21.ありふれた「井戸再来」と「洞窟」と「高速戦闘」
オーラさんからタルハン氏の単独ダンジョン入りと救難信号の件を聞いたのがほとんど19時近く。全員がボクを見たので、ボクもお返しにひとりずつ目を見つめる。命の危険を賭した遠征から帰ったばかり。旧知とはいえそれほど親交があったわけじゃない相手。狭くて暗くて臭くて汚くて、面倒で厄介で鬱陶しくて気が重いダンジョンへ潜り再び命を賭ける。嬉しいわけがない状況だったけど、みんなの目の中に拒否の光は感じられなかった。ため息をひとつつく。ここで知らない顔をしたら寝覚め悪いかなんてつぶやきが漏れる。
「じゃあ、いく。で決定ね」
「おう」「了解」「いえい」
そうと決まれば一刻も早くと思ったがなにせ時刻は19時。いま帰ってきたばかりで、新たなダンジョン探索のための物資も移動手段も用意できてない。ここから『黒い森の井戸』まで二角馬を走らせれば3時間で着くだろう。けどそれは日本の高速道路みたいな状況だったらの話。ベルダ・ステロの周辺道路は整地され舗装されているところもあるけど、郊外に出れば石と土と泥濘の未舗装道路だ。道を照らしてくれる街灯もない。天気は晴れだけど、今日の月齢はまだ5日。猫の爪程度で21時頃には没してしまう。月明かりもない荒れ道に馬を走らせたら間違いなく事故が起きる。
「夜道は走れないよね。だから出発は明日の日の出。明け方の5時にしようか。で、準備だけど。シオンとラウリでポーションの仕入れと食料食材の買い込みお願い。ポーションはグレードIを各自に1本ずつ。グレードIIを5本ずつ。って感じかな。お金はパーティ共有貯金から。お金持ちだしねボクたち。ノアはギルドで地図の用意と先行してる『断剣』さんの情報をゲット。ダンジョンで出会ったときにすぐわかるくらいの人相や特徴を聞きだして。ボクは警備隊にいって明日の報告ミーティングとかの予定をキャンセルしてくる。そのあと馬車屋で二角馬を手配。今回は救助なので荷車なしね。で、集合はボクたちが泊まってた『ゆのか』。あそこ経営大丈夫かってくらいお客さん少ないから、空きはあると思う。部屋を2つ取っておくから今夜はみんなでそこに泊まる。んなとこでいいかな。なんとか温泉は入れそうだ。じゃ解散」
ノアはギルドカウンターへ向かい、ボクとシオンとラウリはギルドを出る。シオンたちは西門方向。ボクは広場の向かい側すぐの警備隊庁舎へ。中央広場は露天の夜の部が始まっていて明るく賑やかだった。歩きながらなんかスースーした感じがして首を捻る。なんだろ。なんだろなんだろと考えて庁舎へ着く直前に思いあたった。転生して最初の3日間を除けば、この世界へ転生して初めてとなる単独行動のせいだ。シオン抜き、ひとりで街を歩くなんて初体験。自分が喜んでいるのかなと思ったけど、どうも違う。なにかぽっかり脇が空いた感じ。シオンやノアたちとつねにいっしょで、ワイワイギャーギャーしてることに慣れてしまったらしい。困ったもんだ。警備隊庁舎の1階受付カウンターは夜勤の警備兵に交代していた。といってもここの立哨や受付係はほとんど全員顔見知りなので、ボクのコミュ障も出番がない。
「おや。ミナトさん。おひとりで、どうされました?」
頭頂部が薄くなっている警備兵のおじさん。コヴァチェヴィッチ曹長って名だったはず。脚の怪我で内勤に移ったと聞いた。
「あのー。アチバドラフ隊長はまだいらっしゃいますか?」
「アチバドラフは城塞領主への報告で城にいっておりまして。もうそろそろ戻る頃合いだと思うのですが」
「そうですか。少し待たせてもらってもいいですか?」
「ええ。もちろん。なんなら修練場でお待ちになればいかがですか。いっしょに帰られた第2外周警備隊のメンバーも何人かいってるみたいですし」
「あ。はい。そうします」
夜だというのに警備隊の入口ロビーはそこそこ混雑していてざわざわ落ち着かない。売買トラブル。喧嘩の仲裁。なにかの苦情。陳情。逮捕されたスリやコソ泥の連行。警備隊がいちばん忙しい時間帯かも知れない。ロビーで人間観察する趣味はあまり持ちあわせていないので、そこそこに裏庭に回った。本庁舎と修練場の間は渡り廊下で結ばれていて、建物に挟まれた形で小さな中庭になっている。渡り廊下を歩いていると微かに風に混じる甘い香り。ふと見ると遠征前は咲いていなかった白い花が咲いている。こっちでの名前は知らないけど、あちらの世界のリコリスに似た繊細で華麗な花だ。その花に埋もれるように置いてある鉄製ベンチに、剣を抱えてぼーっと座っているビビが目に入った。ボクが前を歩いているのにも気づかず地面の一点を見つめている。なんだか思い詰めた表情に見えた。声をかけるのが躊躇われたのはボクのコミュ障の揺らぎ。とはいえパーティに誘った相手の真剣な表情を見過ごせるほどボクは薄情じゃなかった。
「ビビ。横。いい?」
「あ。ミナト。なんでここに。ひとり?」
「うん。明日の早朝、救援でダンジョンに潜ることになってさ。隊長と約束してた報告のためのミーティングがキャンセルになっちゃうから報告にきた」
「ダンジョン‥‥だって帰ってきたばかりじゃない。そんなにだいじな人なの?」
「だいじかといわれると、うーんってなるんだけどさ。前の救出クエストでいっしょにダンジョンへ潜った人。それだけといえばそれだけなんだけど、なんとなく見過ごしたら後味悪そうでね。他のみんなも同じ気持ちじゃないかと思う」
「そうかあ。ダンジョンかあ。怖いな。気をつけてね」
「うん。ありがと。今回の遠征でなんでか大金持ちになっちゃったんで、今度はグレードIのポーションも持っていくから」
「グレードIって!」
ビビが自分の右腕を見つめる。グレードIIのポーションで完全再生した腕だ。そのポーションよりもさらに上位のポーションなんて効果のほどなど想像もつかないのだろう。かくいうボクも想像つきません。なんたって1本100万円。全身骨折・内臓破損のグチャグチャ状態からでも生きてさえいれば復活可能っていうんだから、即死しなければいいってこと。
「安心でしょ。んで。ビビはどうしたのかな。なんか告白して断られた女子高生って感じの顔してたけど?」
「ジョシコーセイってなに?」
「ま。それは今度話すとして」
ビビがベンチの背もたれに背を預け、ふうっとため息をついた。
「告白して断られたのかもしれないわね。警備隊っていう生き方に告白して、そしたらオマエは警備隊にはふさわしくないって断られたのかも」
