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24.ありふれた「墓標」と「乾杯」と「サーカス」


帰るために歩き始めたボクたちだったけど、ここまでの強行軍と陰鬱な気分のダブルパンチで疲労の極み。全員に休憩が必要だった。とはいえ血塗れの部屋で寛げるほど豪胆な者はいない。近くの別の部屋っていうのもなんか鬱積するものがある。結局重い足に喝を入れつつなんとか鉄砲芋虫と遭遇した十字路まで戻った。その辺で真っ先にボクがギブアップ。そこからいちばん手近な部屋でキャンプを張ることにした。部屋の外の通路左右に1個ずつ。部屋の入り口に2個の結界魔導器を設置し安全を最大限確保する。部屋の隅に転がっている剥落したレンガサイズの壁石を並べて囲炉裏を2つ作り固体燃料を置いて魔法で火を起こす。ゆらゆら燃える炎というのは見ていて落ち着ける情景だ。みんな自然と火の周りに車座になってた。ビビとニコレさんが鍋をかけ水を入れて湯を沸かす。乾燥羊歯茸をほぐし入れ、携帯食料バーをナイフで削って湯に落とす。ゆっくり混ぜて携帯食おじやの完成。全員食欲はなかったけど、無理にでも食べないとねと笑ったジユンさんの言葉にみんな頷いて食べ始める。たっぷり出汁を効かせた温かい携帯食おじやは心と身体によく染みた。


「みんなー。まだなんか暗いなー。元気出さないと。まだ帰り道は長いってのに。しょーがないから、疲れたみんなにシオンちゃんからのスペシャルプレゼントだよ」


そういいながらシオンがリュックから金属筒を取り出す。外蓋を開け中蓋のコルク栓を外して筒を傾けると、中から青い丸っこいピンポン玉ほどの魔石が転がり出てきた。シオンがそれを外蓋で受ける。ボクの横で覗き込んでいたビビが声をあげた。


「なにこれ。魔石?」


「これ1個で金貨1枚もする冷却魔石だよー」


そういってシオンは外蓋の中の魔石をコロコロと転がした。白い冷気が外蓋の縁から溢れて下に流れている。間違いなく冷気だ。ドライアイス並みだな。


「ちょっと蓋持ってて」


シオンが蓋をビビに手渡し金属筒を逆さに振る。魔法瓶構造になっているんだろうな。中から冷えてゴワゴワに固まった巾着袋が出てくる。


「ビビ。手ぇー出して」


「手?」


ビビが手の平を差し出す。シオンがその上で袋を振るとコロリンとダークブラウンの球体がまろび出る。


「なにこれ?」


「食べてみ」


ビビがその球体を口に運ぶ。相手がシオンだからというのもあるだろうけど、疑うことを知らない純な子ですなあ。口に含んでしばらく転がしていたビビの顔が花開いたように笑顔に蕩けた。まあ、ボクはなんだか知っているけどね。フレルバータルさんたちのお見舞いのときに買ったチョコレートだ。あのときはボクたちは食べずに渡しただけだったから本物のチョコレートと味がどのくらい似てるのか違うのか試す機会がなかったんだけど、シオンはしっかりこっそり試していたらしい。太るぞホンマに。ボクも1粒もらって口に含む。冷えすぎてて最初は味がしなかった。口の中でコロコロコロコロさせてると次第に体温で溶けてくる。これがまあなんとも。


「うっまーい!」


ボクの代弁をビビがしてくれたので奇声を発せず済んだけど、マジでうんまい。あっちの世界で病気発症前に2回ほどゴディバのチョコレートを1箱まるごと喰う機会を得たんだけど、それと比べてももしかしたらこっちの方が美味いかもしれない。シオンが全員に1粒ずつ配って最後に自分だけ2粒口に放り込んでた。


「冷却魔石がねー。もうちょっと温度管理とかできたらいいんだけど、冷えすぎて固くなっちゃうんだよー。でも常温で持ち歩くと溶けちゃうしー」


2個も口に入れて頬っぺたがハムスターみたいになったシオンがぼやく。乙女の悩みは尽きないねえ。とまれ、糖分は脳内に「幸せ神経伝達物質セロトニン」を分泌させる。鬱気分はずいぶん晴れた。2交代で3時間ずつ仮眠を取る。さすがはベテラン冒険者たち。若干1名さまを除き「ウチまだ眠い。もっと寝る」なんていう奴はいないので、若干1名さまは尻を蹴っ飛ばして叩き起こした。


