動かせない椅子2
グウェンがサナエに話を聞きたいと申し出てきた。
初めてあの二人が顔を合わせた時のことを思うと2人だけで話をさせる気にはならない。
視線だけで人が殺せるのなら、サナエはあの場で何度も死んでいただろう。
もっとも、サナエが返す視線も凍りつくような冷笑だったが。
執務室にやってきたサナエは、きょろきょろと興味深げに周りを見渡していた。
「なんだ、面白いものでもあったか?」
「次期国王の執務室なんてどれだけ煌びやかなんだか、と思ってたから、案外地味なんだなと思っただけ。でも質の良い木材、それも一枚ものの無垢材なのね。凄い贅沢だわ。」
「気に入ったか?」
「今使わせてもらってる部屋より落ち着きそう、かな。」
「ほう、妃の間はお気に召しませんか?」
ならばすぐにでも出ていって構いませんよ、と言いたげな声がかかる。
「グウェン」
「おはようございます。グウェン宰相。お気遣いありがとうございます。」
喜んで出ていく、とでも言い出しかねないサナエの肩を抱き寄せた。
「グウェン、つっかかるな。それからサナエ、お前も普通に話せ。温度が下がる。」
予想通りの二人に、エスターは苦笑した。
「それで?こいつへ話というのはなんだ」
「新しい観察者殿が来訪されると、もとの世界のことを伺うのが通例でしてね。前任の観察者が話した内容をまとめた資料をもとにいくつか質問をしますので、わかる範囲で答えていただければ結構ですよ。今日中に全ては無理でしょうから、数回に分けてお聞きすることになると思いますが。」
あぁ、とエスターは頷く。
「確かに貴重な情報ではあるな。良くも悪くも。」
しかしエスターの隣に座りグウェンと向かいあったサナエは、別の部分に気をとられたようだった。
「たかがそれだけでわざわざ宰相のあなたがきたの?」
「たかがそれだけですが、この世界の人間にはひどく夢物語のように響いて、あなたの世界に心酔する者もでてくるのです。ですからわざわざ宰相である私が。」
グウェンの言葉に、小さな顔を傾げた彼女は殊更にっこりと笑ってみせた。
「結局嫌味の応酬ね。」
「そもそもサナエ様の攻撃がなければ応酬には成りえませんでしたよ。」
ふふふ、と笑いあう二人に、声をかける。
「いい加減にしろ。サナエ、こいつの大叔母は前任の観察者だ。夢物語にもある程度耐性もあるんだよ。」
前任の観察者の心は、この地で伴侶を得ても元の世界に囚われ続けたという。
取り入ろうとする貴族や裕福な商人たちに対し、夢物語のように元の世界を語り聞かせ、このハルシオンの現状を詰った。
一部の民にとって、神の眼の意思は神のものと等しい。実際は神の眼はただの臓器のようなものだ、とエスターたちは考えていた。
体の器官に意思があったとしても、本体には影響などない。
しかしそうと思わず、神の加護を悪戯に我が物としたがるものたちが彼女を担ぎ上げ、現在このハルシオンに潜む反王政派を造り出した。
エスターやグウェンが観察者の存在そのものを嫌う原因にもなった人間である。
だからこそ、新しい観察者であるサナエの考えを知ることは重要なことだった。
サナエはふぅん、とグウェンを見つめると、どうぞと促すように彼の話を聞く態勢になった。
最初のいくつかの質問は、出身や、どのような時代からやってきたかなど簡単なものだった。
こちらには確認する手立てのない内容だが、サナエはどうやら前任者と同じ国、同じ時代の出身らしい。
驚く様子がないのはレンのもとにいた頃毎日図書館へ通っていたというから、一般に公開される内容ならすでに前任者のことを知っていたのだろう。
グウェンがめくる資料には先々代の観察者についても載っているが、そちらとは時代も国も違うらしい。
エスターはさほど興味が持てず肘をついて、グウェンと話すサナエの背中を眺めていた。
彼が自ら婚約者とした娘は、今日も魔術師見習いのような丈の長い上衣に踝までのズボンを穿いて、まるで少年のような姿をしている。
年齢はエスターと変わらないが、ほっそりとした身体はしなやかで、まだ娘という言葉が似合う。
急ぎで仕立てさせているドレスの形は、背中が開く形だっただろうか、とふと思った。
「なるほど。同じ時代からとは不思議な話ですが、神の御心は我々には計り知れませんからね。では次に生活習慣と文化についてですが、そうそう、あなた方の世界には馬のいない馬車があるとか?」
エスターはサナエの答えが気になり身を起こした。
馬のいない馬車や、空飛ぶ部屋は、今では子供たちの寝物語にさえなっている。
エスターも子供の頃、乳母から話を聞かされたクチだ。
“観察者様の国々には不思議な乗り物が…”と。
「馬のいない馬車って、なにそれ」
怪訝そうなサナエの表情にグウェンが付け足した。
「人を輸送するものと聞いていますが。このような。」
取り出されたのは一枚の絵だった。
「お前よくそんな貴重なものを持ち出せたな!」
“馬のいない馬車”も、“空を飛ぶ小部屋”も、言葉ばかりが一人歩きし、前任の観察者が書いたとされる設計図は一部の技術者しか見ることが出来なかったと聞く。
その写しを見るために莫大な金を支払った貴族がいるとも。
身を乗り出してよくよく見ようとすると、横からのびてきたサナエの両手がエスターの腕をぎゅっと掴んだ。
「どうした、サナエ」彼女から触れてくることは珍しい。
顔を俯かせていて表情が見えず、心配になった。
肩が震えていることに気づき慌ててその背に腕を回す。
「どうした?大丈夫か?」
「ご、めん。ちょっと…ぷ」
「ぷ?」
ぷはははは!と堪えきれなくなったらしいサナエの笑い声が弾けた。
「サナエ?」
「だって、その絵。車?子供の落書きかと…」
「あぁ、やはり下手なのですね。」
やり取りを見守っていたグウェンが、げんなりとした様子で呟いた。




