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10.ありふれた「城塞」と「ギルド」と「酔漢」


城塞まで田園の中を街道が走り、ところどころに小さな藪と日陰作りの街路樹があるだけ。どう考えてもこの世界に公衆トイレがあるようには見えないし、あっても公衆衛生的に入りたくない状況な気がする。林を出る前に人目がないのを確認して下生えの奥で用を足した。結界魔導器を停止させ林を出て緩いくだりの土の道をおりると、どう見てもアスファルト舗装のように見える広い道路に合流する。片側3車線くらいの広さがあった。馬車や貨車が蹄の音を立てながら行き交い、さまざまな服装の人々が歩いている。白線が引かれているわけではないが道路の右半分が都市へ向かうのぼり道路、左半分が都市から離れるくだり道路という決まりになっているらしい。道の外側を人、内側を騎馬や馬車が通るようになっている。ボクたちはそこそこ注目されているようだ。さっきからチラチラちらちら芸能人並みにチラ見されている。帯刀している人もちらほら見受けられたから剣を背負っているため警戒されているわけじゃないみたいだ。頭の奥の方に美少女ふたり組っていう単語が点滅してたが、自分が美のつく少女であるという自己認識を形成できていなかったのでガン無視した。門が近づき進行が緩やかになってついに停止する。ここから列に並んで待機の時間だ。青い制服を着た門衛の人たち数十人が分かれて鑑札改めや荷改めを行っている。相当時間待つことを覚悟していたが、体格のいい赤髪の門衛おじさんがボクたちに気づいて声をかけてきた。


「君たち。その格好は新人転生者だな。君たちはあの小屋だ。仮鑑札の交付と城内での禁止事項などに関しての説明がある」


ボクたちは礼をいって列を離れ小屋に向かった。どうやら門衛の人たちの休憩所にもなっているようで、奥の方がガヤガヤうるさい。開け放たれたガラス戸を入ってすぐ置いてある長机に年配の衛士が座っていた。ねっとりとした視線で眺め回される。ていうか、出会う男のほぼすべてに同じような視線で眺められている感じがする。生まれつきの女性ならこういう視線に慣れっこなのだろうか。とはいえここまであからさまな視線は気持ちいいものじゃないな。こういう手合いとは深く関わらない方がいい。ニコニコしてサヨナラしてデリートコースだ。


「ふむ。転生したての新人冒険者さんか。久しぶりだな。よく辿り着いたね。魔力の流し方は知っているかな?」


「はい」


にっこり。アンドロイドっぽいスマイル。係りのおっさんは脇の小箱から2枚のプレートを取り出し卓上に置いた。水葉で拭き清めたいけど我慢してスマイル継続。横目でシオンを見ると口角はあがっているもののちょっと眉をひそめ気味。


「では自分の名を念じながらプレートに触れて魔力を流したまえ」


いわれた通りにするとプレートの表面にボクの名前と12個の数字と記号が浮かびあがる。


「それで仮鑑札完了だ。入城税銀貨2枚と仮鑑札発行料銀貨2枚。合わせて銀貨4枚になる。転生直後の新人さんが金を持っていないことはわかっているから、その仮鑑札をギルドに提出して冒険者登録をするまでは国からの貸しになる。冒険者登録にも登録料が必要だから初期装備を売却して払ってもらうことになる。ギルドの登録料にここでの仮登録料が上乗せ請求されるわけだな。城内に入ったらブラブラせずに真っ直ぐギルドへ向かうことをお勧めするよ。日付が変わるまでに仮鑑札発行料が支払わなければ逮捕されるぞ。しかしだ、今晩俺の相手をするっていうなら支払いを数日遅らせてやってもいいんだが」


もの凄く醜悪な笑顔。のっけからセクハラかよ。しかも相手をしたらチャラにしてやるじゃなくて支払いを数日延ばしてやる、ってところがいかにも小物。


「あ。いえ。ご心配なく。規定通りに支払います。それで、あとなにか禁止事項があるとか」


あまりにステレオタイプなスケベ係官が顔を脂ぎらせていい募ろうとしたが、ちょうどそこに休憩になった門衛の集団が入ってきた。スケベ係官は舌打ちする。


「ち。ああ。城内では抜刀禁止だ。喧嘩しようが構わんが抜刀したら決闘となってどちらかが死ぬまで戦うことになるぞ。生き残った方には罰金が課される。罰金は金貨5枚だ。死んだものの財産は決闘勝者ではなく都のものとなる。略奪目的の決闘を横行させないためだ。決闘以外の殺人、盗みは禁止。証拠隠滅してしらばっくれても司法官の連中は『ルキナの天秤』を持ってるからな。嘘はバレるぞ。5年前から城内美化令が出て、路上での大小便、反吐吐き、唾吐き、煙草捨て、ゴミ捨ては銀貨1枚の罰金だ」


だいたいの通貨基準を知りたかったが、この係官とこれ以上話したくなかったのでアンドロイドスマイルのまま小屋を辞した。門衛のごついおっさんに仮鑑札を見せて巨大な門を通してもらう。シオンが門衛おっさんに話しかけギルドの場所を聞いてくれた。ボクたちが入った門は南門。南北に伸びる大通りを真っ直ぐ進み城塞都市の中心近くにある円形広場に面して冒険者ギルドや商工ギルド、市役所や衛士隊詰所、城外警備隊司令部などの官公庁が集中しているそうだ。広場を横断する東西大通りもあって東門と西門に続いている。北の終点に門はなく、鎮座してるのは領主の居城。西門へ続く西通りの南側に市場や飲食店・酒場などの繁華街があり、北側は魔道具店や教会関連の治療院・ポーション店・薬草店などがあるらしい。東門へ続く東通りの南側は商工業製品や武具防具などの専門店舗街で、北側は高級レストランやホテルなどのある山の手エリアだそう。城内に入ると馬車や貨車は左右の通りに分かれていき、南北大通りは雑多な露店で埋まって活気と人で溢れていた。多国籍な料理のいい匂いがする。ただあまりに人が多かった。コミュ障のボクにとって人混みは人酔いのもとだ。


