「話せるんだ」「知的生物だぜ」「飛んでるわ」「昔、アニメで見たことがある」「まさか実在するのか」「いやいや。目の錯覚かと思ったぜ」「俺は飲み過ぎの幻覚かと思ったぜ」「もっと妖精っぽい格好かと思ったけど、何気に冒険者風の衣装だぜ」「あの女の子たちのパーティか。確か『妖精と牙』っていう名だったよな。ついに本物の妖精が参加したわけだ」
ざわつきが高まったときのジュラの反応。
「あ。みなさーん。今日から冒険者になりましたぁ。ジュラちゃんですぅ。今後ともよろしくお願いしますぅ。はいぃ。よろしくですぅ」
ひとりひとりの前にふわりと飛んでいき、お行儀よくペコリと空中でお辞儀した。ボクの思考回路をパクって使ってる割にぜんぜんコミュ障じゃない。なんかずるい感じがした。
「で。ふたりはなに話してたの。周辺の地図広げて」
シオンがラウリの横に椅子をずらして地図を覗き込んだ。
「あ、うん。さっき市場の商業ギルド員から聞いたんだが、どうも南がきな臭いようなんだ。南山を迂回して運ばれてくるオーラ・ベノ帝国の荷が届かなくなっているらしい。なにか紛争が起きている可能性がある。少数だが難民が隣のトリティコ・マロ連邦に流れてるとの噂も聞いた」
トリティコ・マロは24の都市国家が集まって作る連邦国家で、『麦の海』の名の通り広大で穏やかな気候の穀倉地帯だ。ダンジョンはひとつだけでやや活気に乏しいが、穀物貿易で潤っている。オーラ・ベノ帝国は『黄金の恵み』という意味で、鉱物資源に恵まれた強国だ。ダンジョンも4つほどある。軍事国家で工業生産に長けている。
「オーラ・ベノ帝国が紛争しているとすると、相手は大陸南のフェラ・サンゴ帝国の可能性が高い。俺たちはオーラ・ベノ帝国に転生してそこでダンジョン攻略してたんだが、国境でフェラ・サンゴ帝国との小競り合いが起き始めたんでここ、サノンカリタト公国に流れてきたんだ。その紛争が本格化したのかもしれない」
「オーラ・ベノって、あ。南山って書いてあるところの左側だね。えーと。上が北で左が西だったよねー。南山を挟んで真下がトリティコ・マロ。麿だって。みんな眉剃りとかしてるのかな。南山って山だよね?」
シオンは今日もシオンだ。
「南山はスイスのアイガー山並みの険しい山脈だよ。山越えなど不可能だからサノンカリタト公国にとって南の防壁って呼ばれている。サノンカリタトの西側の境界を塞ぐ星の道山系と接しているから西と南は鉄壁の防塞となってる」
ラウリが見離さず親切に教え、シオンもラウリの説明だけは真剣に聞いてる。
「もうそこまで噂が出回っているのですね。警備隊より市井の噂の方が速いかもしれません」
ビビが生姜焼きステーキセットをトレイに載せ、カウンターからジュラといっしょに戻ってきた。どうやら厨房の調理さんにまで挨拶してきたようだ。警備隊にはもう少し確度の高い情報が入っているのかもしれないけど、迂闊に漏らしちゃうようなビビじゃない。
「それと関連しているのか関係ないのかわからないが、ベルダ・ステロの南にあるもうひとつの城塞都市『ガーディスト・デ・ラ・サノ』でもなにかあったようだっていう噂が流れてる。フェラ・サンゴ帝国が電撃作戦で制圧したなんて考えづらいがね」
ビビがハッと顔をあげる。機密情報だったみたいだ。悪事千里を走るとかいうし、人の口に戸は立てられないともいうしね。ジュラのひとりひとりの挨拶もほぼ終わり、みっしり詰めかけていた冒険者たちも散り始める。
「よしぃ。全員に挨拶したぞぉ。ジュラちゃんはやればできる子だねぇ。あ。まだ挨拶してない人がきたぁ」
