風の消える場所3
北の辺境での任務から王都に戻りようやく自らの部隊を整えたライアスは、直属の部下となる将校と、その武官の訓練を視察した帰り、数名の部下を伴って屋敷に戻った。
それを迎えたのは、自分によく似ていると形容される姉の仁王立ちする姿だった。
「グウェンが来ているわ」
部下たちが、その美しさと恐ろしい雰囲気にざわつくのを背後に感じ、ライアスはそっと嘆息を隠した。
「姉上、二人で話をしましょう」
執務室に向かおうとしたライアスを止め、ラフィーネは自らについてこいと言わんばかりに後ろも振り返らず歩き始めた。
「姉上、宰相と観察者が話をされている部屋に乗り込もうなんてしないでくださいよ?」
「もう散々とめられたわ。あんたが帰ってくるまでこれでも冷静に待っててあげたんじゃない」
押し付けがましい言葉にライアスは頭を抱えたくなった。
「もう試そうとされたのですね」
「なんで彼があの娘に会いにくるのよ」
「観察者の保護については当家だけではなく宰相殿の役割でもありますから」
「調度いいわ。だったらグウェンに引き取ってもらいなさいよ。あんたから言えないなら私から言ってあげるわ」
腕まくりしてサナエの部屋に乗り込もうとする姉を、ライアスはすんでのところで留めた。
時期国王の側近でもある宰相とラフィーネは幼少期からの知り合いで、その仲はお互いを見れば喧嘩を吹っかけずにはいられないほどには、良い。
「姉上、落ち着いてください。だいたい当家が彼女を引き取るにあたって、不都合がありますか?」
暗にこめたのは、政治的な配慮がそこにあったという事実だった。
その発言は、しかしラフィーネの逆鱗に触れた。
「この馬鹿弟!人の人生を何だと思ってるのよ!」
「落ち着いてくださいって、姉上!あ、グウェン殿、お話は終わりましたか?」
「騒がしいぞ」
弟に掴み掛かっていたことを取り繕うともせず、ラフィーネはそのまま振り返り、幼馴染を一瞥した。
「何よ。いつ見てもその仏丁面は変わんないわね」
「子供と旦那は元気か?実家に戻ってばかりいると浮気されるぞ」
「うちの主人はいつでもやさしいの」
「それでよく離縁されないのかが不思議だ」
「結婚できない男に言われたくないわ!」
無表情が売りの宰相の頬が引きつるのが目に取れて、ライアスは急いで矛先を修正した。
「グウェン殿、それで話は?」
「済んだ。招待状は渡しておいたから、後は準備を頼む」
「あんたたち、まだあの子の好きにさせるっていうの!?これまでだって散々出席した晩餐会で取り巻き増やして、これ以上何するっていうのよ!だいたいあんたはこういうの好きじゃないはずでしょうが!」
息をまくラフィーネの言葉に、グウェンは無表情なまま目をむけた。
「よくわかってるな。これ以上は好きにさせないから安心していい。これが、最後だ」
***
王都を離れ、三日三晩走り通したデュランが辿りついたのは、ハルシオンの西、穏やかな海に囲まれた静かな丘陵だった。
「何も残っていないようですね」
「そうじゃの」
長い髭が風にそよぐ。
転移してきたのであろうダイクンは、いつもと変わらぬ様子でそこで佇んでいた。
「じゃが、目に見えなくとも匂っておるよ。ハルシオン神の強い魔力の残滓がのう」
「何が原因だったかはわかりませんか?」
深い皺が刻まれた顔が横に振られる。
同じ意味のことを問い返され、デュランも同様に首を振る。
「ここにくるまでの街に異変はありませんでした。ただ、ひとつ気になることが」
人が暮らしていた痕跡が一切残ってない空間を見渡すと、デュランは言った。
「周辺の集落とほとんど交易を持たなかったそうです。ある時期から急に柄の悪い男たちが集まってきて、作られた集落だったと」
「どんなものたちでもハルシオンの民であることには変わらんがのう」
この土地に住むものは皆、ハルシオン神の恵にあふれた土地の恩恵を受ける。
だからこそ、ハルシオンには人が集まるのだが、それは同時にここに住む民は等しく義務を負うことを意味していた。
「彼らが義務に背いたと?」
「そうでなければ神は粛清を行わんはずじゃのう」
そうでなければいけない、そう言っているようだった。
確かに、と納得してからデュランはふと気になったことを口にした。
「今回のことは、サナエ様と関係があるのでしょうか?」
神の目の来訪、その直後に起こった粛清。
不安をにじませたデュランに、ちらりと目を向けたダイクンは天を仰いだ。
「サナエ殿がこちら側に来ておらんでも起こったことかも知れんし、そうでないかも知れん。神の御心は儂らに計れるものではなかろうて」
「あの方がこれを知れば、心を痛めるでしょうね。ただでさえ、今は」
「儂は今のうちに伝えるべきかとも思うがの」
問う視線に、ダイクンは続けた。
「一度弛んだ糸をまた引けば切れてしまう」
「しかし、違う世界から来たあの方にとって、恐ろしいことではないでしょうか」
「それを強いて、この国は成り立っておるのじゃよ」
デュランは返す言葉を持たなかった。
「せめて、サナエ殿を責めるものがいないことを願うばかりじゃ。この国の民にはそんなものはおらんじゃろうが」
盲目的な信仰心はこの国の民に浸透している。
その神が起こした奇跡を歓迎するものはいても、責めるものはいない。
数名をのぞいては。
その例外の筆頭である主君の顔を思い浮かべ、デュランは遣りきれない思いを息にのせた。