「ミナトー。お腹減ったね」


とうに昼は過ぎている。都市へのアスファルト道路に入ってからは人眼のある路肩で食事するのもはばかられるし、携帯食バーを齧り歩きするのも気が引ける。まわりは畑だらけで火を使ったり座って休憩できそうな場所も見当たらず昼食を食べ損ねていた。


「うん。露店でなにか買い食いしたいけど、持ってるお金がダンジョンで拾った金貨だけだ。本物の金貨であることだけは触ってわかってるけど、この国で使えるものかはわからないし金貨1枚の価値もわからない。人前で気軽に出していいものかさえわからないんだよなあ。ギルドで情報収集するまで買い食いは我慢しよう。まず登録。そして換金して情報収集しがてら宿の確保って感じで」


わかったという返事と裏腹にシオンのお腹が鳴っていた。『aventurista gildo』。ギルドは中央広場の手前側、南西角にあり壁面の切り文字サインですぐにわかった。アイボリーベージュの石造りで巨大な3階建て建物。建築には詳しくないけど、トゲトゲしたゴシック建築や装飾華美なバロック建築とは違う。質実剛健系のロマネスク建築っぽい感じ。真ん中にどっしりと巨大な中央棟がそびえ、両側にウイング棟が伸びている。中央棟の真ん中、分厚い壁に設けられた扉6枚分くらいありそうな出入り口は解放され、とってもウエルカムな雰囲気だ。中に入ると吹き抜けのエントランスホールになっている。正面壁上や天井に龍と戦う勇者のレリーフなどがあしらわれ荘厳な演出がなされていた。吹き抜け2階部分にある縦に長い窓からの採光で明るく、床も壁も大理石とは違う艶消しアイボリーベージュの石材で統一され清潔感に満ちている。冒険者ギルドというより美術館みたいなイメージ。テニスコートが作れるほど広いエントランスホールの左奥がカウンターになっていて、奥のウイング棟に続く通路を挟んで左右に10ブースずつ、20番までの窓口が奥行きある間仕切りで区切られ並んでいた。カウンター列の手前は革ソファが並ぶ待合になっていて、待合のさらに手前に円形ブースがあり白とベージュを基調にしたシックな制服の案内嬢が座っている。全体が白のベルト付きワンピース。前見頃に濃ベージュの幅広縦ストライプがあしらわれ肩に留めたパステルのスカーフコサージュと白いベレーがギルド職員の象徴らしい。中世ヨーロッパモチーフはもはや破綻している。現代ファッションデザイナーが転生してデザインしたに違いない。転生が始まって20年。持ち込まれた知識と技術は日々異世界を進化変容させているのだろう。正面の広大な壁面は全面がクエスト貼り出しボードになっていた。これぞギルド。上下に5段。左右に100列。500枚近いクエスト用紙が貼り出されている。貼り出しボードは左から常設クエストコーナー、ランク別クエストコーナーに分かれていた。クエストの内容によって張り紙の色が決まっているのだろう、薄緑・薄青・薄黄・橙などに色分けされて華やかだ。右端にはメンバー募集コーナーもあった。1クエスト限りの臨時参加とパーティの正規要員募集があるようだ。建物の右奥は広々したイートインになっている。ざっと見て40席ある4人掛け丸テーブルの半分近くが埋まっている。視線をクエストボードに戻して再度眺めようとしていたボクの袖をシオンが引っ張る。


「ちょっと、ミナト。あれ。あそこのイケメンお兄さんが食べてるの。あれ。ラーメンじゃない?」


イートインスペースの左手前壁際の丸テーブルに座るハンサムな2人組パーティ。その片割れ、ゲルマン風な趣のあるお兄さんがドンブリから啜っている。


「え。わ。まさか。ほんとだ。うわお。ラーメン。もう何年も食べてない。食べよう。シオン。手続きしたら速攻で食べよう。食べないで死んだら化けて出そう。金貨何枚でも払ってやる」


転生した人たちの中には日本人も多くいる。日本食があってもおかしくないけど、まさかギルドの食堂にあるとは。ボクたちはラーメンが食べたい一心で登録カウンター方向に向かった。案内ブースのお姉さんは満面の営業スマイルで迎えてくれる。


「転生されてきた冒険者の方々ですね。ようこそ新世異界デュアビボへ。そして、ようこそサノンカリタト公国、城塞都市ベルダ・ステロへ」


この世界の人は『新世異界』なんて呼び方もするのか。デュアビボって第二の生って意味だ。で、サノンカリタトって太陽の慈愛、ベルダ・ステロって翠の星って意味だな。


「冒険者登録には登録料として銀貨6枚がかかります。ちなみにおふたりの出身国はどちらになりますでしょう?」


「出身国。転生前のですか。あの。えっと、ふたりとも日本です」


ちょっと躊躇ったのは個人情報開示に危険を感じて身構えてしまうネットの癖だ。


「日本。素敵なお国だと聞いています。そうしますと。銀貨6枚は日本円にして約6万円に相当します。こちらの世界で紙幣は流通しておらず通貨はすべて硬貨になります。価値の高い順に白金貨、金貨、銀貨、白銀貨、銅貨、黄銅貨という硬貨が使われていまして、各貨幣は10倍単位で価値が増します。ですので金貨1枚10万円相当、銀貨1枚1万円相当、白銀貨1枚千円相当と覚えておくとわかりやすいかと思います。それとこの城塞に入るときに猶予された入城料と仮鑑札発行料が銀貨4枚必要ですので合わせて銀貨10枚必要になりますが、転生直後に現金は付与されませんので転生時に付与された装備品を売却して充てることになります。転生時装備品で換金できるのは通常ですとふたつ、結界魔導器とポーションです。剣や鎧を換金することもできますが高額にはなりませんし、なにより今後のクエスト受注に齟齬をきたしますのでお勧めできません。結界魔導器は金貨3枚で買い取らせていただいてます。ポーションは1本につき金貨1枚。金額は全ギルド共通価格ですので変更も調整もできません。クエスト遂行による収入が得られるまでの活動資金も必要ですから、ほとんどのみなさんがここで売却されます。そのあたりも含めましてなんでも窓口の職員にご相談ください。では仮鑑札を用意していただいて17番の窓口へどうぞ」