ジュラがブーンと飛んでいく先に垂れ目のコルビエール2士がいた。その後ろに身長186cmあるコルビエール2士より10cm近く高い全身プレートメイルの偉丈夫が立っている。
「今日から冒険者になりましたぁ。ジュラですぅ。今後ともよろしくお願いしますぅ」
顔の前でジュラに挨拶され硬直したコルビエール2士は、お偉いさんを案内するという使命によりかろうじて卒倒を免れたようだ。
「あ。あの。『妖精と牙』のみなさん。王城騎士団グザヴィエ・ボワヴァン団長を、ご、ご案内しました」
ジュラがコルビエール2士の頭を飛び越えて後ろのグザヴィエ・ボワヴァン団長に挨拶を敢行する。
「団長さん。こんにちわぁ。今日から冒険者になりましたぁ。ジュラですぅ。今後ともよろしくお願いしますぅ」
「ほう。飛んで話して挨拶もできる異世界の生き物か。まさに妖精だな。どう見ても公国の脅威になりそうには見えないが」
ボワヴァン団長は2m近い巨体を前傾させ、目の前に浮くジュラをまじまじと観察している。なにかこっちからも答えろとシオンが肘でツンツンしてきたけど、巨体に圧倒されジュラの独走に頭が追いつかず言葉に詰まる。コミュ障爆発だ。半開きの口で固まってるボクを見てこりゃあかんわって顔で首を振ったシオンが代弁してくれる。
「ボワヴァン団長さん。初めまして。ウチらもまだ出会ったばかりでよくわかってないんですけどー。ここで人見知りして固まってるミナトのいうことにはですねえ。このジュラって子は重力っていうエネルギーを食べて生きてるらしくてー。それがこの前ミナトが魔法で作る重力を食べたところ、あまりの美味しさに忘れられずこっちの世界に引っ越して来ちゃったみたいなんですよー。なのでミナトを怒らせたら美味しいご飯が食べられなくなるってわかってるんで、危ないことはしないと思いますー」
シオンの横まで飛んできたジュラがさらに自己弁護的補足を加える。
「そうだよぉ。こっちの世界は面白いしぃ、楽しいしぃ、ご飯は美味しいしぃ。ずっといたいから追い出されるようなことはしないよぉ。いい子のジュラちゃんでいるしぃ。だけどぉ、ジュラちゃんの美味しいご飯製造マシンであるだいじなミナトを傷つけようとしたらぁ、ジュラちゃん怒っちゃうけどねぇ」
ボクは『全自動美味しいご飯製造機』なわけね。でもまあ、なにげにボクを守るっていってるわけだ。あまり頼もしくはないけどね。
「なるほど。脅威度は低いわけだな。よろしい。この目でも確認できたし。君たちを領主城へ招待しても大丈夫だろう。領主が『妖精と牙』およびそこに加入した本物の妖精に会ってみたいと所望している。急な話で悪いのだが、今日これから領主城で謁見してもらうわけにはいかないだろうか」
「謁見って、ウチらが領主さんとお会いするってことですかー?」
「そうういうことだな」
ボクがブンブン首を振っているのを横目で見たシオンが代弁してくれる。
「お誘いは嬉しいのですけどー。ウチら庶民の出なんで謁見ルールやマナーなんてまるで知りませんし。不敬罪で打首とかされたら困っちゃいますしー」
「はっはっは。領主はそこまで貴人じゃないよ。伯爵の爵位は持っているが君たち冒険者にしてみればただの肩書きだろう。ベルダ・ステロの領主をしてれば冒険者がどういう人々かもよくわかっている。普段と同じ言葉遣いで構わないし、マナーに気をつける必要もないよ」
シオンがボクを見た。ノアとラウリもボクを見てた。ボクは見る相手がいなくなりビビを見た。警備隊にとって王城騎士団は畏まる存在なんだろう。緊張して見えた。でもまあ、今後ジュラを衆目に晒して活動するには領主のお目通りを得ていた方が都合がいいだろう。いますぐっていう性急さが気にはなるけど、忙しい領主に時間を取ってもらえるならありがたく思わないといけないのだろう。
