22.ありふれた「大空洞」と「光苔」と「一本橋の決闘」
カーブを進む。光が眩しい。暖かさのない冷光だ。カーブを回ると前方にぽっかり丸い穴。その向こうは青い光と霞で空を見ているみたいだった。足取りが重くなるボクと違ってビビはスタスタと穴の淵まで歩いていく。
「ビビ。気をつけて。崩落したのかも。足元崩れる恐れが」
「大丈夫。岩盤硬いよ。それより、わあ。綺麗」
ボクは前回もここを通りこんな崩落はなかったことを知っているから、どうしても及び腰になってしまう。ビビは先入観なしにサクサク行動できる。その差が行動力の違いになってるだけ。と思いたいけど、ボクが臆病なだけというのが見え見え。ていうか、高いとこダメなんだボク。横の壁に手を突きほとんど座り込まんばかりに膝を曲げてそろそろと穴の淵に進む。足元の岩は頑丈で硬く、割れ崩れる気配はなかった。穴の淵から外を見る。見なきゃよかった。膝がガクブルになった。以前は硬い岩盤に穿たれた洞窟だったのが、岩盤ごと大きく抉られていた。抉られて地底なのに峡谷みたいになってる。向かいの壁が霞んでいる具合からして、km単位の距離がある。上は岩天井のはずだけど、遥か彼方まで青白く発光していて、ぼーっと見ると空みたいに見える。熱量を感じない冷光だったけど明るさは外界の日中くらいあった。おそらく発光苔だと思うけど、遠すぎて確証はない。向かいの断崖に3ヶ所、手前の崖に2ヶ所、壁から滝が落ちていた。地下水路が断ち切られたのだろう。下は‥‥見るんじゃなかった。立ってられなくて膝を突き左手は壁の窪みに右手は床の突起にしがみついてしまう。こっわー。鳥肌立ったぞ。最初見て垂直な絶壁に見えた。底は100m以上も下。靄か霞がかかっていて距離感が狂う。底一面に植物がかろうじて見え、滝の水が川になって流れているのがわかった。
「ナニー。どーなんてんのー?」
「わ。キャ。押すなシオン」
「押してないわよ。袖擦り合うも他生の縁しただけじゃん」
なんじゃその例えは。シオンがボクとビビの間に立つ。
「わ。なにこれー。絶景かな絶景かなじゃん」
わわ。動くなシオン。怖くないのか。落ちたら死ぬよ。ビビの向こうにバチスタさん、じゃなくてニコレが立つ。すぐにファーストネームで呼び合うように求めるのは英語圏の方達だけじゃなく南米の方達も同じだった。女4人並んだら洞窟の幅いっぱいだ。後ろの殿方たちはちょっと待っててもらおう。
「わお。まるで外みたい。地下にこんな空間があるなんて」
とニコレさん。ギリギリで真下を覗き込んでる。
「どうした。どうなってる?」
ノアが待ちきれないみたいだったのでボクが四つん這いで後退して場所を空けてあげた。律儀に後ろを守っているラウリにボクが警戒してるから見にいっていいよと告げる。背筋の逆毛が治まったので水筒を取り出しカラカラになった喉を潤した。空洞全体を見た記憶を脳内で再生し構造を3次元的に構成してみる。恐怖感で垂直な絶壁に思えたけど、実際は60度〜70度の傾斜があった。
「あそこに洞窟の穴が見えます。この洞窟と同じ高さですね。その下にもうひとつ洞窟の穴。そのさらに下に石造りの穴が。それに、あれ。なんでしょう。橋みたいな構造物。前回シオンちゃんたちが潜ったときはなかった空洞で、最近できたとしたらあり得ない構造物ですね」
ビビの声が聞こえる。
「あの石造りの穴、霞で細部まで見えないけど4階層と5階層の迷宮通路じゃないかな?」
ラウリの声。
「ミナト。なにかわからないか?」
ノアに聞かれる。っていわれてもなあ。
「データなさすぎ。根拠薄すぎな推論しかないよ」
「なになに。推論あるじゃん。さーすが頭脳担当ミナトね。ウチら誰ひとり見当もつかないのに」
「ざっと見た空洞の構造があまりにも幾何学的なんだよ。空洞の形がラクビーボールなんだよね」
「ラクビーボールってなに?」
ビビだけはあっちの世界を知らない。
「あっちの世界でスポーツに使う楕円球状のボールのことなんだ。山3つ分くらい巨大な楕円球体が、こう、斜めに地下の空間を抉り取ったみたい。なんで、これも一種のダンジョンなんじゃないかと思うんだよね。新しいダンジョンが古いダンジョンの一部を抉り取って誕生したっていうか侵食したっていうか」
「この巨大な空間が丸ごとダンジョンってことか。だから新しいダンジョンから魔物が流れ込んで『井戸』が魔物で溢れたってことかしら」
ビビが代表して応えてくれる。全員がなるほどって頷いてるけど、これなんの根拠もない推論だからねー。そんなに簡単に信じちゃうとオレオレ詐欺のいいカモになれるよ。
「あくまでも推論。根拠は空洞があまりにも幾何学的ってだけ。なので、このルートは進めないから戻って別ルートを探そう」
「いえ。ここ、降りられますよ。崩落とかじゃないので壁面はしっかりしてますし、手がかり足がかりは十分にあります。下に約30メートル降りればあの橋みたいな構造物を渡って対岸の石造り通路穴までいけそうです。かなりなショートカットになりませんか?」
ううう。ニコレさん。なんてことをおっしゃる。
「私、あちらでフリークライミングをやってましたから、先に降りてみなさんが使える手がかり足がかりにマーキングできます。ロープで安全確保してゆっくり降りれば大丈夫です」
やだー。そんなの無理ー。30mってビルの8階分だよ。目が眩むよ。膝が竦むよ。オチンチンがぎゅーってなるよ。いまはないけど。と、ボクひとり拒否ったけど他の8人がへーきな顔してたので、さすがに床に寝っ転がって手足バタバタさせるわけにもいかず成りゆきを見守るしかなかった。ニコレさんが途中でやっぱ素人には無理な手がかりしかないと意見を変えるかもしれない。バスタマンテさんとノアとニコレさんが供出した3本のロープを、ニコレさんとビビが引っ張っても解けない結び方で結んでいく。ビビは警備隊の技能として入隊直後に習熟させられたという。ボクも一応youtubeでサバイバル知識として知ってはいた。ニコレさんがロープの一端を身体に巻きつけ、他端をノアとバスタマンテさんが腰に回して確保する。ニコレさんはヒップバッグも外し、中からオレンジ色の液体が入った紐つきボトルを取り出し首からぶらさげた。じゃ。っと親指を立てて崖に身を投じる。ヒーッと背筋の毛が逆立ったけど、ロープは弛んでる。四つん這いで淵へ進みシオンとビビの脚の間から頭を突き出して見おろす。ニコレさんは崖の小さな突起から突起へカモシカのように飛び移り、突起の強度を試して十分なら首掛けボトルからオレンジ色の蛍光塗料を垂らしてマーキングしてくれてた。
