先人のあしあと2
「あ、サナエ」
レンの言葉に、サナエの知らない初老の男性と蜂蜜色の髪をした青年が振り返り、サナエを見て立ち上がった。無口な男がサナエを迎えにきた理由は彼らの来訪にあるのだろうと思い当たる。
「サナエ、紹介するよ。さっき話したダイクン様、サナエを喚んだ人ね。こちらはルーカス殿下、この国の第二王子さま。そっちの無愛想な奴は名乗ったか知らないけどルーカス殿下の護衛のジェイ。でみなさん、我らが《観察者》サナエでーす」
能天気なレンの言葉にも、ダイクンとルーカスは穏やかな微笑みを崩さない。サナエはそれを見て、自身も表情を動かさないよう努めた。ひとりジェイは目元をひきつらせ、正直な感情を表している。それに気づいたのか、ルーカスはジェイに外の警備をするよう指示し、再び彼をレンのいる空間から引き離した。
「お嬢さん、ご気分はいかがですかな?」
優しい目をしたダイクンがサナエを気遣い椅子のひとつを引いた。サナエが椅子に腰掛けるのを待ち、レン以外の2人も席につく。
「ご心配ありがとうございます。気分は悪くありません。レンが薬湯を飲ませてくれました。」
とんでもない苦さに余計気分が悪くなりそうだったことは伝えないでおく。実際、立ちくらみでおきためまいと頭痛が治まったのだから効果は確かなのだろう。
「それはなによりじゃ。打ち身もしばらくすれば治るじゃろうて」
「治療をしてくださったのはダイクン様なのですね。ありがとうございました」
ダイクンは長い白髪と鬚を持ち、その眼は優しい灰褐色だった。
丁寧に頭を下げながら、ふと祖父を思い浮かべる。
こみあげてくるなつかしさを今はただ流し去ろうと、拳を握った。
対して、年若いルーカスの整った顔立ちはどこかまだ幼さが残り、それがまさに王子という言葉にぴったりだとサナエは思った。
「ルーカス殿下、と仰いましたね。私、身分の高い方とお話したことがないので失礼があるかもしれませんが・・・。」
言いよどむ先を読んだのか、ルーカスは片手をあげて制した。
「ご心配は無用です。この場は私的な空間ですし、気にせずそのままお話ください」
助かります、と安心して微笑んだサナエにルーカスの目元も綻ぶ。
「それにしても…」
ルーカスの途切れた言葉に、サナエが首を傾げて先を待っている。その様子に苦笑しながらルーカスは本音を垣間見せた。
「いえ、話に聞いていた前の来訪者の方とサナエ殿は、随分と様子が違われているな、と思いまして」
「前の…、こちらの世界ではよくあることなのですか?その、違う世界から人を呼び寄せることが」
「どうでしょうか。神の休眠期に《観察者》が不在になると定期的に召喚の儀は行いますが、かなり難しい術ですからね、サナエ殿は30年ぶりの来訪者ですよ」
30年、それが異世界の人間がやってくる頻度として多いのか、少ないのか、サナエには判断がつかなかった。
「30年前に亡くなった来訪者の方は、この国で夫を得て天寿を全うされたそうです。」
それはつまり、死を迎えるまで帰る方法が見つからなかったということ?という言葉を飲み込みながら、サナエはふと思った。
帰る道がなく、この世界で死を迎えた場合その魂はどこへ還るのだろう、と。
「それでサナエ、外はどうだった?確認できたの?」
レンの深い深い群青色の瞳は、それまでとは別人のように凪いでいた。
「確認とな?そういえば外へ何をしに行かれていたのじゃ?」
日が暮れて久しいこの時間帯、外へ出ても建物内から洩れるあかりと、外に何箇所か設けられている街燈の灯でほのかに足元がてらされるばかり。街の風景はおろか、建物の全容を確認できるかどうかさえ怪しいのだ。ダイクンの疑問を投げかける言葉に同意するようにルーカスも頷いていた。
「星を、星座を見に行っていたのです。」
「星座…」
「私の世界とは違う位置に星が見えました。少なくとも意識を失う前、階段から落ちた時にいたはずの場所から見えるものとは違う…。やはりここは私がいた世界とは違う世界なのですね」
すべてをあきらめているようなサナエの声が、ただ、落とされた。