「どういう告白したわけ?」
「ミツォタキ副班長に手合わせしてもらった」
ミツォタキ副班長はンガバ副隊長に次ぐ剣の達人だった。力ではなくスピードと見切りで相手を圧倒する剣豪だ。普通だったらビビが敵う相手じゃない。
「どうなった?」
「勝てちゃうの。ミツォタキ副班長の次の動きが完璧に予測できちゃうし、剣筋が空中に流れる残像みたいにはっきり見えて‥‥。自分が次にどう対応したらミツォタキ副班長がどう応じるかさえ、動く前にわかるの。それに動きが遅い。遅く見えちゃうの。必死で見てても剣筋が見えないほどだったミツォタキ副班長の剣筋が、全部見えちゃうっていうかわかっちゃうっていうか。ああ。ミナトのいってたことってこれだったんだなってわかった」
「そっか」
「ミツォタキ副班長は私の目標だったの。私も一生懸命に修行していつかミツォタキ副班長みたいな剣の達人になるって決めてたのよ‥‥」
「そっか」
こういうときにかけるべき言葉なんて、ボクの浅薄なボキャブラリーには用意されていない。ちょっと気まずいようなそうでもないような、中途半端な沈黙が降りる。
「ミナト。あのさ‥‥」
いいかけたビビの言葉が無骨な濁声に消される。
「おお。ミナト君。どうした。他の連中は?」
ボクとビビが同時に立ちあがる。
「あ。はい。明日なんですけど、遭難冒険者の救援でダンジョンに潜ることになりまして。明日のミーティングに参加できないことお伝えにきました。申し訳ありません」
「ああ。いや。ぜんぜん問題ないよ。遠征後の3日間は休暇になるのが通例だからね。緊急の報告以外は後回しでも構わんさ。しかし、君たちも忙しいね。どこのダンジョンに行くのかな?」
「『黒い森の井戸』ダンジョンです」
「そうか、近いな。そうだ。足の確保はできているのかね?」
「足ですか?」
「移動だよ」
「ああ。いえ。これから二角馬を借りにいこうかと思ってます」
「なんだ。じゃあ、警備隊の馬を使いたまえ。いっしょに遠征から帰ってきて馬たちと気心も知れたようだし」
「え。あ。いや」
「日本人特有の『ケンジョウノビトク』とかいうやつかな。遠慮はいらんよ。馬たちも走りたがっているしな」
謙譲の美徳ってこの場合はちょと違う気がするけど。まあ。とりあえず遠慮しちゃうのは日本人の習性ではあるかな。
「あ。はい。ありがたくお借りします。助かります」
横に立つビビに借り出しの手順を聞こうと目を向けたとき、ビビが前に踏み出た。
「あの。隊長。すみません。休暇。休暇をいただけないでしょうか?」
アチバドラフ隊長は目を細めてビビを見る。
「休暇か。通例の遠征明け3日休暇では足りんか。延長したいということだな。理由は?」
「私もミナトたちといっしょにダンジョンに潜りたいと思います。冒険者の体験をしてみたいと」
隊長のビビを見つめる視線がレーザーみたいになった。ビビが気圧されて直立不動の姿勢になってる。
「なるほど。わかった。いいだろう。期間不定で休暇を認めよう。ミナト君。ドワイヨン2士を任せてもいいかな?」
急だったけど、パーティに誘ったのはこっちだしな。
「えと。はい。自分の命は自分で守ってもらいますけど、それ以外はお預かりします」
アチバドラフ隊長の目が自立する娘を見るような温かいものになった。明日の出発時間を聞いて厩舎に手配しておくといい、アチバドラフ隊長が手を振りながら去る。その背中が見えなくなったとたん、ビビが後ろにさがってベンチにへたり込んだ。大きなため息をつく。
「ママになんていおう‥‥」
「ビビの思ったこと、考えてることを素直にいうしかないんじゃないかな」
「うん」
ボクたちは厩舎にいき、二角馬5頭の借り出し手続きを済ませた。その足でギルドへ戻りビビの冒険者登録とパーティ仮登録を済ませる。そこらにノアがいるはずだけどほっといて、ボクはビビを『ヴァイツゼッカー武具店』へ引っ張っていった。ボクと同じ革鎧から手甲脛当一式と冒険者風パンツシャツ一式、リュックとポーションケース付きヒップバッグなど丸ごと買い込んだ。ビビは当然遠慮した。でも警備隊の制服着てダンジョン潜りなんて論外。ダンジョンで行動するために適した装備・服装をしないと、怪我したりしてみんなに迷惑をかけるからっていって押し切った。もちろんブラウスの色は紫。雑貨店にも寄って水筒や浄水器、鍋などの小物や水葉の束なども細々と買い揃える。小物の分はビビが自腹で払った。警備隊の給金は丸ごと家に入れているから普段なら僅かな小遣い程度しか持っていないけど今回は男爵の遺産の分け前がある。こんなに一度に大金を払ったのは初めてだといっていた。パーティ参加特典として寝袋と結界魔導器はボクの払いで買う。ビビのママさんが反対して結局今回は参加しないことになるかもしれないけど、それならそれでボクの予備装備にすればいいだけだから。自分の物を買うより人の物を買って、相手が戸惑ったり喜んだりしている表情を見るのって思ったより楽しかった。買い物依存症にならないよう注意しよう。大荷物を持って『ゆのか』へ向かう。部屋は問題なく空いていた。大丈夫かな、ここの経営。ビビはママに話してくるといって気合いを入れると宿を出ていった。他のメンバーがまだ戻る様子がないので、フロントに伝言を託けて大浴場へ。当分入れなくなる分、ふやけるまで堪能した。
翌朝。グラニという名のボクの乗馬は、秋の早朝の冷気の中で全身から湯気をたなびかせて街道を駆け抜けた。走ろべくして生まれた生き物がポテンシャルのすべてを発揮して疾走する。その筋肉の躍動から、純粋な歓喜が乗り手のボクにまで伝わってきた。どんよりとした曇り空だったけど、馬たちの身体を直射日光で炙らずに済んだ分よかったかもしれない。1時間走って30分休ませる。結局休憩1回だけの2時間半でダンジョン『黒い森の井戸』に到着した。時刻は午前7時半。ビビの誘導で穴淵街にある厩舎のひとつに馬たちを預ける。先の遠征で亡くなった馬好きのエウフロシネ・ラリス1士が懇意にしていた厩舎だそうで、馬たちをだいじに扱ってくれるとのこと。厩舎近くに屯するポーターに声をかけ、5人雇う。前日遅めに到着したダンジョン潜りの冒険者たちは穴淵街で1泊し、夜明けと共に潜っていくので午後7時半は遅い時間だ。ポーターたちもひと仕事終えて暇していた。『黒い森の井戸』はその名の通り巨大な穴の底にあるため穴の壁面に設けられた石彫りの階段をおりなくてはいけないのだけど、途中階段が崩落した部分では階段代わりの木の杭を足場にしておりなくてはならない。身体能力は以前よりはるかにあがっているんだけど、高所恐怖症は身体的な問題じゃないから今回も苦手すぎた。初めてのビビも結構萎縮している。ビビがビビってる、なんて日本語圏の人間じゃなきゃわからないオヤジ駄洒落を飛ばすシオンにげっそりしつつなんとか降り切った。