最初にシオンが脳天気な忍者みたいに鼻歌を歌いながらスイスイ降り、続くイム・ジユンさんは物凄く慎重に降りる。バスタマンテさんが確実に降り、次いでセナさんが淡々と降りた。ノアは体格の割に器用に降りる。そしてボクの番。ビビが身体にロープを括りつけてくれる。
「ミナト。女は度胸だよー」と下から愛嬌だらけのシオンに激励され、「ミナト。もし落ちても僕が下でガッチリ受け止めるから安心していいぞ」とノアに保証され、「ミナト。ステータスあがってるから指の力だけでもぶらさがれるし突起から突起へ飛び移るのだって軌道が見えるでしょ。さっきの目玉トカゲのときだって壁を駆け登ってたじゃない。大丈夫よ」とビビにまで諭される。壁を駆け登って大ジャンプするのは平気なんだけど、理屈じゃなく高いところが嫌いなんだよお。とまれ、ここまできて怖気づいたら男の沽券に関わるし。いやいまは女だけどさ。崖の淵でいくぞ、さあいくぞ、いまいくぞ、すぐいくぞ、たぶんいくぞ、って自分を鼓舞していたら、窮すれば通ずというが如く脳裏に閃くものがあった。思いついちゃえばあとは早い。3重魔法陣構成で脳内魔法陣を構築し、展開してエイやっと空中へ足を踏み出した。自分で組んだ魔法陣だから他人任せの怖さがない。下からも後ろからも「わっ」とか「きゃっ」とか声があがるけど、ボクは魔法球に包まれてふわふわと沈降を続けた。といっても暇なわけじゃない。風に煽られて横にずれかける球体の軌道を重力加速度の方向を微調整して元に戻したり、最初と中と最後では相殺する重力加速度のパーセンテージを変えてスピード調整したりしてそこそこ忙しい。ふんわりと地面に着いてドヤ顔しようと思ったのにタイミングを間違えて地上2mで魔法を解除してしまい、そこから重力の赴くままにずんって地面に落下して足がジーンって痺れた。あくまでも平静を装ってなにごともなかった風を装っていたらシオンに詰め寄られる。
「なになに。なんだったのいまの。ミナトが世を儚んで飛び降りたかと思ったぞ」
「ふっふっふ。石ヒトデや飛び手が使ってた重力魔法だよ。体重を100分の1にしてみた。今度体重測るときはこれ使えるな」
「自分だけずるい。うちにも教えてよね」
とかいっているところへビビが降りてきた。最後に安全ロープなしでラウリが降り立つ。シオンとの掛け合い漫才をやっている間に脚の痺れが取れたのであたりを見回した。ボクたちは登山用語でテラスというのか、崖の途中の棚みたいになった平らな地形にいた。直径30mくらいか。そのテラスの奥の端から橋状の構造物が伸び出し対面のテラス部分に繋がっている。距離にして120mほど。橋桁もなにもない1本橋だった。橋は上面が平らになった丸い棒のような構造。平らな面の幅は60cmほどしかない。人がすれ違うのも不可能な細さだった。側までいって地面に耳を当てエコーロケーションを試す。
「この‥‥橋って呼べばいいのかな。この橋、この台地の部分も含めて人工物なのか自然の造形なのかわからない。中にはなんの構造もない。音の通りのよさからして金属だと思われるから‥‥簡単には割れたり折れたり崩れたりしないとは思うけど。この細さじゃ。足を踏み外して落ちたら確実に死ねるし」
「でもいかなきゃならんだろ」
ノアが手を差し出し起こしてくれた。バスタマンテさんがタルハンさんの冒険者タグを取り出し方角を確認する。反応は真っ直ぐ橋の向こうだった。対面のテラスの奥には遺跡系の四角い洞窟通路が口を開いている。位置的に『黒い森の井戸』ダンジョンの5階層に間違いないと思える。いくしかないのか。光のない暗闇の中でこんな細い橋を渡るなら確実な自殺だけど、幸い天井の光は真昼並みに明るい。
「あ。みんな。見て。向こう側」
ニコレさんの注意喚起。全員が対岸を見た。橋が続く向こう側テラスの上に動く物がある。感覚があがってサバンナの狩猟民族くらいの視力を得てる目は200m先の目玉トカゲの群れをはっきりと見分けた。さすが目玉トカゲの名称だけあって、あちらも視力は並はずれているようだ。僕達の方を指して「ギャゴギャゴ」喚いている。
「ねえ。ミナト。あの。いま遺跡の穴から出てきたトカゲ。あれ、前に見た上位種ってやつじゃない」
「そうだね。体格が大きい」
「あ。あれ。もっと大きいの出てきた。あれ、ボスじゃない?」
「目玉トカゲに上位種なんているのね」
ビビがボクを見るので答える。
「戦ったことはないんだけど。最初に発見したダンジョンがダンジョンブレイク起こしかけてて、魔素が溢れて下の階層の魔物が浅い階層にまで出てきてたのを目撃したんだ。あのときはどう見ても絶対勝てそうもないから逃げ出したんだけど」
「普通の目玉トカゲが6匹。その1.2倍くらいの中型が2匹。1.5倍近いボスが1匹。全員鎧みたいなのを着てる。知能がある感じだな。あのボスに勝てるか?」
ラウリが厳しい顔でいった。
「しかも1本橋を渡らないといけないから、待ち構えられて各個撃破されちゃうわ」
ビビは集団戦闘に関してはボクたちの誰より経験者だ。
「ボスは置いておいて、中型2体とザコ6匹。ビビならどうする?」
ボクが聞くとビビが顎に手を当て1秒だけ考えて答えた。
「『断剣』の皆さんは後衛としてこの場、退路を守ってもらいます。ただリーダーのバスタマンテさんだけは突撃隊の最後尾でミナトを牽引してもらい、突撃隊の先陣はノアさん。シールドを展開して。続いてラウリさん。前からの攻撃はノアさんのシールドで対処するとして、もし上や横からの攻撃があった場合ラウリさんのシールドでカバーします。続いて機動力のあるシオンさん。それで私。の順に突っ込みます」
「ふむふむ。んで、ボクを『牽引』ってなに?」
「ミナトさんには上から爆撃してもらいます。さっきの崖を降りたときの要領で浮いてもらい、シールドを張って腰につけたロープで風船みたいにバスタマンテさんに引っ張ってもらいます。上から魔法で爆撃してください。爆撃後にノアさんが強行突入し、その陰から機動力のあるシオンさんとラウリさんが飛び出して撹乱。私がボスを牽制しつつボス以外が討伐できたら全員でボスに対処します」
「非の打ちどころもありません。でも、ボクだけなんかカッコ悪い風船扱いなんですが‥‥」
「だって、さっきの魔法の様子じゃ、格好よく空を飛んで突入とかできそうもないでしょ」