「ありがとうございました」


ボクたちはぺこりして17番窓口へ向かう。間仕切りの奥行きが深い。お金や貴重品のやり取りを周囲から見られないようにする配慮だろう。お金や高額な品をやり取りしているところを不用意に覗き見られたら、建物を出るところから尾けられ強盗されるなんてことになりかねない。間仕切りスペースに入った途端周囲の音が聞こえなくなったのは魔法だろうか。これもやり取りを隣ブースに聞かせないための配慮なんだろう。17番窓口にはボクたちよりやや年上っぽい黒髪ポニーテールエスニック美女お姉さんが上品な笑顔を浮かべて座っていた。カウンター前にクッションがふかふかの椅子が2脚あってふたりでもゆったり並んで座れる。椅子の後ろにリュックを置き、外套は丸めてリュックの上に留め置いた。ヒップバッグの腿留めを外しお腹側にバッグ部を回す。剣は外して背もたれの端に引っ掛け、それでようやく座れた。


「初めまして。担当しますオーラといいます。まず仮鑑札をどうぞ」


ボクたちがそれぞれ仮鑑札をカウンターに置くとオーラ嬢が素早く目を走らせる。


「ミナトさんにシオンさん。ラストネームは登録しなくても大丈夫ですか?」


「え。登録しないと、いけないのでしょうか?」


なんか悪いことして咎められているような気分になってきた。対人関係ストレスが溜まってるせいなのはわかってるんだけど。


「いえ。ジョンさんですとかリーさんですとか、同名の方が多い名前でしたらラストネームがあった方がいい場合もありますけど、おふたりは大丈夫でしょう。登録名の変更は有料ですが後でも可能ですし。ではこのままで登録となります」


「はい。えと。そのままで。シオンもいい?」


「いいよー」


「では登録にあたって申告したい前世技能などありますでしょうか?」


「前世技能ってなんですかー?」


物怖ものおじしないで話せるシオンが羨ましい。


「こちらの世界に技術革新をもたらすに足る技能・知識のことです。前世での職業が生産職や技能職や研究職だった方は審査を受けてこちらの世界に有意義な知識技能を持っていると認定された場合、転職保証金の減額や免除など優遇措置が受けられます」


「転職ですかー?」


「冒険者の廃業は自由ですが農業ギルド、商業ギルド、工房ギルド、魔工ギルドなどほとんどの職種にギルドが存在しますし、そういったギルドに冒険者が登録する場合転職保証金が最低で金貨10枚必要になります。騙りや誇大申告を防ぐためです。ギルドのない職業は地元民が優先されますので冒険者からの転職は難しくなります」


「金貨10枚‥‥。えーと。ボクもシオンも学生で、なので、申告する技能はないです」


「バスケじゃダメかなあ」


シオンが呟いたが無視。


「承知いたしました。では次に冒険者等級についてご説明いたしますね。冒険者にはギルドからの信用度を表す冒険者等級が割り当てられます。おふたりの場合クエストの遂行もまだですから信用度は一番低いGランク、通称で真鍮しんちゅう級からの開始になります。各ランクには規定期間内に規定数のクエスト遂行が義務づけられています。Gランクですと、2ヶ月以内にGランク推奨クエストを3クエスト遂行していただかないと信用度が低下します。信用度が低下した場合、Gランク以外でしたらひとつ下のランクに降格することになりますが、Gランクは一番下のランクですので自動的に失格となり冒険者登録が失効します。失効は記録に残り、再登録には倍の銀貨が必要となります」


「2ヶ月に3クエスト。楽勝ねー」


バスケの対外試合2ヶ月3校程度に思っているらしいシオン。


「公募されるクエストには達成難易度と危険度を勘案してクエスト受注のための最低推奨ランクがGからBまで設定され表示されています。ご自身のランクのひとつ上の推奨ランククエストまで受注できますが、当然難易度も危険度も倍加します。報酬も高くなりますが危険度は想像以上に増大します。クエストにおけるリスクは自己責任となりますので、くれぐれも無理はなされずに。義務クエスト数はどのランクでも同ランク3クエストか上位1クエストとなります。変わるのは期間で、Fランク通称『青銅級』は3ヶ月。Eランク通称『銅級』は6ヶ月。Dランク通称『鉄級』は10ヶ月。Cランク通称『銀級』とBランク通称『黒銀級』は1年です。Aランク通称『金級』、Sランク通称『白金級』に義務クエストはなく、ギルドからの指名依頼を優先することだけが求められます」


「白金ってなに?」


「プラチナだね」


「プラチナ級だって。なんかカッコいいね。ミナトの髪みたいだし。目指せプラチナ級」


プラチナ級への指名クエストなんてゴジラをやっつけろとかそういうのだろう。命がいくつあっても足りなそうだ。


「冒険者ランクはクエスト遂行数で信用度があがります。ランクと同レベルのクエストを12回成功、あるいは上位クエストを4回成功させることで信用度があがり、上位ランクに昇格できます。ここまではよろしいでしょうか。もう一度繰り返しましょうか?」