「じゃあ。ここから3階層への降り口まで最短コースで抜ける。前回と同じなら1時間で踏破できるはずなんだけど、撤退してきた冒険者からの情報でダンジョンの2階層で魔物と遭遇したっていう報告があるんだって。魔物が出るのは地下3階層からっていわれてて前回はそうだったんだけど、ここ数日2階層でも魔物と遭遇したって。で、1階層2階層が混雑っていうか混乱っていうかしてるみたい。なんらかの異変が起きているようなんだけど、入り口から魔素が溢れるほどダンジョン自体が活性化してる様子はないからダンジョンブレイクじゃないと思う。とはいえなにが起きてるのかわからないから用心して進もう」
全員が頷く。
「えっと。救難信号が発せられたのは4日前の13時。『断剣』さんが出発したのは同日の16時。穴淵街に到着したのは19時前後。この時間に絶壁を降りるのは自殺行為だから穴淵街で1泊したはず。とすればダンジョン入りしたのは3日前の朝。罠解除の経験があるメンバーがいて、前回のボクたちの最短進行ルートが記された地図は持っていると聞いてる。それ以前のアバウトな表記のじゃなく、部分拡大で罠の種類から発動スイッチの形状や位置関係まで記した親切丁寧地図の方ね。なので『断剣』さんたちは罠しかない1階層なら1時間で抜けたはず。2階層は慎重に進んで1日がかりだとして3階層到着は2日前の昼頃って感じ。3階層は魔物も強くなってくるから昨夜は4階層への降り口近くでキャンプしてるだろう。ってことはいま4階層の攻略中って感じなんだけど‥‥」
ボクはノアを見やって話を譲った。
「ギルドで仕入れた情報なんだが。3階層に降りた先に分岐のある巨大なホールがあったの覚えてると思う。昨日の昼頃、そこで魔物の大群と複数組の冒険者パーティが衝突してかなり大規模な戦闘になったようだ。最終的に魔物は殲滅できたんだが、こっちにも10人近く重傷者が出てベルダ・ステロに緊急搬送されてる。そこから負傷者といっしょに撤退してきたパーティのメンバーが、戦闘に『断剣』が参加してたっていう話をしてるんだ。つまり昨日の昼にまだ3階の入り口にいたってことらしい。かなり遅れてる。魔物の異常発生と関係してるんだろう」
「進行が遅れてるなら『断剣』さんたちまだ3階層の途中ってことも考えられる。最短コースを進んでいるはずだからボクたちも同じコースを進めば合流できるはず。ただ、中の状況がわからないから油断しないよう、慎重に進もうね」
ビビも含めて全員がエコーロケーションを使えるようになり、ボクとシオンが交代しながら先頭を進み叩き棒で壁や床を叩くだけでずんずん進める。全員が罠や罠スイッチの位置を把握できるので、いちいち言葉で指示する必要もなくスイスイ罠を抜けられる。ビビもすぐにエコーロケーションのコツを掴みまったく遅滞なくついてくる。地下1階層を20分で抜ける。地下2階層の中頃で3匹の『飛び手』と遭遇。通路を早足で駆け抜けながらそのとき先行していたシオンが壁を蹴って宙を飛び、天井にいた2匹をナイフで斬り捨てた。左の壁に取りついてた1匹はビビが斬る。
「魔石回収まで小休止にしよう」
ラウリが自分から手をあげ、壁に耳をつけて警戒役をしてくれる。その間にボクとシオンはダンジョン内でのおしっこの仕方をビビに教えた。下が土なら穴を掘って事後に埋めるけど、岩ならカラカラに乾燥させた水葉を何枚か床に敷きそこに排尿して吸わせる。股間を拭いた水葉で敷いた水葉を覆うようにしておく。するとだいたい2時間くらいでダンジョンが水葉もろともオシッコを吸収して跡形もなくなる。水葉など使わずに垂れ流しても2時間で吸い取られてしまうけど、その2時間内に他のパーティが通ったら他の人の靴を汚してしまうわけで。やっぱマナーは重要です。10分休憩して魔石を回収し、全員のオシッコも済ませる。経験値は1万2000ゲット。そこから10分進み、膨らんだ部屋に出る手前で部屋中に蠢く多数の個体を感知した。群れがざわっと動いてこっちを向いたことから群れもボクたちを感知したことがわかる。ヒュンヒュンと空気を切り裂いてミニチュアの矢が通路に打ち込まれボクらの数m手前で勢いを失いカラコロと床に転がる。『蛞蝓人間擬』、通称『人モドキ』の群れだ。こいつらはつねに群れている。今回も100匹近いオーダーで床だけじゃなく壁や天井にまで張りついている。以前戦闘したときは聞こえなかったけど、感覚値があがって人モドキの声が「クップ。ゲポ」っていうゲップみたいな音として聞こえた。100匹近いと、その声が重なって地獄谷の沸き立つ泥みたいになる。ボクは矢の届かない位置で壁に耳を当て、秘密兵器『パチンコ玉』をベルトポーチから取り出した。この世界にパチンコはないので実際の用途は馬車とかの車軸のベアリングなんだろうけど、要は直径1cmの鉄球。どうやって使うかといえばアンダースローで投げる。すると投げた先で床に落ちそこで衝突音を発生させるので、離れた位置の状況をエコーロケーションで感知できるってわけ。
「あらら。奥に通路3本。いちばん右の通路の奥に人がいる。人モドキの気配もあるからおそらく戦闘中。火炎弾は酸素消費が大きいから1発だけ。奥に撃って人を巻き込んだらまずいから手前のみ。その後ボクの稲妻魔法で数減らす。残敵は突撃で。じゃあ。ノアから」
ノアが壁に張りつくように前へ出て左手の魔法シールドを起動する。矢を弾きながら部屋に踏み込む直前で止まり、天井に向けて火炎弾ランチャーを発射した。シュポンと間の抜けた音。そしてゴウっと火炎が渦巻く音と光。
「雷竜。いっくよー」
脳内構築された雷魔法陣を使うから魔素消費は少量で、前みたいにぶっ倒れることはない。いちいち魔法名を宣言する必要もないんだけど、そこはなんというか気持ちの高揚効果だ。床で戦っているところを上から弓で狙われるのがいちばん厄介だから天井の人モドキを優先して掃討する。雷光が人モドキから人モドキへホーミングするみたいに流れ刺さるから効率がいい。ノアの火炎弾で天井の手前半分20匹ほどの人モドキを黒焦げにし、その後のボクの雷撃で28匹の人モドキが炭化しつつ破裂して散った。残るは床にひしめく50〜60匹の人モドキだった。ノアとラウリとビビが腕の魔法シールドを展開し、雄叫びをあげて突っ込んでいく。ボクとシオンは1歩遅れて天井の撃ち漏らしに警戒しながら進む。シオンが奥の天井に生き残ってた3匹を見つけ、火炎魔法で焼き払った。