それはそうです。他にいい作戦も思い浮かばない。『断剣』の皆さんはまだレベルが低くて強敵との乱戦に参加させられないのも確か。その案でいこうかといいかけたとき、シオンが声をあげた。
「ねえ。なんか、1匹だけ橋を渡ってくるよ。向こう岸の橋の袂に大トカゲ座り込んだ。どゆこと?」
見ていると剣を手にした中型の目玉トカゲが1匹で橋を渡り、ちょうど真ん中で立ち止まった。ぬらぬらのスチールワイアーを束ねたような筋肉で全身が覆い尽くされている。ただ、橋の袂に座り込むボス格の目玉トカゲと比べてどこか丸みが感じられるのは雌だからかもしれない。橋の上で座り込み剣を前に置くと右手を胸の前に出す。鉤爪のある指を1本立て自分の胸を叩いた。次に左手をボクたちの方へ突き出し指を1本立てて右手の立てた指の方へ引き付ける仕草をする。
「なにあれ。なにか伝えようとしてるみたい」
ビビが目の上で手を庇にしてトカゲを見つめる。距離にして約60m。顔の造作がかろうじてわかる程度。
「自分がひとり。っていってるよね。続いてウチらのひとりがここにこい、っていうのかな。1対1で対決ってことかな?」
シオンが外して敷いた外套の上にリュックをおろし、どっこいしょと座り込んだ。
「確かにこいって呼ばれてるよね。戦いにしては座り込んでるし。剣を前に置いてるし。まさか話し合いか?」
ボクも外套を敷いてリュックを置く。ボクが呟いた言葉に反応したのはラウリ。
「魔物の言葉なんてこの世界の言語システムでえも翻訳できないだろう。できるとしたらさっきからギャアギャアいってる喚き声も言葉に聞こえるはず」
「あー。だからジェスチャーなのかな。よし。ひとりこいっていってるなら、ウチがいってくる」
しゃがみ込んでいたシオンが立ちあがった。ボクがいくつもりだったので声をかける。
「危険だよ。戦闘になるかもしれないし。ボクがいくよ」
「ミナトは高所恐怖症なんだから、あんな橋の上で冷静に対処できないでしょ。ウチは渉外担当なんだし戦闘になってもなんとかなるし。適任でしょ」
ううー。反論の余地なし。しおしおとうなだれるボクの肩をポンポン叩いてシオンがバッグ類を外し始める。魔剣ナイフだけ腰後ろに固定し直し、身軽になって「じゃっ」と手をあげた。なんか頼り甲斐ある姉さん風味漂わしてるけど。シオンが橋の根元にいって、慎重に1歩を踏み出した。シオンの全体重が乗って歩いても、橋は撓まず揺れない。そうとう強固な物質だ。シオンは最初の数歩は慎重に、後は平地と同じようにスタスタと歩いていく。度胸あるなあ。男前だなあ。「やだーきょわーい」とか、ぶりっ子するJKより好感持てる。シオンが5mの距離で足を止めトカゲと同じく座ってあぐらをかいた。
「ハーイ。シオンだよー。よろしくー」
なんか丁寧に挨拶してるし。目玉トカゲがゆっくりと前に置いた剣に手を伸ばし、刀身を引き出した。警戒したシオンの手が自身の剣にかかる。戦闘開始かと思われたけど、襲いかかってくることなく目玉トカゲは剣をゆっくり上に差しあげた。刀身が青く輝いている。魔剣だ。
「ミナト。あれ。魔剣よ。魔剣と魔剣で戦ったらどうなるの?」
ビビが顔を寄せて囁く。声を顰める必要はないと思うけど、状況が緊迫してるからなあ。
「わからない。たぶん互いの魔剣の魔力が相殺しあってどっちか魔力量の少ない方が魔力を失くしてただの剣になり、魔力の残ってる方に切断されちゃうような気がする」
「あら。見て。なんでだろ。魔剣の魔力消したみたい」
ビビが1歩身を乗り出した。もう1歩で崖から落ちるぞ。天に向けた目玉トカゲの魔剣は刀身の輝きを失っていた。輝きのない剣をゆっくりながらぶんぶん振っている。シオンがゆっくり剣を抜くのが見えた。魔力を込めて青く光らせた後、魔力を抜いて光を消した。目玉トカゲが剣を前に置き、左手の平を上向かせて自分の手を見つめる。ポッと赤い炎の玉が生じた。
「やっぱり。魔法を使えるくらい知能があるんだ」
だけど目玉トカゲは自分の作り出した火炎ボールを握り潰して消した。熱くないのか。
「ぎゃ。ぐ。げぎょ。がっ」
目玉トカゲが手で払い除けるような仕草をする。
「なるほどね。なんかわかったよー。魔剣は使わない。魔法も使わない。純粋に剣の腕比べしようっていうのね。オッケー」
シオンも手の平の上に火球を作り出し、それを打ち消してみせた。目玉トカゲが両手で1本ずつ立てた指を打ち合わせたり外したりしてなにかを伝えようとしてる。シオンの身体に隠れて見えない動きがあってはっきりしない。しばらくして目玉トカゲが立ちあがった。くるっと背を向けて橋の向こうへ歩いていく。シオンもどっこいしょっと掛け声かけて立ちあがる。後ろから斬りかかられる心配もせずまっすぐ戻ってきた。
「いやー。結構スリルあったよー。下見たら目が眩みそうだし、急に斬りかかられたらって警戒してるから、気の休まる時間なかったしー。まさか魔物と対話するとは思わなかったけど、なんかあの魔物慣れてる感じがしたよ。いままでにも別の冒険者とああやって交渉してきたんじゃないかな。でっと。あちらさんの要求は橋の上での1対1の決闘。お互いがひとりずつ出して橋の中間点で対決。魔剣は使わない。魔法も使わない。使うのは魔力を通さない剣のみ。魔法を使わないから腕シールドもなしね。剣を取り落とすか両膝を床面に着くか意識を喪失したら負け。剣だけじゃなく打撃はありだって。不可抗力で死んだり橋から落ちても負け。試合放棄の場合は剣を地面に置く。勝ち抜き戦で最後の大将が負けたらウチらの勝ち。で、ウチらが勝ったら攻撃しないで通してくれるし、この先にある宝箱も持って帰ってオッケー。負けたら身につけてる魔道具と金貨を置いて尻尾巻いて帰れって。そんなところかな。で。どーする?」
最初に言葉を発したのはノアだった。対外的リーダーだしね。
「このまま引き返すっていう手もあるが別ルートの発見には時間がかかる。タルハンさんがいつまで生存していられるかだな」
「この場合、圧倒的に重要なのが時間よね。ここを抜けられれば5階層へショートカットできる」
と、ビビが受けて発言した。ラウリが対岸の目玉トカゲの群れを眺め呟く。
「相手の実力はどうだろう?」
シオンを見ていた。間近で上位種を見たのはシオンだけだ。
「しょーじき、かなりヤバイよ。中型の動きや反応に隙がない。剣が手足の延長みたいになってるレベル。振ってビタッと止まるとき、きっちり水平だったり垂直だったりしてた。よほど剣に習熟して、ステータスの精緻が高くないとああは動けないと思うな。あと、ウチらには手足の4本しかないけど、連中にはプラスワンで尻尾がある。あれを振り回されたら橋から叩き落とされるかもしれない」