チラッと横を見る。シオンはこんがらかったみたいであっさりギブし、右から左へ聞き流すことにしたようだ。


「あ。いえ。結構です」


記憶力はいい方なんで。


「総合受付で説明を受けたと思いますが、冒険者登録と入城料、仮鑑札料を合計して金貨1枚。おふたりですと金貨2枚必要になります。装備を換金されますか?」


「あ。いえ。それも結構です。とりあえず、えと。この金貨が使えるか、あの、教えてもらえますか?」


ボクはヒップバッグから宝箱で得た金貨を2枚取り出して見せた。


「え。あ。はい。現行の金貨ですね。どこでこれを?」


「使えるのか。あの。じゃあ。これで支払い、してください。どこでというのは‥‥」


道で知らないおじさんが恵んでくれましたっていうのも無理があるな。


「‥‥宝箱から、その、見つけました」


「宝箱って。え?」


「あ。そうだミナト。魔石も買いあげてもらえるんだよね。あのー。ついでというかー、これを査定してもらって換金できますか?」


シオンがヒップバッグにしまっていた魔石袋を取り出し、中身をテーブルに転がす。


「え。え。ま、魔石?」


中上魔石25個、中魔石4個、小上魔石20個、小魔石328個。テーブル上が急に豪華キラキラ状態になった。


「え。え。え。えええ。こんなに。ちょ。ちょっとよろしいですか」


そういって一番大きな中上魔石を手に取る。まじまじと見つめ、ほんのわずか魔力を流したのだろう、魔石がぼんやり光った。


「ダンジョンに入られたのですか?」


「はい。あの。この街に来る途中で。えと。遭遇しました。その。ちょっとだけ修行、してきました」


「入り口に管理の者は居ませんでしたか?」


ボクが首を傾げてシオンを見る。シオンも首を傾げて答えた。


「ウチらだけしかいませんでした」


オーラ嬢は冒険者登録も終わってない新人さんが入れるダンジョンって。とかぶつぶつ呟いていたが、ハッと顔をあげるとシオンにいった。


「あの。差し支えなかったら、そのダンジョンの場所を教えてもらうことはできますでしょうか。もちろん情報料はお支払いします。おそらく未登録の新発見ダンジョンだと思われます」


「はあ。いいけど。いいよねミナト。お金くれるって」


「うん」


本当は保留にして別な相手と交渉しどのくらいの値をつけるのか比べて有利に交渉を運ぶべきなんだろうけど、いかんせんおなか減りすぎ。ラーメン食いたすぎ。対人関係コミュ障高まりすぎ。


「あ。そうだ。ミナト。あれ。あの隊長さんからもらった巻物みたいなの。ここで渡すんじゃなかったっけ」


「あ。そだね。忘れてた。あの。すいません。途中で出会った、えと。警備隊の隊長さんから、その。えと。巻物を預かって冒険者ギルドに渡すようにって、いわれているんですけど」


リュックからちょっと端がクシャッとなってしまった巻物を取り出す。オーラ嬢が目ざとく封蝋の印を目にして目を丸くした。


「え。あ。警備隊?」


巻物を受け取り封蝋が溶けそうなほどまじまじと見つめる。


「あの。すいません。ちょっとこれは私の一存では処理できませんので、上の者と相談させてください。しばらくお待ちください」


「ウチら凄くお腹空いてて、長ーく待つんならあっちのイートインでご飯食べたいんだけど」


「いえ。それほどお待たせしません。すぐに戻ります」


オーラさんが巻物を胸に抱き抱えるようにして席を立った。しかたないのでボクたちはボケっと待つ。シオンのお腹がぐーぐー鳴っている。幸いなことにシオンが餓死する前にオーラ嬢が上司とおぼしき中年女性と共に戻ってくれた。


「イネス・カウフマンと申します。ギルドの副部長を務めます。警備隊隊長の書簡は読ませていただきました。人命救助に盗賊の捕縛、盗賊団の掃討に対する貢献。さらには転生されて間もないおふたりが新ダンジョンの発見・探索まで成し遂げているとは。じつに驚くべきことです。このような功績をあげられた方々を未経験者としてランクGのままにしておくことはできません。ダンジョン実績の証拠として魔石を数えさせていただいてもよろしいでしょうか。買取希望とうかがいましたので査定もさせていただきます」


人見知りメーターがぐぐぐっとハイボルテージに傾く。


「あ。よろ。よろしく。あの。お願いします」


オーラ嬢が白手袋を嵌めた手で魔石を摘みあげビロード敷のトレイに並べ始めた。シオンのお腹が2回、ボクのお腹が1回鳴るくらいの時間が流れ魔石は4つのトレイに規則正しく並べられた。


「1カラットの小魔石が328個。1カラット魔石は白銀貨2枚が相場ですので銀貨65枚と白銀貨6枚相当になります。2カラットの小魔石が20個。2カラット魔石の相場は白銀貨5枚ですので銀貨10枚となります。5カラットの中魔石が4個。こちらは相場が銀貨2枚ですので銀貨8枚。8カラットの中魔石が25個。これは需要が大きいため銀貨8枚ですので銀貨200枚となります。総額で銀貨283枚と白銀貨6枚です」


確か銀貨1枚1万円相当だったはず。283万と6千円だと。マジか。


「ミ。ミナト。280万円だって。ラーメン何杯分?」


蚊の鳴くような声でシオンが呟く。1杯千円としたって2836杯食えるけど。いやラーメン食ってる場合じゃない。いや食うけど。


「銀貨を金貨に両替いたしましょうか。また金貨1枚で1年間ギルド内に貸金庫スペースを借りることができます。ひとつの貸金庫をパーティ用として複数人登録することも可能ですしプライベート用としてひとりにひとつずつ利用も可能です。貴重品や高額貨幣などはそちらにお預けになられてはいかがでしょう。魔法認証で管理しますので安全性と秘匿性が保証できます」


オーラ嬢ははセールスがうまい。


「えと。金貨22枚分両替。えと。お願いします。それと。その。貸金庫も。ひとりにひとつの方で。お願いします」


「かしこまりました。貸金庫スペースをおひとりずつ1年間の契約で金貨2枚頂戴します。そしてダンジョンの発見に関しましてですが」


オーラ嬢が言葉を切ってチラッとカウフマンさんを見る。カウフマンさんが代わって話し始めた。


「新しいダンジョンの発見はサノンカリタト公国においてこの7年間ありませんでした。発見の報酬は7年前の相場では金貨50枚ですが、最近の他国での相場を勘案して金貨60枚に引きあげようと思います。いかがでしょうか」


