タクシー
深夜、郊外に客を運び、帰りを急いでいたタクシーが、道の端をトボトボ歩く女性を見つけた。
……こんな夜更けにたったひとりで?
女性は遠慮がちに手を上げて合図したが、会社の営業エリア外でお客を乗せるのは違反となるため、そのまま通り過ぎようとした。
だが、ミラーに映る女性のすがるような表情を見て車を止め、バックして窓を開けた。
聞けば、彼とドライブに行った先でケンカになり、怒った彼が彼女を置き去りにして帰ってしまったらしい。
ケータイやサイフなどいっさい入ったバッグは車の中で、仕方なく徒歩で家に帰るのだという。
運転手は後部座席のドアを開けた。
「でもお金が……」
「どうせこの辺りは営業エリアじゃないからお金はもらえないよ。エリアに入ったところからの分なら、家に着いてからでも遅くないだろう」
運転手の言葉に、彼女は心底ホッとして座席に乗り込む。
……話からすると、置き去りにされた場所からここまで、女性の足ではどれほどかかるか……ヒドイ男もいたもんだ。
車内ミラーを見ると、よほど疲れていたのだろう、彼女は眠り込んでいる。
途中コンビニを見つけておにぎりと飲み物を買って、目を覚ました女性に渡すと、涙ぐみながら頭を下げた。
ようやく落ち着いた女性に、ケンカをしたことと、ヒドイ彼のことは少し考え直すよう、さりげなく諭した。
彼女はただ、運転手の話を黙って聞いていた。
タクシーが家に到着し、彼女はお金を持って来るので少し待っていて欲しいとドアの奥に消えた。
しかし、いつまでたっても出てこない。
あまりに遅いため不思議に思った運転手が呼び鈴を鳴らすと、迷惑そうな声で返事があり、事情を説明するとあわてて中から出てくる。
「本当に、あの子をこの家に?」
寝間着のまま出てきた女性……母親の話によれば、彼女は3年前に彼とドライブの途中で事故に遭い、帰らぬ人となったという。
せめてここまで運んでくれたお礼にと、運賃と心ばかりのお礼を入れた封筒を差し出す母親だったが、運転手は口をモゴモゴさせご愁傷さまご冥福をと、あわてて立ち去っていった。
翌日、車に書かれていた社名を頼りにタクシー会社を訪れた母親は、受付で娘がお世話になったことで運転手にぜひお礼を言いたい、と申し出た。
しばらくして応対にあたった管理職の男は、母親に1枚の履歴書を見せる。
「それはこの人ですか?」
「はい、間違いありません」
「この方ですが、3年前、深夜の若者の事故に巻き込まれて亡くなったんです。
相手の車に乗っていた若い女性も亡くなられたそうですが……」