「中型でそのレベルか。大型のボスは完全に未知数だね」
ボスのトカゲはずっとどっかり座ったままなので情報が得られない。遺跡穴から出てきたときの動きは無駄がなくシャープな印象だった。以前、転生直後の遺跡ダンジョンで見た上位種にも桁外れのパワーを感じたけど、今回の上位ボスはそれ以上の威圧感がある。
「『断剣』の皆さんの意見はどうですか?」
ボクはバスタマンテさんに聞いた。バスタマンテさんはすでに答えを用意していたのだろう、遅滞なく答えてくれた。
「いまの自分たちで勝てるのは小型だけだろう。大型はもちろん中型に対しても大きな力の差がある。だがビビさんのいう通り、救出には時間が重要だと私たちも思う。ここを抜けるのがベストだ。私たちは小型種を対応しよう。小型の目玉トカゲなら私たちでもなんとかなる」
「あ。見て。あっちの先鋒が出てきた」
ビビが指差す。橋の向こうから1匹の小型目玉トカゲがのそのそと歩いてきた。橋の真ん中まで進み、剣を胸前で立てるように捧げる。剣先で天を突いてなにかを叫んだ。
「ギャ。グゲゴゴゴ。ゲギャ。ゲギョギョ。ギギャガガ」
「なんか、名乗りをあげてるみたいだな」
バスタマンテさんが呟く。ボクも同じ印象を持った。天に突きあげた剣を寝かせてボクたちの方向へ向ける。剣身が纏っていた魔力の青い揺らぎが消える。そしてどかりと座り込んだ。
「魔剣から魔力を消すとただの金属棒だ。だが頭をやられたら死ぬ可能性だってある。落ちたらまず間違いなく死ぬし、気を抜けないな」
バスタマンテさんが仲間を見やる。
「私がいきます」
いままであまり発言することがなかったイム・ジユンさんが自分から志願した。第2次世界大戦後、長いことあまり良好ではなかった日韓関係だけど、2032年つくばゲートの出現によってアジア情勢は激変した。2033年1月22日の「日本海事件」ではつくばゲートの占拠を狙って北朝鮮と中国合同の軍事侵攻が試みられ、勃発と同時にあっけなく終息した。北朝鮮の発射した極超音速核ミサイルは発射後1秒で推進機構が働かなくなり横の地面に落下したっていうし、中国海軍の艦隊や上陸用舟艇はそもそも推進機構が働かず港を出ることすらできなかったという。つくばゲートによって転生が可能という事実が認識されると、ボディーブローのように世界の権力構造を変質させてしまった。2034年3月には中国が分裂。上海、香港が分離独立。チベット復興戦争が起きる。2038年にはロシアからシベリア連邦が分離独立。北方4島は日本に返還された。北朝鮮は国が崩壊し独裁者一家はロシアに亡命。北朝鮮は保護区として韓国に併合される。統一韓国となって経済的には揺らぎはあったものの、それがきっかけとなって改革が始まり超学歴社会や財閥問題などが徐々に緩和される中、エンターテインメント分野・クリエイティブ分野が飛躍的に花開く。日韓関係が劇的に転換するきっかけとなったのは2040年、韓国のみならず日本でも絶大な人気を集めた男女混合アイドルグループ『Lennon』がyoutubeアルバムで発信した『リアルプライド』宣言。史実を史実として捉え嘘や偏見のない目で世界を見て、そこから本物の韓国プライドを構築しようというメッセージだった。いまでは映画、アニメ、漫画、キャラクター、映像、画像、音楽、演劇、文芸、ドラマ、youtubeなど多様なコンテンツ産業において日韓は最大のライバルであり最高のパートナーという意識が定着し、それが他分野にも影響を与えるようになっている。そんなわけでけっこうオタクだったボクはジユンさんのあっちで所属していたアイドルグループ名を知りたくてしょうがないんだけど、いまだ聞けずにいたりする。
「えと。シオン。確認だけど、試合する当人が魔術を使うのは禁止ってなったけど、当人じゃないボクが支援的に魔法を使うのはありかな?」
「支援的って。うーん。相手やこっちの代表に直接影響するような、勝敗に影響するような魔法は約束違反だと思う。どんな魔法?」
「橋から落ちた人に向けて重力魔法で浮きあがらせる魔法」
「それなら橋から落ちた時点で勝負は決しているわけだからー、いいんじゃないかなー」
「オッケー。じゃあ、イムさん。もし橋から落ちたらボクが重力魔法を周囲に張って転落死しないように救出しますけど、魔法が外れる可能性もゼロじゃないので落ちないように気をつけて戦ってください。で。先鋒の相手に勝って、次も小型とは限りません。中型や大型が出てきたら戦わないで棄権してください」
「わかりました。無理のない範囲でできるだけ倒します。支援お願いします。あと、私のことジユンでいいです」
「了解です。じゃあ、ボクのロングソード使ってください。魔力を抜けばただの模造刀です。相手が斬れない剣を使っているのにこっちが斬れる剣を使ったらフェアじゃないって怒らせちゃうかもしれない」
「ありがとう。お借りします」
ジユンさんがボクのロングソードだけを持って橋に乗った。ボクは脳内で魔法陣を構築しいつでも発動できるようにしておく。ジユンさんが相手の正面に位置し魔剣を差しあげて魔力を消した。目玉トカゲが剣をつかんで立ちあがる。中段の構えを取る。ジオンさんも中断の構えだ。対峙し、開始の合図もなしに決闘が始まっていた。動かないように見えるけどミリ単位でジリジリと間合いが詰まっているはず。小型の目玉トカゲは身長が150cmほど。さっき隘路で倒してきた目玉トカゲは身長120cm程度。体格や筋肉もちょっと違う。上位種目玉トカゲの幼体なのかもしれない。ジユンさんの身長は172cm。身長が高いということは腕のリーチも長いということで、そのぶん間合いが広くなる。ジユンさんの間合いに入ってもジユンさんは仕掛けなかった。目玉トカゲの間合いに入った。
「ギ」
気合一閃。目玉トカゲが大きく踏み込み、伸ばした剣先をつとあげて突き込む。ジユンさんは身体を引かずこちらも1歩踏み込んで剣身で受ける。ギャリーンと硬い音が響いた途端、ジユンさんが幅60cmしかない橋の上で片脚立ちになった。バレリーナのように高く振りあげられた長い脚が目玉トカゲの頭に落ちてゴンっという固い音が響き、目玉トカゲがクタクタと崩れる。圧勝だった。
「なになにー。脚。脚。かっこいー」