「あ。えと。あの。じゃあ。伺います。あ。あの。ボク、ミナトです。初めまして。でも。あの。失礼な口の聞き方とか、容赦してください」
「おお。それは幸甚。では。コルビエール2士。領主城へ向かい先触れをお願いできるかな。ミナト殿、シオン殿、ノア殿、ラウリ殿、ドワイヨン2士の5名でこれから向かうと」
ビビが飛びあがった。
「え。私もですか。私は『妖精と牙』のメンバーではありません」
そういって辞退しようとするビビをボクとシオンで両側から抑え込み、耳元で哀願する。
「領主と会うなんて、ボクにもシオンにもノアにもラウリにもそんな格式ばった経験ないんだから、ビビがいないと絶対粗相しちゃうよ。お願いだからついてきて」
目と手と声と鼻息で訴える。
「私だって領主様と会った経験なんかないわよう」
「恥かくのも打首になるのも、一蓮托生だからねウチら」
結局、ゾロゾロとギルドを出て南北通りを北に向かう。ベルダ・ステロに逗留するようになって40日。北通りを歩くのは初めてだった。左手に警備隊の本部。右手は官公庁舎。樫の木みたいな街路樹が植えられていた。常緑樹だろう。常緑樹といえど葉は少しずつ生え変わる。黄色くなった落ち葉を踏むとカサカサと秋の音がした。街路樹を通して警備隊の修錬場の屋根が見える。その奥、遠くに教会の尖った屋根。右手は白壁にオレンジ屋根の官庁建物が並ぶ。貴族相手の高級呉服店みたいな店舗が建ち並ぶブロックを過ぎると、右手に騎士団官舎の建物が現れる。物見の塔が特徴的な建物だ。ベルダ・ステロの緑と流れ星を意匠したペナントが翻っている。左は荘厳な石造りのロマネスク風巨大建築物。ビビが貴族院だと教えてくれる。24人の貴族議員によって内政・財政・外交などが合議運営されているんだって。領主の独裁って感じじゃないんだね。さらに北通りをまっすぐ進むと内堀があり結構深く水が流れている。非常時には跳ねあげられる橋を渡るとその先はそこそこ広い城前広場になっていて、正面の建物壁には顔見せバルコニーが設けられていた。そのバルコニーの下を潜って中に入る。正門がその奥にあって巨大な扉の前に執事の格好をした白髪のおじさんとプレートアーマーの騎士4人が出迎えてくれた。いや、まあ。出迎えというより、もしボクらが無体を働こうとしたら切り捨てて領主を守る護衛だろうね。
ふかふかの絨毯。騎士たちのプレートが触れ合うカシャカシャとした音だけが密やかに響く。ジュラには勝手にふらふら飛び回らないよう厳重にいい聞かせた。煌々と輝く魔石ランプ。外はまだ日差しに暖かさがあったけど、建物の中は石造りだからかどこかひんやりしている。廊下の真っ正面、開かれた扉の向こうにだだっ広い謁見の間みたいなホールが覗き見えたけど、手前で一行は右に折れ奥のこじんまりしたラウンジに案内された。天井まで届く高く長い窓がいくつもあり、レースのカーテン越しに流れ込む秋の光が陽だまりを作り出している。マホガニーとダークレッドで統一されたインテリアが温かく浮きあがってた。壁際にバーカウンターがあり若い家令のお兄さんが飲み物の用意をしてる。部屋の真ん中に置かれた巨大なローテーブルを取り囲んで、お尻が埋まって立てなくなりそうなくらいフッカフカのアンティークソファが配置してあった。奥のひとりがけソファに壮年男性が座って微笑んでいる。たぶんこの人が領主だな。40代後半から50代。栗色の髪にメッシュのように白髪の帯が入っている。以前はたくましかったけどいまは残酷に肉が落ちたって感じ。年齢的には精力的で活力に溢れる働き盛りのはずなんだけど、領主さんは力ない様子で柔らかな肘掛けにくたりと身体をもたれていた。笑顔だけどしんどそうだ。顔色は青白い。病気なのか。椅子のその後ろに白地に金刺繍のローブを身に纏った小太りの中年男性。教会の人か。