日付が変わって枯舞月06日。月曜日の午前3時。そこそこに体力と気力を回復して帰路に着く。橋の根元テラスには小型の目玉トカゲが2匹いるだけ。まあ、お友達ってわけじゃないので警戒しながら近づいたけど、さっと道を開けてくれた。そこからの帰路、各所で戦闘があり合計で人モドキを67体、飛び手を12匹、石ヒトデ4匹、連結蟲が57匹で個体数566体を倒した。合計210700経験値を獲得。バスタマンテさんがレベル66に。ニコレさんとセナさんはレベル65に。ジユンさんはレベル64になった。ボクたちの方ではビビがレベル123にアップして、パーティ全員がレベル123となる。井戸の底に到着したのは昼の13時。携帯食料バーと水葉芋を生齧りして気力を奮い立たせ、壁登りに挑む。外周街に着いたのが14時。ボクたちは二角馬が待っててくれてるので、それで先に帰る。『断剣』さんたちとはいったんここでお別れ。『断剣』さんたちは乗合馬車をチャーターして帰ることになる。


ボクたちがベルダ・ステロに着いたのは16時30分。今回は正式に受注してのクエストじゃなかったけど、オーラさんのお知らせから始まっているので一応報告しにいく。2階の小会議室に通された。新たなダンジョンが絡み合って出現していた件は、『断剣』さんが詳しく報告することで彼らに情報料が入るようひと言だけ報告するにとどめる。


「そうですか。魔界でなにか異変が起こっているのかもしれません。ほぼすべてのダンジョンから魔物の出現頻度や数が異常に活性化しているとの報告が集まってきています。ダンジョンの難易度が激変しているようで、情報の更新や難易度の改定などでギルドも混乱している状況です。タルハンさんに関してはほんとうに残念でした。でもみなさんのご協力がなければ『断剣』のみなさんが2重遭難する可能性もあったということですね。ありがとうございました。お疲れ様でした」


オーラさんが立ちあがって深々と頭をさげた。ボクたちも慌てて立ちあがって「いえいえ。自分たちの勝手でしたことですから」とかゴニョゴニョへりくだる。そのタイミングでお茶がサーブされたので、あとは雑談のていで上位種目玉トカゲとの戦闘などに関して話した。今回の件はお金を稼ぐという観点での行動ではなかったから、情報料などいっさいなしということで押し通す。


「あのー。オーラさん。ウチらまだこっちにきたばかりで、知らないことばかりなんだよね。こっちではお葬式やお墓ってどうしてるのかな。お墓作るってどのくらいお金かかるのかな。こっち生まれのビビに聞いても、ビビのお父さんは合祀碑っていう所に祀られてて命日にお母さんとお参りにいくってだけで、どういう祀られ方なのかもお金のこともわかってないし」


シオンが居住まいを正して聞く。ビビはポリポリ鼻の横を掻いていた。


「お墓ですか。そうですね。まず他国や公国の辺境部では土葬の風習が残っている地域もありますけど、あちらの世界から医学知識が流入するようになって都市部では疫学的観点から荼毘に付すのが一般的になってます。特にここは城塞都市ですので土地が貴重で、その狭さと人口の密集度から伝染病が蔓延しやすいですので火葬は法律で定められています。葬儀は教会附属の斎場で執り行われるのが一般的ですね。1時間程度の告別式の後、司祭の祈りがあって火葬となります。ここまでの費用は銀貨8枚を教会に寄進するのが相場ですね。ダンジョンの奥で命を落とした冒険者などで遺体が戻らず告別式も火葬の手間もいらない場合は、名を刻んだプレートを納めて合祀してもらうことになります。この場合は銀貨2枚の寄進となります。そしてお墓に関してですけど、城塞内に墓を持てるのは1部の富裕層や貴族階級の家系のみです。私たち庶民はドワイヨンさんの父君のように、斎場に付属した建物にある合祀碑というモニュメントに合同で祀られます。お参りには便利ですね。どうしてもお墓が必要な場合は、城塞から馬車で1時間ほどの山の斜面に段丘状に墓地が拓かれています。そこですと金貨2枚でいちばん小さな区画が割り当てられ、墓碑の設置が可能になります」


