孤独な椅子5
寝具の上で夜の空のように長い髪が広がる。
普段彼女が好んで着ている服装では隠されていたまろやかな丸みが、繊細なレースで縁取られた肌着の合間からのぞいて、サナエが成熟した女性であることを主張していた。
エスターはサナエの顎に手をかけ、ゆっくりと近づいていく。
「なんだこれは」
振り上げられたサナエの足が、胃を突き上げるようにエスターの腹にささっていた。
「つい、なんとなく。」
「邪魔だ。どかせ」
「やだ。ねぇ、とりあえず話し合わない?」
「断る。」
「でも嫌なんだけど、私」
「知らん。」
あぁ、王様体質…、と呟いた彼女は困ったように髪をかきあげた。
低い声が不満そうに鼻を鳴らしたとき、部屋の空気が揺れたように感じてサナエは辺りを見回した。
頼りないあかりを広げていた燭台が消え、外からの僅かな月の光が届くばかりの暗さが部屋を包む。
その時、ガシャン、と何かが割れる音が響いた。
エスターは寝台にかかっていた掛布をサナエの頭にぼふっと被せながら身を起こした。
「10、いやもう少しいるか。急ごしらえにしてはよく集めたな。」
それなりの人数が動かせる立場の人間が背後にいるということか、と彼は片頬で笑った。
その凄みすら感じさせる微笑みは、薄青い闇にまぎれて侵入者たちには見えない。
「サナエ、運がいいな。望みどおり中断してやろう。だがその肌を他のやつの目に入れれば殺す。その目の持ち主をな。しっかり被っとけ」
好きでこんな格好になったわけじゃない!というサナエの抗議には無視をしてエスターはゆっくりと立ち上がり、侵入者たちに向き直った。
「俺は今機嫌が悪い。最初に死にたいのはどいつだ?」
見るからに怪しい黒づくめの侵入者たちのたじろぐ気配が伝わってくる。
「男?おい、お前らアルヴァーソン家の人間は部屋にいるのを確認したんじゃなかったのか」
「いぇ!確かにみてきました!」
頭目格の男は他の男たちに比べ一回り大きな体格をしていて、その筋肉が衣服のしたから盛り上がるさまにサナエはほうれん草が好きな水兵を連想した。
「じゃあ何でここに観察者以外のやつがいるんだよ!」
「ひっ!わかりましぇん!」
恫喝された子分らしき一人が悲鳴に等しい声をあげて身を竦ませる。
そこにエスターが面倒臭そうに息を吐きながら、おもむろに片手をあげた。
「ごちゃごちゃとうるさい。」
サナエにはエスターが長い腕をただ横へ振り払ったようにしか見えなかった。
だがその仕草で白い風がうまれ、切り裂くような音とともに大半の男たちがその場から吹き飛んだ。
先ほどの哀れな子分は真っ先に飛ばされ、窓から外へ放り出された。
「魔術師がいるなんてきいてねーぞ!くそっ、割に合わねぇ。」
術を免れたのは数人。そのなかには頭目格の男もいた。
「ほう、魔封じの術具を身につけてるのか。面白い。」
「ちょっと待ってくれよ!あんたにゃ迷惑かけねーから、とりあえずそこの観察者さんを寄越してもらえねーか?そしたらさっさと退散するからよ」
「条件を提示できる立場か?馬鹿らしい。それよりお前らは誰に頼まれたんだ?」
「言えるわけねーし!」
「ならば死ね。」
帯刀していなかったはずのエスターの手に、不思議な色合いをした剣が現れる。
圧倒的な力の放出。
帯のように彼の腕に絡まる力の片鱗を、サナエはただ美しいと思った。
男たちに動揺がはしる。
「…神剣?まさか、あんた…。いや、だけど、観察者は王子に捨てられてアルヴァーソンに下げ渡されたはずじゃ」
「サナエ、いいのか?あんな風に言われてるぞ」
「ノーコメント」
頭からすっぽりと掛布を被ったサナエが、寝台から降りてエスターの隣にたった。
「ねぇ、そこの人。私を連れてってどうするの?」
「知らねーな。俺たちはただ命令されてるだけなもんで。」
「困ったな。それじゃついていくわけにはいかないわ。」
肩を竦めるサナエに、呆気にとられたのは侵入者たちの方だった。
「内容によっちゃついてくるように聞こえたんだが気のせいだよな」
「サナエ、俺にもそう聞こえたぞ」
エスターの声と比例するように神剣が帯びる色に冷度が増した。
それを横目にサナエはただ首を傾げた。
「参考までに聞いてみようかな、と。まあ交渉のテーブルにもつかない相手じゃ話にならないけど。」
「そもそもお前は俺と王宮に戻るんだろう。なんで選択肢が増えるんだ。」
「エスターのこと、嫌いじゃないよ。でも、流されるのはいやなの。」
「よく言うな。十分流されてるじゃないか、グウェンにそそのかされやがって。」
「う。」
「だいたいお前をここに残して帰ってみろ。ライアスの婚約者になるってことはあいつに抱かれるんだぞ。」
「あー…」
「しかも得体の知れない奴等に付いていくだと?良いように利用されて命をとられるのがおちだ。お前は自殺願望でもあるのか」
「いや…」
目を泳がせるサナエに、エスターは深く溜め息をついた。
むに、とサナエの頬っぺたをつねりながら彼は怒りを滲ませる。
「だからお前は無防備なんだよ。一見しっかりした振りをするから手がかかる。」
「ごめんなさい」
返す言葉がなくてサナエは項垂れた。
「お前は諦めが良いのか悪いのか、わからん。」
「エスターはこんなに口がまわるとは意外だったよ」
ひくっと次期国王の白い顔が引きつる。
その指先が頬をつねる力を増し、いひゃい!とサナエは声をあげた。
「…殿下、サナエ、それぐらいにしてください。侵入者のことをお忘れですか?」
「ライアス」
二人が振り返るとそこにはこの屋敷の若主人の困った顔と、取り押さえられた黒づくめの男たちの姿があった。