シオンがキャーキャーうるさい。
「あれテコンドーだ。あ。ジユンさんの前世って、もしかして『バトルエンジェル』の『慈雨』さん。急性白血病で2年前に亡くなった。こっちに転生してたんだ。ボク、ファンだったんだよ」
『バトルエンジェル』は主にyoutubeと映画と歌で活動していたアイドルグループ。メンバー5人が全員格闘技の達人レベルで、アクション映画でブレイクした。『慈雨』は50体のゾンビを長回しのワンショットの上、実際に打撃を当てるフルコンタクトのリアルバトルで倒しまくる超絶アクションで有名になった。歌唱力も抜群で、とにかく日本と韓国だけじゃなく世界デビューすら囁かれていた矢先の急逝だった。まさかこっちで会えるとは。サインしてもらおう。
「え。え。えええ。『バトルエンジェル』って、あの『バトルエンジェル』。マジで。アルバムダウンロードして試合前に聞いてたよ」
シオンの熱狂とは対照的にジユンさんは正座して剣を前に置き静かに息を整えている。橋向こうから目玉トカゲが橋を渡ってきて、失神した目玉トカゲを引きずっていった。その引きずった目玉トカゲが次の対戦者だった。前のトカゲより身長があり筋肉も太い感じ。ジユンさんがゆっくり立ちあがって剣を構える。また睨み合いかと思ったが今度は間合いの外から目玉トカゲが突っ込んできた。剣先がまだ届かない位置で目玉トカゲの身体がくるっと回る。強烈な尻尾の一撃がジユンさんを襲ったけど、ジユンさんは片足をあげて尻尾を受けた。よろめきもしない。尻尾を振り抜けず反動でぐらついたトカゲの肩口に、ジユンさんの剣が上段から落とされた。だけどこの斬撃は半身を捻った目玉トカゲが横に構えた剣で受け止められる。ギャリリっと甲高い音。ジユンさんの腕からふっと力が抜け、身体が半回転した。何度もいうが足場の幅はわずか60cm。ぼぐっと重い音が聞こえてきた。後ろ回し蹴りが見事に目玉トカゲの胴にめり込んでいる。目玉トカゲは革鎧ごと肋骨をへし曲げられ思わず剣を取り落としていた。身体をくの字に折って苦痛に耐え、地面に落ちた剣に手を伸ばしてまだ戦おうとする目玉トカゲ。
「グッパ!」
そこに大音響の喝が耳に突き刺さる。あぐらをかく大型トカゲからのものだった。次鋒対戦者の目玉トカゲはまるで雷に撃たれたかのように竦みあがり、剣を地面に置いたまま後退りで橋を戻っていった。ジユンさんが片膝を突く。遠目にも肩が激しく上下しているのが見えた。先鋒、次鋒と斬り結んだ時間は僅かなものだったけど、動きの制限される橋の上で回転蹴りなど、精神力の消耗は度外れているだろう。3匹目。剣道の9人制団体戦なら三将って呼ぶはず。歩き方に隙がないように見えた。ジユンさんはほとんど休めず、試合が始まる。間合いを測りジリジリと詰めて斬り結ぶ。相手は突きをメインに攻めてきた。ジユンさんは受けたり流したりしながら踏み込む隙を探している。互いの動きは拮抗しているように見えたけど、徐々にジユンさんが押され始めた。ジユンさんが踏み込もうとしてもそこに剣先が突き出されて、無理に踏み込めば自分から剣に刺さりにいくことになる。攻めあぐねて相手の突きを払うタイミングが僅かに硬直した。突き出された相手の剣がくるっと回り、ジユンさんの剣に絡む。剣ごと引き出されるように伸び切ったジユンさんの手首に目玉トカゲの剣が叩きつけられる。バキッと骨の折れる音。ぐっと呻きながらもジユンさんは痛みをこらえて後ろにさがった。手首があらぬ方向に曲がっているのに剣を取り落としたりしていない。警戒を解かず後退し、相手の間合いから外れる位置で片膝を突いてそっと地面に剣を置く。シオンが飛び出していった。手首を押さえながら戻ってきたジユンさんにグレードIVポーションを鎮痛剤代わりに飲ませ、折れた手首の患部にはグレードIIIポーションを惜しげもなく振りかける。
「あ。ありがとう。これすごく高いポーションじゃ?」
「ウチらお金持ちパーティなんだよ。気にしないで。そんなことより凄かったよ、ジユンさん。感動した!」
クキッと骨の鳴る音がして曲がっていたジユンさんの手首が正常位置に戻った。もう骨も繋がっているはず。グレードIIIは高いだけある。
「休んでてね」
シオンがリュックを置いた外套の皺を伸ばしてジユンを座らせた。ビビが水筒を渡している。うちのメンバー、気が利きすぎてコミュ障のボクはどうしても出遅れる。話しかけてファンだったことを伝えたかったのに機会が作れない。
「次は自分がいきます」
セナさんが立つ。ラウリから双剣を借りている。
「じゃあ、ウチがロングソードを回収してくるね」
シオンが橋に走る。
「えーと。ちょいとお邪魔しますねー。剣の回収です。はい。あ。お邪魔しましたー」
後も見ずに走って帰ってくる。ま。シオンの場合。後ろから矢で射られたとしても風切り音で察知して、見ないでかわすぐらい簡単にやってのけるステータスなんだけどね。セナさんが橋を渡り儀式として魔剣の魔力を消す。セナさんは腰を落とし、左手の剣を前に右手の剣を身体の後ろに隠すように構えた。そのまま流れる油のようにつるつると前へ進み双剣を時間差で振る。目玉トカゲ三将は最初の太刀をロングソードで胸前に受け、脚を狙った次の太刀を脚を引いてかわす。かわされた二の太刀が引き戻される一瞬、目玉トカゲは膂力のすべてを込めて絡めるように剣を回し突いてくる。セナさんは身体をわずかに開いて左に突きをかわすとそのまま半歩前に出て相手の腕を脇に抱えた。同時に右の肘が相手の顎を狙って突き出される。残念ながらわずかに外れ、相手の頬骨に当たった。けれど相手をぐらつかせるだけの打撃になったようだ。目玉トカゲが強引に腕を引き、抜け戻る剣で脇腹を裂かれそうになってセナさんは脇を開き後退する。と見せかけて踏みとどまり、右剣を上から左剣を下からまるで大蛇の顎門が閉じるかのように薙ぎ払った。左剣は相手の腰骨を砕き、右剣はおそらく鎖骨を折っただろう。目玉トカゲが崩折れて脚を踏み外し橋から落ちた。ボクは敵だとか魔物だとかなーんにも考えずに半分無意識で脳内魔法陣を起動する。橋下1mでブルーの球体に包まれた目玉トカゲが落下せず浮いていた。最初凍りついたようにただ見ているだけだった目玉トカゲ勢だったけど、ボス目玉トカゲの一喝で中型目玉トカゲが橋を渡ってきた。橋から身を乗り出し剣を差し出す。弱々しくその剣をつかんだ目玉トカゲが引き寄せられ、橋の上に引きあげられる。苦痛の声などまったく無視して、中型目玉トカゲは負傷者を肩に担ぎあげ戻っていった。