「墓碑って、あの地面に埋まった四角いプレートのこと?」


「そうですね」


「そっかー。金貨2枚ね。じゃあ、みんなそれでいいかな」


シオンが振り返ってみんなに聞いた。ビビはパーティゲストの位置づけなので、ビビ以外の全員が頷く。


「では、ウチらからオーラさんを通してギルドへの正式依頼があるんです。『妖精と牙』のパーティ予算からお支払いしますので、その墓地にタルハンさんとアルアラビさんおふたりのお墓を作ってもらえませんか。もちろんギルドへの手数料も別途お支払いします。『断剣』のみなさんが報告にきたら、発見の証としてタルハンさんとアルアラビさんのタグを提出するはずです。クエスト完了の確認が済んだら、おふたりのタグをそのお墓に収めていただきたいんです。お願いできるでしょうか?」


「ええ。もちろん代理するのがギルドの役目ですから。わかりました。承ります」


これで1回目の『黒い森の井戸』クエスト達成時にタルハンさんが放棄したとして分配できなかったマップ情報料と魔物情報料の借りは返せたかな。ギルドを出ていったん解散する。ビビは隊へ顔を出してからいったん家に寄って着替えてくるといい、男性陣も宿でシャワーを浴びてくるといってた。ボクとシオンは小腹が空いてて香ばしい露店のシシケバブに誘引されたけど、夜は『断剣』さんたちと打ちあげを約束していたので誘惑を振り切り『ゆのか』へ向かった。


夕闇に沈もうとする東西通りを東門方向に歩いていると、門の向こうから不思議なメロディが響いてくる。アコーディオンの音。マーチングドラムの音。サックスみたいな金管楽器の音。弦楽器はギターじゃなくインドのシタールみたいな幽玄な音。エスニックでどこか不気味でハロウイン風味もあって、にぎやかなのに物悲しい曲がだんだん近づいてきた。東門をくぐって眩いばかり無数の電飾で全身を飾ったピエロの楽隊が行進してくる。この世界にはバッテリーもLEDライトもないからおそらく魔法による光球だろうけど、キラキラでチカチカがじつに綺麗で目を引かれる。楽隊に続いて仮面をつけた男女のダンサーがゆるゆると舞いながら進んできた。ただ歩くだけじゃない。軟体生物のように身をくねらせ、地面に手を突いて倒立し側転し宙返りまでしている。衣装は全身に密着するボディータイツで身体のラインをエロティックなほど浮き立てているし、発光体だけじゃなくラメやビーズや金糸銀糸でキラキラしてた。肩巾ひれや薄絹がひるがえり夢幻の趣だ。なんのパレードかと思って立ち止まってたら、青と赤と銀色に描かれたアーガイル柄のボディタイツを着て全身に薄絹と発光ライトを揺らすダンサー女性に手渡されたチラシには『月蝕サーカス団:移動フェア&サーカス』と書いてあった。手渡された瞬間、なぜかザワワっと肌が粟立ち頭の芯で声のようなものが聞こえたような気がしたけど、妖艶なお姉さんの魅力だろうと思ってすぐに紛れてしまった。


「へー。こっちの世界にも『シルク・ドゥ・ソレイユ』みたいなパフォーマンスサーカスがあるんだ」


「しかもフェアってあるから遊技施設も付属してるね。色々遊べそうだ。お金には余裕があるし、みんなでいってみようか」


「東門外の馬車だまり広場だって。あの広場ならかなり広いね。めっちゃ大規模だねー。明日開演16時だって。いこー。いこー」


これで当分暇潰しには困らないなと思いながら楽隊を見送り、定宿『ゆのか』へ帰還した。温泉でダンジョンの汚れを落とし、全身ピカピカに磨きあげて待ち合わせに向かう。『断剣』さんたちは18時50分にベルダ・ステロに到着。クエスト完了報告して宿を取り身支度を整えた後、20時にギルド前でボクたちと合流した。ジユンさんの案内で南西区の市場近くにある韓国料理の店へ向かう。


