心の在り処4
「恨みでしょうね、それも個人的な感情の」
重い身体を動かして部屋に戻ると、そこには見覚えのあるいくつもの顔が揃っていた。
サナエの発した言葉に、面々が一斉に振り返る。
「サナエ!」
真っ先に走りよってきたのはレンだった。
「何で呼ばなかったの!どこにいてもサナエの声なら聞き届けるって言ったろ」
「ごめんね。今度はちゃんと呼ぶから。エスターもいたし、気が回らなかったのよ。レン、怖い顔してる」
目元をぐりぐりと揉みながらサナエが言うと、レンは口を尖らせた。
「バカガキどもを締めてたんだ。ねえ、もう王宮から、いや都から離れよう?こんなバカたちにサナエのことを任せておけないよ」
「そうねぇ、でもまずはこの件を片付けなきゃ。さて、じゃあさっきの話のつづきをしましょうか」
サナエは自らを鼓舞するように皆の集まるほうへ歩みを進めた。
「サナエ殿、ご無事で何よりです」
「あら、暴走したレンを止めにでもきたの?」
「そのご様子では特に心配することもなさそうですね。竜が言ったように、やはり王宮を離れられたいと?」
「そうね、厄介ごとはうんざりよ。でもその前にいくつかお願いがあるの」
グウェンがここに同席していることは意外だったが、都合が良い、そう思ってサナエは微笑みながら、まずひとつめ、と指を立てた。
「エスターを王宮へ連れて帰って」
「かしこまりました」
「グウェン黙れ。おい、何を言っている?さっきは俺がここに残ることに同意しただろうが」
「ごめん、撤回する。貴方がここに残って私を守ってくれようとしてくれるのはうれしいよ。でも立場を考えたら、許されるはずがないわ。反論は待って。先に二つ目ね、これはライアス様へのお願いになるけど、ここにレンもおいて欲しいの」
「レン殿を、ですか?それは構いませんが」
「良かった。ここの庭なら広いし、森に面してるから快適そうよね。私まだレンの大きいサイズの竜体見たことないから楽しみだわ」
「庭?楽しみって?俺よくわかんないんだけど」
「それならちょっと待ってて。あと仕立て屋と宝飾品の職人をたくさん集めて欲しいのだけど」
支払いは、と考え込んだところに、私が払いましょう。と声を上げたのはグウェンだった。
「ありがとう。そうしてくれると助かります。あと、今後しばらくの間は手当たり次第に貴族の夜会にでます。その招待状の手配と、そうね、エスターの戴冠式の前には終わらせなくてはいけないわよね」
「わかりました。時期をみて仕上げとなる場を手配しましょう」
「話が早くて助かるわ」
「ちょっと待ってくれないか、グウェン殿とサナエの二人だけで話しが進んでいるようだが」
「そうだよ。俺にもわかるように説明してよ」
「グウェン宰相、他に足りないところがあれば言ってくれる?補えるのは貴方だと思うの」
「そうですね。敢えて付け加えるとしたら、馬車で遠出をなさってみるのはいかがでしょう」
「あぁ、なるほど。そうね、じゃぁ適当な場所と同行者を見繕ってくれる?任せます」
「かしこまりました」
「あとは…エスター。そんな顔で見ないでよ。怖いってば。ごめんなさい、悪いけど皆さん席を外してもらえる?エスターと二人で話しがしたいの」
消化不良の顔をしたレンとライアスはグウェンに促されて部屋を後にした。
人払いをした部屋に二人きり。
一国の王となる男と向き合うことが普通になっている自分に、サナエは可笑しくなった。
むしろどこか安心する向きもあるのだ。この美しく、凶暴な男との時間が。
元の世界にいた頃の自分には考えられない、とサナエは薄く笑った。
口端を上げたサナエを怪訝な顔で見つめるエスターは、その長い足を組みなおすと嘆息をつきながら話の先を向けた。
「説明してもらおうか」
「大体わかっているんでしょ?そうじゃなかったら殴ってでも話を止めていそうだわ」
肩を竦めるサナエに、エスターはますます面白くなさそうに鼻を鳴らした。
その様子から察するに、サナエは自分の言葉が間違っていないことを確信した。
案の定、エスターはどことなく諦めたように続けた。
「俺に王宮へ戻っていろというのは、計画のひとつか?」
「そうね、貴方がここにいると辻褄が合わなくなるから。あとはさっき言ったのも本音よ。守ってくれようとする気持ちはうれしいけれど、貴方には立場がある。戴冠式を控えた今は、付け込まれるような隙を作るべきではないわ」
「それはお前が気にすることじゃない」
「そういうわけにはいかないの」
「何なんだ突然。さっきまでは力が抜けたように見えていたが?」
いっそのこと放心したままの方が扱い易かったのに、と悔しそうに続けるのは無視することにする。
「そうね。驚いて、受け入れたくなくて、情けなくて、力が抜けたの」
「何がお前を変えたんだ。たったあれだけの時間で」
「悔しくなったの」
その言葉に、エスターは興味を持ったようだった。
先を促すような気配を感じて、サナエは続けた。
「腹が立った、というほうが正しいわね。されて嫌なことは嫌と伝えることにした。それだけよ。とにかく、私の計画がわかってくれたのなら、すぐにでも王宮へ戻って。そして、あの子たちがどこへも行かないように、貴方が見張っていて」
「選択肢はないんだな」
「ないわ。私を認めてくれるというのなら、お願いを聞いて」
「お願い、ね。そんな可愛いものか?」
「さあ?」
笑ってみせるサナエに、あきれた顔をしたエスターがお前の暴走を止められるのは誰なんだろうな、と呟く。
サナエはそれも無視することにした。