金貨60枚って600万円。マジか。


「ミナト、金貨60枚だって。60万円だよウチらお金持ちー」


「60万円じゃないよ。600万円だよ。金貨1枚10万相当だよ」


シオンがまたラーメン何杯食べられるかなんていい出しかけたので足を蹴って黙らせた。


「こちらに近隣の詳細マップがございます。これにダンジョンの場所をマークしていただけますでしょうか」


オーラ嬢がそういって立派な紙の地図を広げる。ボクの空間認識力13と記憶力18、距離測定力12の能力を使えばレーザー測距儀やジャイロコンパスなどフル装備したナビゲーションシステム並みの精度が得られる。地図に場所ポイントだけでなくルート詳細も書き込んであげた。それを見てギルドのおふたりは顔を見合わせる。カウフマンさんが話し出す。


「ありがとうございます。真偽の確認はこの詳細なルート図と魔石で充分なのですが、規定がありまして現地調査の結果を以てお支払いすることになります。ご了承ください。続きましてダンジョン内のマップや魔物情報に関しましても、差し支えなければお教えいただけないでしょうか?」


シオンのお腹がモウダメダーって鳴り響き、カウフマンさんの話を断ち切る。流暢なカウフマンさんに押し切られそうなコミュ障のボクを見て、シオンが話の矢面やおもてに立ってくれた。


「あ。はいー。教えるのはいいんですけどー。ウチら今日はちょっと疲れてますしー、お腹もぺこぺこなのでー、明日でもいいですか?」


シオンがエヘヘ笑いを浮かべていう。ボクも同感なので愛想笑いで頷く。


「現地調査隊の出発が遅れますとそれだけ認定が遅れてお支払いが後になりますが、よろしいですか」


とカウフマンさんがボクを見ていった。


「あ。はい。ええ。ぜんぜんいいです。それに、えと。ダンジョン進化が起こりかけてる兆候が、その、ありましたから。えーと。進化の噴き出しなんかが収まってからの方が。そのー。安全かも。しれません」


となにげなくボクがいった途端カウフマンさんの顔が引き締まった。


「進化ですと。それは本当でしょうか?」


「うーん。魔素が、その。目に見えて、濃くなってましたし。下階層の魔物があがってきているような。あの。場面も目にしましたから、えと。そう思ったんですけど。すいません。確証ありません」


「なるほど。しかし‥‥信憑性は高そうです。目撃したのは3日前ですね。お話の状況だと数日以内、いえ今日明日いつ起こってもおかしくなさそうです。もし進化前に現地に到着できて進化そのものの調査測定が可能だとしたらあまりに貴重な調査機会です。学術的調査班の同行を考えなくては。先行隊を出して周辺制圧と基地設営‥‥」


カウフマンさんが考え込む。なんだかえらいことになってしまった。


「ミナトさん。シオンさん。ダンジョン内部情報はお時間のあるときで結構ですので本日中にお聞かせ願えますか。ダンジョン進化の現地調査ができる機会は多くありません。緊急クエストを発令し今日中にも先発隊を派遣して現地の安全確保や拠点設営を行い、後発隊として明日早朝に学術班を送り出そうと思います。ダンジョン情報は後発の学術班に持たせます。情報の査定などはまた後日でよろしいでしょうか」


「わあ。おおごとですねー。はいー。今日中ってことなら、ウチら食事してちょっと休めば戻れます。いいよねミナト」


「うん」


「ありがとうございます。お手数をおかけします。では私は手配をいたしますのでこれにて失礼させていただきます。ダンジョン情報は再来した時にこのオーラを呼んでいただけますでしょうか」


そういい置き、オーラ嬢に後を託しカウフマンさんは奥へ去った。あまりの急展開に残された全員が一瞬呆けてしまう。まだブースに入って20分も経っていない。オーラさんが最初に我に帰った。


「あ。えー。なんでしたか。あ。そうでした。では魔石と貸金庫料、冒険者登録と入城料、仮鑑札料をまとめた手続きの決済いたしますね」


カウンターに煌めくコインが並べられた。オーラ嬢の手捌きはカジノのディーラー並みに鮮やかだった。


「おふたりの貸金庫分金貨2枚と冒険者登録、入城料、仮鑑札料の金貨2枚を引いて金貨18枚と銀貨63枚。白銀貨6枚です。お納めください」


「あの。えと。銀貨1枚を白銀貨に、その、両替、してもらえますか」


次から次に新しいことが起きてボクの緊張度マックス。かなりおどおどした話し方になっている。


「わかりました。では金貨18枚と銀貨62枚、白銀貨16枚です」


もらったお金をきっちり2等分すると金貨9枚銀貨31枚白銀貨8枚になる。宝箱金貨の32枚も半分にして16枚ずつ足す。ボクとシオンひとりにつき金貨25枚、銀貨31枚、白銀貨8枚。合計日本円にして281万8千円だ。シオンの袋とボクの袋に分けて入れシオンの取り分を渡すと、シオンは複雑な表情を浮かべて受け取った。右のポーションポーチが空なので財布がわりにして当座に使う用に銀貨31枚と白銀貨8枚を入れる。決済が終わるとオーラさんが話し出した。


「これはカウフマンからお話しするはずだったのですが、私が代わってご説明いたします。冒険者ランクについてです。1カラット魔石が300個以上もあるということは、Gランクの昇格条件どころかFランクの昇格条件もクリアしていることになります。さらに8カラット魔石と5カラット魔石はEランクやDランクの討伐クエストに匹敵します。そのうえ盗賊の捕縛実績まで。実質Cランクの信用度に足る成果ではありますが、まだ転生間もないおふたりを一足飛びにCランクにあげてしまうと危険度が増しすぎるだろうとカウフマンが判断しました。いったんDランクということでクエストや異世界生活に慣れていただいた方がよろしいかと考えますが、いかがでしょう?」


「あの。えと。実際にどんなクエストがあるのか、まだクエストボード見てもいないので。その。危険度もなにも、わからないんです。えと。でも。おっしゃる通りで。まだなにも知らない新参です。ので。それで結構です」


