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海と空の境界。  作者: 水無月
20/42

鳴動3

翌朝、サナエを起こしたのは半地下の部屋とは比べ物にならないほどに差し込んでくる朝の陽の暖かさだった。


大きな寝台に寝転んだまま、ぼうっと外を眺める。

(…今日何しよう)

王立図書館まで行くには王宮から出て、町を歩かなくてはならない。

なんとなくだが、許可が下りないような気がした。


コンコンと窓を叩く音に身を起こすと、窓のそとにレンがいた。

慌てて駆け寄り、窓を開く。

「おはよ、サナエ。良く眠れた?」

にっこりと笑う顔も、その癖毛もいつもと変わらない。

あの集まりから別れたままで気になっていた、不安そうな色は消えていた。

「おはようって、レン、どうして窓から?どうやってきたの?」

「やだなぁ、俺、竜だよ?飛べるよ」

そうだけど、と続けようとしたサナエを遮ったのはどこか拗ねた様子のレンだった。

「それにサナエが観察者だけじゃなくてエスターの婚約者にまでなっちゃったから、会わせてもらうの大変なんだ。手続きややこしくて。」

あぁ、それでか、と納得すると、彼は拗ねた表情のままヒト形では珍しくきゅっと抱き締めてきた。

「エスターに何かされてない?大丈夫だった?」

昨晩、あれからエスターはサナエと大した話もしないまま帰っていった。

また明日来る、と言い残して。

レンの言葉にサナエは軽やかに笑う。

「何言ってるの?あの人は面白がってるだけよ。それよりレンもここで寝たら?寝台も広いし、チビ竜なら居候が増えても大丈夫じゃない?」

「サナエ!だから女性としてのたしなみを…」

レンは言いながら疲れたように、大きな溜め息をついた。

正直、心細くもあったのでチビ竜が傍にいたら癒されそうだと思ったのだが、余計嘆息されそうで他の質問に言い換える。

「そういえばどうしてエスターは呼び捨てなの?ルーカス殿下には敬称をつけてたのに。」

「エスターはかわいくないから。」

つい笑ってしまうとレンも嬉しそうに微笑んだ。

「サナエが笑った。」

「レン?」

「心配だったんだ。アルヴァーソン家との婚姻の話が出た時も、サナエは平気で売られちゃいそうだったから。」

「売られるって…」

驚いて否定しようとして、確かにそうかもしれない、と思い直した。

「そんな悲壮な決意なんてなかったのよ?面倒を避けたかっただけ。」

「ああ、サナエは無自覚で無防備で無神経だから心配だよ」

「なにそれ」

冷たく睨んでもいつものように怯えてみせるでもなく、優しい表情を変えない。

どうしたのだろうと首を傾げるサナエの右手をとると、彼はその手首にそっと唇を寄せた。

驚いて手を引くと、いつの間にかそこには黒曜石が一列に嵌め込まれた腕輪がとおされていた。

「お守り。何かあったらすぐに呼んで。俺はサナエの声だったらいつでも、どこにいても聞き届けることができるから。」

「レン?」

濃紺の瞳が静かで、だからこそ不安を感じた。

そんなサナエに、レンは目元だけふっと緩ませてみせる。

「侍女がくるみたいだ。サナエ、またね。」

身を翻したレンは、そのまま窓枠を越えて消えた。

今のは何だったのだろうと考えていると、扉が叩かれる音がしてサナエの小さな不安はそのまま掻き消された。



結局その日は服の採寸だのなんだのとはしゃぐミイシャとサラに圧倒されてあっという間に過ぎた。

(オートクチュールってあんなとこまで測るのね…)

仕立て屋が帰った後、ぐったりと長椅子にもたれていると、気のきくサラが冷たい飲み物を持ってきてくれた。

「サナエ様、お疲れでしょう?」

「えー楽しかったですよね!だってサナエ様ったらまるで見習い魔術師みたいな格好をされていたんですもの。ダイクン様ももっと女性の気持ちを汲んでくだされば良かったのに。」

「ミイシャ!」

どこから突っ込むべきか悩み、ミイシャの侍女としての教育については放棄することにした。面倒臭い。

ただダイクン様について謂われのないことを言い触らされたら困る。

あの方には随分助けていただいたのだ。

「ミイシャ、世界を渡る際にお怪我をされたサナエ様を保護し、看病されてきたのはダイクン様なのよ。魔術師の塔の長であるあのお方が、自らの立場を顧みずにサナエ様のお身体を優先されたの。あの服装をサナエ様に与えたわけのも何かお考えあってのことでしょう。悪く言うものではないわ。」

「サラ」

真面目な性格のサラが、サナエの言いたいことを伝えてくれた。

いや、むしろ

(ちゃんと教育しようってところで私より数段人間ができてるなぁ)

思わず感心する。

召喚の季節ではない時期に王宮に引き取られたサナエについて、サラが語ったような説明がなされたらしい。

怪我の程度や怪我をした場所については事実と異なるが、概ね嘘はついていない。

しかし、この30年神の眼が召喚されないことについて責めを負っていたということは、サナエの知らない事実だった。神が選ぶことで、儀式を執り行う術者の力量は関係ないはずだが、人々の期待が大きいだけにその矛先がむいてしまうのだろう。

「ごめんなさい。」

しゅんとした様子のミイシャにサラと顔を見合わせる。

根は悪い子ではないのだ。


それにしても、と思う。

これでは言い出せそうにない。


ドレスのような姿より長衣にズボンという格好が楽で、ダイクンに頼んで用意してもらったことも、今日来た仕立て屋にそっくりあの形で作ってもらうように依頼したことなど。

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