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海と空の境界。  作者: 水無月
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風の消える場所1

更新が止まっておりました。まだ読んでくださる方がいらっしゃるかどうか、不安ですが・・・。

王都の一角。

華やかな屋敷が立ち並ぶなかで、ともすると質素ともいえるほど静かなたたずまいの建物こそが、近年大陸中を恐々とさせる新興国グエルグの大使公邸を兼ねる執務館だった。


その一室、歴代の大使が執務室として使ってきた部屋は、当代の大使が赴任して以来、内装を一新し、外観とかけ離れた印象をつくっていた。

質実剛健を信条とする母国の理念を現すような建物をその男は心底嫌っていた。


「まだ見つからないのか!?」

「申し訳ございません、ハルシオンへ入国しているのは確かなのですが・・・」

「馬鹿者!さっさと見つけ出せ!せっかくの好機だぞ。神の目となる女をこちらに引き入れられれば、我が国にどれだけの益をもたらすか!それも噂に聞けば容易そうな女じゃないか。必ず見つけ出して接触させろ!」

拳を叩きつけた机の天板が割れそう音が消える前に、怒鳴りつけられていた男はそそくさと退出した。

中年の男は苦々しく一人吐き捨てた。

「戦と顔しか取り柄のない王子など、ただのごくつぶしだ。こんなときにこそ使わずにどうする」

朱色の月は、禍々しい光でその横顔を照らしていた。


***


同じころ、王都の表通りに面した酒場では。

ここのところ常連となった気のよさそうな若い男を目に留め、女将は声をかけた。

「おや、今日も待ち人来たらずかい」

息子がいればこれくらい、といった年頃のその青年は人のよさそうな顔を困ったようにゆがめて頷いた。

この食堂で人を待っているという彼は、学生のようだが、生活に困っているようにも見えない。どこか上品な空気が、その食事の仕方からも表れていた。

「学者さんのお師匠さんを待ってるんだろ。こんなところで待ち合わせるなんて、学生さんも大変だねぇ」

女将はひょい、と開け放した出入り口から夜の空を覗き込んで、肩を怒らせた。

風の月が終わり、今は朱に金を梳かしたような月が空に浮かんでいる。

「火の月ももう終わるって言うのにその人は何をしてるのかね」

「約束をしているわけではないですから」

人当たりの良い顔、というのを意識しながら顔に浮かべつつ、青年は心の中で言った。

(くるはずもないのですけどね。そんな相手はいないのだから)

人の集まる酒場には国の情報部が驚くような噂が集まることがある。

(今のところ、これくらいかな)

ここ数日の成果はあがっていた。望むもの、望まないもの、それぞれに。

いまだ気にかけてくる女将に青年は穏やかな笑顔で言った。

「どこか旅先で気をとられるものでも見つけて、王都に着くのが遅れているんでしょう。いつものことです。こちらから迎えにいくことにしました」

「ただ待ちぼうけているより、そのほうがいいさ。それにしても、そんなお師匠じゃ学生さんも苦労するね。ま、うちはあんたみたいな若い子がくると店が華やいでいいんだけどさ。またおいで」

またきますという言葉を残しデュランは酒場を後にした。

慣れた足取りで細い路地を不規則に折れながら進んでいく。

道を進むごとにデュランの顔から表情が抜け落ちていった。

(時間がない)

焦る気持ちを押さえつつ、用心深くたどり着いた一軒の家の裏から愛馬の轡を引いて出てくると、そのまま彼は王都の外れへ向けて馬首を巡らせ駆け出した。


***




「隣国の特使とやりあわれたそうですね。ご自重くださらないと困ります」

「大げさだ。適当にあしらっただけだろうが」

「相手は踏みやすいように尻尾を伸ばす獅子です。挑発にのっていたらきりがありませんよ」

グウェンの小言を無視して手元の報告書の文字を追っていたエスターは、その中の一文に手をとめた。

「贅沢好みの派手好きな娘、か。一体誰のことだか」

ここのところ市井には実像からかけはなれた観察者像が本人の意図したとおりに広まっている。

エスターはその噂が広まっていく様子を密かに放った腹心の部下から報告されるたび、呆れと苛立ち、そしてサナエの思い通りにすすんでいることへの安堵を感じ、そのことにまた腹を立てていた。

妃の間に仕えていた二名の侍女は、何事もなかったかのように王宮仕えを続けている。妃の間が閉じられた今では、それぞれに持ち場が変わっていたが。


あの晩サナエは自らが宣言したとおり、最近行われる貴族の宴に足繁く通っていた。

美しい衣装と、煌びやかな宝飾、そして見栄えのする婚約者を伴って。

突如現れた観察者に取り入ろうとするものは、エスターたちが予想をしていた通り、後を絶たなかった。

そのなかには、前の観察者と隠れて懇意にしていたものも多く、そういったものの尻尾をつかむごとにこの国の宰相であり、エスターの腹心の部下でもある目の前の男は意地の悪い笑みを深めるのだから手の施しようがない。

「前任が前任だけにうわさも違和感なく広まったのでしょうね。いずれにせよいい機会です。これを機に膿んだものを出し切りましょう」

「俺にはお前たちのほうがよっぽど悪役に見えるぞ」

「あの方と私の共通点があるとすればそこでしょう。悪役になることを厭わないことです」

「いい心がけだな。だが、肝心の犯人がまだ姿を表さないというのは、どうするつもりだ?ここまで観察者の悪評を広めておいて、何事にもならなかったではすまさないぞ。消えた村のこともある」

消えた村のことはサナエの耳に入らないようにしてあった。だがそれもいつまでも隠せるものではない。

エスターの心のうちを読んだように、グウェンは頷いた。

「人の口に戸は立てられません。消えた村の話が広まるまえに今回の件は解決をしましょう。もう時期もいいころです」

「そうだな。そろそろ王都中の仕立て屋と職人を解放してやれ。支払いは全部お前が持つとなったからには、妥協もしていないんだろう?」

「その辺も徹底していらっしゃいますよ。正直、部下に欲しいほどです」

「気に入ったか?」

疑るような主君の目に、つきあってられないとばかりにグウェンは鼻を鳴らし、一礼をして出て行った。


ひとりになった執務室で、エスターはここにいない娘の姿を思い浮かべる。

『神の加護というよりも英雄譚のような印象だったわ』

ハルシオン神についての伝記を読み漁っていたという話を聞いて、異世界から来た娘に感想を問うたエスターに、彼女は苦い顔をしてこういった。

彼女の抱いた印象は正しい。

国の存亡にかかわることにのみ粛清が行われると伝えられているものの、神の基準が人間のそれを合うとは限らない。

また、その粛清は苛烈を極める。

伝えられるはずがないのだ。ありのままの形など。

後世に伝えることは選別され、真実をゆがめていることは王家内の秘事だった。


ひとつの村を一晩で消す力。

そこに住んでいた人間も、その全ての痕跡も呑み込んで。

その苛烈さは、この国にとって諸刃の刃となる。

「臨界点はとうに越えている、か」

エスターは決断を下す時が来ていることを、その身にひしひしと感じていた。


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