「今回のクエストは成功と認定され、クエスト報酬が金貨10枚。それだけじゃなく、自分たちだけでは絶対に得られなかったとんでもない量の魔石収入がありました。魔物との戦果で1カラット魔石584個、2カラット魔石が101個、希少な5カラット魔石が41個、そしてなんと滅多に見ることのない8カラットの中魔石が50個も得られました。さらに上位種目玉トカゲとの試合で差し出された魔石は5カラット魔石が23個、8カラット魔石16個。全部売却してざっと金貨82枚になります。これを『妖精と牙』のみなさんは全部放棄するといっておられる。しかし、やはり自分としては素直に受け取ることはできません。負い目にもなります。なので魔石分はふたつのパーティで折半にしたい。これが全員で話し合った結論です。『妖精と牙』のみなさんとは今後も良好な関係を続けていきたいと思っています。そのためにも是非受け取ってください」


注文を始める前にバスタマンテさんが畏まっていった。まあなあ。確かにボクたちの割り込み方は時間を惜しむあまり強引で上から目線であざとかったなと反省していたところでもあり、シオンやノアの目を見て確認してから『影の黒幕』として了承させてもらった。堅苦しい感じだった空気が急に弛む。打ちあげの費用も『断剣』で持つというのでそっちも好意に甘える。エールにソジュにマッコリ。焼肉にキムチ。チヂミにトッポギにプルコギ。唐揚げチキンにスンドゥブチゲ。大テーブルが肉と野菜で埋まり、ボクたちは心ゆくまで飲んで食って馬鹿笑いした。


「あの。えと。あのあの。ジ、ジユンさん。こ、こんなこと聞くのプライバシーの侵害で、マナーが、マナー違反だってわかってるんですけど。でも。あの、その。なにを聞きたいかといいますとですね」


宴もたけなわっていう頃合い。ボクは酒の力を借りてようやく尋ねる勇気が出た。


「はい。聞きたいことって私が『バトルエンジェル』の『慈雨』かってことでしょ。ええ。そうでしたよ。ああ。気にされなくても大丈夫ですよ。隠す気はないので」


そういって微笑んでくれる。シオンが「わきゃー」と飛びあがり、ボクは「マジっすか、マジっすか、マジっすか」とオームみたいにつぶやくことしかできなかった。ボクはネット配信ドラマで観た『バトルエンジェル』のドラマの全部についてとめどなく話してしまい、シオンに「コミュ障出てるよ」と肘鉄をくらった。そういうシオンも『バトルエンジェル・セカンドバトル』ってタイトルのアルバムについて熱く語ってるし。バスタマンテさんとノアは盾の捌き方について実演付きで討論してるし、ラウリとセナさんとニコレさんは日本のアニメ文化について深すぎる話をしてた。あちらの世界を知らず話についてこれなくてポカンとしてたビビは、酔っ払いモードに入ったシオンにがっしり肩を抱かれ『バトルエンジェル』の歌についてこんこんと講釈を聞かされそうになる。かわいそうなのでシオンの口に焼き肉をぶっ込み両手にグラスと箸を持たせてビビを引き剥がした。ビビだけ蚊帳の外っぽいのもかわいそうだから、あっちの世界について少し話そうかって水を向けるとガッツリ食いついてきた。ビビもそこそこ酔っているみたいだ。ビビにあちらの世界のことを話そうとするとまず電気っていう便利なエネルギーについて知ってもらい、その上で電子機器やらインターネットのことから話さなきゃならなくて長くなってしまうんだけど、父親の生まれ育った国に興味があるのだろうビビは真摯に聞いてくれる。しばらくフリーズしたままモグモグしていたシオンは、ゴクンと肉を飲み込むとジユンさんに絡み出した。