「よくぞ招きに応じてくれた。前から噂は聞いていたよ。つねづね会ってみたいと思っていたのだが、体調が思わしくなくてね。私がベルダ・ステロ領の領主マルセル・ボワヴァン3世だ」
ん。ボワヴァンって騎士団団長もボワヴァンだったよね。とか疑問をビビにヒソヒソ話しているうちにジュラがつつつと近づいていき、ジュラのひとつ覚え的挨拶を繰り広げる。
「領主さん。こんにちわぁ。今日から冒険者になりましたぁ。ジュラですぅ。今後ともよろしくお願いしますぅ」
「ジュラ君か。以後よろしくな」
全員がソファに埋まりミルクティらしき飲み物が配られた。領主の求めに応じてレイ男爵の山城での顛末や、ジュラと遭遇したときの顛末などをシオンとジュラが話しまくる。その合間にビビが声を潜めて騎士団長は領主の息子であることを教えてくれた。いわれてみると目のあたりが似てるな。なんてぼーっとしてたら、急に次元の説明を求められて慌てた。かなりガチャガチャになりながらも一般相対性理論と量子力学を統合することの難しさと超弦理論がいまのところ唯一統合できそうな理論であることや、超弦理論が成立するためにはどうしても9つの次元が必要になるっていう計算のことなどを話した。
「ジュラちゃんはぁ、こっちの世界の3次元とは重なってない残りの6つの次元のうちぃ、5つの次元の次元軸を持つ世界から来たんだよぉ」
「ふむう。それはどういう世界なのかね。どう見えるのかな?」
領主が聞いた。テーブルの上をアイススケートみたいにすいすい滑りながらジュラが答える。
「見えるっていうんじゃないんだなぁ。説明は難しいよぉ。目の見えない人に色を説明するみたいなもんだしぃ。うーん。世界のすべてが振動しぃ、波打ちぃ、鳴ってる世界でぇ。世界がすべてなにもかも歌ってるぅ。そんな世界かなぁ」
「ほほう。それは素晴らしい。まるで交響曲の世界だな」
領主がニッコリ笑って、そして咳き込む。ひどい咳だった。家令のおじさんが飛んできてハンカチを差し出す。後ろに立ってた白地に金刺繍ローブのおじさんが領主の背に手を当てて祈りを呟く。柔らかな光が見えた気がした。教会の『慈療師』の人だったわけだ。子供の頃に『慈跡』の力を発現し教会で修練を積んだ女神の使徒さん。免疫と治癒力を高め、再生力も強化するだけでなく健康体への復元力を付与するという。領主の咳発作がゆっくりおさまる。口から外したハンカチに血が滲んでいた。
「あれぇ。領主さん。具合が悪いんだぁ」
んー、5次元のミクロ世界から来た生き物に、遠慮とか気遣いとかずけずけ聞かないことなどをどうやって教えればいいんだ。ていうか、ボクの思考回路を使ってるんだからそこらへんわかってるはずなんだけど。領主は咎めることもせず微笑んで答えた。
「そうなんだよ。肺に悪いオデキができてしまっていてね」
ノアの目が2mmだけ大きくなり、シオンの顔が泣き笑いの表情に歪みかけ、ビビの膝に突いた手がぐっと突っ張った。ラウリはチラッと領主の表情を見ただけ。ジュラはパタパタと領主の胸前あたりに浮きあがり手を目の上で庇にして眺めるポーズをとる。
「うーん。それはぁ。よくないねぇ。ちょっと待っててぇ」
ツイッとボクの肩に飛んできて耳打ちする。耳打ちなのに大きな声出すからまわり中に筒抜けだった。
「あのさあぁ。ミナトォ。領主さん癌なんだってぇ。あっちこっちに転移してるよぉ」