目玉トカゲの四将。徐々に体格がよくなってきていたから体格順かなと思っていたら四将は三将よりも小さかった。そして武器に双剣を持っていた。第4戦。とんでもない乱打戦になった。ふたつの双剣が目にも止まらない速さで振り回され回転し突かれ、互いに相手の剣を受けて隙を狙うためまるで工事現場のような剣戟音が鳴り響く。ガイン、チュイン、ギイィィィン、チュン、キーン、ガキン、ギャリッ。拮抗していた。実力差というより体構造の問題だった。人間には尻尾がなくて目玉トカゲには尻尾がある。斬撃と受けの一瞬の合間で尻尾が振られ足払いの形になった。崩れた体勢のセナさんの首と腕と脇腹に続けざまに斬撃が入った。昏倒して倒れるセナさんの取り落とした双剣の片割れが地面で跳ねた瞬間、ボクは魔法陣魔法を起動しセナさんの身体を魔法球で包んだ。なにもしなければセナさんの身体がずり落ちてしまいそうだったからだ。さすがに昏倒した男性の身体をシオンが引きずってくるのは難しく、バスタマンテさんが回収に向かう。ジユンさんの横に横たえられたセナさんに対して、ジユンさんはシオンからもらったグレードIIIポーションを患部に浴びせかけ、残った薬液を口に含んで口移しで飲ませていた。あらら。おふたり、もしかしてそういう関係か。シオンは顔を赤くしながらも食い入るように見つめてるし、ビビはにこにこ微笑みながら見守ってる。
「次は私ね」
ニコレさんが立ちあがって屈伸を始める。スタスタと橋まで歩き上に乗って下を見おろす。
「これ、怖いな。ミナトさんよろしくね」
わかったという代わりに手を振る。魔力抜きパフォーマンスがあって静かに対峙した。両者ともスピードタイプ。だけどセナさんのときとは異なり、互いが互いの間合いに入ったまま目にも止まらない斬撃を目にも止まらない回避行動でかわすという風切り音だけの戦いとなった。互いが双剣で4本の剣が光の軌跡となってふたりの周囲に煌めく。わずか半歩の前後移動。剣の慣性に逆らうような腕の動き。まるでハイレベルに息の合った高速ダンスを見ているようだけど、打ちどころが悪ければ死ぬかもしれないダンスだ。人間にしても魔物にしても限界近い集中力は秒単位で途切れる。ニコレさんの裏拳の延長みたいな振りが目玉トカゲの側頭部に入り、勝負はその1撃でついた。またも重力繭魔法の発動だ。橋から落ちた四将がぐったりと宙に浮く。中型目玉トカゲが橋を渡り、なんとボクに向けて一礼しながら回収していった。なんだなんだ。武士道を心得る魔物なのか。動き自体はさっきバスタマンテさんがセナさんを連れ戻しにいったときの一礼を真似たものだけど。
次の相手、剣道でいう中堅の目玉トカゲがのしのしと橋を渡ってきた。身長はニコレさんとほぼ同じだけど筋肉の束が凄い。なんだっけ。昔々のヒーロー映画コンテンツで観た変身筋肉ヒーロー『超人ハルク』ばりに筋肉モリモリだ。対戦者がロングソードを差しあげての魔力抜きパフォーマンスが終わって、立ちあがったニコレさんは消耗してふらついているように見える。構えた途端相手は顔面をガードして突っ込んできた。ニコレさんの胴払いが3発決まったけど筋肉に鎧われて有効打にならない。その分バックステップが遅れて相手の突進を正面から受けることになった。体重差は1.5倍くらい。ニコレさんは車と衝突したみたいなもんだ。吹っ飛ばされて橋から落ちかける。立ちあがろうとして橋の上で両膝をついていることに気がついた。剣を前に置き降参の意を示すと剣を拾いあげて橋を降りる。降りたところで膝をついた。シオンとビビがすっ飛んでいく。ふたりの肩を借りてみんなのところへ戻ってきた。
「ごめん。もう1匹くらいは倒したかったんだけど」
「なにいってんの。座って。ポーションガブ飲みして。ダンプに撥ねられたと同じなんだから内臓やられてるかもしれないんだよ。あとはウチらに任せて、休んで休んで」
シオンがニコレさんを外套の上に座らせた。その横でバスタマンテさんが静かに外套を外し、盾を腕に装着するベルトを締め直してる。カイトシールドという種類の盾だ。元々は馬上の騎士を守るためにもっと大きかったようだけど、歩兵が持つように小型化されている。名前の通り凧形をした金属盾だ。幅60cm、高さ120cmくらい。渋い黒銀色。小型化されたとはいえ、まだそこそこ大きい。かなり重いと思うけど、バスタマンテさんは軽そうに見えるくらい楽々と保持していた。盾を構え腰を落としボクの貸したロングソードを右手1本で軽く振る。数回素振りをしてバランスを確かめ、ニコラさんを一瞥して橋へ歩く。その顔つきは厳しい。うーむ。このふたりもできてるな。好いた女を痛めつけられた男の憤怒が顔に出てる。橋の中心で中堅目玉トカゲに剣を向ける。魔剣の青い炎がバスタマンテさんに吸い取られるように消える。バスタマンテさんの腰が落ちる。それが試合開始の合図になった。どすどすと猪のように突進してくる中堅目玉トカゲ。その渾身の斬撃を盾で受ける。ガキーンとかそんな軽い音じゃなかった。ドバガンって大型トラック同士が激突したみたいな音。剣を弾き返された中堅目玉トカゲがそのまま盾に体当たりした。バスタマンテさんが数十cmズレさがる。その盾の右脇から剣先が突き出されていた。魔剣から魔力を抜いて単なる金属の塊になってるとはいえ、形状は先端が鋭角に尖っている。中堅目玉トカゲが盾を押しやるように体躯を引き剥がすと、脇腹から剣先が滑り出てきた。革鎧など紙のように貫いている。かなりな深手だろう。だけど中堅目玉トカゲは気にする様子もなくブンブンと剣を振り回した。盾の金属より硬い魔剣の金属は変形や刃こぼれの心配もなく叩き続けられる。盾で受け流し、体勢が崩れたところを3度剣先を突き刺したけれどどれも入りが浅かった。目玉トカゲの筋肉密度に阻まれ致命傷のダメージにならない。何十という攻防にコンマ1秒気が逸れた瞬間、横殴りの斬撃が盾の縁に当たりバスタマンテさんの体勢が崩れた。そこに再度体当たりされ、バスタマンテさんが橋から落ちた。もちろんボクの重力繭が瞬時に包み込み落下を阻止する。ビビが引きあげに走り、ロープを投げてバスタマンテさんを引きあげる。
「す。すまん。みんな‥‥」
「いえいえ。十分戦力を削いでくれました。いい加減退場してもらいます」