「天井の掃討終わり。上からの安全は確保」
そうみんなに声をかけボクもロングソードを抜く。軽く魔力を通すと青っぽく光り始める。正面はラウリの双剣が大車輪のように回転し、密集している人モドキが集団で細切れにされてる。中央右手がビビで斬り方によっては即死しない人モドキを丁寧に3回斬りつけて確実に屠っている。中央左手はノアで、バスターソードを縦横に振り回して受けようとした人モドキの剣ごと両断し吹き飛ばしている。ノアの方へいくと豪快な無双に巻き込まれそうだったから、ビビ側で1匹につき3回斬りを真似て切り倒しつつまだ動いているビビの斬り残しを確実に始末していった。人モドキは混戦になると連携もなにもなくなり、剣や棍棒を闇雲に振り回す素人同然と化すのでつい舐めてしまいそうになるけど油断がいちばん禁物。軟体の肉が厚く致命傷となる重要臓器の位置も人間とは違うため袈裟斬りして左右に切り裂いても平気で反撃してきたりする。魔剣を使う近接戦はじつに静かな戦闘だった。基本的には肉を斬り分ける微かな切断音だけ。主にノアが剣ごと斬り飛ばすときに接触する金属の音がチュインと鳴る程度。ボクやラウリやシオンは原則として剣と剣を合わせないし、ビビも剣を合わせない戦い方を急速に学習していた。ヒュン。ヒュパッ。ヒュッ。ヒュン。チュイン。ヒュパ。と風切り音。右からきた人モドキがゆっくり振りかぶる。動きがスローモーだ。開いた脇を横に払い、返す剣で脳天から真っぷたつにした。人モドキが纏う殻甲など紙と変わらない。斬ってるうちに学習する。人モドキは人間なら脳がある位置には目とか口とか鼻とかの末端器官しか収まっていず、人間なら延髄の下、肩甲骨の間くらいの位置に脳があるようだ。それともうひとつ人間なら心臓のある位置にも補助脳みたいなものがあり、両方を破壊されなければ死なないみたいだった。奥の人モドキが矢をつがえている。狙いはボクだ。放たれる。見えてさえいれば射線から外れるくらい容易だ。半歩足をスライドさせ身体を開けば放たれた矢が胸の横を通り過ぎていく。こっちの身体の占有空間把握はミリ単位だし乳房が揺れることによる誤差も織り込み済みだ。
「ミナト。天井の穴。新手」
足を止めると狙い撃たれるので動きながら上を見あげる。よく見ないと紛れて見づらい天井の穴から、ゾロゾロとさらに十数匹の人モドキが矢をつがえながら這いだしている。密集してるいまが狙い撃ちのチャンス。ボクは2回目の雷魔法陣を脳裏に描いた。電弧が天井へ飛び、穴から這いでる人モドキを数珠繋ぎに結ぶ。
「よし。フロアはクリア。あとは通路内の人モドキだけだよ」
ビビが最後の人モドキを8つに分断して声を出した。ガイーン。ギャリギャリッ。チュイーン。ギャリンっていう斬り結ぶ音が前方の洞窟内のから響いてる。
「ウチがいく」
シオンが短剣を抜いて通路内に突っ込んでいった。慌ててボクはパチンコ玉を通路内に放り投げる。ラウリが光魔法を使い通路内を照らした。シオンに視覚的・聴覚的サポートをする。通路内に8体の人モドキと3人の冒険者が揉み合っている聴覚イメージが得られた。シオンが突風のように迫り、人モドキを背中から斬り倒す。シオンも的確に弱点を斬り裂きあっという間に8体を切り伏せていた。
「大丈夫ですか?」
通路奥にいた男性3人の冒険者たちが部屋まででてきてへたり込む。ボクはざっくりと脇腹を斬られて出血してるひとりの傷口にグレードIIIのポーションを振りかけながら聞いた。
「あ、ありがとう。助かった。自分たちはDランクパーティ『不倒の意志』という。ダンジョンの様子が変でいったん上の階へ戻ろうと引き返したら、人モドキの大群に退路を封じられて」
リーダーらしい冒険者が飲んだ水に咽せながらいった。
「あ。『妖精と牙』っていいます。Cランクです。で。様子が変って。どんな感じに変なんですか?」
とか名乗っているうちにも大量の死骸が昇華し始め、『不倒の意志』の3人は覚値獲得刺激で言葉を詰まらせた。身体のむずむずが治まってようやく答えてくれる。
「変っていうのは‥‥魔物が溢れ返ってるみたいなんだ。3階層への階段付近なんか魔物同士の争いまで起きてるくらい過密で。罠を解除してる最中に魔物に襲われたり、徘徊してる魔物が毒ガス罠を作動させて一帯を通行不能にしたりアクシデントだらけなんだ。とにかく魔物が多すぎる。君たちは先へ進むのか?」
「進みます。救出任務なんで。でも。助かりました。情報ありがとうございます」
そんな話をしているところへシオンとラウリがやってきた。
「ミナトー。魔石集めたよ。全部で中魔石136個あったー」
人モドキは経験値500だから、獲得経験値6万8000だ。
「ありがとシオン。じゃあ山分けしましょう。8人で割るとひとり17個ずつ。なので。『不倒の意志』さん3人で51個です。どぞ」
5カラット中魔石は1個銀貨2枚だから銀貨102枚。102万円相当。3人で割れば34万円。今回のダンジョンアタックは失敗でも足が出ることはないだろう。自分たちは助けてもらったんだから受け取れないとかなんとか遠慮揉めのひと幕はあったけど、ボクとシオンとビビがにっこり笑うと悩殺されたみたいでいわれるままに受け取り地上へ引き返していった。
「ミナト。僕もラウリもレベルアップしたぞ。ミナトたちと同じレベル122だ」
