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うるせぇオヤジのこと

作者: しいたけ

 十字路の角にの古い家に口煩い老人が住んでいたのを憶えている。小さい時分には何度も怒られた苦い記憶のおまけ付きだ。

 飛び出すなだの、物を投げるなだの、挨拶をしろだの、やいのやいのと言われ続けた。それは俺だけじゃなく、隣のクラスのアホ仲間の賢太郎も、学者になると言われていた頭のいい優馬も皆同じだった。

 断りも無しに人の家の柿の木をぶった切り「曲がり角に植えるな」と吐き捨てた時は、誰しもが呆れていたが、関わり合いになりたくないので、諦める事になった。


 ある日、オヤジの家の庭にボールを飛ばしてしまった事があった。十一歳の時だった。

 オヤジはすぐに家から飛び出して来て、道路でボール遊びをするな、と怒鳴った。ボールを投げ入れた張本人である賢太郎は、あっという間に逃げていて、何故か俺一人だけが怒られ続けた。俺はボールが返ってくるまで返れないので、損な役割だった。

 一頻り吐き終えスッキリした酔っぱらいみたいな顔をして満足したオヤジは、ようやくボールを取りに行き、そして俺に向かって投げた。野球選手みたいな本気のフォーム。子どもの俺は当然取り損ねた。


「ヘタクソめ」


 オヤジが珍しく笑った。


「お前らときたら、来る日も来る日もブンブンブンブン。バット降り続けてよぉ。どうせなら布団でも叩けってんだ」


 すぐに嫌な顔へと戻ったが、オヤジにもあどけなさとやらが有ったんだなと、幼ながらにそう感じた。


 高校に通う頃には、オヤジを見かける事が殆ど無くなった。

 十字路には教育委員会の名前で『飛び出し禁止』の看板が掲げられ、雪が降ればツルツルに凍り、小学生がよく転んでいた。


 就職して五年程は遊び倒した。知らない遊びに夢中になり、金を注ぎ込んだ。遊びを止めたのは子どもが出来たからだ。子どもは金が掛かるらしい。妻は当時よく通っていた店の女だった。勢いに任せて四人も子どもを産ませたが、妻は「二度と産まねぇ!」とか言いながら、しばらくすると「アンタぁ……」と、甘い声を出すのだから良く分からない。


 一番上の倅が五歳の頃、十字路で車に轢かれかける事があった。その時は無我夢中で首根っこを引いた。間一髪のところだった。しばらく手から汗が止まらなかった。それから俺は子ども達と遊ぶときは、十字路の真ん中に突っ立ってやることにした。倅が近所の友達と遊ぶ時だけ立つのはバツが悪いと思い始め、知らない子ども達が遊んでいる時も立ち始めた。しばらくして近所から文句が出たが「子ども達が轢かれたらアンタの飯に薬盛って、十字路のど真ん中に置いておく」と言ってやった。

 しかし、俺が居ない間に轢かれてはどうしようもないので、子ども達に交通ルールとやらを教える事にした。兎にも角にも飛び出すなと何度も言ってやった。


「うるせぇオヤジ! 死ね!」


 子ども達は素直だった。ぶん殴ってやった。


 冬になると雪が面倒だった。風通しの良い十字路はすぐに凍り付き、今年はついに車がスリップして塀に突っ込みやがった。雪かきを欠かさずやって、融雪剤を撒いてやった。


「飛び出すな!」

「ボールを投げるな!」

「振り回すな!」


 気が付けば子ども達から『うるせぇオヤジ』の呼び名で通ってしまい、妻から「アンタ、最近ハゲたわね」と言われた。どうやら年を食ったと言いたいらしい。

 十字路の向かいの家の塀から伸びた枝が気になり伐っていると、子ども達が俺を避けてゆく。

 空は何処までも青く、清んでいたのにもかかわらず、時代だけが人の営みを置いていってしまう。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 近所のオヤジに叱られ、主人公もまた近所のオヤジになる…。 ぐっとくる物語でした。
[一言] 子どもの時に遊んでいたような場所で、今の子どもは遊んでないんですよね。(´・ω・`) 子どもが少ない。 ある意味続いて欲しい情景ではあります。
[一言] 私もいつの間にかオッサンになっていました( ˘ω˘ )
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