ビビが剣を鞘から抜き出し掲げる。ふん。と力を込めて魔力を注入する。剣から青い炎が噴き出したみたいに魔力オーラが絡みついた。剣がそれほど燃えあがるということはビビの体内でとんでもない量の魔素が循環してるということ。それは魔法として放出されずとも、ビビの基礎代謝や筋肉や神経のパフォーマンスを高める。橋の真ん中で対峙し、魔剣の魔力を消す。消した瞬間、ビビの身体がブレ消えた。瞬間で中堅目玉トカゲに急接近していた。中堅目玉トカゲも急襲に気づいて1歩踏み出す。その足先をビビの左踵が踏み止め、右踵が中堅目玉トカゲの膝の皿を踏み砕く。引き寄せられた左膝が中堅目玉トカゲの顎を蹴って頭を回転させ、蹴りあげた後に肩を踏み台にして中堅目玉トカゲの背後へ着地する。剣を振りもしなかった。クルッと振り向き、中堅目玉トカゲが失神して崩れる方向を微調整して橋から落ちないようにしてやってた。
「きゃー。ビビー。かっこいー」
まだ試合してない小型目玉トカゲ2匹が、ふたりがかりで中堅を引っ張って片づけた。9番勝負6番目。中堅の次の呼び方は六将。中堅より身長が高く締まった体躯。動きがしなやかで力もある感じ。でも、レベルにしたら90って感じか。『断剣』さんよりは上だけどレベル122のビビに敵うはずがない。遠目には敵同士が殺し合いをしているのではなく、物凄く息の合った剣舞を踊っているかのように見える。六将目玉トカゲが剣を振り半ステップさがったビビの胸前を薙ぐ。下から逆袈裟に巻きあがるビビの返しに捻った剣を合わせて止めようとした目玉トカゲの剣が、巻きつくように回されたビビの剣に絡め取られた。チュインっと涼やかな音色を響かせて目玉トカゲの剣が宙に飛ぶ。ビビの手首が捻られたと同時にこの結果を読んで準備していたボクの魔法が発動し、剣が小さな重力繭で包まれた。目玉トカゲが剣の感触を失くした自身の手を呆然と見おろしているうちに、ビビは自分の剣を伸ばして宙に浮いた剣を引き寄せる。手に取って橋の上にそっと置く。
「ゲ。グザッパ。ギグ。ピュッカ」
六将目玉トカゲは何かいって頭をさげ橋を戻っていった。恐らく礼節の言葉だ。敵ながら尊敬できる相手だな。いよいよ7番目。剣道でいう七将。中型目玉トカゲがここからの相手になる。身長は180センチ近い。腕と脚が異常に長かった。
「ビビ。相手は腕が長いよ。リーチが変わるから間合いに注意して」
ボクがつい老婆心で声をかけてしまう。ビビは素直に「はい」と頷いてくれた。七将目玉トカゲは優雅な動きで剣を拾いあげ、魔力を通しては抜くという儀式を済ませる。互いに正眼の構え。ビビは剣先を相手の眼と眼の中間に定める晴眼の構え。七将目玉トカゲはビビの喉元に定める正眼の構え。どちらの剣先も微動だにしない。まるで剣道の教本みたいに完璧な構えだった。動いたのはビビが先。ヒュオッと風切り音が響く。『断剣』の人たちには七将目玉トカゲの身体を剣が両断したように見えたろう。でも剣は目玉トカゲの身体が幻影であるかのように透過した。『断剣』のみんなから驚きの声が漏れる。実際は七将目玉トカゲが鞭のように上体をしならせスウェーバックしてかわし、瞬時に元の位置へ戻っていたわけで。あまりの速さに残像すら起きなかったのだ。七将目玉トカゲの反撃。ビビの1撃と同じ刹那に3撃も繰り出される。ビビもスウェーやウィービングで斬撃をかわそうとしたけど、あまりにも相手の動きが速すぎた。3撃目が腕を掠める。ジリッとビビが無意識にさがった。押されている。ビビの反撃は紙一重でかわされ、2倍3倍になって返ってくる。超高速戦闘では気力も集中力も底が抜けたかのように目減りする。圧倒的な手数でついに打撃が通ってしまった。受けきれず、目玉トカゲの剣先がビビの左脇腹に突き刺さるようにめり込む。メキッと肋骨の折れる音が聞こえた。ビビが剣を杖のように地面に突き、それでも支えられなくて片膝を突いた。
「参りました」
潔いビビの宣言。剣が地面に置かれた。シオンがすっ飛んでいく。ビビは脇を押さえ苦しげながら自分の脚で橋を降りた。シオンがロングソードを回収してからビビに肩を貸して戻ってくる。ボクが差し出したグレードIIIポーションを受け取り、座って胴鎧を外し始めた。殿方たちへの目隠しとしてビビの横に立ち、ビビがブラウスをはだけてポーションを患部に塗りつけるのを見守る。
「ビビ。肋骨イってるだろ。もう1本グレードIIIを飲んでおきなよ」
もったいないとかお金がとか遠慮しがちなビビだったけど、けっこう痛かったんだろう。素直にポーションを飲んでいた。顔を顰めている。草の汁だからなあ。ボクも苦手なんだけどね。
「ビビの仇ね。ウチがいく」
そういってシオンが双剣を抜いた。背に括りつけてある鞘を外してやる。
「シオン。双剣にチェンジして間もないけど、いけるの?」
ビビがブラウスのボタンを留めるのに苦労しながら聞く。
「問題ない」
前を見据えて決然といい放ったシオンが5割り増しでカッコよく見えた。スタスタと橋へ歩き、狭い橋だなんて思えないほど身軽に乗った。そこまではカッコよかったんだけど、魔剣の魔力を抜くパフォーマンスを忘れている。
「シオーン。魔力抜き忘れてるぞー」
「あ。いけね」
魔剣を差しあげ魔力を抜く。軽く一礼し、シオンの身体がブレた。剣の技量とかなんかの前に圧倒的な手数で七将目玉トカゲにラッシュをかける。目玉トカゲは剣を合わせてラッシュの動きを止めようとするけど、相手の剣の軌道を読んでるシオンは手首を柔らかく使ってひらひらと花びらが舞うように相手の剣をかわしていく。その上、双剣は単純に手数が倍になる。押されて引いた七将目玉トカゲのさがるより早くシオンが踏み込み、高速度カメラじゃないと写せないほど無数の乱撃を浴びせた。金属音が1回。続いてボグッていう打撲音。1泊置いてパパパパンって連続4回の打擲音が響く。七将目玉トカゲは最初に剣を受け流され、開いた腕の肘関節を叩き割られた。崩れた体勢の左半身を頸の横、脇の下、肋骨の下、膝関節を強烈に撃ち抜かれその場に頽れる。残心までしっかり決まったシオンが詰めていた息を吐き出し、ぜいぜいと肩で息してる。
「仇は取ったぞー。次!」