「え。あ。おま。そんな大声で!」
蚊みたいに叩いて潰しちゃおうかって思った。血の気が引く。さすがに失礼だろう。つい部屋の4隅に立つ護衛兵が斬りかかろうとしてないか目で追ってしまう。問答無用で打首は困る。ってアセアセした雰囲気をシオンが和らげてくれた。
「あのー。ウチも癌だったから苦しいのわかります。ジュラちゃんが不躾ですいませんー。ポーションでは治らないんですか?」
それには今まで沈黙を守って領主の後ろに立っていた団長が答えた。
「ポーションは外力での損傷修復にはよく効くが、癌など元々は自分自身の細胞だったような場合は異物と判別しないのか修復しないんだよ。自己免疫力を高める効果もあるが、同時に癌の活動も高めてしまう。痛み止め程度の効果しかないんだ」
なるほど、ポーションに関してはあまり深く考えたことなかった。再生力に関しては脳を丸ごと作り出すくらいできてしまうけど、自己免疫系の異常で起きるアレルギーとかリウマチは治せないわけだ。ボクのダノン病っていう病気も遺伝子疾患の一種だからポーションでは治らないな。ウイルスなどの異物を異物と区別できないとしたら細胞といっしょにウイルスまで復元しちゃう可能性が高いわけか。
「あのさぁ。ミナトォ。許可してくれたらぁ、ジュラちゃんが領主さんの癌細胞ぜーんぶ取っちゃえるよぉ。細胞の1個までぜんぶわかるから簡単だよぉ」
全員が「え?」って顔でボクの肩に座ったジュラを見つめた。
「おまえ、癌細胞がわかるのか。どうやって?」
「えーとねぇ。癌細胞ってぇ、微小重力を検知する仕組みを持っててねぇ。それで集まったり固まったりしてるんだよぉ。普通の細胞より特徴があるからぁ、ジュラちゃんなら細胞1個1個を追っかけてねぇ、見つけたら重力魔法で圧縮して毟り取っちゃえばいいでしょぉ。ぜんぶ取ったらぁ、ポーションで再生すれば正常細胞に置き換わるんじゃないぃ?」
そういえば宇宙ステーションで無重力状態において癌とか細胞がどういう挙動をとるか調べる実験があったはず。
「ジュラ。領主さんの癌細胞をぜんぶおまえのいう通りに取り除くにはどのくらいの時間がかかる?」
「シグナル追うだけだからねぇ。10のマイナス10乗秒って感じかなぁ」
刹那だ。
「じゃあ、領主さんにグレードIIのポーションを飲んでもらうから、おまえは薬剤が喉を通る前に癌を除去できるか?」
「カンタンだよぉ。ただ、この擬態のままだと領主さんの身体の中に入れないからぁ。一瞬消えるけどねぇ」
「よし」
ボクは目を丸くして成り行きを聞いていた領主に向き合う。
「領主さん。この妖精が目に見えない光の点になってあなたの身体の中に入り、全身に散った癌細胞をぜんぶ集めて剥がし取ってしまえるといってます。その根拠も、転生前の世界で研究されてた方向性に合致してますからデマカセではないと思います。ポーションを飲みながらおこないますから、危険度は減ると思いますけど確約はできません。それでもトライしてみますか?」
領主の眉がぎゅっと寄った。そして頷く。さすが上に立つ者。決断が早い。
「やってもらおう。どうせ長くない命だ」
念のためにビビたちが座ってた長椅子を空けてもらいそこに横になってもらう。なんか最近オレンジのポーションばかり見てる気がする。ポーチから抜いて領主に手渡す。
「ジュラ。スタンバイして」
「ういーすぅ」
ジュラが領主の胸の上に跨るように座る。
「では。気持ちを落ち着けて、自分のタイミングで飲んでください」
領主が3回深呼吸した。そしてポーションの瓶を傾ける。胸の上のジュラが消えた。領主の喉がごくりと鳴るのと床に赤黒い石炭みたいな塊が転がり落ちるのが同時だった。