ノアが報告してきた。今回の獲得経験値がわかっているから、逆算すると現在のノアたちとビビの経験値の想定幅がかなり狭められる。ボクたちは先を急いだ。3階層への降り口に達するまでに罠が2箇所、小さい戦闘が何回もあった。連結蟲の群れが30匹近くうねる部屋はボクとシオンの火炎魔法で焼き払った。魔石270個と経験値54000をゲット。魔石回収中に現れた連結蟲単体1匹をノアが仕留めさらに経験値200を追加で得た途端、ビビが「あ。レベルアップした」と胸を押さえた。レベル121からレベル122になるには総獲得経験値が7918324を超えなければならない。それによりビビのこの時点の総獲得経験値が誤差はあるけど7918400だとわかる。ビビとボクたちの経験値差がわかっているから、ボクとシオンは現在8157100でノアとラウリは8036100だとなる。連結蟲1匹が走り出してきた方向がそもそもボクたちの進行方向だったので注意して進むと、水の染み出す小空洞で狩った連結蟲を食べている鎌鼠の群れがいた。気づかれないように後ろを通り過ぎるなんてできる広さじゃないのでここは奇襲で斬り伏せる。魔石20個と経験値8000を得た。異常なほどの遭遇率だ。さらに進んでようやく3階層への降り口に到着する。すると降り口は人モドキ10体がたむろするように封鎖していた。シオンが石を投げて注意を反対側に向け、その隙に全員で突っ込んで斬り倒した。魔石10個と経験値が5000追加。降り口の周辺にまだ新しい冒険者の装備が何セットも転がっているのをビビが見つける。ここで犠牲になった冒険者がいたのだ。遺骸は食われたか持ち去られたかダンジョンに吸収されたか。骨も見当たらない。先を急いではいたけど冒険者タグだけはできるだけ探して回収した。装具の種類からしたら10人以上が犠牲になっているようだけど、見つかったのは5人分のタグだけだった。全員で手を合わせてノアがポーションポーチにしまう。
3階層に降り、ボクたちの前回の進行ルートを進む。飛び出し杭の罠を作動させて通過。その先、昨日大規模な戦闘があったという大空洞では飛び手の群れと2回遭遇して6匹倒した。大空洞を過ぎた先にある無数の針を全周に飛ばす爆発罠の起動スイッチを避けて通過し、その先の大部屋で人モドキの小集団に遭遇して32匹倒す。毒ガス爆発罠は起動スイッチが40箇所もあり、踏まないように進むには飛石の要領で飛び渡っていくしかなかったけど全員地面の下が『視えて』いるので容易かった。罠を抜けて先へ進むと以前はなかった枝道ができていて、エコーロケーションで探るとその先に行き止まりの小部屋ができている。それほど距離はなかったので今後のためにも調べておくことにした。エコーロケーションで探ると、奥の小部屋に石ヒトデが4匹天井に張りついている。宝箱も置かれていた。石ヒトデ経験のないノアたちに対応法を教え、通路を枝分かれ部分まで誘き出して1匹づつ始末する。ここにも犠牲になった冒険者がいたらしく、小部屋の隅に風化したみたいに割れ砕けた人骨と共に冒険者タグが2個転がっていた。ダンジョンで命を落とすと最終的にダンジョンに吸収されてしまうのだけど、血と肉と骨とでは吸収されるスピードや方法が違う。血や体液は数時間から1日。内臓や皮膚は1〜2日。毛や肉は2〜3日かけて壁や地面に吸収されていく。骨は吸収されず、10日〜20日ほどかけて『メンテ蟲』が噛み砕き餌にするという。宝箱の中身は金貨が18枚と巨大なルビーが2個。さらに先を急ぐ。吊り天井が4つ連なる場所がある。最初の1個を起動させて天井を落とし、落ちた天井を迂回して奥にいこうとするとそこには飛び出し槍の罠。それも作動させて下を潜るとその先に床全面が作動スイッチになった爆発罠があり、起動させないためには3mの幅跳びをしなければいけなくなる。そして3mと30cm先には落とし穴が設置されているという複合罠が出てくる。落とし穴に落ちないためには、3m跳んで30cmしかない帯状の安全地帯に正確に着地しなくてはいけない。こんな風な意地の悪い複合罠だけど以前も通った道だから無難に抜けることができる。休憩も取らず先を急ぐと、膨らんで部屋状になった部分で連結蟲の群れふたつが争い共食いしてる現場に遭遇した。総数にして30匹ほど。床が蟲で埋まり蠢く。おぞましい光景だった。ノアとラウリのランチャーで火炎弾2発を撃ち込み消し炭にする。ここで魔石292個と経験値5万8400を得た。
単純な金属杭突出罠が連続して21ヶ所密集したエリアを駆け抜けた。起動スイッチの位置に蛍光オレンジのスプレーみたいなもので目印が描かれていて、速度を落とすことなく駆け抜けられる。そのまま早足で先を急ぐと洞窟通路の奥から金属音が響いてきた。激しい剣戟の音のようだ。足音を忍ばせ壁に張りつくように先へ進む。洞窟通路が「く」の字に折れている所まで進み、角からひょいと頭を出して覗く。その先は中くらいの規模の空洞部屋で、遥か昔に崩落でもあったのか部屋の中央で身長の倍はある巨岩が積み重なり瓢箪型の隘路になっているようだ。その隘路部分で人と目玉トカゲが揉み合っていた。へこみと傷だらけのブレストアーマーを着けたボディービル体型の盾持ちお兄さんがタンク役になって2体の目玉トカゲの斬撃を弾き返している。隘路は小柄な目玉トカゲ2体が横に並ぶとめいっぱいな狭さだ。タンクお兄さんの横に双剣を構えた痩せ型お兄さんがいて、タンクと呼吸を合わせて目玉トカゲに斬撃を浴びせ侵入を押し返していた。3匹目が無理やり体を捻じ込んで手前側に抜けようと試みるけど、双剣のお兄さんに斬りつけられて奥へ引っ込む。その揉み合いから少し離れた床に緑の髪のめちゃくちゃスタイルのいいお姉さんが座り込み、その前に青いショートヘアで小柄なお姉さんがショートソードを構えて仁王立ちになり守ろうとしていた。明かりは床に置いてある魔導ランタン2個。隘路の奥までは光が足りない。隘路の向こうに何匹の目玉トカゲがいるのかわからなかった。ボクの下からシオンが覗き、上からノアが覗き込む。ボクは壁に押しつけられてしまう。うげ。満員電車かここは。ビビはいい子でラウリはさすがにジェントルマン。人を押し退けてまで覗き込もうとはせず、列の後ろで背を向けて後方からの奇襲に備えてる。気合いの声が響いた。シオンの頭を押しさげて覗くと、タンクのお兄さんと双剣のお兄さんが同時に突き立てた剣を引き抜くところだった。1匹の目玉トカゲが前のめりに倒れる。もう1匹は後ろに引いたようだ。目玉トカゲのラッシュを押し返したと思った途端、矢が射掛けられ大楯の隙間を抜けた矢が後ろのお姉さんに刺さりそうになった。双剣のお兄いさんが慌てて岩に張りつく。
「ジユン。立てるか。罠の位置まで後退できるか?」
盾の陰に身を縮めるタンクお兄さんが後ろを振り返って声をかけた。ジユンというのは座り込んでいる女性のことか。その女性に代わって前でガードしている女性が答えた。
「マキシモ。かなり厳しいよ。腿をざっくり斬られてる。ポーションで出血は止まったけど動いたら傷口が開くかもしれない。ゆっくりでしか動けないよ。魔物から逃げて後退なんてできそうもない」