「ねえ。ジユンさん。歌おう。『バトルエンジェル』でウチがいちばん好きな曲。『ソルジャーズ・レクイエム』。好きなんだー」


シオン君、完全に酔っ払ってます。ジユンさんは苦笑いして、なんと頷いた。


「この身体の喉でうまく歌えるかわからないけど」


「いいんらよー。レクイエムなんらからさー。よーするに気持ちの問題なんらー」


呂律回ってないけど大丈夫なのかいって固唾を飲んで見守っていると、唐突にシオンが歌い出した。最初の発声でみんなのお喋りがやむ。衝撃波が拡散していくように店中の動きがとまった。身内贔屓だとお叱りを受けるかもしれないけど、素人のボクですら心を揺さぶられるほどの美声だった。もしやステイタスに隠しパラメーターとかあって、歌唱力のステータスが100レベル超えてるとか。ジユンさんも驚いた表情を浮かべたけどすぐににっこり笑って歌声を重ねる。バラード調のたおやかな曲の流れに乗って強烈なハモリを響かせるふたりの美声が鳥肌を立てる。この夜の韓国料理店に居合わせた客は最高に運のいい人たちだっただろう。1曲歌い終わると店が倒壊しそうなほどの拍手が起こった。シオンはなんじゃこりゃって顔でキョトンとしてたけど、ジユンさんは上気した頬を押さえ目をキラキラさせている。拍手と同時に歓声も起こり、それが後ろからも聞こえてきたので顔を向けると、歌声が通りに漏れて道ゆく人が引き寄せられたのだろう40人近い人たちが入口ドアから入り込み立ち聞いていた。


「ヤーみんな。ありがとねー。じゃあ、次いっちゃおー」


結局、アルバム『バトルエンジェル・セカンドバトル』の収録曲を全曲歌ってた。お開きになったのは深夜23時。『断剣』さんは全員が同宿。ビビはノアとラウリの宿が同方向なので送ってもらう。ボクとシオンだけ逆方向なのでクラゲみたいにフニャフニャになったシオンをボクひとりで宿まで連れ帰らなきゃいけなかった。こんなことになるだろうと予想はしていたのでボクは比較的酔いをセーブしてて、今回は化粧を落とすどころか温泉にサッと浸かるくらいの余裕があった。タルハンさんを救出できなかったのは残念だけど、タルハンさんはこうなることも覚悟していただろう。少なくとも想い人とタグだけでも添い遂げられた。『断剣』さんと親交を深められたし、なんたってあの『慈雨』さんと酒を酌み交わしおしゃべりをし生歌まで聴くことができた。身体は自由奔放に動かせるし、痛みも苦しさもない。なんていうか転生前の自分に申し訳ないような気さえする。そんなことをうつらうつら考えて眠りに落ちた。ふと。なにかの物音で目が覚める。うー。喉がカラカラだ。身体を起こして物音の方向を見る。沈もうとしてる半月の月明かりがテラス窓を通して射し込み、隣のベッドの上で膝を抱えて啜り泣いているシオンの金髪を輝かせていた。立てた膝を抱くように固く回された腕に隠れて顔は見えない。


「パパ。ママ‥‥。あいたいよ‥‥」


くすんくすんと鼻を啜る音に混ざって微かな呟きも聞こえる。夜目が効くおかげで月明かりだけでも危なげなく動ける。スルッとベッドを抜け出しテーブルに出しておいた水筒から水を飲む。ひと息ついてベッドを回りシオンのベッドにあがり込んだ。シオンの横に胡座をかいて肩を引き寄せる。月が家並みに没するほどの時間、そのまま動かず無言でいた。シオンの肩の震えが収まる。


「どんなお父さんとお母さんだったの?」


ボクが聞くとシオンの肩がピクッと揺れた。


「パパはね。広告代理店のディレクターしてたの。そこで絵本作家してたママと出会って、ウチが生まれて。勤めているとどうしても仕事仕事になるからって、ウチとママのために時間を作れるようにって会社を辞めて独立して個人事務所を作って。仕事をセーブしてずっとウチといてくれて、遊んでくれて、送り迎えしてくれて、勉強も見てくれて。髭でメガネでヌイのクマさんみたいに大きくて。趣味は食べることで糖尿病になって、家族みんなで散歩するのが日課になって。夜の散歩して。ママは3作目の絵本が評判になって、仕事の幅も増えたのに家族のためにセーブして。美味しいご飯作ってくれて、お弁当もすっごく手が込んでて。みんなで遠出して。キャンプして。ウチのバスケの試合は全部見にきてくれて。応援してくれて。でもウチ、中学でバスケ始めてからバスケバスケで家でパパとママとあまり話もしなくなっちゃって。反抗期とかじゃなかったけど、勉強もしなくちゃいけなかったし。話す機会が減って。そしたら病気になっちゃって。苦しくて気持ち悪くて頭痛くて、ママやパパの話かけに不機嫌にしか応えられなくて。パパとママにありがとうもいわずにこっちにきちゃった。こんなことになるならバスケなんかしないで、もっともっともっとパパとママといっぱいおしゃべりすればよかった。ありがとうっていえばよかった」