「ではDランク、鉄級ということで登録いたします。こちらのタグに親指を押し当ててください」


オーラ嬢がボクとシオンの前に黒っぽい金属タグを2枚ずつ置いた。1枚には端に小さなリングがついていて細いけど丈夫そうなチェーンが付属している。


「チクッとかビリッとかしないよね?」


注射苦手なのかシオンは。ボクなんてあっちの世界ではことあるごとに血を採られてたから慣れっこだ。


「大丈夫ですよ」


とオーラ嬢が笑う。指を乗せて5秒。ボクの名前と12桁の数字と大きな「D」の頭文字が浮かびあがった。もう1枚にも同じ作業。


「これで登録終了です。1枚はギルドで管理させていただきます。もう1枚はチェーンがついていますので首からかけて常に携帯してください。身分証明になりますし城塞都市への通行パスにもなってます。また裏に魔紋様と魔石が埋め込まれているのがわかると思いますが、緊急時にはこの魔紋様に強い魔力を流していただければギルドに保管されている対のプレートが反応します。ダンジョン探索の際にギルドの保険に入っていただければ遭難時に救助隊を送ることができますのでオススメです」


オーラ嬢がさらに説明したがっていたがまた今度にしてもらった。タグを首に掛け、貸金庫に案内してもらうために席を立つ。帯剣しリュックを背負い直しブースを出て待っていると回り込んで出てきたオーラ嬢が貸金庫に案内してくれた。ブーススペースの中央を抜ける通路でウイング棟に入る。細長くて奥深い洞窟みたいな空間が10列並んでいる広い場所に出た。3列目に案内されて中へ入る。貸金庫とは壁に嵌め込まれた長い直方体の金属箱のことだった。転生前の人生で貸金庫など使ったことはないけど、映画とかで見たことはある。映画では部屋全体がもっと狭い感じだったけど、壁から箱を引き出すのは同じだった。ボクの貸金庫番号が310番。シオンのが311番。壁から箱を抜き出したら背後に設けられた狭いブースに入るよう教えられる。ブースに鍵を掛けて安全とプライバシーを確保し物品の出し入れをするわけね。箱の嵌っていた壁穴の上に埋め込まれたナンバープレートと箱についているナンバープレートの両方に指をあて魔力登録をする。ブースに入って箱を開け、ボクは金貨25枚だけをしまった。横のブースからシオンが出てくるのを待ち、挨拶もそこそこにオーラ嬢と別れて貸金庫室から出た。これ以上オーラ嬢といると知らぬ間に生命保険やら不動産まで買わされそうだし。


クエスト掲示ホールを横断し、イートインスペースに向かう。券売機でもあるかと見回したけど見当たらない。入り口にあった木のトレイだけ持って奥の注文カウンターに行った。こっちの世界でラーメンといって通じるか心配になる。けどカウンター上の壁面が全面写真入りのメニューになっていて、すぐにラーメンを見つけることができた。表記はエスペラントベースじゃなくローマ字表記のようだ。エスペラント語にラーメンはないんだろう。ボクの目はラーメンのメニューの近くにもうひとつ泣いて喜ぶ驚愕のメニューを見つけていた。カウンター奥に立っている店員のお兄さんに注文を告げる。


「すいません。ラーメンとライスください」


「あい。ラーメンとライス。白銀1銅2です。先に進んであちらの受け渡しカウンターでお待ちください」


「ラ、ライス。あるんだ。ご飯。お米。信じられない。もう一生食べられないかと思ってたのに。うーん。ラーメンにはライスだよなー。ウチもラーメンとライス」


「あい。ラーメンとライス。白銀1銅2になります。先に進んであちらの受け渡しカウンターでお待ちください」


料理ができるまでの間、シオンとメニューを見あげて過ごす。


「おおお。肉料理。ステーキが美味しそう。ハンバーグだよねーあれどう見ても。シチューみたいのもあるしー。えええ。カレーがある。あれ、カレーだよね。ポトフやミネストローネっぽいのもある。サラダはちょっと見たことない葉っぱなんかが混ざってるけど。デザートもある。チーズもクリームもあるんだー」


「あっちに餃子みたいなの見えたよ。あ、でも魚料理がないかな。ここが内陸だからかな?」


「そういえばそうねー。町中こんなワールドワイドなのかな。あ。見て見てミナト。メニューさあ、写真だと思ってたけど、あれレリーフだよ。彫って彩色してあるんじゃない」


「マジか。スゲー」


「お待たせしました。ラーメンとライス」


「わあ。ラーメンだー。匂いもラーメンだー」


シオンは一刻も早く食べたかったのだろう、トレイを受け取るやこぼさんばかりの勢いで後ろを向き、手近な空席に駆け寄っていった。広大なイートインのど真ん中の席だ。ボクとしては壁際の席の方がくつろげるんだけど。しかたなく自分の注文品を持ってテーブルに座る。


「ぎゃあ。箸取るの忘れた」


「はい。シオンの分も持ってきたよ」


「ありがとー。ミナト。いっただっきマース」


そういってズゾゾゾゾゾっと麺を啜る。音があたりに響き渡った。


「あふ。熱っ。うっっっまーい。ラーメンだよ。家系コッテリラーメンまんまだよ」


ボクもひと口啜る。脳の奥にどぱっと溢れた快楽物質が延髄から脊髄を通って子宮を揺さぶるような至福の悦楽。思わず息が詰まり、頬が上気し目が潤んだ。


「なんかミナト、エロっぽいよ」


口からラーメンの束を垂らしながらシオンが上目遣いでいう。んなこといったって筋肉がシオシオになって嚥下ができなくなって以来、まともな食べ物の味は4年ぶりなんだ。


「美味しすぎて、嬉しすぎて脳が溶けてる」


なんて無我夢中にラーメンを啜りライスを食べてまた感激しているうちに、どうやらボクたちは注目の的になってしまったらしい。ラーメンファーストエンカウントでの脳のとろけが落ち着くと、感覚値16で常人の2倍以上にあがった聴覚が周囲のざわめきを片端から拾ってしまう。