「いや。ニコレ。私立てる。肩を貸してくれれば動ける」
青髪小柄のお姉さんの名はニコレさんか。間違いない。ボクたちが探してた『断剣』の方々だ。タンクの方はマキシモ・バスタマンテさん。チリ出身の評判の良いリーダー。双剣のお兄さんがセナ・ヒロトさん。日本人だって。青髪の小柄女性はニコレ・バチスタさん。ブラジル出身の陽気な罠解除師。怪我をしている緑髪高身長女性はイム・ジユンさん。韓国出身の方だ。感覚値があがるといいことだらけだ。薄明かりでもかなりな状況が見て取れる。隘路の向こうはわからないけど、こちら側に関してはほぼ見切れた。壁の状況、床の状況、隘路を作る落石の状況。空間認識は物凄く便利だ。ボクは何通りかのシミュレーションを脳内で演算する。最適解らしきものが浮かんで、ボクは声を顰めて仲間に指示した。
「見つけたね。助けるよ。ノアはこのまま真っ直ぐ声かけしながら突っ込んで、タンクのバスタマンテさんと交代。シールド張り巡らせて。ボクとシオンで両側から壁沿いを走り、直前で壁を駆け昇る。崩れた巨大岩の天辺を利用して向こう側に跳び越えるから。シオン。あっちの壁の手前側から壁にあるでっぱりを足場に岩の上に駆けあがる道筋見えてる?」
シオンが親指を立てて「ふんす」とドヤ顔をした。
「オッケー。タイミングを1歩分ずらしてまずボクが岩の上に着地し、向こうの様子を索敵する。イケると思ったらそこからさらにジャンプしてトカゲの背後に着地しつつ空中で目潰し閃光魔法と火魔法攻撃。ボクが火炎魔法を撃ったらシオンも続いて。酸欠もあるから1発ずつにしよう。火魔法が着弾したらノアとラウリが突っ込んで前からラッシュ。ボクとシオンは後ろから攻撃。ただし、奥にいる敵が手に負えないくらい多かったら撤退を叫ぶから、シオンは岩を蹴って戻って。全員でシールドを展開して『断剣』さんをサポートしつつ罠まで撤退。ビビは怪我したジユンさんにグレードIIIのポーション使って。その後は後方警戒もお願い。撤退になったら全員で火炎魔法と火炎弾攻撃ね。ボクが酸素を作るよ」
「酸素って、作れるの?」
聞いたのはビビ。
「雷魔法の応用。水魔法で水を作って電気分解。何回か練習したから大丈夫でしょう。んじゃ、いくよ。ノアは声かけ忘れないでね、敵と思われて攻撃されないように」
「まかせろ」
「よし。いく!」
全員が走る。ボクは壁の曲面に沿って右ルート。シオンは左ルート。足掛かりになる岩の突出とか脳内でマーキングしながら走る。魔装具の力もプラスされボクの脚力は+27だ。これって17歳女性平均脚力の3.7倍。100m走平均14.5秒が3.6秒で走れる。あっちの世界だったら世界記録なのになあ。とはいえそんな人外のスピードは、ミサイルに追尾されるくらいの緊急事態じゃないとそうそう出すもんじゃない。100mを5秒もかけるほどの余裕ある走りで周囲の状況をしっかり把握しながら走る。シオンは魔法陣構築が苦手なので未だ呪文を唱えていた。口元で小さくつぶやいているだけだけど、カクテルパーティ効果ってやつでそこそこ聴こえる。魔法攻撃のタイミングを合わせやすい。
「『断剣』のみんな。『妖精と牙』だ。助太刀するぞ」
ノアの大声が聞こえる。ガタイはでかいけど脚力+47もあるから17歳男子平均100m走14秒が1.26秒で走れちゃう。これはあくまで計算上での話。実際衣類や鎧や剣を背負っているからもう少し遅れるけど、超人レベルなのは間違いない。声かけした次の瞬間にはもう隘路に到着し、バスタマンテさんの構える大盾の隙間から手を入れて魔法盾を発動させていた。
「ここは代わる。少し休んでくれ」
そういいながらバスタードソードを突き出し目玉トカゲを1匹真っぷたつにしていた。その頃にはまずボクが、続いてシオンが壁の足掛かりを蹴って宙に跳んでいる。空中で身体を半回転させ、巨岩の上に着地しながらひと目見る。ノアが展開した魔法シールドの青い光で、隘路の奥に押し合いへし合いしている目玉トカゲの全体が把握できた。前衛に23匹。斬り倒されたのが5匹。後衛に10匹の目玉トカゲが弓をつがえていた。これならいける。ボクは岩を蹴って隘路の向こう側へジャンプし、同時に圧縮光球を造って真下へ射出した。破裂するタイミングに合わせて声をかけ注意を向けさせた。
「シオン。イケる。ほーい。目玉はこっち向けてね、っと」
ボクが空中で目を閉じた瞬間。ピカッ。下から目が眩んだ目玉トカゲの悲鳴があがる。次の瞬間、ボクの魔法陣式火炎魔法が着弾していた。1秒遅れてシオンの空中詠唱火炎魔法も着弾。世界が紅蓮の炎に包まれる。ボクの身体は壁の足がかりを2回踏んでスピードを殺しつつ下へ。隘路から魔法シールドを展開しつつノアとラウリが突入してくるのが見えた。爆発火炎はコンマ4秒で霧散する。前衛で5匹、後衛の弓トカゲは4匹がかろうじて生き残っていた。奥の1匹の背後に羽毛のようにふうわり着地する直前、オロオロしている目玉トカゲの頭部を十字に斬り分けた。南無阿弥陀。床にうずくまっているもう1匹の目を押さえた手ごと首を斬る。次を探して振り向くともう1匹も残っていなかった。シオンと目が合うと親指を立てて「やったね」の合図をしてきた。隘路の方へ戻りながら念のためのトドメを刺す。魔石拾いはシオンとラウリに任せ、隘路を抜けて『断剣』メンバーのいる方へ向かう。全員が怪我をしたジユンさんのまわりに集まっていた。
「他にお怪我をされた方はいませんか?」
ボクが聞くとリーダーのバスタマンテさんが答える。マキシモ・バスタマンテさん。転生して5年目。南米チリの出身。22歳。身長182。痩せ型。太眉。黒髪。鋭い目。笑うと垂れ目。通った鼻筋。短く刈り込まれた口髭と顎髭。右目の下に縦に傷跡がある。最初に結成したパーティをダンジョン遭難から脱出させたときの勲章。2名死亡でパーティは解散。ニコレ・バチスタさんと共に新パーティを組み『断剣』と名乗る。その後、セナさんとイムさんが参加していまに至る。元国際線パイロット。機長だったそう。
「幸い他は無事です。ありがとうございました。助かりました」
「いえ。お気になさらず。ボクたちは『断剣』の皆さんにお願いがあって追いかけてきました」
「お願いですか?」
そこまで話したとき魔物の分解が始まった。目玉トカゲ38匹分の経験値3万8000が蓄積される。ボクとシオンの蓄積経験値が834万8300になってレベル123の境界経験値を超えた。胸の奥がウズっとなる。『断剣』の皆さんはそれどころじゃなかったようだ。「うくっ」とか「あうっ」とか「うわわっ」とか「ああん」とか悶え声をあげてしまう。身体の内なる震えが治まってようやく口が聞けるようになったバスタマンテさんが息を振るわせながらいった。