シオンは答えを求めているわけじゃない。ただ苦しい胸の内を吐き出したいだけだ。ボクは黙って身体を寄せて体温で語ればいい。叢雲がふたつ流れ去るほどの時間が過ぎた。シオンがゆっくり顔をあげ、ボクの肩にコトンと頭を乗せる。


「ありがと。ミナトお姉ちゃん」


「な。お姉ちゃんじゃないし。同い年だって。そんで、こんな酔っ払いの妹はいらん!」


シオンが頭を外し、ヨッと掛け声をかけてベッドから飛び降りた。


「温泉に入ってくるね」


「おう。あ。シオン。ひとつだけ。君のママとパパは知ってるよ。君がこっちの世界で元気で生きているって知ってるんだから、君が君のパパとママにずっと感謝し続けてるってことも推測や想像じゃなく、事実として間違いなく知ってる。だからシオンは毎日パパとママに感謝するだけでいいんだ」


シオンがドア前で立ち止まり、振り返ってボクを見つめた。しばらくそうして動かなかった。


「うん」


それだけいってパタパタと部屋を出ていった。よっこらせっとジジ臭い掛け声でベッドを移り、掛け毛布にくるまって3秒で寝入る。温泉から戻ってきたシオンの気配にも起きずに爆睡した。ふと意識が浮かびあがってきたけど寝返りを打って2度寝に入る。3度寝。4度寝と怠惰にゴロニャンした。誰がいったか知らないけど「三千世界のカラスを殺し、主と朝寝がしてみたい」って気分だ。この世に休日のゴロゴロ朝寝ほど幸せな時間はない。心ゆくまでゴロゴロしようと思ってたのに、腹ペコシオンに毛布を剥ぎ取られた。


「ううう。君には二日酔いとかないわけ?」


「ないよー。絶好調。お腹減ったし、秋冬物もそろそろ用意しないとだし、なんていっても夜はサーカスだよ。寝てる場合じゃないよ」


サーカスは16時からで、いままだ9時なんですけど。とまれシオンの怒涛の押しに負け、起きて顔洗って歯を磨いて薄化粧して朝食をティファニー気分で摂った。確かにそろそろブラウス1枚じゃ肌寒いって感じる夜もあったし。冬場には雪も降るってノアたちがいってたしなあ。宿を10時に出て、お店を回って厚手のブラウスを買ったり、裏起毛のコートやケープやブーツを買ったり、耳当てつきのキャスケット帽をお揃いにしようというシオンの強い圧力に負けて買ったりした。外套も地面の冷気を遮断してくれる素材を織り込んだ冬季仕様を買う。全部ギルドの個人用貸しスペースにぶち込み、お昼時になったのでイートインスペースで田舎カレーを食べた。本格インドカレーも好きだけど、やっぱり人参・ジャガイモ・玉ねぎ・豚肉ゴロゴロの日本人の国民食、田舎カレーがいちばんだ。


「ねえねえ。ミナト。サーカスやる東門の馬車だまり広場がいまどーなってるか見にいかない?」


ボクたちがタルハンさんを追ってベルダ・ステロを出たとき、馬車だまりは馬車が行き交ってるだけのだだっ広い広場に過ぎなかった。それからまだ3日しか経っていない。巨大サーカス&遊戯施設がそんな短時間にできるとは思えない。