「んぎゅっ」
ジュラの姿が実体化した。
「身体を解除してぇ、もう一度再構成するのはきついわぁ。ミナトォ。エネルギーすっからかんだよぉ」
「おっけ。この石が領主の癌細胞だったぜんぶなのか?」
「そだよぉ。もう分子1個も残ってないよぉ」
「よし。ゴクローさん。ご褒美に特別濃いい重力あげるよ」
中性子星2個分くらいの強大重力球を作る。ジュラが飛び込み競技の最難関技『前逆宙返り4回転半のえび型』を決めて突入していった。と同時に横になっていた領主が喉を鳴らすほど大きく息を吸う。目を見開いてゆっくり息を吐いた。
「空気が。肺に満ちる。苦しくない。苦しくないぞ。グザヴィエ。チャールズ!」
チャールズとはボクたちをここまで案内した家令のおじさんのことだったようだ。
「旦那様!」
「父上!」
領主がソファから足をおろし、すくっと立ちあがった。
「苦しくもない。だるくもない。目眩もない。どうやら‥‥治ったようだ」
ちゅるっぽん。と重力球が吸い込まれるように消え、お腹をポンポン叩いて満腹を表現するジュラが残った。原子分子で構成されてる物質を食ったわけじゃないから下腹が張ることはないだろうけど、ジュラが満足したことはわかった。なんたる大食漢。ボクたち人間とは満腹のレベルが違う。満腹したジュラの中に溜め込まれた重力エネルギーがもしいっきに解放されたら、太陽系が消滅するくらいじゃ済まない。それからしばらくボクがいちばん苦手な感謝と賛辞の時間が延々続いた。領主様直々の鑑札が発行され、さらに各官庁やギルドにジュラを住民として扱う旨の布告が張り出されることになる。その準備の間、ボクたちには遅い昼食が振る舞われた。出てきた料理はガッツリしたミートローフ。領主の食事を作る料理人だからさぞやミシュラン級と思ったんだけど、味はまあまあ。よくいってギルドのイートインの料理人と同じレベル。『ゆのか』の和食料理人は星2個くらい上をいってる。それでも冒険者は贅沢いわず、『食べられる物なら食べられるときに食べられるだけ食べる』をモットーに飲み食いさせてもらった。鑑札も彫りあがり布告も張り出されて遅い昼食は終わり。シオンがそろそろサーカスの開演時間だとソワソワしだしたのでお暇しようとすると、改まって領主に呼びかけられた。
「『妖精と牙』のみなさん。まさか命を救ってもらえるとは思ってもいず、予定がずいぶんずれ込んでしまいましたが改めてお願いがあります」
綺麗さっぱり食べ尽くしたミートローフとパンの皿がさげられ、ラウンジのソファに座った各自の前には日本茶がサーブされる。
「じつは4日前から異常な事態が発生しております。本日皆さんをお呼びしたのはその解決にご助力いただけないかと打診するためでした」
「どういう助力でしょう?」
「ベルダ・ステロから南へ80kmほど。西の城塞都市『ガーディスト・デ・ラ・サノ』が4日前から音信不通になっているのです。1台の馬車もこず、旅人もこない。それどころか、こちらから向かった荷馬車も人も誰ひとり帰ってこない。偵察部隊を送ったがこれもいまだ戻らない。まるで街そのものが巨大な奈落になったようだ。南のオーラ・ベノでも紛争が起きていると噂されるいま、西の守りの一角が機能しないでは防衛に大きな穴が開く。事と次第によっては戦になる可能性もある。そのため警備隊ではなく騎士団を送ろうと考えているのだが、その遠征に君達も同行してもらえないだろうか」
領主直々に頼まれて、サーカス見たいからお断りしますなんていう奴はいないんじゃないかな。いやシオンならいいかねないか。