「こ。こんな、大量の覚値。信じられない」
「一度に5とか6とか獲得できたみたいですね」
「あたしは6もついてる。す。凄い」
ニコレ・バチスタさんが自分のスレテータスパネルを見ながらいった。ニコレ・バチスタさん。転生して4年目の21歳。南米ブラジル出身。身長168cm。グラマラススタイルでFカップ。顔立ちは目がぱっちり大きく鼻筋が通った白人っぽい造作。黒髪。肌のみブラウン。ひいおばあちゃんが日本人でドイツとポルトガルとインドの血も混じっているそう。前世の経歴も凄くて元ブラジル海軍フリゲート艦CIC要員だって。レーダー技師だったのと関係あるのか、パーティの罠解除役を務めている。その声につられてセナ・ヒロトさんとイム・ジユンさんも声に出して申告した。
「僕は7だ」
セナ・ヒロトさん。ボクたちと同じ日本出身。転生3年目の20歳。身長178。痩せ型。やや垂れ目がちのカッコイイハーフ顔。なぜか紫髪。あっちではゲームプログラマーだったそうだ。双剣使い。根暗だが真面目という評判。
「私も7よ」
イム・ジユンさん。韓国出身。転生2年目の19歳。身長172。スレンダー体型。ロングの茶髪を後ろで1本編みにしている。嫌なものは嫌、好きなものは好きっていうきっぱりした性格を反映したクール系美女。あちらでは女優でアイドルで歌手だったそうだ。38000の経験値で5〜7の覚値獲得ということは全員レベルにして30台後半だったという感じだ。これでCランクというんだからリーダーのバスタマンテさんの指揮が優れているのだろう。
「とりあえず休憩しませんか。ウチらもずっと全速で進んできてたし。ジユンさんも怪我が回復したばかりですからねー。安全確保して、軽く食事を摂って。話は落ち着いてからってことにしませんか。詳しい自己紹介はそのときにってことで。ウチはシオン。『妖精と牙』の渉外担当でーす。あっちのデカイのがリーダーのノア・ロビンソン。で、この借りてきた猫みたいのが影の黒幕ミナトです。実質リーダーなんだけど見ての通りコミュ障なんで変なこと口走っても気にしないでくださいね。んじゃウチとラウリで先行して索敵してくるね。いきがてらあの隘路のところに結界魔導器仕掛けておく。ノアとビビは入り口の方に結界魔導器。みんなのおろしたリュック類も運んでね。よしと。それで安心して休めるでしょ。ミナトは火起こしと簡単スープ作りね」
変なこと口走るとかって、なんじゃそれ。まあ、初めての人たちで人見知りが出てるから作業に集中できるのはありがたいけどさ。なんとか会釈だけして挨拶を済ませ、石でカマド作って固形燃料を出して魔法で着火。鍋ケトルを3つ火にかけ湯を沸かす。9人分だから結構な作業だ。刻んだ羊歯茸を落として水から茹でる。濃厚な出汁はこれに限る。湯が沸いたら水葉芋をひとり2個分で入れ、携帯糧食バーを割り溶かす。トロッとしたところに鎧牛のビーフジャーキーを解して混ぜる。軽く塩胡椒をしてクツクツ煮るだけでとっても美味しく食べ応えもある雑炊のできあがり。火の周りに車座になって食事と水分補給が始まった。食べながら互いに自己紹介。ボクたちはギルドから『断剣』メンバーの個人情報をもらってるからだいたい知っているんだけど。自己紹介も終わり、食事も済んでだいぶ和んだあたりでボクから事情を説明する。
「えと。あの。今回の遭難者、『神の鉄槌』のエルバン・ムフタール・タルハンさんはボクたちの知り合いといいますか、前回一緒にこのダンジョンに潜った‥‥仲間なんです。なので救難信号発信の話を聞いて、どうしても救援のお手伝いしたいと思いまして。このダンジョンは前回5階層まで踏破して慣れていますし、かなり有用なお手伝いができると思って追いかけてきました。あ。もちろん『断剣』の皆さんのクエストを横取りする気はありません。今回の探索における報酬やダンジョン内での発見物などはすべて権利放棄します。なので同行を許していただけないでしょうか」
「え。救助対象者のお知り合いですか。そういうことでしたら協力していただくのにやぶさかではありませんが‥‥。ですが先ほどのみなさんの動き。それと魔法。とても私たちと同じCランクとは思えません。かえって私たちが足手まといになってしまうのではないでしょうか?」
実際足手まといかもしれないな。なんて一瞬思ったボクの空気読まない発言を察して、ラウリが先んじて発言しボクの失言を封じてくれた。
「自分たちは前回のクエストでラッキーな経験値を獲得したのです。それと同時に隠し財産を見つけて、能力値強化の魔導具を複数手に入れたおかげで能力が底あげされているんです」
レベル差じゃなくて魔導アイテムの差に置き換えてくれたわけね。ラウリのフォーローに乗ってノアが明るい笑顔で打ち消す。
「足手まといなんてとんでもない。このダンジョン、僕たちが前回潜ったときより魔物との遭遇率が何倍にもなっているみたいです。遭遇率もそうですが群れの数も多くなっているみたいに思います。なのでこの先に進むのにCランク9人はかなり大きな戦力です」
『断剣』の4人が互いを見やりそれぞれに頷いた。代表してバスタマンテさんが頭をさげる。
「わかりました。ではご協力ありがたくお受けします」
「よかったー。じゃあもう30分だけここで休憩して、片付けと用足しを済ませてから先に進むっていうのでいいですかー?」
シオンが明るくまとめてしまう。
「あ。そーだ。ウチらもレベルアップしたんですよ。みなさんもレベルアップしたんですよね。覚値の振り分けもいまのうちにやっちゃいましょー」
『断剣』のメンバーがそれぞれにステータスパネルを開く動作をした。ニコレ・バチスタさんがパネルを覗き込んだままなにか考えてる風。つと顔をあげてボクと目が合い質問してきた。
「あの。『妖精と牙』のみなさんはたった1日で5階層まで行ったって噂を聞きました。どうやったらそんなに早く罠を突破できるのかまるでわからないんですけど‥‥」
エコーロケーションはべつに秘伝として隠してるわけじゃないし、ギルドにも報告している。もうしばらくすると徐々に広まってくるんじゃないかな。