「いいけど。昨日の宣伝パレードはキラッキラで綺麗だったけど、実際はかなり小規模なんじゃないかな?」


「いいじゃん。どうせ暇なんだし」


確かに暇だけどさ。『好奇心は猫をも殺す』というけど、ボクらの場合は『暇と好奇心は猫をも殺す』だと思う。腹ごなしの散歩がてら、途中の露店やお店に引っかかりながら東門をくぐると、その先は別世界に様変わりしていた。元の広場はドーム4個分くらいのだだっ広い空き地で、馬小屋や馬車の修理小屋なんかがちらほらある程度の場所だったところに山かと思えるような巨大な天幕が3つ接近して鎮座していた。天幕の間は広い通路になっていて奥に続き、両側に屋台が並んでいる。天幕に囲まれた広場の手前に大小7つほど色とりどりのティピが密集して建っていて、入り口ゲートの役割をしているようだ。化粧文字と電飾で『Bienvenue au Cirque de l'É clips Lunaire』って看板がかかっていた。『ようこそ月蝕サーカスへ』って意味だ。フランス語っぽい。ティピっていうのはネイティブアメリカンの三角錐テントのこと。巨大天幕はセンターがオレンジで右がインディゴ、左がグリーンだった。テント群の向こうに巨大天幕の頂点より高い鉄塔が3本建っている。天幕を回り込んだ向こうがアトラクション会場になっているみたいだな。そのあたりから大勢の人の掛け声が聞こえていた。いまだ設営途中の掛け声なのか、それともサーカスの開演前の気合いなのか。


「広い。大きい。凄ーい」


「夜になったら電飾とか点いたりライトアップされたりしてもっと華麗になるんだろうね。テントも内側の光が透けたりして綺麗だろうな」


「こっちからだとテントしか見えないね。あっちに回ってみようよ。なんか舞台裏って感じできっとワクワクするよ」


「シオンも好きだねえ」


左の方向へ回り込むと、杭を打ってキャンバス地の帆布を貼った簡易塀が目隠しとなってよく見えなかったけど、団員の人たちの居住区みたいな場所になった。車輪付きのコンテナハウスや飾り気のないティピが密集してる。


「えい」


シオンがシュッと飛びあがった。シオンの跳躍力34。17歳女子高生の平均垂直跳躍力の5.25倍にもなる。シオンは17歳女子垂直跳躍距離42.8cmを差し置いて、2m24cmも飛びあがった。なんというか人目のある場所で人外の力を見せるのは恥ずかしいので、慌ててあたりを見回してしまう。幸い誰に見咎められることもなく、シュタッとシオンが横に忍者着地した。


「なんかみんな忙しそうに歩いてる。でも、派手な衣装着けてたり、やっぱサーカスだねー」


「覗き見してるの見つかったら怒られちゃうから、もう帰ろうよ。あとちょっとで開演だからみなさん殺気立ってるだろうし」


シオンがなにかいいかけたとき、左手奥の方から聞き覚えのある声が聞こえた。ちょうどそのとき始まった楽隊の音合わせの音楽に紛れて内容までは聞き取れなかったけど、声の主は間違いなくジユンさんだった。シオンと顔を見合わせそちらの方角へ歩いてみる。100メートルも行かないうちにカーブの向こうに布塀の途切れが見え、そこで誰かと押し問答しているらしきジユンさんの姿が見えた。


「とにかく、ここにはおりません。これ以上騒ぐようでしたら警備隊を呼びます。お帰りください」


「でも‥‥」


さらに数言やりとりがあってジユンさんが諦めたようだった。後ろを振り返りながらボクたちの方へ戻ってくる。後ろが気になりすぎてボクたちの存在に気がついていない。


「ジユンさん」


「あら。ミナトさんとシオンちゃん」


なんでボクが『さん』でシオンが『ちゃん』なのかは追求しなかった。


「どーしたんですかー?」


シオンが緊張感なくプライバシーにずけずけと踏み込む。ちょっとここだとなんだから、ってことで街中の山の手にあるカフェに場所を移して話を聞いた。


「私がこっちの世界へ転生したとき、必死で山中を歩いてようやくこの城塞都市を山の尾根から見つけたの。街を目指して下山したんだけど途中で森虎に遭遇しちゃって。なんとか撃退したんだけど腕と脇腹を怪我して、ポーションはポーチごと壊されてね。ポーションポーチの底に残った薬液を舐めて出血は止まったんだけど修復までは至らなかった。ボロボロになって街の西門近くに辿り着いたとき助けてくれたのがラーマって女の子だったの。孤児院で暮らす13歳の女の子で、孤児院の仲間といっしょに城塞の周囲で薬草探ししてたのね。怪我人ということで西門からの臨時入場許可をもらってくれて、私を彼女の住んでる孤児院まで連れていってくれて。そこのシスターのおかげでなんとか生きながらえたってわけ」