「なんだあのふたり」「可愛いじゃねえか」「美味そうに食うなあ」「音立てて食べるなんてどういう教育されてるのかしら」「いや、音立てて食べるのがアリな国もあるらしいぜ」「あれ転生時の支給装備だろ。ひよっこさんか」「よく死なずに街までこれたな」「ねえ。あの娘たちのリュック。ぶらさがってるの結界魔導器じゃないかしら。さっきクエストブースから出てきたよね。売らずに済んだのかしら。だとしたらラッキーな娘たちね」「最初に換金しちゃってダンジョンに入ってあっさり殺される新人多いってのに」「おいラウリ。あの娘たちもお前と同じレイメン食べてるぜ。チャイニーズかな」「レイメンじゃない。ラーメン。おそらくジャパニーズ」「Gランクかあ。初々しいねえ」「お前、Gランク脱出半年かかってたからなあ。最長記録だっけ?」「ぐへへ。金髪の方。好みだぜ。マブイがまだガキっ娘なところがいい。俺様が先輩として冒険者について色々教えてやるとするか。教えついでにベッドの上での先輩に対する献身ってのも教えてやるぜ。尻の振り方もな」「じゃあ、俺は銀髪の方もらうか」


これだから人の多いところは嫌なのだ。女の身体もめんどくさいことに巻き込まれやすいから困りものだ。どうやらこの世界、セクハラという概念や規範がずいぶん後退しているようだ。視界の端で顔が真っ赤な大男が立ちあがるのが見えた。酔っ払ってるなあ。下腹が出てる。力はありそうだけど動きにまったくキレがない。ダンジョンにいたヒトデ並の鈍重さだ。無視してそれでも絡むなら逃げるって手もあるけど、まだラーメンもライスも半分残ってる。喧嘩を買っても剣さえ抜かなければ決闘にはならないし、金的蹴りと顎パンチで勝てそうな気がする。不愉快だけどあっちから絡んでくるんだから否応もない。なんて考えつつシオンを見たら、口いっぱいに垂らしたラーメンをズルっポンと啜りあげ口を拭って近づく男を横目で見た。シオンにも聞こえていたようだ。


「ウチとラーメンの幸せな出会いをぶち壊す奴は、ぶっ殺す」


などと恐ろしいことを呟き、ラーメンドンブリの乗ったトレイごと持って立ちあがる。まさかドンブリを酔漢にぶちまけるんじゃないだろうなと身構えたとき、シオンは身を翻し後ろの壁際でさっきラーメンを食べていた男性冒険者たちの席へスタスタと歩いていった。


「すいませーん。お兄さんたち、女をいやらしい目でジロジロ見たりしない紳士的な冒険者と思うのでお願いですー。相席してもいいですかー。冒険のことやダンジョンのこと色々教えてくれると嬉しいんですけど。いいですかー?」


そういいながらまだいいとも悪いともいっていないお兄さんたちのテーブルに座ってしまう。


「え。あ。ああ。いいけど。ラウリもいいよな?」


ラーメンを食べていた方の外人さんが頷く。


「ありがとう。ミナト。いいって」


ボクもトレイを持って立ちあがる。背後でチッと舌打ちする音。酔漢はすごすごと席へ戻ったようだ。ボクも丸テーブルの最後の椅子に座らせてもらう。


「あの。無理いって、す、すいません」


ボクがシオンの代わりに謝っておいた。


「いえ。なかなか上手なあしらいでしたね。喧嘩にせずに酔っ払いを撃退できた。でもどうして僕たちの席へ?」


茶髪のがっしりハンサムさんがいう。ボク達の唐突な割り込みの原因はわかってくれているようだ。


「タグでーす。さっきこちらのお兄さんがラーメン食べ始めるとき邪魔だからってシャツの内に押し入れたタグの色、黒だったの見てたんだ。で、あのサイテーな酔っ払いのタグは銅色だったから格下でしょ。ああいうサイテーなセクハラ野郎は偉そうに振る舞うけど、じつは情けない根性してるから自分より強い相手には尻尾巻くわけ。それでもしつこかったら股間を蹴るつもりだったけど」


シオンも感覚値16を充分に使いこなしてるみたいだった。シオンの過激な言葉に苦笑したふたりが自己紹介する。


「僕たちは蹴られないよう紳士的にしないといけないね。では紳士的に自己紹介といこうか。僕はノア・ロビンソン。アメリカ人だよ。転生前は28歳まで生きて2年前にこちらへきた。向こうではロスアンゼルスでレスキュー隊をしていたよ」


ノアは茶髪に濃いブルーアイ。アメフト風がっしり体型のハンサムガイ。肉体年齢19歳。だけど精神年齢30歳の大人っぽさも漂ってる。ハンサム顔をくしゃっと歪めて笑う笑い方に裏表のなさそうな感じが表れてた。装備は胸だけ金属のブレストアーマー。手甲と足甲が部分プレート。壁に立てかけられた剣はボクたちのロングソードよりも10センチ近く長い細身の剣。バスタードソードというタイプだ。斬る叩く突くと自在な剣技を使えるが、その独特な立ち回りと重さのため学ぶのが難儀な武器。ラーメンを食べていた相棒さんが言葉少なに自己紹介を引き継ぐ。


「ラウリ・ムトゥカ。ノルウェー人。軍隊にいた。26歳で白血病。転生は2年前。18から20歳までバックパッカーで日本にたどり着いた。日本が気に入って4年間滞在してたが徴兵で帰った」


ラウリは細身で銅色の髪と灰色の瞳。ハンサムな顔は転生者ならではだけど、どこか北欧風に見える。目と眉の間狭めで鼻筋まっすぐ、顔細長。額が広めでそそり立つ感じ。声の張りは控えめ。落ち着いた印象。ていうかなんかシャイな人。ブレストアーマーの一種だと思うが金属一体型じゃなく、大きめで横長の金属板を芸術的に組み合わせた自由度のある連結型鎧を身に着けている。肩当てがあり、手甲と足甲は普通のタイプ。壁に吊り下げている武器は双剣と呼ばれるタイプか。短めのショートソードが2本。


「じゃあ、次はウチね。名前はシオン。脳に腫瘍ができちゃってこっちにきました。日本人。東京生まれの東京育ち。大和撫子な現役女子高生だよ。17歳。意識がないまま転生しちゃって事前知識もなんにもなし。ミナトに出会って助けてもらわなかったら詰んでました。趣味はバスケ。よろしくねー」