「えと。エコーロケーションっていう聴覚障害の方が使う技法を応用して使ってます。自分から振動を発してその反響音で壁や床や周囲の物体なんかを感知する聴音技術です。感覚のサブ項目の『音析』、音紋解析と『微音』、微音感知が8以上なら漠然とですけど前方の異物を感知できるはず。加えて知力のサブ項目の『空識』、空間認識と『心象』、イメージ力が10以上なら脳内で立体図形が構築できたりします。バチスタさんは感覚と知力の項目にどのくらい振り分けてますか?」
「お、音波。それってソナーってことなの。‥‥まさかソナーだなんて」
バチスタさんは生前ブラジル海軍のフリゲート艦のCIC、戦闘指揮所勤務の士官さんだったそうで。レーダーだのコンピュータリンクだののハイテクの山に囲まれた仕事。いちばん原始的な音波だとは思わなかったみたい。もし彼女が潜水艦乗りだったら思いついたかも。バチスタさんが自身のステータスパネルを見つめながらつぶやく。
「感覚は習熟補正がついて10になってるからいけてるはず。知力は補正ついても8だわ。いままでなんとなく前方の気配みたいなものを感じたりしてたのは反射音を聞いてたってことなのかしら。全然わかってなかった。敏捷と精緻ばかりに振ってたし」
「敏捷ばかりあがっても脳の情報処理や空間認識とか感覚の動体視力なんかもあがってないと、身体の動きに目がついていかないとかになっちゃいますよー」
「そうよね。もっと意味を考えて割り振りしなきゃいけなかったのね。3年も冒険者やってたのに。いま獲得した覚値は知力と感覚に+3ずつ振ることにするわ」
その指の動きを見て、振り分けが終わった頃合いに声をかける。
「あのー。えと。床に耳をつけて音を聞いてみてください。最初は目をつぶった方がよりクリアかな」
そういってバチスタさんが地面に耳をつけたのを見計らい、金属球つき指示棒で床を叩いた。
「わ。わわ。なにこれ。ソナーなんてもんじゃない。頭の中に映像が出る!」
「ね。すごいでしょ。地面の中が透過映像みたいに見えるの。これで罠の存在やスイッチの場所なんかが遠くからでもわかるし、近くによればもっと精密に感じられるんですよー。地面や壁なんかの個体の伝導がいちばんクリアだけど、コウモリ的に空中の反射音を聞いてもそれなりにまわりの状況を把握できるんですよー。ふんす。ふんす」
なんかシオンが自分の手柄みたいに鼻高々なんですけど。バチスタさんの相手はシオンに任せて、ボクはバスタマンテさんにいちばん重要な質問をした。
「あの。えと。それで、要救助者はまだ生存していますか?」
バスタマンテさんがポーチから冒険者タグを取り出す。タルハンさんがギルドに預けてあったタグの片割れだ。タグの裏面に埋め込まれた魔石はまだしっかり光っていた。休憩し用足しを済ませ、防具のストラップを締め直して行軍準備が整う。総勢9人の大部隊になったボクたちは2列になって4階への階段を目指した。先頭はボクとビビ。ついでシオンとバチスタさん。『断剣』の3人が続いて殿がノアとラウリ。まだ3階層の中盤。このルートならグネグネしているが1本道で、最短だけど罠があと2個残っている。先のカーブを回りちょっと登って長めのくだり勾配の途中にアトランダムに100個近い鉄球を撃ちだす爆発罠があるはず。と脳内地図を参照して歩いているとカーブの向こうに光が見えた。通路がはっきりと光っている。誰かが光魔法の光球をばら撒いているのだろうか。軍隊調にグーを握った手を挙げて後続へ示す。フリーズ。その場で凍ったみたいに動くなのサイン。かっちょいい。一度やってみたかったんだ。壁に背をつけ、足音を立てないように先へ進む。ビビが2歩遅れて反対側の壁に背をつけて追従してくる。カーブを半分ほど曲がったところで壁に耳を当て1回だけ金属級で床を叩く。ブワッとイメージが脳内に広がるけど、なんじゃこれ。道がなくなってた。
「blade of eradication 断剣」
***********5年目
名前:マキシモ・バスタマンテ
国籍:チリ
年齢:22歳/45歳
性別:男
【ステータス覚値:78】
筋力+4:21(25)
知力 :10
生命+2:12(14)
敏捷+2:19(21)
精緻+2:12(14)
感覚 :4
◎身長182。痩せ型。太眉。黒髪。鋭い目。笑うと垂れ目。鼻筋。短く刈り込まれた口髭と顎髭。右目の下に縦に傷跡。最初に結成したパーティをダンジョン遭難から脱出させたときの勲章。初期メンバー2名死亡でパーティは解散。途中参加のニコレ・バチスタと共に新パーティを組み行動。その後、セナとイムが参加。リーダー。元国際線パイロット。
◎真面目で、勤勉。ルーズさは少ない。教育レベルが高くジェントルマン。陽気な性格で、小さい時から女の子には優しくするよう教育されているため紳士的。
***********4年目
名前:ニコレ・バチスタ
国籍:ブラジル
年齢:21歳/享年29歳
性別:女
【ステータス覚値:75】
筋力+2:12(14)
知力+2: 6( 8)
生命+1:10(11)
敏捷+4:19(23)
精緻+4:20(24)
感覚+3: 8(11)
◎身長168。Fカップ。顔立ちは白人傾向。黒髪。肌のみブラウン。ひいおばあちゃんが日本人。ドイツとポルトガルとインドの血も。元ブラジル海軍フリゲート艦CIC要員、レーダー技師。明るく、話好き。食べるのが好き。大雑把な性格だけど罠解除のときだけは緻密。
◎「午前8時集合と言えば日本人は7時50分に来て、イギリス人は8時ジャストに来る。アルゼンチン人は5分遅れで、ブラジル人は30分遅れてくる」なんていわれてるけど海軍ではさすがに時間厳守。
***********3年目
名前:セナ・ヒロト
国籍:日本
年齢:21歳/享年30歳
性別:男
【ステータス覚値:72】
筋力+2:16(18)
知力 :2
生命 :16
敏捷+1:18(19)
精緻+1:18(19)
感覚 :2
◎身長178。痩せ型。やや垂れ目がちのハーフ顔。紫髪。元ゲームプログラマー。双剣使い。根暗だが真面目。
***********2年目
名前:イム・ジユン
国籍:韓国
年齢:19歳/享年25歳
性別:女
【ステータス覚値:69】
筋力+2: 9(11)
知力 : 5
生命+1:20(21)
敏捷+1:15(16)
精緻+1:14(15)
感覚 : 6
◎身長172。スレンダー体型。ロングの茶髪を後ろで1本編みにしている。嫌なものは嫌、好きなものは好き。女優・アイドル・歌手。