「結界魔導器は切ってたんですか?」


と、ボクが聞くとシオンも同じことを思っていたようで、チーズケーキとショートケーキを交互に頬張ってパンパンな口にスプーンを咥えたままウンウンと頷く。


「切ってたの。最初に山を彷徨っているとき点けっぱなしで8日間。ふと気がついて中を見たら魔石がずいぶん小さくなってて、使い過ぎってわかったのね。それからは眠るときだけ点けて、移動中は切ってた。ネットニュースで報じられてたからミナトさんたちも知ってると思うけど、私、急性白血病で。仕事が忙しすぎて異常があったのに我慢しちゃって、診断受けたときはかなり進行してたの。化学治療をしたけど効果が出なくてね。なのでぎりぎり25歳の若年優遇で転生には選ばれたけど、半年保たないってなって。化学療法で必死に延命してかろうじて転生できたんだけど、副作用で体調が悪すぎてチュートリアルをほとんどできずにこっちへきちゃったの」


「そうなんですか‥‥」


あっちの先端医学なら昔と違って生存率もあがってるから、『バトルエンジェル』の『慈雨』じゃなければ早期発見できてまだあちらで活躍してたかもしれないわけか。


「それ以来、孤児院は私の第2の家みたいになって、シスターはお母さんで孤児の子たちはみんな兄弟で。ラーマは妹みたいに思って援助してきたのね。孤児院の孤児たちは15歳になったら独り立ちしなきゃならないんだけど、サーカス団っていい就職先でもあるわけ。旅から旅の生活になるけど、給金も高い方だし住むところも食べるものにも困らない。孤児にしてみたらありがたい場所なの。毎年何人か入団してるわ。技術を学んだり修練を積んでショーのトップスターになるっていう夢だって持てる。月蝕サーカス団は毎年秋の豊穣祭に合わせて巡業してきて、そのときに街の入団希望者を募るの。ラーマと他にふたりの孤児が希望して、『断剣』がダンジョンに潜る日に先触れできていた団の幹部と契約して入団したはずなの。なので今回のクエストで思いもかけない収入があったから餞別として渡そうと思って訪ねたんだけど‥‥」


「ふむふむ。あ。ザッハトルテとフルーツケーキください」


シオンの頭を引っ叩きたくなったけど我慢する。


「で。さっきの状況ですか」


「そうね。最初いないっていわれて。そんなはずないからなにかの間違いです、って契約の話もして調べてくださいって食いさがったら‥‥団長っていう人が出てきて、孤児院から入団した3人は入団した夜に脱走して逃げた。って。そんなのおかしい。たった1日も辛抱できずに逃げ出すなんて、貴族のお坊ちゃんお嬢ちゃんならいざ知らず、孤児院の子たちに限ってありえないの。なので食いさがってたんだけど‥‥」


「変だねそれ。なんかありそう。その団長とかってなにか隠してるんじゃない?」


「なにか‥‥どことはいえないんだけど、団長やいっしょにきた他の団員もおかしかった。なんだろう、目に生気がないっていうか、死んだ魚みたいな目っていうのか、どんよりしてて表情もないし。話す言葉も棒読みっていうのか抑揚がない感じで。怒ってるとか煩わしく思ってるとか、そういう感情が読み取れないの。ダンジョンで対峙した目玉トカゲの方がまだ人間っぽかった。ロボットと話してるみたいだった」


「なんだろうね。犯罪に巻き込まれたか、なんかなのかな?」


中世の見世物小屋みたいに胡散臭い拐かしや人身売買とかはないだろう。いったいなにが起きているのか見当もつかなかった。


「いかにハードな職場だったとしても、自分から希望して入った場所で1日で逃げ出すってのはおかしいよねー。ウチらの合宿でも脱走する子が出るのは3日目か4日目だったしね。よし。とりあえず探しにいこうよ」


「探すってどこを?」


とボク。


「脱走してるのはおかしいんだから、サーカスの内部でしょ」


内部を探しにって‥‥


「それって別のいい方をすると『不法侵入』とかいうやつじゃない?」


「そうともいう」


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