なんか逞しい。惚れちゃいそうだ。と思ったら、シオンの視線がチラッとラウリに向けられた。なーんだ。好きな相手の前でええカッコしいしたかっただけかよ。もう1匹の中型目玉トカゲがゴジラのように重量感たっぷりで橋を渡ってくる。倒れた目玉トカゲの襟首を掴んで乱暴に引っ張っていった。その際、ロングソードも持ち帰る。向こう岸に仲間と剣を雑巾みたいに放り出し、再び橋を渡ってくる。シュリン、シュリンと背中から下方向へ双剣が抜き出される。これが副将。身長は前の七将とほぼ同じ。180cmくらい。腕がやや長め。あとは全身バランスよく締まり、痩せてもいず太ってもいない。魔力抜きパフォーマンスが行われ互いに構えて対戦が始まる。仕掛けたのはシオン。テレポートしたみたいな縮地で相手の間合いに入り左脇、右手首、左側頭部へのほとんど同時みたいな3連打を繰り出した。ヒュキンッ。ヒュキンッ。ヒュキンッ。ほとんど同時に風切り音と弾かれた剣の金属音が響く。副将の中型目玉トカゲはほとんど動かず、両手の双剣で左脇と右手首の攻撃を弾いた。目のいいメンバーは最後の左側頭部への一撃を弾いたのが尻尾の先だったことに気づいていた。尻尾の先に金属のキャップが嵌っている。キャップの先は尖っているから尻尾による刺突も致命傷になりかねない。相手は余計に1本手を持っているかのようだ。斬撃が失敗して瞬時にさがろうとしたシオンを副将目玉トカゲが追従する。左右同時にシオンの左肩口を上から、右胴を下から挟み込む攻撃が襲う。シオンが双剣を脇に立て斬撃を受ける。かわす余裕もないスピードだった。そしてその場でバク転するように回転し、真っ直ぐ突き込まれた尻尾の先を蹴飛ばしてかわす。着地の瞬間にも立て続けの斬撃が襲ってきたが、さすが瞬発47、神経速度44、反射46の鬼敏捷力。シオンは5撃を全部かわして脚払いをかませる。柔道じゃないから相手を転ばせる必要はない。一瞬体制を崩せば充分。たたらを踏みかけた副将が前傾の勢いを回転に変えて尻尾を振ってきたときがチャンスだった。先端以外は鎧われていない。胴体みたいに筋肉ミチミチで守られてもいない。伸びた尻尾をへし折りそうな勢いでシオンの右剣が叩きつけられた。ガッと呻いて副将目玉トカゲがよろめく。橋から落ちかけて慌てて足の鉤爪を立ててしがみつこうとした。シオンが跳ぶ。副将トカゲが慌てて体を向けようとした。着地したシオンが勢いで左に動くと見せかけて急制動をかけ右に突っ込むと、釣られた副将目玉トカゲは完全にシオンを見失った。それでも左腕を挙げて防御しようとしてたが間に合わない。シオンの双剣が副将の顎と側頭部に決まり、副将の意識を斬り飛ばした。シオン連続勝利。強いぞシオン。いけいけシオン。でも流石に実力伯仲する相手との2連戦は体力と気力の限界だったろう。
「シオン。ここで棄権しろ。次の大将はまるで未知数だ。無理しないでもこっちはまだ3人残ってる」
ラウリが呼びかけた。だけどシオンは腰をかがめ膝に手を突いてはあはあ息を整えながらこっちを向いて親指を立てた。
「未知数だから、できるだけ見て知る機会を作んなきゃね。ダイジョーブ。あかんと思ったらすぐ降参するから」
まるで山が動いたみたいに対岸の大型目玉トカゲが立ちあがる。ゴジラ並みの体重がありそうだけど、スルスルと流水のように橋を渡ってきた。崩れて横たわる中型目玉トカゲの襟首を握りつけると、無慈悲に引きずって片づける。橋の根元まで運び、ぐったりした中型目玉トカゲを思いっきり放り投げた。最低でも体重60kg以上はありそうな中型目玉トカゲを片手で5m吹っ飛ばせるほどの力って、どれほどものか。ふんっと鼻息ひとつつくと大型目玉トカゲはゆっくりシオンの前に戻ってきた。落ちていた中堅目玉トカゲの双剣を橋から蹴落とす。もったいなー。魔剣だってのに。売ったら金貨20枚は固いのに。大型目玉トカゲは身長220cmくらい。シオンとの身長差約50cm。シオンの頭が大型トカゲの鳩尾の位置。巨人と子供だ。疲れ切ったシオンを無理矢理にでも交代させればよかったと、すぐにボクは後悔することになる。
断剣ステータス「blade of eradication 断剣」
***********5年目
名前:マキシモ・バスタマンテ
転生:45歳
国籍:チリ
年齢:22歳
性別:男
【ステータス覚値:78】
筋力+4:21(25)
知力 :10
生命+2:12(14)
敏捷+2:19(21)
精緻+2:12(14)
感覚 :4
◎身長182。痩せ型。太眉。黒髪。鋭い目。笑うと垂れ目。鼻筋。短く刈り込まれた口髭と顎髭。右目の下に縦に傷跡。最初に結成したパーティをダンジョン遭難から脱出させたときの勲章。2名死亡でパーティは解散。途中参加のニコレ・バチスタと共に新パーティを組み行動。その後、セナとイムが参加。リーダー。元国際線パイロット。
◎真面目で、勤勉。ルーズさは少ない。教育レベルが高くジェントルマン。陽気な性格で、小さい時から女の子には優しくするよう教育されているため紳士的。
***********4年目
名前:ニコレ・バチスタ
転生:29歳
国籍:ブラジル
年齢:21歳
性別:女
【ステータス覚値:75】
筋力+2:12(14)
知力+2: 6( 8)
生命+1:10(11)
敏捷+4:19(23)
精緻+4:20(24)
感覚+3: 8(11)
◎身長168。Fカップ。顔立ちは白人傾向。黒髪。肌のみブラウン。ひいおばあちゃんが日本人。ドイツとポルトガルとインドの血も。元ブラジル海軍フリゲート艦CIC要員、レーダー技師。
◎ブラジルは世界で2番目に白人が多い国。明るく、話好き。食べるのが好き。大雑把な性格だけど罠解除のときだけは緻密。
◎「午前8時集合と言えば日本人は7時50分に来て、イギリス人は8時ジャストに来る。アルゼンチン人は5分遅れで、ブラジル人は30分遅れてくる」なんていわれてるけど海軍ではさすがに時間厳守。
***********3年目
名前:セナ・ヒロト
転生:30歳
国籍:日本
年齢:21歳
性別:男
【ステータス覚値:72】
筋力+2:16(18)
知力 :2
生命 :16
敏捷+1:18(19)
精緻+1:18(19)
感覚 :2
◎身長178。痩せ型。やや垂れ目がちのハーフ顔。紫髪。元ゲームプログラマー。双剣使い。根暗だが真面目。
***********2年目
名前:イム・ジユン
転生:25歳
国籍:韓国
年齢:19歳
性別:女
【ステータス覚値:69】
筋力+3: 9(12)
知力 : 5
生命+2:20(22)
敏捷+2:15(17)
精緻+3:14(17)
感覚 : 6
◎身長172。スレンダー体型。ロングの茶髪を後ろで1本編みにしている。嫌なものは嫌、好きなものは好き。女優・アイドル・歌手。ロングソード。韓国では新進気鋭で売り出し中のバトルアイドルのメンバー。