そういってラーメンをズゾゾゾゾっと啜る。どこが大和撫子なんだか。残るはボクだけか。さっきのカウフマンさんとのあたりでコミュ障メーターが振り切れてショートし、その後にラーメン食べて脳に溢れたエンドルフィンにより柔らかくなったせいか、初めて会うお兄さんたちだったにも関わらずかなり落ち着いて対応できた。


「えと。ミナトです。転生時は21歳。こちらにきて9日目です。同じく日本人。東京在住。あっちでは大学生。特技はゲーム。えと。チュートリアルはやり込みましたけど、こっち世界の地理や政情はなにも知識がありません。えと。クエストなどは後でよく見ておこうと思ってますけど、この街の近辺の地勢や情勢、治安とかよかったら教えてください」


天真爛漫女子高生とミステリアス東洋系美女(ただし銀髪な上に自称)に頼まれて断れる男などいない。


「なんでも教えるよ。でもその前にラメン伸びてきてるから先に食べちゃえば?」


ノアがお兄さん然として気を利かせてくれたのにシオンとラウリが「ラーメン」と突っ込んでいた。ありがたくラーメンを啜りライスを平らげる。


「はは。自分も最初の街まで初期支給の食料スティックだけで辿り着いてね。最初にバーガー食ったときはがっついたな」


シオンに続きボクも食べ終えて食器をカウンターに返し、新たに飲み物を買ってテーブルに戻る。ボクはジンジャーエールもどきでシオンはアップルタイザーもどき。銅貨4枚。男性陣は昼からエールというビールの一種を飲んでいた。


「君たちは飲まないのかい?」


ノアが聞いてきたのでちょっとびっくり。未成年なんだけど。


「え。未成年でもお酒オッケーなの?」


シオンがすかさず食いついた。目をキラキラさせてたぶん意図せず偶然ラウリを見たのだろう。質問の矛先が自分に向いたことでラウリは戸惑った様子だったけど、答えるべきことはきちんと答えてくれる。


「こっちだと15でオトナだよ」


「そうなんだー。じゃあウチも飲」


「こら。まだ宿も決まってなくてこれから色々あるのに酔っ払ってどうする」


とボクが突っ込むと「ケチ」といわれた。


「ギルドの裏手が宿屋街。最初は安宿にしがち。だが女性ふたりだと安全面が不安。高めでもちゃんとした宿にしたほうがいい」


ラウリが微妙に視線を外しながらもしっかり意見をいってくれた。ノルウェー人ってシャイな人多いのかな。物静かなイメージがある。


「うん。あ、ウチらお金は色々あって結構稼げたんで大丈夫」


シオンが自慢げにいうが、ラーメン食べて鼻水出て鼻啜りながらだとなんだかなあ。


「あの。ギルドに日本食があるくらいだから、もしかして、えと。温泉付きの旅館とかないですか?」


ふと思いついてボクが尋ねる。ノアは温泉がピンと来なかったようだが、日本に住んだことがあるラウリはすぐにわかってくれた。


「ある。日本人の元冒険者が作った温泉宿。東門の近く。でも高い」


「温泉あるんだ。やったねミナト。温泉あるなら少しぐらい高くても払います。露天風呂もあるといいなあ」


その場所と宿の名前を教えてもらう。とりあえず宿の目標は決まった。それから1時間ほど国情や城塞都市の周囲の地勢、大陸の反対側で起きている戦争の話など有意義な話が聞けた。ボクのコミュ障もだいぶ落ち着く。城塞都市ベルダ・ステロの大体の構造は助かる情報だった。南北に長い楕円形の城塞に囲まれ正門は南門。そこから南北にまっすぐ伸びる南北通りと直交して東西通りが走る。交差点は広場になっていて中央広場と呼ばれる。4ヶ所の角地は斜めにカットされて菱形を形造り、南西の角にこの冒険者ギルド。南東の角に商業ギルドと工房ギルドがある。北西の角は警備隊本部庁舎、北東の角は市庁舎となる。東西通りの端は東門と西門。北の突き当たりは領主の城の城前広場で行き止まる。城の横、東側が騎士団本部や宿舎、厩舎、練兵場。西側に貴族院と教会と魔工ギルドがあり、東西通りを挟んで北側が貴族や騎士など身分のある者たちの山の手エリア、南側が市民のエリアと分かれている。今後ボクたちに必要な装備や衣類を買い足すためには、商工ギルドの裏手にある武具店や南門から中央広場までの南通りに並ぶ洋品店を訪れる必要がある。


「あ。重要な情報を聞き忘れてた。いまの季節って秋ですか」


「そうだよ。いま10月だ。12月から冬になる。こっちの冬は山岳地より緩いけど、それでもそこそこ雪が積もる。山越えは命懸けだ」


「じゃ、冬に備えてやや厚手の衣類を用意したほうがいいかな。あと。こっちでは時間ってどうやって測ってますか。時計とか売ってます?」


「時計か、売ってることは売ってるけど、超高級品だよ。金貨何十枚って値段だ。実用品っていうより装飾品であり社会的地位や身分の誇示用だね。街にいれば教会の鐘で時間がわかるよ。2時間ごとに夜中を除いて6時から22時まで9回鳴らしてくれる。あとは魔法店に魔法時計が売ってる。金貨5枚っていう暴利に近い金額だけど自分たちも今年に入ってようやく買えた」


「魔法の時計ですか。さすが異世界だなあ。どんな感じなんですか?」


「ステータスパネルに時間表示が出るようになる」


「わお。それ便利だ。どこで売ってます?」


「西門に続く西通りの魔道具店でなら大体どこでも売ってると思う。値段も共通だったはず」


絶対買おうと決めた。金貨5枚もの大金をポンポン払える新人って怪しまれそうだから黙っておく。食事も済んだし飲み物もなくなった。時間を教えてもらうと午後3時半だという。まだ宿も決まらず荷物も持ったままだし日が暮れる前にやるべきこともある。親切なふたりに丁寧な感謝を告げた。


「また会ったらお礼にラーメン奢りますね」


そういって別れる。ギルドを出てまずは宿を決めるため温泉があるという旅館『ゆのか』へ向かった。



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